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ブログ - 山岡鉄舟と浅利又七郎義明その1

山岡鉄舟と浅利又七郎義明その1

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/8/2 19:51
無刀流の剣の達人山岡鉄舟は大悟の前、何度、浅利又七郎義明
と立ち合ってもどうしても勝つことが出来ません。その時のお話です。
剣の道を志して20年、どうしても安心の境地に至らなかった。
必死に剣の道に悟りを開いた人を求めていた。
一刀流名人に浅利又七郎義明という人がいた。
この人は奥平家の剣法師範をしていた中西子正の次男であり、
伊藤一刀斎景久の剣法を正しく伝える名人であった。
これを聞いて喜んだわたしが試合をお願いしてみると、
なるほど世間にもてはやされている剣術と非常に性格が違
うものであるということがわかった。
外にあらわれるところ柔軟だが、内に剛直なものを持っており、
精神を呼吸に集中し攻撃にかかる前に勝機をつかんでしまうのである。
このような人をこそ真の明眼の達人というべきであろう。
その後何度対戦しても、自分の力量でははるか及ばないことを知らされた。
修行を怠らずにつとめていたが、浅利の幻影が自分の剣の前に現れる。
それはまるで一つの山を相手にしているようであり、到底打ち掛かっていくことが
できないもののように思われた。

間に合はず秋草棺に入れてやりし(立田幽石 老師54歳の時の句)
長男快川は七歳の時、盲腸炎の手術手遅れとなり、その後しばしば腸捻転の
為、開腹手術を行う。再発し、諏訪の日赤病院にて手術せしも、八月二十五日
帰寂す。念場ケ原の草花を抱えて駆けつけしが間に合わず。

その2に続く
 

 
千葉 金風 記
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