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石狩座禅道場



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ブログ - ブログカテゴリのエントリ

皐月摂心報告

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札幌支部 石狩道場 2019/5/19 16:07
 
 16日(木)夜から19(日)の朝まで、皐月摂心会が厳修されました。結制茶礼のご垂示では、「34日の短い摂心ですが、短いからこそ、火の玉となって「公案三昧」「作務三昧」を行じるように」とのお言葉がありました。昼間は暖かかったのに、夜になると冷えこんできて、やはり道場は寒いと思いました。
  
 17日夜には、嘯月居士の法話がありました。今年81歳になるというのに、マラソン、典座長(食事係の長)を続けているスゴイ方です。サロマ湖100キロマラソンは、15年間続けて完走。典座長も20年以上続けておられます。その方が、学生時代に如々庵老師と出会い、その後二十数年後、札幌にて、また、運命的な出会いで坐禅を始めたこと。転勤で遠隔地から修行を継続したこと。どんな時にも走る、坐禅をするという習慣を続けてこられたことなどをお話しになれらました。いい法話でした。
   
 18日夜は、了々庵老師の食前の文第一の百丈和尚を取り上げたご提唱でした。食前の文の第一文とは、次のようなものです。

「百丈和尚の曰く、“一日作さざれば、一日食らわず”と。我れ今、恥ずることなくしてこの箸を取り得るや?」

  
 終戦時の飢餓やフィリピンのゴミの山で暮らす一家と比較して、現代日本は食料を大事にしていないこと、百丈和尚が最初の悟りを開いた因縁などを話され、「作すとは、もちろんいいことをなすのだが、いかになすかが大事だ。雑念なく、三昧でなしているかどうかだ。」というお話で提唱を終えられれました。
  
 毎日、お天気にめぐまれ、居士の方々は、タンポポ抜きに精を出していました。また、18日夜中には、旭川から仕事を終えた無外居士が駆け付けて来られ、朝1回の参禅をして帰って行かれました。
   
 円了茶礼のご垂示は、「道場内外の環境整備に力を注ぎ、道場も人も清々しいとい道場にするように」とのお言葉で締めくくられました。
 
  円了後の日曜坐禅会には、久しぶりにWさんも参加、和やかな時間を過ごしました。
 

芙蓉記
 
 

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皐月摂心準備

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ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/5/12 14:24
 風は冷たいけれど、爽やかに晴れた今日、日曜坐禅会と今週木曜日から開催される皐月摂心の準備が行われました。
 日曜坐禅会には、小学校5年生という可愛い男の子と麗しの女性3名が、初めて参加されました。初めてにもかかわらず、皆さんしっかりと坐っておられるようでした。
 私は、隠寮の準備があるので、茶話会を失礼させていただきましたが、大した仕事もしないうちに、茶話会を終えられた方々が手伝いに来てくださり、私がお風呂の掃除しているうちに、他の箇所の掃除を終えて下さいました。有難いことです。

その間、嘯月さんは典座関係、支部長は庶務関係の仕事をされていました。桜の花が、まだ少し残っていました。他の花もぽつぽつ咲いていました。今摂心は、隠寮の花を買わなくて済みそうです。

木曜からの摂心。関心のある方のご参加をお待ちしています。

  

芙蓉記
 

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三世総裁磨甎庵老師の著書
道元禅師の「学道用心集」 の序
に禅との出会いについて書かれています。

わたしは、旧制高校に在学中、昭和八年に肺結核を患い
、一度、生死の境をさ迷う経験を持ちました。
その時に病床で、自分の生涯は一体どんな意味があるかを、
死というものを前にして考えました。

然し、よく考えれば考えるほど、
今まで漠然と心に抱いていた 理念が根底から崩れ、
畢竟無意味ではないかという、
一種の ニヒリズムに落ち込むようになりました。

そしてそこから抜け出すために、
哲学や宗教に関する書物を あさって、
いろいろ読みましたが、哲学書は全く役に立たず、
宗教の信仰に関する書は、
身体を離れた精霊の存在や
死後 の世界の救いを説いている点で、
自然科学、特に生物進化論 の洗礼を受けている身として、
それを素直に受け入れることは 、
どうしても良心が許しませんでした。
中略
丁度、大学入学して間もなく、東大で
西洋倫理学の講義を担当 しておられた長屋喜一先生の
お薦めで、東大の生物学科を卒業 されて、
臨済禅の修行を大成され、在家の禅の師家
をしておられる 耕雲庵立田英山という方の
「科学と宗教」という演題の講演を 聴く機会がありました。

