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石狩座禅道場



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ブログ - 最新エントリー

きょうは60周年行事担当者会議。一炷香静坐の後、会議に入りました。それぞれの担当者から進捗状況の確認、他の担当者との調整などを行い、今後のスケジュールなどを協議しました。 50周年行事の際の分担と照らし合わせると、一人のやるべき事が2役3役となり、大変さが予想されるだけに参加者一同、「覚悟して進もう」と気を奮いたたせました。                      終了後、道場屋根の雪下ろしが予定されていましたが、耕尽庵老居士が、娘さんと2回雪下ろしを実施されていたので、下ろした雪の後始末作務となりました。軒先まで重なった雪を取り除きましたが、固い雪でスコップがなかなか刺さらず、苦労しました(写真)。 (会報「行々子」から抜粋)
17日(日)13:00から14:30まで、NHK文化センター札幌教室において、蓮昌庵老禅子主催の「写経と禅 禅を聞く会」の講座が開講された。

途中休憩をはさんで、13:30頃まで椅子坐禅。その後、約30分、写経をする。

つづいて、老禅子の講話。今回の題は、「自主的に生きる」。人間の平等と人格の尊厳は古くて新しい問題である。福沢諭吉の言葉『天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず』は、身分制度に縛られていた時代に、人々に広く受け入れられた。しかし、この言葉は結論を述べたものであって、なぜ平等なのか?何を基準に平等なのか、を説いていない。仏教の母体である禅は、人間の差別と平等、人格の尊厳をきわめて明快に説いている。万人の具有する仏性は、男女、老幼、貧富、国籍の区別を越えて一味平等。それと同時に、その形相と作用、個性と能力から見た場合、十人十色。現代の民主社会には、考え方のはき違いがある。平等一辺倒に偏ると、男女の区別も親子の区別もなくなる。差別に偏ると、性や身分にかかわりなく人が全て平等であるという基本を失う。まず、真実の自己を見つけ、その尊厳を知識ではなく身を以って把握し、自己を確立して、個々の自覚を根底に据えて、教師は教師らしく、生徒は生徒らしくすること。真実の自己を見つけるには、数息観で三昧の力を養い、真正の師家について修行し、継続して力をつけることが必要。自主的に生きるとは、何時でもどこでも自分が主人公となって、五欲七情を手足のように使って生きること。趙州和尚の言葉、『他は十二時に使われ、吾は十二時を使い得て妙なり』と、臨済和尚の『随所に主となれば立所みな真なり』という言葉を挙げられる。お互いの人格を尊敬してはじめて、真に仲良くなれる。まず、身近な人々に禅を広めてゆきたいと思っている、と話を終えられた。
芙蓉記

秋晴の土曜座禅会

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2014/9/25 4:30
台風一過ならぬ大雨一過の昨日、気持ちのよい秋晴が広がりました。

連休初日とあって、坐禅会の参加者はわずか二名。

たぶん60畳ぐらいある広い坐禅堂内を独り占めする贅沢な気分を味わいました。

始める前、実は10年以上前に患った十二指腸あたりがちょっとシクシクして不安だったのですが、終わったらそれもなくなり気分爽快でした!

そういえば、『夜船閑話』を著した白隠禅師は、坐禅を諸病の治療法のひとつとして実践していたようですね。

私が十二指腸潰瘍を患ったときは、大きな心配事があって、その期間は必死で何ともなかったのですが、それが解決してしばらくして発病してしまいました。

今回も大きな心配事が一段落した後なので、ちょっと不安はありますが、今回は坐禅をしているので大丈夫じゃないかなとも思っています。もちろん、坐禅をしたって発病する病気はたくさんあると思いますが、精神的な要素が大きく影響する潰瘍などには効果あるんじゃないかと楽観しています ^^/
写真は道場近くを流れる茨戸川。

