メインメニュー
札幌支部 石狩座禅道場



〒061-3245
石狩市生振六線南2号
(いしかりしおやふる6の2)

TEL/FAX 0133-64-9045
お問合せはこのホームページ
からどうぞ

お問合せはこちら


カーナビ、スマートフォン
来られる方は、以下で検索
してください。
石狩市生振584−17
注:これはGoogleマップで
郵便の住所ではありません。

 

インスタグラム
  
このページをシェア!
ここでブックマーク: Twitter ここでブックマーク: Facebook ここでブックマーク: Yahoo ここでブックマーク: Google
検索
カテゴリ一覧

ブログ - 最新エントリー

智慧とは

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2022/2/26 15:44

上座部仏教長老のスマナサーラ師は言います。
智慧とは、特別に「何かがある」ことではありません。
じつは、「何もない」ことなのです。
 心の中に、ある価値判断や尺度をもっていると、それに
当てはまるものしかみえません。
何か知識にしがみついていると、それで頭がいっぱいで、
他のものが入らなくなってしまいます。
 頭の中に何もない場合は、そのときそのとき、何でも入って
しまい、理解がはやいのです。
 さらに、得たものに執着しないでもち運ばないのが、智慧
ある人なのです。
坐禅をし、数息観を行ずるということは、呼吸と一つとなり、
一切の概念から心が解放された状態になろうということです。
 
3月18日(金)18時半から3月21日(月)17時まで
第207回摂心会(坐禅の集中修行期間)が石狩道場で開催され
ます。
 本格的な坐禅修行を体験するよい機会だと思いますので、ご興味
のある方は是非ご参加ください。初心の方の参加も大歓迎です。
 期間中早朝午前5時位から夜21時30分まで、坐禅、作務(
掃除等)、提唱(禅の講義)等がございます。食事、宿泊施設も
ございます。参加の皆様のスケジュールに合わせての部分参加も
可能です。
千葉 金風記

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (65)

坐禅中の目について

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2022/2/19 18:21
坐禅中は目を開いて、わずかに外の光をさえぎる程度
に細めます。
坐禅儀に「目は須らく微(すこ)しく開き昏睡を致すこと
を免るべし。もし、禅定を得ればその力、最も勝る。」と
あります。目を閉じる方が三昧に入り易いという方もおられ
ますが、仏祖正伝の坐禅は永年の体験から「微(すこ)しく
開く」のです。目を閉じていると「昏睡を致」し、眠気を催し
心が暗く、沈んで活気がなくなります。所謂、無念夢想を
楽しんでいるのとは違います。活気凛凛として五体に充満し、
一切の万境に接しながら少しもそれに煩わされたり、動揺
させられたりしないという禅定力は目を開いて坐ることに
よって練り上げられます。
「もし禅定を得ればその力、最も勝る」ゆえんです。
 
千葉 金風記

 


  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (69)

坐禅の生命は三昧

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2022/2/12 13:14
三昧とは梵語Samadhiを漢字に音写したもので正受と意訳
されています。集中して余念のないこと、一心不乱に物事
に集中することです。数息観についていえば、数息の一念
だけが生き生きと働き、それが切れ目なく一貫相続している
ことです。是は精神の活動の停止したポカーンとした空白状態
、一種の恍惚とした忘我の境や無念無想とは全く異なるものです。
息を数える我と数えられる息が一体となり、不二一如となること
です。三昧になっているからといって、何も聞こえず、何も
見えないわけではありません。何が聞こえても何が見えても、
邪魔にならないだけです。
数息観をしていて見えたら見えたまま、聞こえたら聞こえた
ままにして、それに拘泥しないで、二念をつながないように
するのです。二念をつぐと、これが起点となって三念、四念
と思慮分別に発展し、次から次へと連想がおこり、いつしか
雑念妄想のとりことなってしまいます。
なかなか、難しいことですが、気長に坐禅を楽しみましょう。
気長に続けていると、今日はちょっと違うぞという日が必ず
来ると思います。肩の力を抜いて悠々と坐禅をしましょう。
千葉 金風記

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (66)