 そこで話された内容は、わたしが今まで
抱いていた宗教観を 根底から覆すもので、
禅は、所謂霊魂の存在や死後の世界を 全く説くことなく、
「大法に不可思議なし」を踏まえ、
科学の原理 に少しも違背することなく、
生死の問題を正しく解決して、 大安心を得る、
「見性悟道」の道であることを説かれました。
中略
わたしはこの講演が機縁で、耕雲庵立田英山老師の師に
あたる両忘庵釈宗活老師の「碧巌集」のご提唱を
聴聞する ことが出来ました。
中略
その時その「碧巌集」のご提唱の内容も
全く分りませんでした が、何故かこれこそが、
ほんとうの仏法というものを伝える、
正師であるという感じがして、心を深く打たれ、
生きたほんもの の「道」の師に接することの出来た法悦に、
涙が溢れ出てくる のを禁じえませんでした。

千葉金風記
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印度第19祖鳩磨羅多(くまらた)尊者曰く
「何ぞ疑うに足らんや、善悪の報に三時有り」

弟子の闍夜多(しゃやた)の質問ー
思いやりのある人が早死にし、
乱暴者が案外長生きする。
この世の中には原因結果の関係
というものはないのではないか?-
に対して上記のように答えます。

いやいや、けっしてそうではありません。
疑ってはいけません。良い行いをすれば、良い結果、
悪い行いをすれば悪い結果となるということに
関しては三種類の時間のずれがあります,
というのです。
一つには順現法受、
二つには順次生受、
三つには順後次受と
三種類の時間の違いがあります。
「順現法受」はいいことをすると即座にその結果が現れること。
「順次生受」はいいことをしてからしばらく時間がたってから現れること。
「順後次受」はいいことをしてから非常に長い時間がたって
やっとそのいい結果が現れること。
悪いことも同様です。

尊者は続けて「殊に知らず、影響相随うて
毫釐(ごうり)も忒(たが)うこと靡(な)く、
縦(たとい)百千万劫経るも摩滅せざることを。」

原因と結果の関係というものは密着していて、
ほんのわずかの食い違いもなしに仮に殆ど無限に近い
長い時間を経過して場合でも、
原因結果の関係というものは一分一厘の狂いもないものです。

「時に闍夜多是の語を聞きおわって
頓に所疑(しょぎ)を釈(と)く」
闍夜多は鳩磨羅多尊者の教えを聞いて
即座に自分が今まで持っていた因果の理法に関する疑問
を解消することが出来た。

道元禅師の上堂録(僧堂での説法の記録文書)
に永平広録があり、その中に三時業を下記の
ように説似してます。

或る人、永平(道元禅師)に問わん、
如何ならんか是現報(順現法受)と
祇(た)だ他に対して道(い)うべし
現報と云うは乃ち蕎麦(きょうばく)なり

そばは秋の初めに種を蒔くと
大体70日位で収穫出来るそうです。
即ち、原因のある直後に結果が得られるということです。

同様の筆法で 生報(順次生受)とはに
対しては「大麦」
冬に種を蒔くと夏に近づいてから収穫出来ます。
そばより少し時間がかかります。
更に後報(順後次受)とは対しては「好堅樹」
しっかり地面に立っている木は
苗木で植えても何年もかかりますという訳です。

5月16日(木)19時より5月19日(日)朝まで3泊
4日の皐月摂心会が了々庵老師のご指導で開催されます。

生きる上で悩みのある方、実社会で生きずらさを感じて
いる方、坐禅に興味のある方、是非お越しください。
坐禅初心者の方、若い方、中年の方、御歳を召した方
老若男女を問いません。

千葉金風記
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曹洞宗の僧侶が毎朝読経するものに修證義
という和文のお経があります。

修證義は道元禅師の正法眼蔵から抜粋したものです。
そのなかに因果歴然という言葉があります。
その第1章に「今の世に因果を知らず業報を明らめず、
三世を知らず、善悪を辨(わき)まへざる邪見の
黨侶(ともがら)には群すべからず、
大凡(おおよそ)因果歴然として私なし、
造悪の者は堕ち修善の者は陞(のぼ)る、
毫釐(ごうり)も忒(たが)はざるなり、
若し因果を亡じて虚しからんが如きは、
諸仏の出世あるべからず、祖師の西来あるべからず」

今の世に因果の理法を知らないで、
過去・現在・未来と繋がっていることを
理解しないで、善悪など関係ないと思っている人々
に組みしてはならない。
因果は歴然として公明正大なものです。
悪をなす者は堕ち、善をなす者はのぼる。
そこにいささかもごまかしはありません。

