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石狩座禅道場



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ブログ - 最新エントリー


JAZZの美しい音色に惹かれて行き着くと大通公園でサックス奏者が路上ライブをしていた。路上ライブの主は高木靖之氏で1992年渡米、2002年自己のバンドYAZBANDで定期演奏始める。2005年日本人として初めてmusic under New
Yorkの審査員として参加、米FOX、CBSで紹介される。2019年2月より札幌に拠点を移す。演奏していた。曲名はIt is A shame

達磨大師の言われた 直指人心見性成仏の人心の心とは波に相当する
八万四千の煩悩妄想をさしており、見性の性とは、水に相当する心性
を指しています。
さて、心を把握しようとするならば、その基である性を把握するのが
近道であります。
その為に静坐工夫するのです。
実際にどうすればよいか?千波万波が静まれば、水の本当の性がわかるように
喜怒愛苦哀悪欲という差別の念慮を納めてしまえば、性を見ることができます。
思慮や分別や道理では決して解決できません。
即ち智ではどうしようもない問題で、工夫
三昧によって慧によって解決するのです。
 
 
千葉 金風 記
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禅の修行の実際的効果をわかりやすくいうならば、それは自分の心を
自分で自由自在に使い得ることにあると言えましょう。
 さて、自分の心を自由に使いこなそうとするならば、まず、
心とはどんなものであるかを見極めねばなりません。
ところが、心とは如何なるものか?と尋ねてみると、
自分の心でありながら、さてとなると、
なかなか掴めないものです。
心とはいかなるものとひと問はば 墨絵に書きし 松風の音
どうも 心というものは厄介な代物です。
然し それは、心を相対的に把握しようとするからの話で、
やりようによっては、そんなに
困難なことではありません。
では、どうしたら心を把握することができましょうか?
禅ではそれを悟りを開くとか道眼を開くとか見性するとか申しております。
見性は、禅の修行の初めであり且つ終りであるのですから、
些しく説明を加えさせていただきます。
それには心と性の区別をハッキリさせておくことが大切です。
普通おおざっぱに心 心と言ってますが、譬えてみれば、
それは水の上に立った波のようなものです。
ですから、憎い可愛い惜しい欲しいと、はたらかせている所謂心を水の上に立った
波とするならば、波の基たる水に相当する心の基になるものがなくてはなりません。
それを仏教では性と名付けておるのです。即ち性が基で心は現象です。
我々は単に性と呼ばず、本心本性という意味を含ませて心性と呼んでいます。
見性とは心性を見るということです。

今朝秋や風石狩の野に満てり 立田 幽石(老師62歳の時の句)
流石に北海道なり。立秋ともなれば頓に涼し
 

 
千葉 金風 記
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山岡鉄舟居士は昼は剣の工夫、夜は静坐沈思精考する繰り返しで5日目
の3月29日の夜になった。既に夜は明けて30日の朝になっていた。
坐ったまま山岡鉄舟は浅利に向かって剣を振り、試合をしている姿勢
をとってみた。
ところがなんとしたことか、浅利の幻影が見えないではないか。

明治13年4月、山岡鉄舟居士は七言律詩で偈頌を書いています。

学剣労心数十年   臨機応変守愈堅  剣道数十年 絶対不敗の境地まではきた
一朝塁壁皆摧破   露影湛如還覚全  そしていま、最後の難関を砕き去ったぞ                                                              一点に集まる露のように満ち足りたこの平静
論心総是惑心中   凝帯輪贏還失工 あれこれ考えるー迷っているからだ。
                  勝負にこだわれば腕がすくむだけ
要識剣家精妙処   電光影裏斬春風 なに?剣の秘訣を知りたいか?春風を一気
                  に断ち切る、これだよ
揺れ合うて蓮の葉に音なかりけり 立田幽石(老師66歳の時の句)
 

 
千葉 金風 記
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8月の例会

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札幌支部 石狩道場 2020/8/9 14:06
 毎月、第2日曜日は例会の日です。今日、藏燈さんに乗せていただいて、道場に向かいました。藏燈さんは、いつもは道場の庭の手入れをするために、早めに行っておられるとのこと。私のために、時間を遅くしていただいて、申し訳なく思いました。
 

道場に着くと、支部長がすでに事務作業をしていらっしゃいました。
まもなくして、一山さんが見え、初参加のTさんも入山されました。コロナで参加を見合わせている方々もいて、いつもより少なめの人数で坐りました。Tさんは座禅は初めてというのに、しっかりと座っていらっしゃいました。
 
 例年ですと、問い合わせまたは申し込みをされた方は、必ず道場に来て下さっていたのですが、今年は、問い合わせはあっても、なかなか実際には見えられません。コロナの関係で参加を躊躇ってしまうのかなぁ、と思っています。Tさんにお聞きしたら、「特にそんなことは考えずに、来たいと思ったので来ました」とおっしゃっていました。
 
