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ブログ - 禅の修行とは 立田英山老師著人間形成と禅から

禅の修行とは 立田英山老師著人間形成と禅から

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/8/15 8:37
禅の修行の実際的効果をわかりやすくいうならば、それは自分の心を
自分で自由自在に使い得ることにあると言えましょう。
 さて、自分の心を自由に使いこなそうとするならば、まず、
心とはどんなものであるかを見極めねばなりません。
ところが、心とは如何なるものか?と尋ねてみると、
自分の心でありながら、さてとなると、
なかなか掴めないものです。
心とはいかなるものとひと問はば 墨絵に書きし 松風の音
どうも 心というものは厄介な代物です。
然し それは、心を相対的に把握しようとするからの話で、
やりようによっては、そんなに
困難なことではありません。
では、どうしたら心を把握することができましょうか?
禅ではそれを悟りを開くとか道眼を開くとか見性するとか申しております。
見性は、禅の修行の初めであり且つ終りであるのですから、
些しく説明を加えさせていただきます。
それには心と性の区別をハッキリさせておくことが大切です。
普通おおざっぱに心 心と言ってますが、譬えてみれば、
それは水の上に立った波のようなものです。
ですから、憎い可愛い惜しい欲しいと、はたらかせている所謂心を水の上に立った
波とするならば、波の基たる水に相当する心の基になるものがなくてはなりません。
それを仏教では性と名付けておるのです。即ち性が基で心は現象です。
我々は単に性と呼ばず、本心本性という意味を含ませて心性と呼んでいます。
見性とは心性を見るということです。

今朝秋や風石狩の野に満てり 立田 幽石(老師62歳の時の句)
流石に北海道なり。立秋ともなれば頓に涼し
 

 
千葉 金風 記
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