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ブログ - 滴水和尚と鉄舟居士ー熱罵嗔拳

滴水和尚と鉄舟居士ー熱罵嗔拳

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2020/2/11 6:59

札幌雪祭りの雪像

熱罵嗔拳は、幕末から程遠くない明治の頃だから違和感なく受け入れられたと思います。維新直後の頃の禅のお坊様は気が強く、また、一般の人でも禅者に近づく人は気も荒かったと言います。山岡鉄舟居士に関する次のような逸話があります。

 

天竜寺の滴水和尚は鉄舟居士に招(よ)ばれて東京へ出て、摂心会を挙行した。

毎日、居士の家へ行った。一夕、居士の参禅を聞いた際、大いに彼を打ちのめした。

居士の門下に村上何某というのがあって、それは剣士として随分腕に覚えのある人であった。

しかし、彼は禅においては全くの門外漢であったので、その先生が坊さんに叩かれるのを聞いて、頗る憤りに堪えなかった。「糞坊主め、師のかたきをとってやる」というので、和尚さんの帰りをつけた。今にも一刀両断と思ったが、和尚さんは何も知らぬ風でひとり出て行かれるその態度がいかにも充実していて、どうも狙うべき隙が見えない。村上は三晩も跡をつけたがいかにしても手の下しようがない。かえって自分の方で気後れがして自ら震え上がるのであった。残念でならぬが仕方ないので、この旨を師の居士に白状した。

曰く「貴様のような奴が何十人と四方から飛びかかってとて和尚は眉毛一つ動かさぬぞ」と。

その頃の禅僧はまだ大法の為には喪身捨命することを辞せぬという大菩提心を持っていたので、余所目には荒々しいと思われるようなことでも、人と処を択ばず、いやしくも法の為と信じたら、遠慮なく思う存分働いたのであります。

 

話を元に戻しますが、憤とか悱とかはもとより我執とか吾我とかの一念から噴出する心理状態でありますが、これが逆に我執とか吾我を破るところのものになるのであります。といってもなかなか説得力があるものなのか、あるいは、現代の若い人達にとって、腹にストーンと落ちる程の文言なのか検討した時、果たしてそうだろうか?と思う訳であります。
 
千葉 金風記

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