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札幌支部 石狩座禅道場



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ブログ - 最新エントリー

フランクルには二つの顔があります。
一つは人生の意味を見つける心理療法、
ロゴセラピーを発見した創始者としての 顔と
「夜と霧」というナチス強制収容所での体験記の著者としての顔です。
実存的空虚というのは、
「私の人生に意味はないのではないか」
という空虚感です。
あるアメリカの大学生がフランクルにこういう手紙を送ってきました。
「私はここアメリカにいて、自分の存在の意味を
絶望的に探し求めている私と 同世代の若い人たち
にくるりと回りを取り囲まれています。
(中略)私のいちばんの 友人の一人は、
まさにそのような意味を見出すことが
出来なかった為に、つい先頃 自殺しました。」

 このような、すごく恵まれているのだけれども、
自分の人生全体にどんな意味が あるのかわからない。
心にぽっかり穴の開いた状態を「実存的空虚」と言うのです。
現代人は忙しくすることで何も考えないようにしている。
しかし、いつしか、 人間は空虚であることを認めざる
を得ない時がやってきます。
そういう時に人はフランクルを読むのです。
千葉金風記
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諸富祥彦(もろとみ よしひこ)氏は明治大学教授で
ヴィクトール・フランクル 心理学研究家です。
ヴィクトール・フランクル氏はどのような人物かと言いますと、
「1905年ウィーン生、ウィーン大学医学部精神科教授、
1938年ドイツの オーストリア併合で、
1942年9月家族と共にユダヤ人強制収容所テレージ エンシュタット
に収容され、父はそこで死亡、
母と妻は別の収容所に移されて 死亡した。
1944年、フランクルはアウシュビッツに送られたが、
3日後に テュルクハイムに移送され、
1945年4月アメリカ軍により解放されました。
想像を絶する収容体験を経て、数少ない生き残りの方です。
彼の著書「夜と霧」は17カ国に翻訳され、
60年以上に亘って読み継がれています。」

その諸富氏が何年か前NHKラジオでフランクルのお話をしました。
そのリスナーのホームレスの方から1枚の葉書をもらいました。
そこにはこう書いていました。
「私はもう死のうかと思っていました。
しかし、先生の話を聴いてもうちょっと
生きてみようと思いました。」
諸富氏は、このとき程、「フランクルの研究をしてよかった
と思ったことは ありません。」と述懐されております。
絶望に効く心理学。これがフランクル心理学です。

千葉金風記
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本日5月5日は立夏

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2021/5/5 10:04
北海道新聞北のうた歴(ごよみ)に下記の句と評が掲載されて います。
立夏りっか星のふれ合う音かしら 小林ろば
俳人五十嵐秀彦氏の評は
『今日はこどもの日、端午の節句であり、立夏でもある。
ここから立秋の前日までが歴上の夏だ。
だが北海道はまだ桜の季節。
「りっか」という言葉の硬質で
鈴を鳴らすかのような音が、
北国の春の夜空で星がふれ合う音のように聞こえた。』