若し因果がないというなら、
諸仏がこの世に現れることはなく、
達磨大師がわざわざ印度から中国に渡って
坐禅を伝えることはなかっただろう。

正法眼蔵に三時業という巻があります。
印度第19祖鳩磨羅多(くまらた)尊者の
ところの修行者に闍夜多(しゃやた)という者が
いて問うた。

私の家の父母は昔から仏法僧の三宝を信じて
生活していたが、病気にかかるということが非常に多く、
仕事を計画的にしてもいずれも思うようにいきません。

しかし、隣の家の旋陀羅(せんだらースードラという低い階級)
の家は非常に長い期間に亘り獣を狩りで殺しているが、
体はいつも健やかでその動作も調和しています。

隣の家には幸福が与えられ、自分の家は
何故罪を受けるのですか?

尊者が言われるには、そういう事実にけっして
疑問を持つ必要はない。

三時の業報の理というものがあります。
一つは順現法受、二つ目は順次生受、三つ目は順後次受
で原因と結果の関係は一分一厘の狂いもありません。

因果歴然という言葉は現代人には色々議論も
あろうかと存じますが、
正法眼蔵の記述にそって読み進めてみたいと思います。

 吾が人間禅第一世総裁立田英山老師は神秘を語らず、
迷信を説かずと立教の主趣にて高々と宣布しておられ、
自然科学者として英邁な道眼をお持ちです。

一方で道元禅師も日本曹洞宗の開祖
(但し、禅師ご自身はけっしてそう思っていた訳ではありません)
として偉大な宗教者で禅師の道眼も素晴らしいので
それも味わいたいと思います。

順現法受に続く

千葉金風記
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日曜座禅会再開!

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札幌支部 石狩道場 2019/4/14 14:41

石狩禅道場では先週から日曜座禅会を再開していますが、先週は支部総会があり、座禅会の開始が7時半で茶話会もなかったため、実質的には今日が通常通り9時始りの日曜座禅会のスタートとなりました。

このところ春らしい陽気が続いており、今日もぽかぽか陽気の中、8人が集まって座りました。参禅願いを出しておられるIさんご夫婦、Oさん、Iさんの顔が揃い、従来の日曜座禅会の雰囲気になりました。また、久々にKさんも参加されました。直日兼助警は耕尽庵老居士。耕尽庵老居士が警策を持たれるのは本当に珍しいので、私は眠くもなく肩も凝っていなかったのですが、ぜひ受けたくて警策をお願いしました。同じように思った方が多かったのか、ほとんどの方が警策を受けておられました。流石にばしっと重みのある警策でとても気持ちがよかったです。

茶話会ではKさんが今まで巡ってこられたお寺の話や修験道の話、中国や韓国の仏教の現状などを話され、興味深く話を伺いました。Kさんによると、お寺で法話会などやっているところはほとんどないということで、私達は貴重な時間を戴いているのだなあと実感しました。

座禅会終了後、私はまた近くの茨戸緑地を散歩しました。まだほとんど枯色ですが、自生している(種が飛んできた?)クロッカスが花を咲かせ、柳も芽を膨らませて春らしくなってきました。茨戸川にはカモ類の水鳥が多く、土手には雲雀揚がり、しばらくぼーっとして鳥の声を楽しんできました。

 

珠玉 記


 

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座禅カフェ再開!

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札幌支部 石狩道場 2019/4/3 18:22

冬の間お休みしていた座禅カフェですが、春になったので再開しました!とはいえ、道場は真冬の寒さ。道場の敷地にはたっぷりと雪が残っていて、禅堂内の気温は2℃。このところ最低気温が氷点下だったので、水道栓はすべて締めてあり、用意していった水を使ってトイレを使用しました。

今日は当日になって来れなくなった方が二名いて、五名で坐りました。あまりにも寒いのでコートを着たまた坐ったのですが、一炷香終る頃ようやく暖かくなりました。茶話会は水が出ないので、道場から車で10分弱の珠玉の家に移動して行いました。途中から信玉さんが参加してくれました。久々に和菓子とお抹茶で1時頃まで歓談しました。

来月の座禅カフェは、第1水曜日がゴールデンウィークに当たるため、第2水曜日の8日に行います。どうぞ皆様お気軽にお越しください!

