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ブログ - 最新エントリー

信を万事の本と為す(その10)

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栃木坐禅会 2020/2/13 10:45
信を万事の本と為す(その10
おわりに
 いま古い仏教から脱皮を目指せという人もいますが、本物は変わらないもので
す。その変わらないものが世界に誇る日本文化を育ててきたのであります。「信
を万事の本と為す」私共はその変わらないもの、宇宙の大生命、万古不易の真理
 - 62 -
を体達し、現代の危機を救い得る宗教として骨を折らねばなりません。今世界は
米中の貿易戦争、北朝鮮の核問題、英国のEU離脱、南米ベネズエラやアフリカ
の政変、中国の台湾問題、日露の平和条約、貧富格差の急拡大、難民問題など、
問題は山積しております。国内においても消費税増税や参議院選挙と環境は厳し
く正念場を迎えています。
 人間禅の使命は洵に重大であります。
私共は歴代の祖師方に学び、国難を乗り切ってきた英傑に学び、日本の歴史
を学びまことの道を研鑽することにあります。国家百年の計は本物人間をつくる
ことです。「名を残さず行を残せ」。在家禅人間禅が主流になる時代は必ず来ると
確信しています。世界の人々にこの「信を万事の本と為す」ことを示し、この
「まこと」を礎として修行する楽しさを変革する現代人に合わせた布教を工夫し、
力の限り頑張ろうではありませんか!
 今晩はこれで終わらせていただきます。

合掌
(令和元年51 126回本部摂心会での法話)
         『禅』65号 「信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載

信を万事の本と為す(その9)

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栃木坐禅会 2020/2/8 20:39
信を万事の本と為す(その9

4.仏教の教え、禅の教え

いま先の大戦から70 余年、戦中戦後のあの悲惨さを知らない人が多くなりました。そして今技術革新が進み、科学、AI(人工知能)の進展はめざましく、社会はスピード感のある便利で豊かな時代を享受しています。

若者達はこの豊かな時代に生まれ、これが当たり前になり浮かれている人達も多く、欲望を満たすために金儲けするのだとばかり、自己中心的で日本人の大切にしてきた道徳、公徳心、家族制度が崩壊しております。国の誇りや愛国心が薄れ、人として肝要な修養とか修行とかという言葉も使われなくなりつつあるようです。しかし科学はいくら進んでも「知る世界」のことであります。人は心地のいいものは貪欲的に好み、嫌なものはきらう、辛いもの得にならないものは避けようとし、利財欲、権力欲が渦巻いているのが人間社会で、他人への思いやりのな

い時代です。貪、瞋、癡が燃えさかり、暴行、窃盗、詐欺、傷害、殺人、紛争、テロ、戦争と罪科を起こしてしまいます。しかし「人間欲望を満たすに道あり」です。どうかそれに気づいて貰いたいと願うのが仏教、禅の教えであります。「上求菩提、下化衆生」、上に向かっては清浄無垢な悟道を求め、下に向かっては衆生をその境地になるよう利他行を行ずる。しかし努力しても努力しても報われないこともあります。それでも努力し続けることが仏行で、数限りない一切の衆生を救おうとする願いを誓う「衆生無辺誓願度」であります。

臨済宗妙心寺派の管長であられ96 歳で自ら断食されて遷化された三島龍沢寺の山本玄峰老師は昭和天皇の終戦時の詔勅、「耐え難きを耐え忍び難きを忍び」の文言を進言され、また天皇の国家の象徴としての宣議、発案されるなど当時の鈴木貫太郎首相や歴代の総理の相談役として勤めてこられました。ある時老師は刑務所からの講演を依頼され集まった受刑者に対し、皆さんには洵に申し訳なかったと、仏法という素晴らしい教えがあるのに坊さん方が怠けて教えを広めない為に、こんな不自由を掛けてしまったと、申し訳ないと詫びたと言われています。会場は静まりかえり受刑者の多くが老師の大慈大悲に感動し、号泣したそうであります。

信を万事の本と為す(その8)

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栃木坐禅会 2020/2/1 20:02
             

       信を万事の本と為す(その8)

3.不信

いま日本の政治家、閣僚達の不適切発言や不祥事、統計調査の怠慢による不正、大学入試の問題、教育者の不祥事、また日本を代表する基幹産業である自動車、建設、鉄鋼、耐震機器、ゴム化学等大手メーカーの品質、検査データの改ざんや噓による不正で企業の信頼を国際的に失っています。これ等の企業は利益を第一とし長年積み上げてきた信義、信用を疎かにし、企業のまことが失われつつあります。

