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石狩座禅道場



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ブログ - ブログカテゴリのエントリ


市電のはるか向こうに手稲山系が垣間見える
閑庭や 花散る音の まぎれなく 立田幽石(耕雲庵立田英山老師の俳号)
詞書に細川家別邸には老杉古樟の茂れる庭園あり。余は自然の庭を最も愛す。
風凪いで なほ散る花の 夕べかな 立田幽石
 
青嶂庵荒木古幹老師は帰寂されてもう10年位になると思いますが、熊本県宇土市で内藤病院という精神科の病院を経営していたお医者さんでした。
昭和50年5月「人間禅」に下記のような記述があります。
親爺(耕雲庵立田英山老師)がよく頭で考えるなということをいいます。

頭で考えないでどうするのだろうと思い勝ちですが、元来は頭で考えていると思っていること自体が錯覚なのです。
これはもう、誰もが陥っている錯覚であります。意識上に上った観念を頭部に浮かんでいると認識することは、生理的に不可能なのです。頭蓋骨の中には、確かに大脳があり、大脳がなければ認識したり考えたりすることは出来ないし、意識も生じません。併し脳はあくまで器官であります。
 感覚中枢というのが脳の中にあり、その中枢左手の痛みを感ずる部分を刺激すると、左手がピリッと痛むのであり、脳に痛みを感ずることはない。又、左手の運動を司る中枢を刺激すると、左手が動くのであり、脳が動くわけではない。
 同じように観念とか考えそのものも脳の作用によって生じるが、その結果意識に上る場所は形而上であった、脳の中とか頭部とか指定し、認識することは、動物としての人間には不可能なのです。形而上のことであって、臍下丹田でもいいし、足の裏でもいいわけです。
 数息観をやる時に、息を数える意識を、頭部に集中させてする人は誰もいないでしょう。
英山老大師が講座の中で、佐々木指月というアメリカで布教しておられた方はよく“足の裏で考えよ”と言っていたということを聞きましたが、決して不合理なことでなく、極端に言えば、大地で考えよといってもよいし、前方の山で考えよといってもいいわけです。
 
千葉 金風 記
 

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すっかり春の装いの札幌駅前通り
石(いわ)ばしる 垂水(たるみ)の上の さ蕨(わらび)の 
萌え出づる 春になりにけるかも 志貴皇子
東京荻窪支部中川香水支部長より支部設立を記念して名誉総裁の近著を札幌支部に寄贈しますとのことでつい先日郵送されました。
その中で公案修行について下記のように申されております。

公案修行というのは、公案の数を多く見るというのが目的ではなく、公案を手掛かりにしてちっぽけな自分という殻を破り、自意識で濁った眼の鱗を落とす為の修行です。
公案は全て非常識なもので頭頂葉(知性、左脳)では理解しがたいものです。この公案に対する真正な見解は知識の引き出しをいくらかき回してもそこにはありません。
公案に込められた宗旨や境涯に公案三昧になって近づいてゆき、公案と一体になれば自然と見解は見えてくるものです。
これは全て絶対樹の場で行われることであり、公案の宗旨も境涯も前頭葉(感性、右脳)で悟るのです。
 公案修行は透過が目的ではなく、どう公案を透過するかというプロセスが大切であり、このプロセスを真摯に修行することで人間形成が進むのです。即ち この公案を透過のプロセスに於いて前頭葉が活性になり道眼(胆識)が開かれていくのです。
 見性(悟ること)した後の大切なことを申しておきます。見性が許されて道号が授与されて1年位の時間が公案修行で最も危ない時期です。参禅した室内で師家が初関を許した時は紛れもなく三昧に入り前頭葉で悟っているのですが、摂心会が終わって家に帰って日常生活に戻った日から三昧は急激に落ちていき、前頭葉で悟った本来の面目の感性の境地はみるみる薄れてしまい、それは頭頂葉の知性の記憶に移行してしまいます。
 そうすると見性の感激も納得も夢から覚めたように消えて行き、取戻しを再現することが難しくなります。
また そこまでいかない人でも数ケ月後の次の摂心会が始まっても前の摂心会の見性直前の三昧の境地までなかなか戻りにくいことになり、次に師家から授与された公案大変苦労することになります。
 こうなる理由は公案修行に入る前の道力(胆力)が未だ貧弱であるということが第一の原因であり、第二原因としては摂心会後の生活の中での一日一炷香が精彩を欠いていることです。
 私は見性した時にまた道号を授与した時に、一日一炷香で本来の面目を毎日呼び起こすようと強く指導しているのですが、なかなか難しいようです。
千葉 金風 記
 