雑念について

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2022/2/5 18:07
坐禅を組み、数息観を始めますと内外のちょっとした刺激
を契機として様々な雑念が常に出てきます。それが連想を
よび、自分の意思とは無関係に連想を続けるということに
なります。雑念の出方は呼気で比較的消失しやすく、吸気
の時に出易い。ある場合は呼気、吸気の切れ目に出てくる
ことがあります。
一念が起こる時、それをそのままにして二念を継がない
ようにするのが良いようです。雑念を相手にしない。
坐禅儀には「念起らば即ち覚せよ、之を覚すれば即ち失す。
久々に縁を忘ずれば、自ら一片となる」とあります。
念が起こったら、来たなと覚して、相手にしないでいるという
のです。
吸気に注意して吸気の時だけ、数を数える方法もよいようです。
数息観を実行していると、呼吸を数えるというのは単に
頭だけの働きでないことに気付きます。
古人は「足の踵で数を読め」とか、「身体全体をつっくるめて
数息観をするように」とか言われています。
心を左の掌の上におき、肩の力を抜いて自然の呼吸をしている
と自然に気が臍下丹田の方に下りてゆきます。
千葉 金風記

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (69)

欠気一息について

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2022/1/29 13:18
坐禅を組み、数息観を始める前に、古来から「欠気一息」
―かんきいっそくーをすると坐禅三昧に入り易いと言われて
います。
 欠気というのは、胸から肚の奥底までたまっている息を全部
吐き出し、新たな息を吸いこむ深呼吸のことです。
その深呼吸のやり方は鼻から空気を腹部、胸部そして肺尖部まで
充分に吸い、そのまま息を吐き出さずに肩甲骨を下げると自然に
横隔膜が下がるので、肺のすみずみまで空気がしみ通るように
感じられます。
 しばらくそのまま呼吸を止めておき、徐々に鼻孔から細く長く
吐き尽くします。それを2~3回反復し、その後は自然の呼吸に
任せます。正しい坐相で無理のない自然の呼吸を続ければ、自然と
気海丹田に気が充実します。その息を数えてゆき、次第に心を調える
方法を数息観といいます。
 
オミクロン株の急拡大によって、27日から道内は蔓延防止措置が
適用されました。新型コロナが発生してから2年、静坐会参加者は
著しく減少してきました。本日のあいの里静坐会も蔵燈居士と小生
の二人でした。こういう不安な時期だからこそ、自宅で坐禅をし、
本来の自分を取り戻してください。次回のあいの里静坐会は2月12日
(土)午前9時からです。場所はあいの里教育大駅隣のあいの里地区
センター和室です。感染対策に十分留意しておりますので、
宜しければ、ご参加ください。
千葉 金風記

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (83)

真人の息は踵を以てす

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2022/1/22 17:26
「荘子内篇」の中に、「真人(真の人)の息は、踵(きびす・かかと)
を以てし、衆人(普通の人)の息は、喉を以てする)という
言葉があります。これは白隠禅師の「夜船閑話―やせんかんな」
にも引用されています。
普通の生活でも立っているということが非常に多いわけです
が、坐禅の道場でも立っている時は、そういう呼吸をすると
良いようです。
坐禅の時は全身から下腹に吸い込んで、
ーっと肛門を締めて、ずーっと吸い込んで、臍のあたりに
心を置いてずーっと息を吐き出す。ー「摩訶止観」
立っている時は、更にそれを足の裏即ち踵、足心(足の裏の真ん中)
に心を集中して吐く。
そういうことに心掛けると健康に非常に良いようです。
 
千葉 金風記

 


  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (65)

新年互例会

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2022/1/17 10:45

昨日、新年互例会が開催されました。昨年は、コロナ禍のため互例会自体が中止でした。今年は、恒例の昼食会&句会は取りやめとなりましたが、とりあえず、老師と会員が一堂に会することができました。

 

8時半集合。耕尽庵老居士が早朝から暖房を入れ、水道が使えないので、水の入ったバケツやポリ容器を用意しておいて下さいました。老居士は禅堂内のストーブについている室温計を見て、「なかなか温度が上がってこない」と言っていましたが、それでも10度以上はあり、まぁまぁ暖かでした。