また日産ゴーン元会長のように長年権力の座につけば自己中心的で欲望止まることのない行使で社会からの信を失っています。それぞれが長年積み上げてきた信用、信義を一瞬で失ってしまい、それを回復には時間がかかるものであります。技術立国、信用第一として世界から信頼されてきた日本の将来を危惧しているところであります。 


   『禅』65号 「信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載  

信を万事の本と為す(その7)

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栃木坐禅会 2020/1/17 9:39
             

       信を万事の本と為す(その7

2.報恩・感謝

(3)黄檗和尚と臨済禅師

次は黄檗和尚と臨済禅師のお話になります。

臨済宗の宗祖、臨済禅師は中国河南省、曹州南華のお生まれで若くして出家され、初めは戒律堅固の持戒僧として修行をされておられたのであります。しかし平凡な僧としての日々に飽き足らず求道の志やみ難しであったんです。揚子江中流の江西や湖南に坐禅によって頓悟成仏をはかる禅宗が盛んであることを聞き、遠い遠い旅を続け、江西の黄檗山に到り、黄檗希運禅師の会下に連なり禅僧として、修行に入ったのです。臨済は「行業純一」、純真一途な修行者でありました。黙って坐って三年が経ったのです。臨済は、お釈迦さんは「一切の衆生は皆悉く仏性を備えている」と言われる。してみればこの煩悩の多い自分にも仏性は備わっている筈であるが、その仏性とは一体どれであろうか?と大きな疑問を持ったのです。また人間は必ず死ぬものであるがその死とは何か、そして生とは何か……。人間はどう生きることが生き

甲斐ある人生なのかと疑いを持ったのです。この時、直日をやっていた睦州和尚は、純真一途で坐っている臨済を見て「此奴 若いけれどなかなか見所があるワイ!」と。「お主はここへ来てからもう何年になるかのうー」と声をかけたのです。臨済は「ハイもう三年になります。」睦州は「そうか。ところで和尚の室内に入って独参したことがあるのか?」と問うたのです。臨済は「まだ一度もございません。和尚に何を問うたらいいのか分かりませんので」と。睦州は「一度和尚の室内に入ってなぁ『禅道仏法のぎりぎりのところ、悟りとは如何なるものでございましょうか』と問うてみなされ」と、方便をめぐらしたのであります。こう指示されて臨済室内に入り睦州に言われた通り正直にその通り和尚に問うたのであります。

そうしたら和尚、その問いの終わらない内にいきなりビシャリーと一棒を与えたのであります。一棒くらった臨済、何のことやらさっぱり分からずションボリと禅堂へ戻ってきたのです。睦州はそれを見て「どんな具合であったのか」と聞いたのです。臨済は「ハイ直日の仰せの通りに問いましたら、まだ問いの終わらない内にビシャリーと打たれました。」と、べそをかいたのです。それを聞いた睦州 なんだそれくらいのことでべそをかく奴があるか。次にもう一度前の通り言って参じてこいと言われたのです。臨済また言われるままに参禅し、同じように問い、同じように打たれ、またうなだれて戻ってきたのです。睦州は今度も打たれることは分かっていましたがわざと「どうであった」と聞いたのです。そして、二度打たれたくらいでそんなに挫ける奴があるかと、もう一度行ってこい!と激励したのです。臨済は三度行って三度打たれてもう意気も消沈して戻ってきたのです。今ならパワハラだと言われるところでしょうが純真一途な臨済のまことが修行を続けさせたのです。臨済は自信を喪失し、自分はこの和尚のところでは機縁は結ばないのではないかと思い意を決し和尚にお暇を願い出たのです。黄檗和尚はそうかとやむなく許し、それではなぁーと旧知である大愚和尚を訪ねてみなされと言われたのです。臨済は失意のうちに大愚和尚を訪ね、三度参じて三度打たれましたと正直に話したのです。これを聞いた大愚和尚、「そうか……、黄檗和尚はなんと親切なお方だ。貴方の為にそこまで親切にお示ししてくれたのか」と感嘆されたのであります。こういわれた臨済、黄檗和尚は自分の為にこうも親切に何度も仏法の肝心要のところをお示しくださったのかとハッと気が付いたのであります。臨済は初め、仏典や仏教の注釈書を読み漁り、仏法の真理を求めようとしていた仏教学者であったのですが、黄檗に参じ、仏法は文字や言句ではない、その打たれたことで仏法の端的は身近なところにあることに気が付いたのであります。