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僕の名はニャンタです。石狩道場の隣の六川農場のネコ一家の一匹です。
恋猫の 恋する猫で 押し通す 永田耕衣


日本人初のヨガ直伝者となった中村天風師に次のような話があります。


中村天風師は明治35年参謀本部諜報部員として旧満州に派遣され、日露戦争下めざましい活躍をします。


帰国後、奔馬性肺結核にかかり、救いの道を求め欧米の高名な学者等を巡るも回復せず、日本に帰り、死を覚悟しましたが、ヨガの聖者カリアッパ師に奇遇し、師から「おまえはやるだけのことはやったといったが、たった一つの大事なことに気づいていない。それがわかればお前は助かるのだよ。だから、俺について来い」と言われ、素直について行った。


師と会ったのはカイロでそこからヒマラヤまで約3ケ月かかった。
到着して いつ教えてくれるか、期待して待っていたが、一向に教えてくれない。


痺れを切らして2ケ月後、とうとう、カリアッパ師に直訴しました。
師曰く「私はここへ着いた翌日から教えたいと準備が出来ていた。」
天風師曰く「えっ 私は着いた翌日から、教わりたい準備が出来ていました。」
師曰く「準備が出来ていたのは私だけで、この男、いったい いつになったら本当に教わる気になるのかなと、催促しようと思っていたところなのだ」
天風師はカリアッパ師に準備は出来ているのに、何故、教えてくれないのか詰め寄り問答を繰り返す。


とうとう、カリアッパ師は天風師に何故、準備が出来ていないか説明するので、そこの大きな丼のようなカップに水を灌げと言いました。
天風師は言われた通りします。
カリアッパ師はこんどはお湯をいっぱい持って来いと命じます。
そして、そのお湯を水がいっぱい入っているカップに注げと命じます。
そこで、天風師は癪に障り、「いっぱい入っている水にお湯を注ぐと両方ともこぼれます。
この国ではどういうふうに考えているのかわかりませんが、文明国ではそれくらいのことは皆知ってます」と答えた。
カリアッパ師「それがわかれば、さっき私が言った意味がわかる筈だ」天風師は憤然とわからないと答え、理由を問うた。
「聞かせよう。私が毎日毎日、お前を連れて来た翌日からでも教えたいと思って、お前の顔をじっと見ていると、お前の頭の中はな、私がどんないいことを言っても、そいつをみなこぼしてしまう。いつになったら、この水を空けて来るかな。いっこうに空ける気配がない。
お前の頭の中はいままでの役に立たない屁理屈がいっぱい詰まっている以上、いくら私が尊いことを言っても、それをお前は無条件に受け入れない。そんな愚かなことは私はしない。」こう言われて、心の底から「ああ そうか」と思った。
その顔を見たカリアッパ師は「よし、わかったようだな。今夜から私のところに来なさい。生まれたての赤ん坊のようになって来なさい」と言われた。
 
千葉 金風記

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曹洞宗の経行について

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/3/25 5:48


石狩道場より手稲山方面を望む 残雪あるがすっかり春の気配
筆取りて むかへば山の 笑ひけり 蓼太
 


2.曹洞宗の経行について


曹洞宗の大徳 澤木興道老師に経行に関して興道老師自伝に興味ある話があります。


澤木興道老師がまだお若い頃で経行の仕方がどうもわからなかった。その頃、同じく曹洞宗の大徳として有名だった西有穆山禅師はもはや90歳晩年でほどなく遷化された。


西有門下隋一の丘宗潭老師に随身(教えを乞う為、膝下で修行すること)したいと思っていた。


大正2年(興道老師34歳)奈良県吉野郡下北山正法寺にて丘宗潭老師が「正法眼蔵弁道話」「三物秘弁」の提唱されるということを『宗報』で知り、矢も楯もたまらず、松坂(その頃興道老師は三重県松坂)を飛び出した。


