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石狩座禅道場



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ブログ - 最新エントリー

 パウロはイエスと同じ頃タルソに生れたユダヤ人です。
このヘレニズム文化の中心都市の一つで教養を身につけ、
ローマ市民権を有していました。ユダヤ教の指導的律法学者ガマリエルに
学び、パリサイ派に属していました。
当時、彼は律法を損なうイエスの追随者達を迫害しておりました。
パウロは信仰深いステパノを葬り、家々に押し入って男や女を引きずり出し、
獄に渡していきます
彼がダマスコの近くにきたとき、突然、
天から光がさして、彼をめぐり照らしました。
彼は地に倒れました。
その時、「サウロ(パウロのヘブル名)、サウロ、
何故わたしを迫害するのか?」とイエスの言葉を
聞きます。
そして、3日間、目が見えなくなりました。
イエスの使いのアナニアがサウロのところに行き、
手をサウロの上に置きました。
「兄弟サウロよ、主イエスがあなたが
再び目が見えるようにするため、私をおつかわしに
なったのです。」
すると、サウロの目から、うろこのようなものが落ちて、元
通り見えるようになりました。
禅で本心本性を悟るということは
目からうろこが落ちることなのです。
大霧に忽然と無し神秘の湖 立田幽石(老師69歳の句、摩周湖にて)


 
千葉 金風 記
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摂心会とはどういうものか

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/7/22 20:33

令和27月18日(土)19時から7月25日(土)17時まで1週間石狩道場で摂心会が開催されております。摂心という文字は心をおさめて散らさずという意味です。
この1週間は万事をなげうって禅の修行に専心励むのです。

修行を徹底するためには門外不出で会場に詰めきり、一同寝食を共にするのが原則です。
しかし、私たちは専門の僧侶とは違って、一般社会にて活動しており、仕事などの為、止むを得ず外出することもありますので、そのときは直日(じきじつー責任者)の許可を得てから下山します。
 コロナ禍の影響で宿泊を伴う摂心会は今年になって初めて今回から実施することが出来ました。

一週間の集中修行期間といっても坐禅ばかりしている訳ではありません。
作務といって室内清掃や除草等をする時間もあります。坐禅は静中の工夫ですが、作務は動作中に工夫を続ける修行です。同時に団体行動の中で協力して作業をやり抜くことを修練します。「静中の工夫は動中の工夫にまさること万万」という言葉があり、真剣に工夫すれば、大いに道力をつけることが出来ます。

また、提唱という老師の講座もあります。学校での講義とは全く本質的に異なります。
提唱とは「師家が宗綱―しゅうこうーを提(ひっさ)げもち来って大衆の面前に唱え出す」ことです。即ち、師家自身が体得している如是法を講本をかりて、そこにまえ出すのあります。初心者には耳慣れぬ用語を多く、難しく何が何だかわからぬこともあると思いますが、会(え)衆は耳で話を聞き、頭で理解するのではなく、全心身を耳にして聴聞三昧の姿勢で聞いてください。
 初心の方の参加も大歓迎です。ただ、初心の方は全日程の参加は体力的、精神的にハードルが高いと思われますので、部分的に、例えば、提唱(提唱は夜7時から1時間位)だけは聴聞しようという具合に参加するのがよいと考えます。
 
千葉 金風記

 
 

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老子第道徳経第33章
知人者智。自知者明。勝人者有力。自勝者強。
知足者富。強行者有志。不失其所者久。死而不亡者寿。
他人を知ることより自分を知ることの方がむずかしい。自分を知る者を真の賢者というのだ。
他人に勝つことより自分に勝つこと方がむずかしい。自分に勝つ者を真の強者というのだ。
本当の自分を知ることを禅では見性と呼んでいます。
7月17日は紫陽花忌、俳人水原秋桜子の忌日、また、石原裕次郎の忌日でもあります。
止まり木に老いける鷲や青あらし 水原秋桜子
 