珠玉 記

救済の二門と禅の救済

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2014/9/9 4:30


 大乗仏教は救いの対象である人間の根機を考え自力聖道門と他力易行門の二つの救済の門を開き人々の夫々の選択に任せております。

 他力易行門は自己の計らいを捨て阿弥陀如来にすがり切り、「南無阿弥陀仏」と唱名念仏するのが骨子であります。

 自力聖道門の代表的な禅は絶対者を自己の外に立てず、有限相対な自己に即して無限絶対なものを見出し、自己即仏でありことを実地の行を通じて証悟する自力救済の教えであります。

 釈迦もこの実地の行即ち禅定三昧を行じ12月8日早曉、明けの明星を一見したその機にふれて忽然として大悟したのであります。

 およそ我々人間の生きている現実の世界は、男女・老幼・賢愚・美醜・是非・善悪とすべて主観と客観の対立した世界であります。この相対の世界に生きる我々人間が自立で対立を絶した絶対的なものを掴むには、一切の差別、相対の未だ分かれない以前の世界に入り込み、絶対そのものと不二一如となる他はありません。無限絶対のものをこの五尺の肉体を備えた生きた自己に即して証悟し、安心立命を得る、これが禅の修行の目的である自力救済であります。
金風記
札幌の坐禅体験:石狩道場(http://ishikaridojo.web.fc2.com/

石狩道場参禅会&月例会

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2014/9/7 4:30
昨日、今日と石狩道場の参禅会および会員月例会で、道場に一泊してきました。

昨日はすばらしい秋晴の下、全員で作務の庭の草取り、落葉掃きをしました。全員で2時間たっぷりやっても、庭が広いので、ほんの一角しかできませんでした。草取りをしていると、ダンゴムシ、カタツムリ、クモ、コガネムシ、アリなど出るわ出るわ。せっかく休んでいるところをお騒がせして・・・と思いつつ、侵入させていただきました。道場の作務は、みんな黙々と熱心にするので、とても気持ちいいです。
写真は道場敷地内にある裏山の「北越街道」といわれている道です。ここの道場ができた当初、北越支部の方々が切り拓いて作ってくださったのだそうです。下はそこで見つけた茸。ひょっとしたら、猛毒のテングダケかなと思って写真を撮ったのですが、どうかしら?
今朝は雨が降っていたので、作務は道場内の清掃をしました。もちろん、昨日も今日もたっぷり坐りました。今日の朝食前の座禅では、お腹が減ってお腹が鳴りっぱなし。朝食後の座禅では、今度はお腹がいっぱいになって眠くて、睡魔との戦い。私には座禅断食や徹夜座禅などとても無理だなあと思いつつ下山しました。


珠玉 記

札幌の坐禅体験:石狩道場(http://ishikaridojo.web.fc2.com/)


 禅の本質は何でしょうか?如々庵老師著「禅入門」の力を借りて、禅の本質を考えてみたいと存じます。

 禅とは宗教であります。禅は哲学でも道徳でも単なる精神修養法でもありません。徹底した実践的な行の宗教であります。

 それでは宗教の本質は何でしょうか?

 人間というものは有限なもの、相対的なもの、不完全なもので、死を恐れ、不老不死でありたいと願いますが、人生はせいぜい百年が限度であります。万物は日々流転変化し、歴史上でも永劫不変なもの、絶対的なものはありません。しかし、「考える葦」たる人間は無限絶対でありたい、完全円満でありたいと願わざるを得ません。

 科学や哲学はこの無限絶対の世界に迫り把握しようとする努力でありますが、認識するものと認識されるものと、主観・客観の対立する世界を出ず相対の世界にとどまるものです。道徳の世界は高尚でありますが、因果応報の裁きの世界です。芸術もまた、創作すると創作されるもの、美と醜との対立する世界を出るものではありません。

 有限で相対的で不完全である人間と無限絶対で完全円満な神、仏、法との間に正しく確かな通路を開き、人間に安らかな座席を与えることが宗教の本質たる救済であり安心であります。
金風記

秋晴の土曜座禅会

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2014/8/30 4:30
今週はずっと気持ちのいい秋晴が続いています。

