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禅は、釈尊に始まり、達磨大師を経て、今日までの長い法統の中で磨き上げられてきた、すばらしい人間形成の道です。そこには、歴代の禅門の先覚者が苦心して踏み固め伝えてこられた、見性(けんしょう:自分の本心本性を悟る)による人間形成の確かな道が伝わっています。

禅は、宗教の一つではありますが、信仰でも哲学でもありません。また、現代科学に背くような神秘や迷信、例えば超能力・予言・死後の霊魂の存在などを説きません。もっばら坐禅の修行によって自分自身の心を磨く「行(ぎょう)」です。特定の経典に依らず、釈尊のなされたように坐禅をし、三昧(ざんまい:心を一つのことに集中する)に入り、その三昧の力によって悟りを開き、このかけがいのない尊い人生を生きることの本当の意味を噛みしめる教えです。

悟りそのものは、言葉では説くことのできないものですから、自らが三昧に入って実地に体得するほかありません。坐禅は、調身(正しい姿勢をとる)・調息(呼吸をととのえる)・調心(心をととのえる)の三つが重要な基本となっています。

 禅の修行は、性別や年令を問わず、どなたでもできますが、本などを参考にして、各個人が、日常生活の中で坐禅を修することは、なかなか難しいので、先ず最寄りの禅会を訪ねて、正しい坐禅の仕方を学ぶことが大切です。

最初は、数息観(すうそくかん:呼吸を数えて心をととのえる法)を実習します。充分、数息観に習熟し、本格的に禅の修行をする決心ができたら、摂心会(せっしんえ:本格的な修行の会)に参加し、師家に入門することをおすすめします。

摂心会では、日課に従って、静中の工夫として坐禅を組んで数息観や公案の工夫を行い、また動中の工夫として作務(さむ:軽い作業を通して三味になる行)を行って道眼を磨き道力を養い、正しい人間形成を目指して修行します。そして、入門者は、修行によって得た自分の見解を師家に示して、その深浅邪正の判定を受けねばなりません。これを参禅といいます。

修行者は、このようにして養った得力(とくりき)を、各人の職場・家庭やボランティア活動などで発揮し、社会に貢献するよう努めています。

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