花活けて立夏の卓を飾りけり 稲畑貞子
農継がぬ世相を憂う立夏かな 伊藤一歩
干網に潮の香強き立夏かな 古市枯声
立夏来て馬車に乗りたくなりにけり 山田暢子

千葉金風記
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葆光庵名誉総裁老師の提唱録に塗毒鼓(ずどっこ)があり、
その除夜小参の中で老鼠牛角に入るについて次のように解説されます。
歳老いた鼠が牛の角の中にずうっと入っていって、
向こうは行き詰まりでしかも狭まっているのを
尻をつつかれて更に進もうとしても隅っこに
追いやられてどうにも身動きが取れないニッチもサッチも行けない状態、
これを「老鼠牛角に入る」という。
二進も三進も行かないところに行ってじっと動かないで大死一番する。
念慮を裁断し言葉を捨て去る、勿論再蘇する等はチラとも考えない。
じーっと追い詰めて行ってミジっとも動かない。
念慮を動かさないで、そこから後戻りしない。
しかも大切なことはその状況を客観的に自分で判断しようとしないこと。
これが大切です。と解説されています。
テーラワーダ仏教の瞑想は素晴らしいものがあります。
テーラワーダ仏教の良さをそのまま認めた上で、
テーラワーダ仏教の瞑想には自分を観察するという視点があります。
曹洞宗の只管打坐は臨済宗のように悟りの為にする坐禅ではありません。
曹洞宗の只管打坐の素晴らしさ、曹洞宗の良さをそのまま認めた上で、
敢えて、「老鼠牛角に入る」とは客観的に自分で判断しようとしないのです。
年取ってよぼよぼになった鼠がついに追い詰められて、
とうとう牛の角に逃げ込んだ。
金輪際出ることが出来ない、工夫に工夫を重ねて窮し切った状態です。
また、進退窮まる、窮鼠猫を咬むとかいいます。
普段、鼠は猫に追いやられて逃げてばかりいますが、
進退窮まり、逃げ場を失った鼠は逆に猫に襲い掛かり、
その鼠の勢いに多少たじろいだ猫は隙を見せて、
鼠はその隙を見逃さず窮地を脱するのであります。
こういう状態になってからが本当の修行であります。
ここでやめてしまう人がおりますが、残念なことです。
文字通り、困って困って困り抜いて、そこにどん坐るのです。
そこに理屈はありません。困ったという事実しかありません。

宮本武蔵の和歌に「切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 
踏み込むゆけば あとは極楽」
あるいは剣道の道歌に「切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 
身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ」というのがあります。
千葉金風記
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芥川龍之介の黄梁夢

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2021/4/28 5:43
芥川龍之介の黄梁夢は枕中記を翻案したものですが、
最後の結末は違っています。
蘆生はこう言います。
「夢だから、猶生きたいのです。
あの夢のさめたように、 この夢もさめる時が来るでしょう。
その時が来るまでの間、
私は真に生きたと言える程生きたいのです。
あなたはそう思いませんか?」
呂翁は顔をしかめた儘、然りとも否とも答えなかった。

芥川龍之介の面目躍如たる結末であります。

槐安国語に下記漢詩の一節があります。

墜葉疎雨(ついようーそう)の感を憐れむ
と雖も 黄梁争(いかで)か暮雨(ぼう)の親しきに似(し)かん。

落葉が時雨のような音を立てるのも風韻あり悪くはないが
黄梁黍を蒸して暮雲にそれが烟(けむ)る風情は又一入よい。

何気ない清貧な日常を描いております。
例えば、家庭の主婦が家族の食事の準備をし、
日常の瑣事を 全て整え、夫や子供の息災を祈り、
縁の下の力持ちとなって、
生きる日々の平穏な生活の中にも素晴らしい
充実した時間があります。

千葉金風記
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蘆生が自分の家に入ろうとすると、
役人達がやってきて、 蘆生を捕えようとした。
蘆生はわからなくなって、 妻に向かって言う。
「私は山東に居た時、良い田畑が五頃(約2.5ヘクタール)
あって、それで寒さや飢えを凌ぐに十分だった。
どうして、その後、多くを求めたのか?
今、 このようになってしまったからには、
もう 邯鄲(過去にもどろう)に行こうと
思っても 詮無いことであった。」

蘆生は事件に巻き込まれ、捕縛されたが、
独り蘆生のみで死罪を免れて驩州(かんしゅう)
に流罪となった。  
数年して時の皇帝が無実であることを知り、
再び、中書省の長官に任じた。燕国公に封じられ、
皇帝のおぼしめしは格別だった。

蘆生はあくびをして目を覚ますと宿屋で寝ており、
呂翁がその傍らに座っているのを見た。
宿屋の主人は黍を蒸していて、まだ、
蒸しあがっていなかった。

蘆生は起き上がり「なんと、夢を見ていたのか?」
と言った。 蘆生はしばらく感慨に耽り、
感謝して言うには 「寵愛と恥辱の道筋、
困窮と栄達の巡りあわせ、 成功と失敗の道理、
死と生の本質すべて分かりました。

