禅用語 人間禅で使われる用語

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人間禅
人間形成の禅の意。人間禅は、昭和24年に耕雲庵 立田英山(こううんあん たつたえいざん)老師が、円覚寺派管長 楞伽窟 釈宗演((りょうがくつ) しゃくそうえん)老師の法嗣(ほっす)である両忘庵 釈宗活(りょうぼうあん しゃくそうかつ)老師によって創設された在家の禅の修行団体である。全国各地の道場では、摂心会(せっしんえ)を厳修(ごんしゅう)するなど本格の禅の修行が行われている。

合掌運動
人間禅の会員には、社会人として専門領域で優れた実績を上げている人、茶道・書道・俳句等の技芸道や剣道に造詣の深い人が少なくない。

人間禅では、そうした在家禅の特長を活かしながら、正しく・楽しく・仲のよい社会(世界楽土)を実現するために、数息観の実修や参禅を主要な柱とする社会形成運動を展開している。

現在、「茶禅一味の集い」「剣禅一味の集い」「禅フロンティア」「こころの教育シンポジウム」、企業内参禅会などが実施されている。

禅フロンティア
擇木道場で毎月行われている、坐禅体験と学びのフォーラムのこと。
毎月のテーマによって、その道に詳しい先生などゲストが招かれてセミナーや質疑応答を行う。

詳しくはこちらへ禅フロンティアホームページ



如是法(にょぜほう)
大自然の生命。誠。

仏性(ぶっしょう)
真実の自己。大自然の生命が人間に宿ったものをいう。

初関(しょかん)
入門した者が最初に授かる公案のこと。

道号(どうごう)
仏道を修行する上での名前のこと。

人間禅では、入門したものが初関を透った(とおった 合格したような意味 見性したということ)時に、老師によって道号を授与する慣わしとなっている。

見性入理(けんじょうにゅうり)
見性成仏。迷いの根源である虚妄の我を殺し尽くし、大自然の生命と一体の真実の自己として蘇ること。初関を透ることによって手がかりを体得できる(十牛図で言えば、見牛の段階)。

道眼(どうげん)
真理を把握する眼。主に公案を工夫する参禅弁道によって磨かれるとされる。

道力(どうりき)
真理どおりに実行する力。主に数息観によって磨かれるとされる。

居士(こじ)
出家をせずに在家のまま禅の修業をする男性のこと。

禅子(ぜんこ)
出家をせずに在家のまま禅の修業をする女性のこと。

摂心会(せっしんえ)
心を摂する会。摂心は、心を治めて散らさないの意。一定の期間(通常1週間)、正脈の師家の指導の下に本格の禅の修行が行われる。

徹宵坐禅会(てつしょうざぜんかい)
徹宵坐禅会とは、お釈迦様が12月8日明けの明星を一見して悟りを開いた故事にならって、禅門ではこの日を前後して摂心会(せっしんえ)を催します。最後の1日は徹夜で坐禅する慣わしです。
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