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ブログ - 信を万事の本と為す(その6)

信を万事の本と為す(その6)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
栃木坐禅会 2020/1/6 21:18
             

       信を万事の本と為す(その6

2.報恩・感謝

(2)福沢諭吉

又、一万円札でお馴染みの福沢諭吉翁は「人の上に人をつくらず」と提唱し、学問のすすめの著者として、慶応義塾を創設した英傑であります。

諭吉翁は豊前中津藩の下級武士の家に生まれ、初め緒方洪庵について蘭学を学んだのですが、幕臣木村摂津守に認められ、その秘書となり、幕府の使節として欧米に随行したのであります。後、時事新報を創刊し「独立自尊」を説いた思想家であり、教育者であります。この欧米で学んできたことが諭吉翁の人生を大きく開くきっかけとなったのです。諭吉はこのご恩を深く心に刻み、感謝したのであります。木村摂津守は幕臣として日本海軍の基礎を築いた人でありますが、徳川幕府が崩壊し、禄高は無くなってしまい、日々の生活も困窮してしまいました。後に明治新政府から出仕の要請が是非にとありましたが、摂津守は「士たる者二君に仕えず」と固くその要請を固辞し、30 代の若さで職を失い、家族を養うことも困難になったのです。今なら「士たる者二君に仕えず」なんてことを言う人は誰もおらないと思いますが……。そんなことを言っていたら干し上がってしまいますよね。

諭吉はその窮状を救いたいと毎月自分の生活費をさいて摂津守に仕送りをし、先のご恩に報いたのであります。後に海軍に入隊して出世した息子さんが、自分にはもう充分な収入もあり、

仕送りのことは辞退したいと固辞したのですが、諭吉翁は私の今日あるのは貴方のお父さんのお陰ですからと、このお金はご両親にお送りしているものです、と生涯送り続けたと言われています。            
   『禅』65号 「信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載  

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