これは先生が私の欲望を抑えることを
教える為 だったのですね。
蘆生は呂翁に頭を地に付け丁寧にお辞儀して去った。

次回は枕中記と芥川龍之介の黄梁夢について

千葉金風記
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中国唐の時代の沉既済(しんきせい)に枕中記という
短い伝奇小説があります。 こういった内容です。
道教の修行者に呂翁という者がいました。
邯鄲まで旅をし、宿屋で休息していると
通りがかった若者に目がとまった。即ち蘆生(ろせい) である。
蘆生は言う。
「立派な男子に生れず、今、
このような みすぼらしい服を着て、
生活にも苦しんでいます。」
呂翁は言う「みたところ、今のあなたは十分に
快適 幸せではないか?」
蘆生は言う「快適とは名声を上げ、
手柄を立て、宰相 となり、御馳走を食べ、
歌の上手な妓女に囲まれ、
一家 を益々繁栄させることだ」

そして、自分は学を志し、
学芸に秀で思いのまま、
出世 出来ると思ってましたが、
30歳でまだ貧困のままだと いうと、
眠気を催してきました。
丁度、店の主人が黄梁黍を
蒸そうとしていました。
呂翁は蘆生に枕を渡し、
「そこで眠りなさい。あなたを 栄達させてあげます」
と言います。
その枕は青い焼き物の枕で、細い穴があり、
次第に大きく 明るくなった。
そこで、蘆生が身体を起こして入ると
そのまま、自分の家に到着した。
黄梁一炊の夢(邯鄲の夢)―2に続く


千葉金風記
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最後の八つ目は不戯論です。

証して(真実を修行によって実証すること)分別を離るるを、

不戯論と名づく。実相(自己の正体、万法の真実の相)究尽す。

乃ち不戯論なり。

仏言(のたま)はく、汝等比丘、若し種々の戯論あらば、

其の心即ち乱る。

復は出家すと雖も猶未だ得脱せず。是の故に比丘、当(まさ)に

急ぎて乱心と戯論とを捨離すべし。

汝等若し寂滅の楽を得んと欲(おも)はば、唯当(まさ)に善く

戯論の患(わざわい)を滅すべし、是れを不戯論と名づく。

本日の日曜静坐会にD氏が初めてお見えになりました。

昨年12月頃から石狩道場ホームページに何度か問い合わせ

頂いていました。

坐禅に興味があったが、坐禅を組むのは初めてという方です。

日曜静坐会は4月から11月までの毎週日曜日、午前9時から

開始です。何とか継続していただきたいと思います。

これから桜も咲き、引き続いて色々な草花も咲き、窓を開け放つと

鳥の囀りも聞こえ、自然環境に恵まれています。

さあ、皆様、坐禅を一緒にしましょう。初心の方、大歓迎です。
 
千葉 金風 記

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七つ目は修智恵です。

聞思修証(もんししゅしょう)―法を聞き、法の理を思い

法を修行し、真実を立証するー起すを智恵と為す。

 

仏言(のたま)はく、汝等比丘、若し智慧有れば

即ち貪著(とんじゃくーむさぼり、しゅうちゃくすること)

無し、常に自ら省察して失(しつ)有らしめず。

 

是れ即ち我が法の中に於いて能く解脱を得(う)。

若し爾(しか)らずは、既に道人(仏道修行中の人)に

非ず、又白衣(びゃくえー在俗の人)に非ず、名づくる

所なし。

 

実智慧は即ち是れ老病死海を度(わた)る堅牢の船なり、

亦た是れ無明黒暗の大明燈(だいみょうとう)なり、

一切病者の良薬なり、煩悩の樹を伐る利斧(りふ)なり。

是の故に汝等、常に当(まさ)に聞思修慧(もんししゅえ)

を以って而も自ら増益すべし。

 

若し人智慧の照あらば、是れ肉眼なりと雖も、而も是れ明眼の

人なり。

是れを智慧と為す。
 
千葉 金風 記


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六つ目は修禅定です。

この修禅定は五つ目の不忘念と表裏一体の関係にあります。

法(自己の正体)に住して乱れず、名づけて禅定という。

仏言(のたま)はく、汝等比丘、若し心を摂(おさ)むれば、

心即ち定に在り。心、定に在るが故に、能く世間生滅の法相を知る。

是の故に汝等、常に当(まさ)に精勤して諸の定を修習すべし。

若し定を得ば、心即ち散ぜず。

譬へば水を惜しむ家の、善く堤搪(ていとうー堤防、つつみ)

を治むるが如し。

行者も亦た爾(しか)り、知恵の水の為の故に、

善く禅定を修して漏失せざらしむ。

是を名づけて定と為(な)す。
 
千葉 金風 記

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