臨済は大愚和尚に厚くお礼を申し上げ早々に黄檗山に戻り、黄檗和尚に絶対の信を置いたのです。師の鉗鎚、大慈大悲に命がけ、命を捨てての修行で、ついに黄檗和尚の法を嗣がれたのであります。臨済禅師は「臨済将軍の禅」と言われ、当時、中国で一番盛んになった臨済宗

を興されたのであります。「まさに見、師に等しきは即ち師の半徳を減ず、見、師を過ぎてまさに伝授するに堪えたり」であります。           
   『禅』65号 「信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載  

信を万事の本と為す(その6)

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栃木坐禅会 2020/1/6 21:18
             

       信を万事の本と為す(その6

2.報恩・感謝

(2)福沢諭吉

又、一万円札でお馴染みの福沢諭吉翁は「人の上に人をつくらず」と提唱し、学問のすすめの著者として、慶応義塾を創設した英傑であります。

諭吉翁は豊前中津藩の下級武士の家に生まれ、初め緒方洪庵について蘭学を学んだのですが、幕臣木村摂津守に認められ、その秘書となり、幕府の使節として欧米に随行したのであります。後、時事新報を創刊し「独立自尊」を説いた思想家であり、教育者であります。この欧米で学んできたことが諭吉翁の人生を大きく開くきっかけとなったのです。諭吉はこのご恩を深く心に刻み、感謝したのであります。木村摂津守は幕臣として日本海軍の基礎を築いた人でありますが、徳川幕府が崩壊し、禄高は無くなってしまい、日々の生活も困窮してしまいました。後に明治新政府から出仕の要請が是非にとありましたが、摂津守は「士たる者二君に仕えず」と固くその要請を固辞し、30 代の若さで職を失い、家族を養うことも困難になったのです。今なら「士たる者二君に仕えず」なんてことを言う人は誰もおらないと思いますが……。そんなことを言っていたら干し上がってしまいますよね。

諭吉はその窮状を救いたいと毎月自分の生活費をさいて摂津守に仕送りをし、先のご恩に報いたのであります。後に海軍に入隊して出世した息子さんが、自分にはもう充分な収入もあり、

仕送りのことは辞退したいと固辞したのですが、諭吉翁は私の今日あるのは貴方のお父さんのお陰ですからと、このお金はご両親にお送りしているものです、と生涯送り続けたと言われています。            
   『禅』65号 「信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載  

信を万事の本と為す(その5)

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栃木坐禅会 2020/1/2 17:16
             

       信を万事の本と為す(その5

2.報恩・感謝

私共は独りでは生きられないものであります。皆、天地の恵み、君主の恩、親の恩、師の恩、社会の恩をいただいて生きております。夫婦であれば夫の恩、妻の恩、兄弟や子供の恩、友人の恩をいただいており、この恩に感謝して生きることであります。

(1)二宮金次郎

江戸の後期、600 もの疲弊した農村の復興を指導した二宮尊徳翁は貧困の農家に生れ、病弱であった父に替って日の出から日の落ちるまで働き、夜は夜なべして草鞋を作り、そのわずかなお金で毎日一合の酒を買い父親に薬がわりとして飲ませたといわれ、ご両親の亡き後も貧しいながら兄弟を育ててくれた親のご恩に感謝して供養を続けられたと言われています。
            
   『禅』65号 「信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載  

信は万事の本と為す(その4)

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栃木坐禅会 2019/12/28 21:05

              信は万事の本と為す(その4

(3)神光雪中断臂(だんぴ)

この信、神光(二祖慧可大師)は達磨に信を求め「吾が心を安んじ給え」と嵩山(すうざん)の少林寺に達磨を訪ねましたが、何度訪ねても認められず、積雪膝を過ぎる大雪の日、ついに我が(ひじ)を断って信を呈したと伝記にあります。しかしいま、こんなことをしたら警察騒ぎになるでしょうけれど、私共は時代背景を学ぶことであります。神光は達磨に信を求め、命がけ、命をすてて己が赤心を表したのであります。


(4)親鸞聖人

また浄土真宗をおこした親鸞聖人は師の法然上人の説く教えが、浄土に生まれる道であるか、また地獄におちる道であるかは知らないが、私はただ上人の教えのままに従い行ずるだけである、その為に地獄におちることになり、結果的に上人に騙されることになったとしても決して悔いはないと信を表しています。しかしいま、死んでから地獄に落ちるなどと考えている人はいるんでしょうか。

  
『禅』65号 「信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載      

信は万事の本と為す(その3)

