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石狩座禅道場



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ブログ - 最新エントリー

坐禅をやってみての感想

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ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2014/9/25 4:31
玉心です。なんでこんなに登場するのかといいますと、私の北海道生活はラストスパートを迎えているのです。ああ、ホントに悲しい。あまり、禅について語ることができないのですが、触れなさ過ぎても、坐禅道場のブログの意味がないので、ちょっと坐禅について感想を今日は述べてみますね。私は坐禅を初めて3年程になります。知人からの紹介で始めました。最初は、股関節は痛いわ、背中が筋肉痛になるなんて!など、スポーツでも痛くならないところがやられてました。当時は、超ハードな仕事をしていましたので、とにかく、朝も、昼休みも、夜も暇を見つけては、ひたすら坐ってました。坐禅は私にとって現実逃避のツールでした。だから、坐禅に魅力を感じていたわけでもないし、好きでもなかったです。これをすれば、何か変わるんじゃないかって、期待してたんだろうなと思います。で、何か変わったかというと、私自身は、なーーんにも変わらなかったです。住む環境が変わったくらいでしょうか。…ってなると、「こら!坐禅を勧める方向で話を進めんかい!」って石狩道場の方から怒られそうですね(笑)「変わらない」ってことが、「わかった」ということが、自分にとっては大きかったですかね~。これがまた、「変わらない」とか、安易に使うと、禅の世界では、この言葉の持つ意味が深すぎて、あまり足を突っ込みたくないのですが、でも、それにつきるかなと思ってます。あー、変わりたい、変えたいって思ってた自分って絶対変わんないんだ、変えられないんだねって、落胆したの覚えてます。ある意味、自分に諦めがついた、みたいな。自分を知る体験の一つだったような気がします。そんなことはない!自分は変えられる~!!なんて、反論される方もいらっしゃると思いますが、これは、一個人の感想なので、そこはご了承くださいね。長くなったので、今日はここらへんで締めます。ではでは。
玉心さん、元気ハツラツですね。書き込み、ありがとうございます。仲間と目標を持つと励みになる-。そうですよね。坐禅でもみんなと一緒だと、より長く坐れ、集中できるのと同じですよね。目標は会歌にある通り、見性成仏! これを目指してみんな必死に坐っているんですものね。禅フロンティアのブログ、拝見しました。ずいぶんにぎやかで楽しそうなブログですね。禅フロンティアの人たちのふだんの活動ぶりもよく分かって、いいと思います。そちらは雪、どうですか? 札幌は昨夜から結構雪が積もりました。こうしてブログを書いている最中にも妻から「早く除雪やってよ!」とせかされています。この書き込みが済んだら完全防備で外に出て、スノーダンプ押しです。除雪が済んだら坐禅タイムをとりたいと思っています。
こんにちは☆2回目登場玉心です。北海道のへそと言われているところに住んでいます。今日は久々に雪が降っています。先日、さっぽろ雪まつりに行って、あれ?都会の札幌の方が雪がひどいんでないかい?とビックリしました。当日は、かなり雪がふぶいていまして、前が雪で見えない状態。ツドーム会場のコミュニティドームが雪で消えていたことにびっくり。都会だから雪が少ないというのは、先入観だったようです。さてさて、前回チラと、全国に道場があると書きました。で、関東に道場仲間がいます。主に30代働き盛りがみんなで、当番制でブログを書いています。http://ameblo.jp/zenfrontier/私も今年から参加させてもらってます。直近では、2月16日と18日です。ブログの構成は、当番にあたる、その日の目標を書き、翌日に達成度を報告するというもの。これが意外といいんですね。公開、目標宣言。なので、その日一日、立てた目標について意識するわけです。みんなでやってるというのも励みになります。目標は、ちゃんと晩御飯をつくる!とか早く帰る!とか坐禅する!とか各自色々です。ちなみに私は、TO DOリストの☐を全てレ点☑つける!でした。達成できるかな~、今日やらないとな~というときは、誰かに宣言というのはイイかもです。