 
千葉 金風 記
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老子は2500年ほど昔、中国の春秋戦国時代に生きていたとされる伝説的な
哲学者であります。
住井すゑさんの「続地球の一角から」のあとがきに次のような文があります。
抱樸の原典は「老子」第19章で、老子哲学の根幹とも言うべきでしょうか?
老子第19章
聖を絶ち知を棄つれば、民の利百倍す。
仁を絶ち義を棄つれば、民孝慈に復る。
巧を絶ち利を棄つれば、盗賊あることなし。
此の三者は以て文にして未だ足らずとなす。
故に属する所あらしめ、素を見し樸を抱き、私を少うし欲を寡らす。
樸はアラキ、山から切り出されたばかりの原木のことです。ありのままの素の自分、
素の他人をそのままで認めあうことです。
中略
しかし、考えてみますと、素朴な心を抱き続けることほど、人間にとって至難な業はないよう
です。より豊かに、より華やかにが人生の目標のように思われている世の中では素朴は
まるで貧しさそのものように錯覚されがちです。
聖知―仁義、巧利という文(かざり)を捨てない限り、人間は樸を抱くことは出来ますまい。
鳴く蝉にひそと寄り添ふ唖の蝉 立田幽石(老師65歳の句)
令和2年7月18日(土)午後7時から7月25日(土)夕方までの一週間、石狩道場で坐禅の
集中修行期間の摂心会がございます。
坐禅に興味のお持ちの方、是非ともご参加ください。初心の方も大歓迎です。
コロナ対策には万全を期して営弁します。

 
千葉 金風 記
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摂心準備

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ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/7/12 17:12
 今日は、18日から始まる摂心の準備作務をする日でした。一山さんの車に乗せていただいて道場に到着すると、いつものように、耕尽庵老居士が草刈りをしておられました。
 函館で参禅会が開催されているため、そちらに参加している会員もおり、いつもより少ない人数でした。
 短めの一炷香のあと、それぞれ、手分けして準備に取り掛かりました。支部長は、事務作業、私は典座の調味料等の確認をしました。体調を崩され、回復されたばかりの嘯月さんも、頑張って掃除に精を出されていました。
 今回の摂心からは、私が嘯月さんに代わって、典座を担当します。まずくなることは確実ですが、何とか吐き出さずに食べられる程度のものは、作りたいと思っています。
   
芙蓉記

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マタイによる福音書15節に
ファリサイ派の人々と律法学者がイエスのもとへ来て言った。
「何故、あなたの弟子たちは、昔の人の言い伝えを破るのですか?彼らは食事の前に手を洗いません。」
中略 イエスは群衆を呼び寄せて言われた。
「聞いて悟りなさい。口に入るものは人を汚さず、口から出るものが
人を汚すのである。」
更にその意をかみ砕いて
「すべて口から入るものは、腹を通って外に出される。しかし、口から出て
くるものは、心から出てくるもので、これこそ人を汚す。
悪意、殺意、盗み、偽証、悪口などは心から出てくるからである。
しかし、手を洗わずに食事をしても、そのことは人を汚すものではない」と。

悟りとは簡単に言えば、今までの自分の固定観念が破られて、
はっと人間の本来の在り方に気づくことであります。
気付きの機縁は坐禅中であったり、作務の時であったり、
あるいは言葉による場合、何気ない他人の一言であったりします。
言葉による気づきの元を作ってくれた言葉を禅では転語といいます。
イエスは転語にかけて誠に素晴らしい天性がおありになります。
律法学者はイエスに昔の人の言い伝えを破ることを詰問して、
イエスを攻撃しようとしました。
凡人ならば、ましてや2000年前の人なら尚更、その攻撃に沈黙するでしょう。
しかし、イエスはその詰問をコペルニクス的転回で見事に反転しました。
これは2000年前の出来事ではありません。
コロナ禍で我々は無意識に人を分断してないでしょうか?
マスクをしていない人、手を洗わない人を分断して、
自分とは違う人として口撃して心まで病んでいませんか? 
stay homeでストレスを抱えたり、将来に不安を
もって生きていませんか?
姥百合はさみどりの花蔭に咲く        立田幽石(老師63歳)
日々掃いて日々病葉(わくらば)の置かれけり  〃
 

 
千葉 金風 記
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貞観政要は唐の太宗の言行録を呉兢が著してものです。
唐の太宗が侍臣たちに問うた。「創業と守成といずれが難き」
新しく天下国家を経営するのと、既に出来上がっているのを守っていくのとでは
どちらがむつかしいだろうか?
房玄齢は創業の苦労をいやという程なめているので、「草昧の初、群雄並び起り、力を角して
しかる後に之を臣とす。創業難し」と答える。
これに対して魏徴は戦の後の占領行政に骨身を削っているので、「古より帝王、之を艱難に得て、
之を安逸に失わざるはなし。守成難し」と答える。
この両者を食い違いを太宗は鮮やかに裁く。
「玄齢は吾とともに天下を取り、百死を出でて一生を得たり。故に創業難きを知る。
徴は吾とともに天下を安んず。常に驕奢は富貴に生じ、禍乱は忽ちにする所に生ずるを恐る。故に守成難きを知る。
然れども、創業の難きは往けり。創業難きは万に諸公と之を慎まん」
札幌支部も結成以来70年、当時の耕雲庵老師と支部諸先輩の熱い道心を支えに誕生しました。
昭和40年代は会員も30名以上在籍していた時期もありました。
現代は多様な生き方を皆志向するようになりました。坐禅に対する熱気は以前程なくなりました。
まさに守成難しの時期です。
坐禅することの素晴らしさを少しでも多く人々に体験していただくよう努力を続けたいと思います。
地に伏して幾日を冷ゆる蟇蛙 立田幽石(老師61歳の句)
 

