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ブログ - 口から出てくるものこそ人を汚すーマタイによる福音書より

口から出てくるものこそ人を汚すーマタイによる福音書より

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/7/12 7:31
マタイによる福音書15節に
ファリサイ派の人々と律法学者がイエスのもとへ来て言った。
「何故、あなたの弟子たちは、昔の人の言い伝えを破るのですか?彼らは食事の前に手を洗いません。」
中略 イエスは群衆を呼び寄せて言われた。
「聞いて悟りなさい。口に入るものは人を汚さず、口から出るものが
人を汚すのである。」
更にその意をかみ砕いて
「すべて口から入るものは、腹を通って外に出される。しかし、口から出て
くるものは、心から出てくるもので、これこそ人を汚す。
悪意、殺意、盗み、偽証、悪口などは心から出てくるからである。
しかし、手を洗わずに食事をしても、そのことは人を汚すものではない」と。

悟りとは簡単に言えば、今までの自分の固定観念が破られて、
はっと人間の本来の在り方に気づくことであります。
気付きの機縁は坐禅中であったり、作務の時であったり、
あるいは言葉による場合、何気ない他人の一言であったりします。
言葉による気づきの元を作ってくれた言葉を禅では転語といいます。
イエスは転語にかけて誠に素晴らしい天性がおありになります。
律法学者はイエスに昔の人の言い伝えを破ることを詰問して、
イエスを攻撃しようとしました。
凡人ならば、ましてや2000年前の人なら尚更、その攻撃に沈黙するでしょう。
しかし、イエスはその詰問をコペルニクス的転回で見事に反転しました。
これは2000年前の出来事ではありません。
コロナ禍で我々は無意識に人を分断してないでしょうか?
マスクをしていない人、手を洗わない人を分断して、
自分とは違う人として口撃して心まで病んでいませんか? 
stay homeでストレスを抱えたり、将来に不安を
もって生きていませんか?
姥百合はさみどりの花蔭に咲く        立田幽石(老師63歳)
日々掃いて日々病葉(わくらば)の置かれけり  〃
 

 
千葉 金風 記
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