はじめまして。玉心初投稿

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ブログ
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札幌支部 石狩道場 2014/9/25 4:30
はじめまして。初投稿の玉心と申します。私は石狩道場ではなく、福岡県北九州にある、鎮西道場に所属しています。http://chinzei02.blog99.fc2.com/(鎮西道場のHPです。よかったらご覧ください。)道場は全国に色々ありまして、道場によって造りに個性がありますし、方言や環境も様々です。(リンクから色々見れますよ~。)ご当地坐禅を味わえます。ひょんなことから、九州からビュ~ンと北海道にやってきました。初北海道なので、全てがとっても新鮮です。一応まだ若い?ペーペーなので、禅について語れませんが、ちょくちょくブログに登場すると思いますのでよろしくです(^-^)

……………………………………………………………(管理者・注) 玉心さんは昨年7月、石狩道場などを会場に行われた「茶禅一味の会」に参加され、引き続き上川管内南部のマチに滞在中。このブログにも時々投稿していただけることになりました。おいおい禅修行や鎮西道場のことなども書いていただけると思います。玉心さん、よろしくお願いします!

60周年行事成功へ準備着々

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ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2014/9/25 4:30
2月13日(日)、7名が参加して例会。一炷香の静坐の後、8月の60周年行事の打ち合わせに入りました(写真)。式典や宴会など各担当者からの現時点での事務進捗状況の報告を受け、今後の見通しや検討課題などについて意見交換。具体的には3月の摂心会の折、時間を取ってさらに詰めていくことになりました。また、新年度総会(4月10日を予定)に向けて、22年度の反省点などについて、金風居士の原案を基に意見交換をしました。さらに詰めて総会提出の運びとなります。例会の後、作務。除雪の予定もありましたが、耕尽庵老居士のお骨折りにより、良くなっていましたので、堂内清掃のみを行いました。懸案の隠寮におけるインターネット接続について、作務の合間に無線LANの設置とテストを行いました。残念ながら無線LAN親機を置く事務室と子機のある隠寮間が離れすぎているため電波が十分届かず、後日、より性能の高いアンテナを取り付けて再テストすることになりました。                                     (会報「行々子」から抜粋)
昨年、茶禅一味の会で総裁侍者を務められ、引き続き道内に滞在されている鎮西支部所属の玉心禅子が、2月7日(月)の禅の同好会(写真)に出席されました。札幌へ出てきて雪まつりを見た帰りとのことですが、大変嬉しく思いました。この日はあいにく和室が取れず、椅子での静坐でありましたが、通常のスケジュールに最後まで参加されました。本道滞在は2月で終わり、摂心参加のため九州に帰るということでした。                                      (会報「行々子」から抜粋)
きょうは60周年行事担当者会議。一炷香静坐の後、会議に入りました。それぞれの担当者から進捗状況の確認、他の担当者との調整などを行い、今後のスケジュールなどを協議しました。 50周年行事の際の分担と照らし合わせると、一人のやるべき事が2役3役となり、大変さが予想されるだけに参加者一同、「覚悟して進もう」と気を奮いたたせました。                      終了後、道場屋根の雪下ろしが予定されていましたが、耕尽庵老居士が、娘さんと2回雪下ろしを実施されていたので、下ろした雪の後始末作務となりました。軒先まで重なった雪を取り除きましたが、固い雪でスコップがなかなか刺さらず、苦労しました(写真)。 (会報「行々子」から抜粋)
17日(日)13:00から14:30まで、NHK文化センター札幌教室において、蓮昌庵老禅子主催の「写経と禅 禅を聞く会」の講座が開講された。