そこで早速、経行の仕方について丘老師に尋ねたら、老師自ら歩いて実際に教えてくれた。


経行というのは、坐禅が長くなって疲れた時、眠くて容易に目が覚めぬ時、坐より静かに起って静かに呼吸を合わせ、歩幅は一呼吸に半歩の割で進むのである。これは『寶慶記』に一息半と簡単に説明してあるのみで、どういうふうに足を運んだらいいものか、図解して説明したものがないので、いろいろの流儀で行われていて、どれがよいのかわからなかった。


この時教えられた丘老師流の経行を、儂はなんといっても天下の丘老師の直伝であるので、自信をもって、自分もやり、他人にも教えていた。


この経行は最初の一呼吸に、先ず右足を半歩出し、次の一呼吸に左足を半歩進めて右足に揃える、そしてこの動作を繰り返すのである。


ずっと、後になって 別府長松寺の臘八参禅会に行って、経行軌のことに触れて例の丘老師流の経行をやってみせた。


その翌朝、朝参の時 長松寺の堂道和尚、古城石雲老師が自らお茶を持ってきながら


ヘッヘッヘッ、経行にも…いろいろ流儀がございまして…なんぞ図にでも、はっきり書いたものがあるといいのですが…。


儂は若い時からこれには相当に苦労したものでして…越後の是三和尚から『一息半歩、歩の量はに等し、鵞歩の如し』と習いましたでございます。」


「儂は昔それで 鵞鳥はいったいどういう歩き方をするか、半日の間、見ておりましてな、右足を先に出し、左足をあとから出して、それに揃えて歩くというようなことは、


していなかったように思いましたが」


そこまで来たら、とうとう、儂も兜を脱がざるを得なくなってしまった。


道元禅師の『寶慶記』には如浄禅師が「歩する時すべからず、一息半趺の法を行ずべし、歩を移すこと半趺の量を過ぎず、足を移す必ず一息のあいだなることを謂う。」と言っておられます。


『鵞歩の如し』というのは鵞鳥は水鳥の特長として、脚が極度に短くて、その割に足は水掻きに便利なように非常に大きい。そのうえ、身体があまりに重いので、歩行は不器用で大股には歩けない。自然に小足でよちよち歩きしかできない。したがって、その深意は極めて子足で歩くという比喩である。


趺というのは足の甲のことであります。歩幅は一呼吸の間に半歩の割合で進むのであります。一呼吸は吸って吐くことであります。


経行軌の正解は先ず右足を最初の一息で半趺だけ踏み出し、次の一息で左足を一趺前進させる。更に次の一息で右足を一趺前進させる、この動作を繰り返して緩やかに進めばよいのであります。


実際に曹洞宗の僧堂、寺院で坐禅を経験されるとわかりますが、歩は極めてゆっくり、静止しているように見えます。
 
千葉 金風記

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経行ー歩く坐禅ーについて

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/3/22 7:08


昨年11月落慶した栃木禅道場の板木(修行の合図をする) 落慶お祝いに札幌支部から寄贈 了空庵老師御揮毫の念々正念 ―修行時も日常生活に於いても一呼吸一呼吸 この一瞬を護惜するという意味。


足袋白く 霞の中を 出ぬ人 立田幽石 (耕雲庵立田英山老師の俳号)


俳人橋本多佳子さんを悼む


橋本多佳子は道号梅馨と号し、曾て余に参禅す。彼女に「足袋白く 霞の中を なほ出でず」の句あり
1.経行(きんひん)について


経行とは歩く坐禅のことであります。摂心会(1週間の坐禅の集中修行期間)になりますと、早朝4時50分の起床から夜9時30分の開枕(かいちんー就寝のこと)まで坐禅を十炷香位します。一炷香とは線香1本が燃え尽きるまでの時間大体45分程度です。坐禅ばかりしている訳ではなく、摂心会の日程はよく工夫されていて、午前と午後に作務(室内の清掃や戸外の草むしり等の身体を動かすこと)が1時間半程度組み込まれています。また、提唱といって、老師が禅の書物を講義する時間が夜7時位から1時間位あります。


