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「坐禅せば四条五条の橋の上 往来の人をそのままにして」という大燈国師の歌を挙げられました。
次に引かれたのは
「蘆花被下、雪に臥し雲に眠れば、一窩の夜気を保全し得。
竹葉杯中、風を吟じ月を弄せば、万丈の紅塵を躱離し了る。」
「蘆花被」というのは、貧しくて綿が買えないので、かわりに蘆の穂を入れた布団のこと。「蘆花被下 雪に臥し雲に眠れば、一窩の夜気を保全し得」とは、そのような粗末な夜具を掛けてあばら屋に寝ても、心にいささかの曇りもなければ、夜グッスリと眠れ、昼間の疲れがすっかりなくなってしまうという意味。
次の「竹葉」とは酒、「万丈の紅塵」とは浮世の塵のこと。つまり、わずかの酒の快く酔えば、浮世の塵から遠く離れることができる、これくらいの意味。物質的には、貧しいものだが、この「風流ならざるところ亦風流」と生きるのが道人の生き方。これは、茶道の「侘び」の本意でもある。最後に「ものもたぬたもとは軽し夕涼み」という句を挙げられ、今日の法話を終えられました。
法話後、老師はすぐNHK文化センターでの講義に向かわれました。残った者で、道場の屋根の雪下ろしをしました。耕尽庵老居士が半分以上、お一人でやって下さった上、人数も多かったので、早く終わりました。
次回の法話会は、3月17日。一週間の本格的禅の会(摂心会)の最中です。関心のある方は、ぜひご参加下さいませ。
芙蓉記
style='font-family:"MS ゴシック"'>十二月の法話で了々庵老師が一遍上人のエピソードに触れられました。芙蓉さんも書いておられますが、後で述べることに関係するので、再度そのエピソードを書いておきます。
style='font-family:"MS ゴシック"'>一遍上人が後の法燈国師の元で日夜座禅に励んでいるときのこと。念仏三昧とはこれだと思い、「唱うれば仏も我も無かりけり南無阿弥陀仏の声のみぞして」と和歌にして法燈国師に呈しました。国師は、「この見解、一応悪くはないが、まだ徹底していない。もうひと工夫してこい」と言います。そこでさらに座禅に励み、「唱うれば仏も我も無かりけり南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と改め、これを呈したところ、「これならよし!」と認められたというのです。
style='font-family:"MS ゴシック"'>私はこのエピソードを知ったとき、まるで俳句みたいだなあと思いました。つまり、俳句を作るとき、「声のみぞして」は要らないと言われるのです。説明はなしです。自分でそれを納得するしかありません。
style='font-family:"MS ゴシック"'>そして、先日たまたま『今井杏太郎全句集』を読んでいて驚きました。今井杏太郎は俳人で精神科医だった人です。年譜を当たっても特に禅の修行をした形跡はありませんが、このような句を残しています。
style='font-family:"MS ゴシック"'>なもあみだなむあみだぶつ銀杏散る
style='font-family:"MS ゴシック"'>この句だけでもすごいなあと思うのですが、さらに次のような文章を目にして、びっくりしました。或人がこの杏太郎の句とほぼ同時に
style='font-family:"MS ゴシック"'>なむあんだ南無阿弥陀仏と銀杏散る
style='font-family:"MS ゴシック"'>という句を作って発表してしまいました。後に杏太郎の句を知り、類想ではないかと思ったのでしょう、自分の句は自分の句として遺してもよいかと杏太郎に問い合せたのです。それに対し杏太郎は「と」の有無の違いは大きく、まったく別の句であるから大切に取っておきなさいと言ったのです。さらに読み進めていると、こんな件もありました。
style='font-family:"MS ゴシック"'>「先ず、たとえば、「秋の暮」の句を作ってみたい、という衝動に駆られたとき、「秋の暮」とは、自分にとって何なのか、という問いかけがなされ、そして、じわっと「秋の暮」にむき合って行かなければならない。むき合うとは…。これをやや象徴的にいえば、仏にむかって手を合わせているような気配なのである。その結果、「秋の暮」と作者とが、一体になったとき、「秋の暮」が、不動の季語として一句の中に収まるのである。「大変なことだな」と思われるかも知れないが、そこへ到達するまでのプロセスが、俳句の本当の楽しさ、といえるのではないか。」
style='font-family:"MS ゴシック"'>今井杏太郎は何だかぼわーんとした気の抜けたような俳句を作った人ですが、ひょっとしたらそれはすごい境涯だったのかもしれないと思いました。最後に今井杏太郎の句を少し紹介しておきます。
style='font-family:"MS ゴシック"'>春の川おもしろさうに流れけり
style='font-family:"MS ゴシック"'>馬の仔の風に揺れたりしてをりぬ
style='font-family:"MS ゴシック"'>老人が被つて麥稈帽子かな
style='font-family:"MS ゴシック"'>老人に会うて涼しくなりにけり
style='font-family:"MS ゴシック"'>長き夜のところどころを眠りけり
style='font-family:"MS ゴシック"'>雪が降り石は佛になりにけり
style='font-family:"MS ゴシック"'>葉がみんな落ちてしまつていてふの木
style='font-family:"MS ゴシック"'>
style='font-family:"MS ゴシック"'>珠玉記