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ブログ - 御伽噺(おとぎばなし)洪川老師の霊験因縁話

御伽噺(おとぎばなし)洪川老師の霊験因縁話

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/2/19 6:47

閉幕した札幌雪祭りの雪像

今まで堅い話が続きましたので閑話、無駄話としてお聞きください。

 

意外に思うかもしれませんが、洪川禅師は経典、諸仏に関する「霊験」なるものを深く信じておられました。金剛経読誦霊験記なるものを表して、因縁話を書き集めておられました。

その中に観世音菩薩霊験の説と題して明治9年(1876年)4月18日東京芝の金地院で一般の方に説教しております。

 

吾人間禅の創設者立田英山老師は立教の趣旨で人間禅は神秘を語らず迷信を説かず、堂々と如是法を挙揚し、合掌して人間禅を宣布すると高邁に宣しておられます。偉大な禅者で英邁なる科学者であられた耕雲庵立田英山老師だからこそ、高らかに宣言できたものであります。耕雲庵立田英山老師は洪川禅師の法孫ですが、こういった因縁話は勿論致しません。ここは明治9年という時代背景を考えてみる必要があると思います。

 

長い説教でありますが、簡単にストーリーをお話しますと

場所は備後岡山の国福山にかうぶん村という処がありました。

その村に伊右衛門、あのサントリー伊藤園のお茶の伊右衛門と同じ名前であります。

その妻は観音信心篤い人で、観音様に祈りますと懐妊しまして、阿類(おるい)という娘を生んだのであります。

 夫婦は仏師に一寸八分の観音の御像を彫っていただき、守り袋に入れ、平日、阿類の首にかけさせておりました。十歳の時、福山家中の渡辺何某という処に奉公に出すことになりました。十句観音経を教えて毎日朝晩に百辺づつ読むように伝えました。

 ある日、渡辺何某、登城の節、血気の若武者5、6人にスッポン二匹買い求めたので、今晩拙宅に参られよ、馳走するにと

渡辺何某、早く、城の御勤めを終わって、すっぽん手料理せんものとした処、図らずも包丁を池に落としてしまった。

渡辺何某、すっぽんは能く人の頼み聞きわかると。そして、すっぽんに申す様「汝命惜しければ、落とした包丁を咥えて来い。そうすれば、命を助けてやるぞ。

そのすっぽん案の上、包丁を咥えて池より出てきたが、約束を違えて、そのすっぽんを料理した。若武者が来て、料理を食べる前に件の話をすると、皆、怖気づいて帰ってしまった。

渡辺何某が一人で全部食べてしまった。夜半から腹痛起こし、七転八倒。明方に医者を呼んだ。薬を出してくれぬ。一家親類手をつくせども、回復せる気配なし。

医者が言うよう是病、女子の生き胆を取り、薬に服すると治る。しかし、是はむごいことで容易にしてはいけません。

渡辺何某は奉公せる阿類が恰好と考え、穢多の六右衛門と阿類に夫々因果を含めた。

阿類は結局生きていたのでした。六右衛門は確かに阿類の胸を刀で刺したのですが、木像の

観音菩薩の胸の当たりより切り裂けていたのでした。
 
千葉 金風記

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