 私達、皆マスクをして参加しています。消毒液も準備してあります。関心のある方は、ぜひお越しくださいませ。
 
 芙蓉記

 

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山岡鉄舟が豪商の話から悟る処があったというのは前回ブログに書きましたが、
処世訓としても参考になると考え、その豪商の話に触れてみたいと思います。
わたしが若いころの経験のうちで、ただ一つ貴重に思っているのは、
四、五百円の金ができて商品を仕入れたのはよかったのですが、
なんと物価は下がり気味だと評判なのです。
そこで、早く売り払ってしまいたいものだと考えていると、
知人たちはわたしの弱身につけこんで安く買い叩こうとかかるもの
ですから、わたしの胸はドキドキしてしまい、その為に気持ちが
浮足だってしまって、ほんとうの物価の事情を知ることができないように
なってしまいました。
あれやこれやと迷い、すっかりうろたえてしまったのです。
そこで、わたしはすっぱりと決心を固め、
どうにでもなれと放っておきました。
そのうちに、商人たちがやって来ては原価の一割高で買うというのです。今
度はわたしの方が
一割高で嫌だとつっぱねたのですが、それではもう五分だけ増やそうと買値を上げてくるではありませんか。
 そこで売ってしまえばよかったのですが、
欲を出して、もっと高く、もっと高くと思っているうちに、
最後は原価より二割以上も低い値で売るという結果になってしまいました。
わたしが商いの気合というものを知ったのは、
これがはじめてのことだったわけです。
思い切って大きな商売をやってやろうというときに、
勝ち負けや損得にびくびくしていては、
商売にならぬものだとわかったのです。
それからというものは、たとえどんなことを計画するにしても、
まず、自分の心がしっかりしているときにとくと思いを定めておき、いざ仕事にとりかかった時には、あれこれ考えない
ようにしてどしどし実行することにしてきたのであります。
その後は、損得は別にして、まずは一人前の商人になれたものと
思って今日までやってきたわけです。

庭土に蝉穴ふかし今朝の秋 立田幽石(老師57歳の時の句)
 

 
千葉 金風 記
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山岡鉄舟は滴水禅師に参じておりました。
滴水禅師に剣法と禅理とは一つではないかと詳しく
問います。
そこで「無」の公案を与えられ、10年工夫するもどうも釈然としません。
そこで、また、再び滴水禅師の元に赴き、
自分の理解できたかぎりを述べ伝えました。
滴水禅師は再び公案をさずけます。
それは『両刃、鋒を交えて避くるを須いず、
好手還りて火裏の蓮に同じ。宛然おのずから衝天の気あり』で
山岡鉄舟はこの公案に心を惹かれるものを感じ、
大帯に書き付けて絶えず工夫しました。
それから3年過ぎて、ある豪商が山岡鉄舟の書がほしいと訪ねてきました。
その折に商売の気について話があり、
その話に簡単には言い表されないような真理を感じました。
その商人の話を聞いた翌日から昼は剣の工夫、
夜は静坐沈思精考する繰り返しで5日目の3月29日の
夜になった。既に夜は明けて30日の朝になっていた。
坐ったまま山岡鉄舟は浅利に向かって剣を振り、
試合をしている姿勢をとってみた。
ところがなんとしたことか、浅利の幻影が見えないではないか。
そのまま、ただちに門人の籠手田を呼び寄せ、試合をやってみた。
籠手田は「先生、そこで勘弁してください」と叫んだ。
何故かと問うと「私は長い間先生の教えを受けてきましたが、
今日の先生の刀ほど不思議な勢いを一度も見たことはありません。
自分のような者のは、先生の前に立つことなど不可能です。
このような業が人間の力でできるものではありません」と言いました。
早速、浅利又七郎義明を招いて試合をお願いしました。
浅利は一声気合をかけて飛び掛かってこようというすさまじさでありました。
だが、浅利は突然、木刀を捨て、面具をはずし、改まって言いました。
「ついにやりましたね。これまでのところとは段違いの腕前です。
わたしといえどもかなうものではありません。秘伝を授けるのが当然
というべきです。」と言いました。

夕すげや冷えて咲く丘来て独り立田幽石(老師56歳の時の句)
 