そうは言っても坐禅ばかりしていますとやはり、肩が凝ったり、腰が痛くなったりします。また、眠くなったりします。


そういう時の為、歩く坐禅、経行という修行を行う場合があります。臨済宗と曹洞宗では経行の行い方に相違があります。


先ず、吾人間禅即ち臨済の経行の行い方を先ず説します。


坐禅中、直日が経行を行おうとする時は引磬(いんきん-鈴のようなもの)をちんちんちんと大から小へ、緩から急へ打ち鳴らします。


大衆は坐具の前に静かに立って叉手当胸(さしゅとうきょう)します。左手を胸に当て、右手を左手の上に重ねるのです。


そして、引磬を上記の通り、また、打つと左向けをし、次に引磬を一つ打つ毎に左足から徐ろに運び出し、経行をします。


この動作中も坐禅の時と同じように数息観をするのですが、前後の間隔を余り開けず足を運ぶのがよいでしょう。


小生が初めて市川の本部道場の摂心会に参加したのは20歳の頃でもう約50年前のことですが、よく覚えています。


小生は真面目に経行中も数息観を行ってましたので、小生の処で詰まって、前との間隔が最初から大きく空いてしまいました。その時、後ろから助警が大きな声で「こら、もっと早く


進まんか!!」と大声で叱声され、我に返り、歩を早く進めたのを覚えています。


本部道場で経行を行うのは徹宵静坐の時(今でも臘八―釈尊が成道した12月8日前後に行う摂心会―摂心会の最終日には徹宵静坐しております)、深夜の全員が眠気を催した時に行います。


従って、単に歩くだけではなく、道場の外に出たり、走ったりします。臨済宗の専門僧堂でもそれは同じであります。
千葉 金風記

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昨年11月落慶した栃木禅道場 隠寮(老師のお部屋)への通路 正面に了空庵老師御揮毫の寿山福海の軸が見える


 


北窓を 開くや山は 生きてをり 楠部 南崖
長い間 ふさいでいた北窓を今日開いた。窓に蘇った景色は「山は生きてをり」に十分表れていて、それで十分且つ言い尽くされている。冬から解放された作者の意が通ず。雪はまだ、残っているが、山も確かに春へ春へと動いている。
 


6.立田英山老師の数息観のすすめ


立田英山老師の数息観のすすめでも自然の呼吸と言っておられます。


「口を軽く結んで、鼻で自然の呼吸をします。よく深呼吸や腹式呼吸をするように説く人がありますが、そんな必要は毛頭ありません。ただ自然に深く大きくなったなら、それはそれで又よろしいので要するに意識的な呼吸をしないことです。あくまでも自然にしたがうのが安楽の法門たる所以です。


「気海丹田に力を入れろ」などと書いた本もありますが、全く余計なことで、下腹に自然に気が充実してくるのならそれも宜しいでしょうが、あくまでも自然であることが要点です。


丹田呼吸は気海丹田に力を入れる呼吸ではなく、腹壁があまり膨らまず、へこまず、外観的には余り派手な動きはないものです。立田英山老師言われるように下腹に自然に気が充実してくると言ったものです。もともと、赤ちゃんの呼吸は丹田呼吸で、むしろ、それが自然な呼吸なのです。


 


坐禅で精神的に安定すれば脳からアルファ波が生成されるということが、かなり早い時期―50年程前―から明らかになっています。最近の医学研究で脳からアルファ波が出る状態になると脳内物質セロトニン物質が生成されるということが実証されています。


セロトニンは人間の精神面に大きな影響を与える神経伝達物質で、ノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑え、心のバランスを整える作用があると言われています。


実験では呼吸法を始めて5分程するとセロトニンが増え出し、25分程の呼吸法終了後もセロトニン物質はキープされるということです。


 


大安般守意経に「数息を地と為し、相随を犂と為し、止を軛と為し、観を種と為し、環を雨と為し、浄を行と為す」としていますが、立田英山老師は数息観の習熟度合いを簡潔に前期・中期・後期に分け、後期に到れば「よくぞ人間に生まれたものある」と人生を本当の意義を味わい得ると断言されております。


数息観の習熟は一日一炷香を愚直に実行して、三昧力を涵養することです。継続は力なりです。
そうであれば数息観ばかりやっておればよいのではないかと考える方があるかもしれませんが、数息観では定力は養えるでしょうが、真理眼は開けません。正脈の師家に独参して参禅弁道することによって道眼が磨かれます。道眼が開けることによって、更に別の観点で数息観を見直し、更に励むという相乗作用であります。どうぞ、日々新たに数息観にチャレンジしていただきたいと存じます。以上で私のお話を終わらさせていただきます。
千葉 金風記