9時より老師のご垂示。

初めに、新型コロナや地球温暖化という、地球規模で対処すべき問題について述べられた後、13日に行われた本部の新年互例会で総裁が、「担当師家のもとに信をもって結集し、力をつけていっていただきたい。そのためには節目を大事にしていただきたい。」とおっしゃったことにふれ、令和7年の札幌支部75周年に向けて、一歩一歩、歩を進めて行っていただきたい、と話されました。最後に前担当師家で、現在は宇都宮在住の了空庵老師から届いた励ましの葉書を読んで、垂示を締めくくられました。



 915分より静坐、10時半に参禅。

参禅後、後片付けをして解散いたしました。

  

芙蓉記

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (61)

全国的に連日の暴風雪が続いております。

 15日早朝、蔵燈居士から電話があり、以前

同居士の友人が同じような暴風雪の日でJR等交通機関

が運休していた時、お子さんをセンター試験会場の

あいの里教育大まで車で送ったところ、車の渋滞で身動く

取れず、結局、歩いて会場まで行ったことがあるそうです。

そのような訳で不要不急の外出は自粛したいとの申し出

がありました。申し出もっともと思いました。

 小生も自粛したいと思いましたが、あいの里静坐会の開催日時は

ホームページに掲載されており、誰か来られる可能性があるので

欠席出来ません。結局、静坐会は小生一人でした。

坐禅儀という書物の中に「乃ち諸縁を放捨し、万事を休息し、

身心一如にして動静(どうじょう)間(へだて)なかるべし」と

いう言葉があります。人間は四六時中、いろいろな事に縛られ、

煩われて、僅かな時間の坐禅もなかなか出来ないものです。

坐禅をしようと心に決めたならば、万事をなげうってという覚悟

が必要という訳です。ところが実際はなかなか困難です。

そういう場合はあいの里静坐会に参加されては如何でしょう。もっとも

荒天の日は勿論無理ですが..。次回のあいの里静坐会は
1月29日(土)午前9時~11時です。初心の方大歓迎です。
(お詫びーこのブログで次回は2月12日と広報しましたが、
 1月29日(土)の誤りでした。お詫びして訂正します。)


千葉 金風記

 


  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (73)

屋根の雪下ろし作務

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2022/1/9 13:43

本日は、道場の屋根の雪下ろしをしました。年間行事予定では、23日()にすることになっていたのですが、今年は雪が多く、それより前の実施になりました。三連休の中日だったため、すでに予定があり、参加できない会員もいましたが、集まれるメンバーで、2時間弱、汗を流しました。

毎冬、2回ほどの雪下ろしは必須です。

耕尽庵老居士のご家族も応援に来て下さり、有難く思いました。

 

   


芙蓉記

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (83)

生きるとは苦しいこと

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2022/1/8 17:51

上座部仏教の長老スマナサーラ師はこう言います。

生きるとは、複雑なようであって、じつはとても

単純です。歩いたり座ったり、喋ったり、寝たり

起きたり。それ以外、特別なことはありません。

この単純さを認めないことが、苦しみのもと

なのです。

 この単純さ以外に、何か人間を背後から支配して

いる「宇宙の神秘」のようなものがあると思うのは、

妄想です。

老いて、体が動かなくなれば苦しい。病気になれば

苦しい。生きること自体苦しい。大切なのは、将来で

はなく、「いま」の行為に充実感と喜びを感じられるか

否かだと。

「いま」の行為に集中する為、坐禅をしましょう。

数息観や随息観をしてもなかなか無心になれません。

人間には「習気―じっけ」というものがあり、自分で

は煩悩を尽くせたとしても、煩悩の残り火が残って

います。無になるとか、無心になろうと思わず、仕様

もない奴だと諦めて坐禅し、数息観をしてみては如何

でしょうか?
千葉 金風記

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (80)
Copyright © 2014 人間禅 石狩道場 (Powered by ImpressCMS)
Theme Desinged by OCEAN-NET