 
千葉 金風 記
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無刀流の剣の達人山岡鉄舟は大悟の前、何度、浅利又七郎義明
と立ち合ってもどうしても勝つことが出来ません。その時のお話です。
剣の道を志して20年、どうしても安心の境地に至らなかった。
必死に剣の道に悟りを開いた人を求めていた。
一刀流名人に浅利又七郎義明という人がいた。
この人は奥平家の剣法師範をしていた中西子正の次男であり、
伊藤一刀斎景久の剣法を正しく伝える名人であった。
これを聞いて喜んだわたしが試合をお願いしてみると、
なるほど世間にもてはやされている剣術と非常に性格が違
うものであるということがわかった。
外にあらわれるところ柔軟だが、内に剛直なものを持っており、
精神を呼吸に集中し攻撃にかかる前に勝機をつかんでしまうのである。
このような人をこそ真の明眼の達人というべきであろう。
その後何度対戦しても、自分の力量でははるか及ばないことを知らされた。
修行を怠らずにつとめていたが、浅利の幻影が自分の剣の前に現れる。
それはまるで一つの山を相手にしているようであり、到底打ち掛かっていくことが
できないもののように思われた。

間に合はず秋草棺に入れてやりし(立田幽石 老師54歳の時の句)
長男快川は七歳の時、盲腸炎の手術手遅れとなり、その後しばしば腸捻転の
為、開腹手術を行う。再発し、諏訪の日赤病院にて手術せしも、八月二十五日
帰寂す。念場ケ原の草花を抱えて駆けつけしが間に合わず。

その2に続く
 

 
千葉 金風 記
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クリスチャンである小説家曽野綾子さんの心に迫るパウロの言葉の中に下記
のような文章があります。
「パリサイ派ユダヤ教徒、パウロはダマスコの回心以来、百八十度の意識
の転換をしたのであった。彼の中で価値観が変化したのである。そ
れまでの彼は現世で有能な人物である
ことを目指していた。高名なラビになれば、
人々の尊敬も得られ、人気も出て物質的
にも恵まれてきただろう。・・・・・
しかし、その日以来、パウロは与える側に廻ったのである。
物質的なものや現世的な権勢が全く色褪せて無価値になり、
その代わりに輝くような魂の世界が見え始めた。
その心の秘密は使徒言行録20章35節に極めて
さりげなく、しかも決定的な重さをもって示されている。
あなたがたも、このように苦労して、
弱い人を助けなければならないこと、
また、主イエズスご自身が『受けるより与えるほうが幸いである』
と仰せになったことばを、心にとどめて
おくように、わたしはいつも模範を示してきました。」
・・・・ここに語られているのは極めて普遍的真理である。
人間が、自分は生きるに値するかもしれない
と自ら思えるのは、受ける時ではなく、与える時である、
というのは心理学の明白な答えである。

打水や庭石個々の光あり 立田幽石(老師67歳の時の句)
 

 
千葉 金風 記
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第200回摂心

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ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/7/26 15:41

18日(土)から25日(土)まで、第200回の札幌支部摂心が、厳修されました。
今回も以前、札幌支部の会員だった四国在住の紹隆さんより、チオビタとたくさんの四国の特産物が届きました。
 
摂心中、皆でいただき、スダチは沢山あったので、分けて持ち帰りました。
 また、準農家なみに野菜作りに励んでいる藏燈さんより、野菜のご喜捨がありました。
 
(野菜の一部)
おかげで、今回は、あまり野菜を買わずに済み、助かりました。
私が、典座担当でしたが、休日には一山さんも典座に加わってくださり、私がもたもたしている間に、鍋やおかまを洗ってくれたり、ちゃっちゃと野菜炒めを作ってくれたりと、頼もしい限りでした。仕事も丁寧。定年退職されて、典座に専念できるようになる日が、待ち遠しいです。といっても、まだ、約10年先の話ですが。
 日曜日には、夏摂心恒例の布団干し、土曜日は、座布団を干しました。
土曜日、午後には、200回摂心を記念して、隠寮の庭に槿の記念植樹を行いました。
 
 コロナ禍のため、懇親会はなく、円了茶礼後、片付け、解散となりました。
  
 芙蓉記

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最近気になっていること

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ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/7/26 10:04
石狩道場は居士禅者(お坊さんでなく、職業を持ち社会人として日常を送りながら
禅の修行を継続している人々の集まり)の集まりで平日は常駐している人はいません。

最近、留守電で2名程、興味がありますという方のメッセージがありました。
石狩道場の電話は旧式で来電した方の電話番号を表示する機能はありません。
1名の方は女性で坐禅に興味がありますというメーセージだけでした。
もう1名の方は男性で携帯電話番号も音声に入れていただいたのですが、
末尾4桁のうち3桁が聞き取れなくて、何回か数字を替えて電話しましたが、いづれも人違い
でした。
 折角、御縁がつきそうだったのですが、残念なことだと思いました。
そこで、小生の携帯メール番号と携帯電話番号を公開しますので、何か、質問があれば
遠慮なくお問い合わせください。
小生も職業を持って日中働いていますので、すぐには出られないことがあると思いますが、
照会事項には必ず回答します。どのようなことでも結構です。
携帯電話090-7654-0891、携帯メールheart-to-heart-sky@docomo.ne.jp
千葉 金風記

 
 


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