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ブログ - 信を万事の本と為す(その9)

信を万事の本と為す(その9)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
栃木坐禅会 2020/2/8 20:39
信を万事の本と為す(その9

4.仏教の教え、禅の教え

いま先の大戦から70 余年、戦中戦後のあの悲惨さを知らない人が多くなりました。そして今技術革新が進み、科学、AI(人工知能)の進展はめざましく、社会はスピード感のある便利で豊かな時代を享受しています。

若者達はこの豊かな時代に生まれ、これが当たり前になり浮かれている人達も多く、欲望を満たすために金儲けするのだとばかり、自己中心的で日本人の大切にしてきた道徳、公徳心、家族制度が崩壊しております。国の誇りや愛国心が薄れ、人として肝要な修養とか修行とかという言葉も使われなくなりつつあるようです。しかし科学はいくら進んでも「知る世界」のことであります。人は心地のいいものは貪欲的に好み、嫌なものはきらう、辛いもの得にならないものは避けようとし、利財欲、権力欲が渦巻いているのが人間社会で、他人への思いやりのな

い時代です。貪、瞋、癡が燃えさかり、暴行、窃盗、詐欺、傷害、殺人、紛争、テロ、戦争と罪科を起こしてしまいます。しかし「人間欲望を満たすに道あり」です。どうかそれに気づいて貰いたいと願うのが仏教、禅の教えであります。「上求菩提、下化衆生」、上に向かっては清浄無垢な悟道を求め、下に向かっては衆生をその境地になるよう利他行を行ずる。しかし努力しても努力しても報われないこともあります。それでも努力し続けることが仏行で、数限りない一切の衆生を救おうとする願いを誓う「衆生無辺誓願度」であります。

臨済宗妙心寺派の管長であられ96 歳で自ら断食されて遷化された三島龍沢寺の山本玄峰老師は昭和天皇の終戦時の詔勅、「耐え難きを耐え忍び難きを忍び」の文言を進言され、また天皇の国家の象徴としての宣議、発案されるなど当時の鈴木貫太郎首相や歴代の総理の相談役として勤めてこられました。ある時老師は刑務所からの講演を依頼され集まった受刑者に対し、皆さんには洵に申し訳なかったと、仏法という素晴らしい教えがあるのに坊さん方が怠けて教えを広めない為に、こんな不自由を掛けてしまったと、申し訳ないと詫びたと言われています。会場は静まりかえり受刑者の多くが老師の大慈大悲に感動し、号泣したそうであります。

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