 
千葉 金風 記
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三国志の中に呉の将軍呂蒙のことが書かれています。
呂蒙(りょもう)は貧家の出身で学問をする余裕もお金
もありませんでした。
呉の孫権は持ち前の武勇で将軍にまで登り詰めた呂蒙に「文」の部分が
欠けていると思い、この人物は惜しいと考え、呂蒙を呼んで
「少し学問を習って自己啓発してはどうか?」と語りました。
呂蒙は軍務多忙でそんな暇はありませんと固辞しましたが、
再三の説得で学問に励み、猛勉強しました。
ある時、魯粛(ろしゅく)という先輩将軍が任地に赴任する途中、
呂蒙の屯営の近くを通りかかりました。
魯粛はまだ、呂蒙の猛勉強振りは知らず、
武辺者として軽く見ていました。
魯粛の参謀の一人が「呂蒙将軍の声望は日毎高まっています。
昔のままの気持ちであしらってはいけません。
よい機会ですから、あいさつされていかれたらよいでしょう」
と勧めました。
会って呂蒙の知略に舌を巻いた魯粛は「以前の呉下の阿蒙にあらず、
御見逸れ致しました。」と脱帽しました。
すると呂蒙は「士別(わか)れて三日なれば、即ち更(あらた)めて
刮目(かつもく)して相待つべし」
一丁前の男子ならば、別れて三日で再び会ってその変貌振りを目
を瞠って待つべきものでありますとさらっと言ってのけました。
この呂蒙の言葉は励みになるものです。
伝え聞いた話ですが、二世総裁妙峰庵佐瀬弧唱老師は参禅で公案に
詰まれば詰まる程、愈々、燃えて吾れ大悟近しと猛然と坐ったとのこと。
我々はちょっと公案が透過しないと意気消沈してしまいますが、
見習いたいものであります。
もし、意気消沈しないでと励ます先輩等がいたら、「士別れて三日
なれば、即ち更めて刮目して相待つべし」と言って泰然と
笑う余裕と意気を持ちたいものといつも思っております。

蟷螂のぬけがら天に顎向けて 立田幽石(老師60歳)
泥団を弄して我に暑さなし  同
還暦の記念に贈呈せんとて、日々抹茶茶碗造りに余念なかりき
 

 
千葉 金風 記
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曹洞宗の朝課のお経に修證義があります。その第4章の第22節に愛語を次のように書いています。愛語というは衆生を見るに先ず慈愛の心を発し、顧愛の言語を施すなり、慈念衆生猶如(じねんしゅじょうゆうにょ)赤子の懐いを貯えて言語するは愛語なり、徳あるは讃むべし、徳なきは憐れむべし、怨敵を降伏(ごうぶく)し君子を和睦ならしむること愛語の根本とするなり、面(むか)いて愛語を聞くは面(おもて)を喜ばしめ、心を楽しくす、面(むか)わずして愛語を聞くは肝に銘じ魂に銘ず愛語能く廻天の力あることを學すべきなり。
この絡子思ひ出の黴匂ふかな 立田幽石(老師60歳の時の作)
垣結うて庭深まりぬ蝉しぐれ 立田幽石(老師60歳の時の作)
千葉 金風 記
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厚生労働省によると仕事で鬱病などの精神疾患にかかり2019年度に労災申請した方は


前年度比240件増の2060件と1983年以降統計をとってから最多となりました。


2020年度はコロナ禍の蔓延で大幅に増加することが予想されます。


企業にパワハラ防止を義務付ける女性活躍・ハラスメント規制法が6月施行され、更に関心が


高まっています。


内外の状況を鑑みるに、コロナ禍よる人間の孤立化が更にこの動きに拍車をかけているものと思われます。


我々はこれをどうすることも出来ないのでしょうか?我々が何もしなければ、誰がどうしてくれましょうか?


我々が何とかする他はないのです。


暗黒を嘆くより一燈を点けましょう。隣に嘆いている人が居たら、励まして愛語しましょう。


自分の上に夫々一燈をつければ、萬人萬燈になります。


夏至から11日目が半夏生です。


バッグ一つ提げて入院半夏生 鈴木真砂女


一ト降りにさみしく暮れぬ半夏生 大野林火


医通ひの片ふところ手半夏雨   大野林火
 
千葉 金風 記

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