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昨年11月落慶した栃木道場全景
藁屋根の あをぞらかぶる 彼岸かな 久保田万太郎
藁屋根の上の青空は春暖の滴るような深い色。誰もの故郷のような懐かしいほのぼの
とした景色がお彼岸にはふさわしい。
 


5.赤ちゃんの呼吸は丹田呼吸


  赤ちゃんの呼吸を観察してみますと、乳を求めて力強い声で泣く時は呼気性丹田呼吸になっています。また、あやすと声をあげて笑います。これも同じく呼気性丹田呼吸で


す。次に静かに眠っている時は吸う息で赤ちゃんなりの腹圧がかかっています。これは吸気性丹田呼吸です。また、腹這いのときは、呼気性丹田呼吸です。生後まもない赤ちゃんは既に吸気性、呼気性両方の丹田呼吸が行われております。実は丹田呼吸は自然に行われているものです。ところが、青年、壮年、老年と年齢を加え行き、しかも体を動かすことが少ない生活では、この自然の呼吸、すなわち丹田呼吸がおろそかになります。


それでも不思議なことに歌を唄う時やお経を読む時は長呼気丹田息になっています。


 その上、怒り・貪り・焦り・恨み・嫉み、あるいは悲しみ・憂い・嘆き・不安といった感情の虜ともなれば呼吸もまたかき乱れます。そして、爽やかさ・おおらかさ・心のあたたかさを失い、結果としてみずから灰色の世界へ引きずり込んで行くことになります。
 
千葉 金風記

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すっかり雪が解けた札幌の中心部


啓蟄を 啣(くわ)えて 雀飛びにけり 川端茅舎


4.呼吸の四相―よっつの相について


天台小止観に呼吸の四相ということが説かれています。


一は、二は喘(せんもしくはぜん)、三は気、四は息(そく)。風、喘、気は不調の相、息は調える相です。


風とは「坐する時、即ち鼻中の息の出入に声あることを覚ゆる」


喘とは「坐する時、息に声無しといえども、しかも出入に結滞して通ぜざる」


気とは「坐する時、息または声無く結滞せずといえども、しかも出入に細ならざる」


息とは「声あらず、結滞せず麁ならず、出入り綿々として存するが如く、亡きが如く、


身を資(たす)け安穏に、情(こころ)に悦予(よろこびたのしむこと)を抱く」


 
呼吸を乱れている状態から整った状態の四つの段階分けております。
出入り綿々として存するが如く、亡きが如くが一番良い状態であると言っております。
 
同じく天台の摩訶止観(まかしかん)では「息は臍より出てて還り入って臍にいたる。
出入は、臍をもって限りとなす」というのであります。
千葉 金風記

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大通公園にある吉井勇の歌碑


3.他の原初経典雑阿含経にも見られるアナパーナサチ


大安般守意経の他にも釈尊は呼吸について語っておられます。


阿含経というお経があります。阿含経の阿含はAgama(アーガマ)というパーリ語を中国語に音写したもので原意は「来ること」「到来」もしくは「帰着」という意味で、釈尊が滅後まもない頃、その直弟子たちがこれを編集して、それからずっと連綿として伝えてきた経典という意味です。


釈尊の寂滅後、最初の結集である五百結集―500人の比丘が王舎城に集まったーについて記載している原初的な経典はパーリ語ではパーリ五部相応部経典とその漢訳では漢訳四阿含の雑阿含経でありますが、その雑阿含経第29第六に次のようにあります。


「弟子達よ。私はこの三ケ月間、出息を念じて多く得る所があった。入る息、出る息、長短の息等様々なる息を実の如く知った。かようにして私は麁(あら)い思惟にあった。弟子達よ、私はさらに進んで長い間、より微細なる思惟に入った。この時、美しい三人の天子が私の許へ来たが、一人がいう『この人に死の時が到った』。他の一人はいう『否死の時が到ったのではない。それに向うているのだ』。第三の天子はいう『そのどちらでもない。これは道を実修しているのだ。即ち聖者の静寂の境地である』。


弟子達よ。三人の天子はかように私の実修を話し合うていたが、しかし、若し正しくいうならば、聖住、天住、梵住、学住、無学住、又は如来住と名づくべきであろう。修養の道程にある人はこれにより得ざる所を得、到らざる所に到り、證(さと)らない所を證(さと)るであろう。若しまた既に證(さと)りにある人にとっては現前する法の楽しみがある。これぞ即ち入出息法(安般守意)を正しく言いいづるものである」