2週間ぶりの道場での坐禅はとても気持ちよかったです。

あっという間に終わったので、きっと今日は集中できたのかな。
家でもお線香を焚いて坐れば、集中でるかな?と思って仏壇のお線香を失敬して時々焚いてやってみるのですが、どこにでも売っている通常のお線香は25分。これでは短いので、先日仏具屋さんで60分のお線香を買ってきました。本当は45分のが欲しかったのですが、売っていませんでした。仏具屋さんに、「本当にこんなに長いのでいいの?最近、これを使うのは禅寺くらいだよ」と言われましたが、「そうなんですか~」ととぼけて買ってきました^^;。よ~し、これでがんばるぞ!

珠玉 記


実りの秋

看板に感激!

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ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2014/8/26 4:30
先週の土曜座禅会は、私用で東京に行っていたため、参加できず残念でした。

一度休むと次の座禅会までが長く感じられ、待ち遠しいです!
ところで、先日豊平川沿いを歩いていたら、こんな看板があることを教えてもらいました。(ひょっとして、有名なのかな?)この建物を所有している社長さんが考えたらしいのですが、何と読むかわかりますか?
しばらく見つめて考えましたが、ギブアップ。教えてもらったところ、「交通安全の為、人は気を長く、腹を立てず、心を丸く、己を小さく」だそうです。

これを考えた人えらいなーと感激してしまいました。

遊び心とともに、最後に「己を小さく」まで入っているところがなかなか。「おぬしやるな」とつぶやきました。

(でも、運転している時にこの看板を見て、気を取られて事故ることはないのかな?とちょっと心配)

珠玉 記

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ブログを新設

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ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2013/1/1 4:30
人間禅札幌支部のホームページ一新に伴い、ブログを新設しました。 道場での活動の様子や会員の声などを紹介していきたいと思います。 ご愛読よろしくお願いいたします。
1月9日(日)、札幌支部の新年互礼会が道場で行われました。当日は朝から猛吹雪。走行する車の雪煙もひどく、前が真っ白で、危険な思いをしながらも十数名が参加。嘯月居士を直日に一炷香の静坐の後、老師から年頭のご垂示を受けました(写真左)。      60周年行事の成功を 老師は「昨年は7月の茶禅一味の会北海道大会を成功させ、全国の道友との交流を得られた1年であった」と振り返られた後、「諸般の都合で昨年かなわなかった支部創立60周年記念式を今年実現させよう」と力強く決意を述べられました。また、昨今の日本の政治に有為の人材なきこと、日本文化が培われ、継承されてきた基(もと)である「孝」が崩れ始めていることなどにも触れ、そこにこそ宗教の出番があると強調されました。 最後に「自利利他の願輪を廻らして、人間禅の使命達成に向って邁進し、一人でも多くの仲間、道友を増やしていかなければ世直しができない。当支部がいろいろイベントをやるということも大きな布教である。頑張っていただきたい」という言葉で締めくくられました。熱気あふれる言葉に応え、会員一丸となって本年最大の行事、60周年記念式典を成功させることを誓い合いました。      新年に思い新た お茶会 茶礼の後、全員隠寮に入室。蓮昌庵妙泉老禅子(写真左)のお点前でお茶会を行いました。老師から始め、支部長ら会員が次々と新春初のお茶を味わい、思いを新たにしました。庭には柔らかな雪が積もり、墨絵のような風情のある中ですがすがしい一時を過ごしました。      最優秀に金風さんの俳句   昼食懇談会(写真右)では句会も催されました。あらかじめ会員から提出された俳句、川柳を1句ずつ詠み上げて挙手で“投票”。優秀作には老師揮毫の書やお菓子などの賞品が贈られ、参加者から盛んな拍手を受けていました。 審査の結果、最優秀作には金風さんの句  「 寒菊の 耐えて凜たり 命秘む 」  が選ばれました。         (会報「行々子」から抜粋)
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