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道場近くの田圃に白鳥が何十羽か来ています!ここでたっぷりと食べてシベリアに帰る準備をしているようです。

 

珠玉 記

 
 
 
 

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第194回摂心報告

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札幌支部 石狩道場 2019/3/24 15:25
  316から23まで、第194回摂心が、厳修されました。今摂心は、ご本人の仕事や病気、ご家族の病気や引っ越しなどで、前半、参加できる人の少ない摂心会でした。

私も、パートと娘婿の入院のため孫の守りがあり、3日目からの参加でした。残念ながら、今回の法話は聞き逃してしまいました。ご提唱は、引き続き「宗門無盡燈論」。毎夜、熱のこもったご提唱でした。
 

今回も、四国の紹隆さんから、イチゴやタラの芽、油あげ、お酒など美味しい贈り物が届きました。お酒は、「福寿」という、ノーベル賞の晩餐会に供された銘酒だそうです。女性だけにと、ゴディバのチョコレートも入っていました。いつも女性だけにと特別なお心遣いをしてくださるのも嬉しいところです。
  
 前半は、暖かかったのに、後半は冬に逆戻り。最終日の朝は外が真っ白でビックリ。そんな寒さの中、円了を迎えました。円了のご垂示では、「皆、熱心に参禅弁道したが、いかんせん、人数が足りない。来月初めにある総会では、形だけでなく、皆で真剣にどうしたらよいか、話し合うように。」とのお言葉がありました。
 
 円了懇親会は、ご本人は参加されないにもかかわらず、藏燈さんが、街まで買いに行ってくださったお肉が、主役のすき焼き。嘯月さんが、いつものように、フルーツなど、多彩な脇役を用意してくださいました。Oさん、 Iさんも参加され(お二人とも美味しいお菓子を持って来てくださいました)、少人数ながら、楽しいひと時を過ごしました。
 

芙蓉記
 

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摂心準備

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/3/10 15:52

4月中旬のような陽気の今日、今週末から開催される第194回摂心の準備が行われました。耕尽庵老居士がすでに隠寮と禅堂の暖房を入れ、水も出しておいて下さいました。
 

9時集合で、すぐに準備にとりかかりました。Iさん、Oさんも参加して下さいました。Oさんと珠玉さんと私は、隠寮の掃除。嘯月さんは典座関係、支部長は庶務関係など、他のメンバーは、堂内外の掃除、除雪を行いました。一緒に隠寮の掃除をして下さったOさんは、今回も丁寧に隅々掃除機をかけて下さいました。藏燈さんは、家からワイパー持参で、外から隠寮の窓ふき。例年、3月には外からの窓ふきはできなかったのですが、藏燈さんのおかげできれいになりました。Oさんが、内からの窓ふきを担当して下さいました。
 

道場のパソコンが、不調ということが判明。ウィンドウズが全く立ち上りません。色々と不具合の生じることが多い今日この頃です。
 

が、ともあれ、今週末からは、一週間の本格的禅の会「摂心」が始まります。初めての方も参加できます。関心のある方はぜひ足をお運びください。
 
芙蓉記
 

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百不当のちからは
正法眼蔵説心説性の巻に出てくる言葉です。

二祖(慧可大師)しきりに説心説性するに、
はじめは相契(そうかい) せず、
ようやく積功累徳(しゃっくるいとく)して、
ついに初祖(達磨大師) の道を得道しき。

二祖は初祖に参禅して自己は何者であるか
(禅では本来の面目と言い ます)について
幾たびも見解(けんげー自分なりの答え)
を呈したが、 全く歯が立たなかった。
そして、ついに八年を経て、ようやく許された。

それには 菩提心をおこし、
仏道修行におもむくのちよりは、
難行をねんごろ におこなふとき、
おこなふといへども百行に一当なし。
しかあれども 或従知識(わくじゅうちしき)、
或従経巻(わくじゅうきょうかん)して 、
やうやくあたることをうるなり。
いまの一当は、むかしの百不当(ひゃくふとう)
のちからなり、百不当 の一老(いちろう)なり。

菩提心をおこし、熱心に修行し、
己を捨てて難行しても、全く成果が あがらない。
しかし、それにめげず、七転八起していると
段々道力が ついてきてぴたっと的に当たるようになる。

それは百回の不承当があったからこその、
一回の老熟した承当 なのだ。

実際、師家に参禅し、
説心説性ー自分なりに骨を折って見解を 捻出ーするが、
師家に鈴を振られー見解がそれ間違いだ、 それ出すぎた、
それ引っ込みすぎたとー鍛えられ、
鈴を振られて いるうちについに的にあたる。
屁古垂(へこたれ)ないで続ける ことです。

禅の師家が京都や鎌倉のお寺ではなく、
札幌におられることは有難 いことです。

平成31年3月16日(土)から3月23日(土)まで
石狩道場にて 第194回摂心会(坐禅の集中修行期間)
があります。
今から諸準備をして、
少しでも多くの方、特に、若い世代の方で
生きづらさを感じておられる方の参加を願っています。
坐禅経験のない方も参加も大歓迎です。

千葉金風記
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