 


これは釈尊が正覚を成ぜられてから間もないころ、弟子たちに語ったものです。


「私はこの三ケ月間アナパーナ・サチ(心をこめた呼吸)を実行して、まことに得るところが多かった。入る息、出る息に、長短の息などを心を込めて実行して、まことに得るところが多かった。はじめは思索も大まかであったが、この呼吸を実践していくうちに、次第に思索も深まって行った。それは今まで気付かなった微細な点までわかるようになった。」と申しておられます。
 
千葉 金風記

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大通公園にある石川啄木歌碑
しんとして幅広き街の秋の夜のとうもろこしの焼くるにほひよ 一握の砂

 私共が生活の向上を目指した時、第一に肉体の内外について考慮することが必要なのではなかろうか。それなのに、そうしたことを後にして、数息・相随・止・観・環・浄を何故に先にするのだろうかという弟子の問に対し、釈尊は肉体は汚れたものなるが故に、体のことを考えても無益である。ところが、意(こころ)が浄らかになっていれば、体のことがはっきりわかるのだという訳です。(こころ)は、しばしば意(こころ)の錆ともいうべき欲望に引きずりまわされ、体をこわすことがあります。意がすでに浄められている場合、体も浄められる。したがって、病気も多く未然に防ぐことが出来る。それにはアナパーナサチー長呼気が良い薬であるで締めくくります。

2.アナパーナサチの具体的方法

釈尊の呼吸法は長呼気丹田息です。数息を繰り返しているうちにその息は次第に長くなります。出息長の呼吸です。それは最初のうちは大脳を煩わす呼吸法ですが、それを反復することによって半ば無意識の状態で実行可能となります。

長呼気丹田息は頭骸骨内の臓器(大脳、間脳、中脳、橋、小脳、延髄)の血液循環を促進し、特に長呼気丹田息は頭骸骨内の臓器(大脳、間脳、中脳、橋、小脳、延髄)の血液循環を促進し、特に頭部全般の静脈血の心臓還流が活発になります。

大脳でいえば、前頭部・側頭部・後頭部・頭頂部の脳細胞の連絡が密になり、全機能が快適に行われることになります。

 丹田呼吸と腹式呼吸の違いは、通常腹式呼吸は息を吸う時に腹が膨らみ、息を出す時へこむ呼吸法です。何故そうなるかと言えば、吸う息で横隔膜が下がり(収縮)、吐く息で上がる(弛緩)。腹が膨らむのは横隔膜が収縮下降するからで、そして、へこむのは弛緩上昇の為です。その時、腹筋群(腹の周囲の筋肉)はあまり働きません。その時、横隔膜の収縮が腹の膨らみとなって現れわけです。


 それならば、丹田呼吸はどうかと言えば、腹壁があまり膨らまず、へこまず、外観的には余り派手な動きはない。しかし、腹圧計をセットして調べると、腹圧がかかっていることがわかります。そこで強い腹圧がかかる程、静脈血が心臓に多く還ります。丹田呼吸では横隔膜と腹筋群とが共に働くからです。両方の筋肉が協調して収縮すれば、そこに強力な腹圧が生ずるのです。ここに丹田呼吸の素晴らしさがあります。

 丹田呼吸で大事なことは、息を止めないことです。すなわち、前に述べましたように怒責に陥らぬことです。怒責は全身の静脈血の流れを妨げ、血液循環を乱し、脳圧を上げます。これは全ての内臓に悪影響を及ぼし、自律神経系、ホルモン系を乱すことになります。

 長呼気により脳幹の各部(間脳・中脳・橋・延髄)の綜合的なすばらしい働きが現れ、正しい呼吸は、人それぞれのすばらしい能力を顕現するのに大いに役立ちます。

正しい姿勢でアナパーナサチの呼吸をしていると、躓く、よろめくなどが少なくなるのは小脳の機能がよくなるからだと思われます。

 また、間脳における視床下部は自律神経の中枢であり、同時に大脳辺縁系とも連絡しております。この視床下部は腹腔神経叢(一名太陽神経)とも密接な連絡を保ち、自律神経の正しい機能の発現に役立ちます。
 
千葉 金風記

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