途中休憩をはさんで、13:30頃まで椅子坐禅。その後、約30分、写経をする。

つづいて、老禅子の講話。今回の題は、「自主的に生きる」。人間の平等と人格の尊厳は古くて新しい問題である。福沢諭吉の言葉『天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず』は、身分制度に縛られていた時代に、人々に広く受け入れられた。しかし、この言葉は結論を述べたものであって、なぜ平等なのか?何を基準に平等なのか、を説いていない。仏教の母体である禅は、人間の差別と平等、人格の尊厳をきわめて明快に説いている。万人の具有する仏性は、男女、老幼、貧富、国籍の区別を越えて一味平等。それと同時に、その形相と作用、個性と能力から見た場合、十人十色。現代の民主社会には、考え方のはき違いがある。平等一辺倒に偏ると、男女の区別も親子の区別もなくなる。差別に偏ると、性や身分にかかわりなく人が全て平等であるという基本を失う。まず、真実の自己を見つけ、その尊厳を知識ではなく身を以って把握し、自己を確立して、個々の自覚を根底に据えて、教師は教師らしく、生徒は生徒らしくすること。真実の自己を見つけるには、数息観で三昧の力を養い、真正の師家について修行し、継続して力をつけることが必要。自主的に生きるとは、何時でもどこでも自分が主人公となって、五欲七情を手足のように使って生きること。趙州和尚の言葉、『他は十二時に使われ、吾は十二時を使い得て妙なり』と、臨済和尚の『随所に主となれば立所みな真なり』という言葉を挙げられる。お互いの人格を尊敬してはじめて、真に仲良くなれる。まず、身近な人々に禅を広めてゆきたいと思っている、と話を終えられた。
芙蓉記

秋晴の土曜座禅会

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2014/9/25 4:30
台風一過ならぬ大雨一過の昨日、気持ちのよい秋晴が広がりました。

連休初日とあって、坐禅会の参加者はわずか二名。

たぶん60畳ぐらいある広い坐禅堂内を独り占めする贅沢な気分を味わいました。

始める前、実は10年以上前に患った十二指腸あたりがちょっとシクシクして不安だったのですが、終わったらそれもなくなり気分爽快でした!

そういえば、『夜船閑話』を著した白隠禅師は、坐禅を諸病の治療法のひとつとして実践していたようですね。

私が十二指腸潰瘍を患ったときは、大きな心配事があって、その期間は必死で何ともなかったのですが、それが解決してしばらくして発病してしまいました。

今回も大きな心配事が一段落した後なので、ちょっと不安はありますが、今回は坐禅をしているので大丈夫じゃないかなとも思っています。もちろん、坐禅をしたって発病する病気はたくさんあると思いますが、精神的な要素が大きく影響する潰瘍などには効果あるんじゃないかと楽観しています ^^/
写真は道場近くを流れる茨戸川。

珠玉 記

救済の二門と禅の救済

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2014/9/9 4:30


 大乗仏教は救いの対象である人間の根機を考え自力聖道門と他力易行門の二つの救済の門を開き人々の夫々の選択に任せております。

 他力易行門は自己の計らいを捨て阿弥陀如来にすがり切り、「南無阿弥陀仏」と唱名念仏するのが骨子であります。

 自力聖道門の代表的な禅は絶対者を自己の外に立てず、有限相対な自己に即して無限絶対なものを見出し、自己即仏でありことを実地の行を通じて証悟する自力救済の教えであります。

 釈迦もこの実地の行即ち禅定三昧を行じ12月8日早曉、明けの明星を一見したその機にふれて忽然として大悟したのであります。

 およそ我々人間の生きている現実の世界は、男女・老幼・賢愚・美醜・是非・善悪とすべて主観と客観の対立した世界であります。この相対の世界に生きる我々人間が自立で対立を絶した絶対的なものを掴むには、一切の差別、相対の未だ分かれない以前の世界に入り込み、絶対そのものと不二一如となる他はありません。無限絶対のものをこの五尺の肉体を備えた生きた自己に即して証悟し、安心立命を得る、これが禅の修行の目的である自力救済であります。
金風記
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