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栃木坐禅会 2019/12/27 16:54

        信は万事の本と為す(その3

(2)大信根

また、「仏法の大海広しと雖も信をもって能入す」とあります。

人間形成の道として、学道の三則に「大疑団、大憤志、大信根」とありますが、この道を成ぜんと欲せばすべからく大信根を具すべしとあります。耕雲庵老大師はこの大信根がすべての基盤であると申されております。私はこのお言葉に感動し入門いたしました。

この信は鰯の頭も信心からというような、盲目的な迷信や妄信ではなく、

○宇宙に不生不滅唯一絶対の如是法あることを信ずる。

○お釈迦さんはこの如是法を体達し、体理した活仏であり、同じことが達磨、臨済、白隠、洪
川、宗演禅師、宗活老師と、耕雲庵英山老大師等正脈の祖師方に継承されてきたことを信ずる。

○そしてこの師家について如是法に修行を続ければ、自分もお釈迦さんと同じ如是法を体得
し、仏道を行ずることが出来ると信ずる。

この信がすべての基盤であります。

禅は達磨を初祖として1500 年、いま禅の正脈は印度にも中国にもなく日本に伝承されているのであります。

日本はこの信を(もと)として、天皇制を護持し神話と共に神武天皇以来2670 余年続いているのです。

これは世界中どこの国にも例のない奇跡と言われ日本の誇りとするところであります。

また企業にしてもこの信で結ばれ200 年以上続いている企業は中国では9社、印度では3社、そして日本では3,100 社あるのです。これも日本の誇りであります。これらの企業は利益第一とせず、正直第一、信用第一としその時代に応じて柔軟に対応し、人づくりを本として企業経営を続けてきたのであります。      

  『禅』65号 「信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載      

信を万事の本と為す(2)

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栃木坐禅会 2019/12/26 9:38

        1.信、まこと

耕雲庵老大師は、この信とは

天然自然に厳在する真理そのものであり、これを人間と言う器に與えて考

えればそれが「まこと」である。人間のありのままの姿、嘘のない姿、人

間性の根本を為すのがこのまことである。

と申されております。中庸にも「まことは天の道なり、これをまことにするは人の道なり」とあります。

(1)耕雲庵立田英山老大師の五戒

耕雲庵老大師は人間はどうあればよいのかと五戒でお示しになっておられますが、

一、 嘘をついてはいけない

一、 怠けてはいけない

一、 やりっぱなしにしてはいけない

一、 我儘してはいけない

一、 ひとに迷惑かけてはいけない

と、人間の生きる上での肝心要の戒めであると申されています。

老大師はこの嘘をつかないことが人間の一番難しいことだと言われていますが、

嘘をつく動物は人間だけなんでしょうね。

そしてこれを人間の踏み行う五徳目とすれば、

嘘をつかないとは「正直」ということで、正しいこと。怠けないとは「忠

実」ということ、やりっぱなししないとは「責任」ということで、楽しい

こと。我儘いわないとは「尊敬」ということ、人に迷惑かけないとは「博

愛」ということで、仲よいこと。

とお示しになっておられます。

まことの人と成り、親子、兄弟、夫婦、師弟、道友、友人、上司と部下、顧

客、取引先、また大きな組織体、小さな組織体、国と国とがこの信で結ばれれば、

正しく、楽しく、仲よいことで「信は万事の本で」あります。

このまことを(しん)()()の三(ぎょう)として体得することは素晴らしいことであり、

これを磨き続けることが、本物人間になることであり、その本物人間として研鑽

するのが禅の修行であります。

『禅』65号 「信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載

信を万事の本と為す(その1)

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執筆 : 
栃木坐禅会 2019/12/25 16:58

   信を万事の本と為す(その1            

はじめに

日本はいま皇紀2670 余年、新しい天皇が本日即位され、元号も仲のよい素晴

らしい佳き世の中と、世界友好の願いがこめられた新元号「令和」の時代を迎え

ましたことは洵におめでたい限りであります。

そして人間禅では第五世総裁葆光庵丸川春潭老師の後を継がれ第六世総裁が

誕生されますことは洵にお目出度く、法喜禅悦の極みであります。

この記念すべき年の摂心会に当たり私が講話させていただきますことは、ま

ことに光栄でございます。

今日のお話は、お釈迦さんが菩提樹下でご成道後、初めて説かれた経文とさ

れる、華厳経に「信を道の元、功徳の母と為し長養す、一切の諸善法」とありま

すが、何事も信、まことを為すことが、すべてのことの基本であり、幸せをもた

らす事であるとあります。その信について「信を万事の本と為す」ことでお話を

させていただきます。


 『禅』65号 信を万事の本と為す」了空庵老師の法話より転載