メインメニュー
石狩座禅道場



〒061-3245
石狩市生振六線南2号
(いしかりしおやふる6の2)

TEL/FAX 0133-64-9045
お問合せはこのホームページ
からどうぞ

お問合せはこちら


カーナビ、スマートフォン
来られる方は、以下で検索
してください。
石狩市生振584−17
注:これはGoogleマップで
郵便の住所ではありません。

 

このページをシェア!
ここでブックマーク: Twitter ここでブックマーク: Facebook ここでブックマーク: Yahoo ここでブックマーク: Google
検索
カテゴリ一覧

ブログ - 第191回摂心会報告

第191回摂心会報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2018/3/24 16:42

珠玉さんが、書かれているように、今月14日から21日まで 了空庵老師主催の最後の摂心(第191回摂心会)が開催されました。

 

結制茶礼では、了空庵老師より「師家を拝命してから22年、皆さんと共に修行して参りましたが、いつの間にやら90歳になってしまいました。摂心会、内参会と合わせると 当支部では100回余り厳修してきたことになります。今回のこの摂心会を最後とし、新年度から了々庵老師に支部の担当をお願いすることといたしました。この摂心会は一回限り一期一会です。私も命懸けでやります。諸氏方も一回の参禅も無駄にすることのないよう命懸けで骨折り参禅弁道していただきたい。」とのお言葉を、了々庵老師よりは、「只今の、老師のお言葉をうかがい、私といたしましては寒毛卓竪の極みでありますが、皆さんにとりましてもこの早春の摂心会が了空庵老師に参ずることができる最後の機会となる訳であります。この摂心会、ひとつ、坐りに坐りぬいて、了空庵老師に全身全霊でブチあたって頂きたい。」とのお言葉がありました。

 

 14,15日は、春らしく暖かかったのに、16日からは寒くなり、隠寮にお茶をお持ちすると「春は名のみだなぁ」とおっしゃっていました。雪がかなり降り、夜中に怪音が聞こえたわけですが、私が眠れたのは、珠玉さんより少々耳が遠く、窓から離れた側で寝ていたというだけの理由ではないかと思います。17日には、お父様の具合が悪く、参加できるかどうかわからないと言っていた慧観居士が、何とか都合をつけて入山。参禅願のIご夫妻も見え、ご主人の方は、翌日まで詰められました。午後には、JTBのSさんが見えられ、夏に予定している海外在住子女の座禅体験会の打ち合わせをしました。

 
  ご提唱は、15日、16日が了々庵老師の「宗門無盡燈論」。17日(土)は、大学生のT禅子、JTBのSさんなど新しい方が数名おられるので、了空庵老師が提唱に代って、「いまを生きる」という題で法話をされました。般若心経を軸に、平昌オリンピックや、中国とロシアの話、東日本大震災の話などを交え、沢庵和尚と柳生宗矩の話で締めくくられました。19、20日は、了空庵老師の「無門関」でした。
  
  前回、参禅願を出されたO居士は長野に転居され、初関を透過されたばかりの新潟のK居士も一週間詰める予定だったのに、体調を崩し参加できなくなったのは、残念でした。独立開業されたばかりの旭川の無外居士も、何とか行きたいと言っておられましたが、忙しく欠席となりました。
 

円了茶礼のご垂示では、了空庵老師からは、「今回の摂心会は一期一会。皆、この寒さにめげずよく骨折り、熱心に参禅弁道した摂心会だったと思います。新年度から了々庵老師のご指導ご鉗鎚をいただくことになります。了々庵老師は、私のすべてを受け継いだ師家です。どうか了々庵老師を私と思って「絶対の信」をおいて研鑽してください。当支部が皆の力を合わせて、いよいよ発展することを心より願って、円了の挨拶といたします。」とのお言葉がありました。了々庵老師は、「この一期一会の摂心会、ひとつ、坐りに坐りぬいて、了空庵老師に全力でブチあたって頂きたい。そして、深い法喜禅悦を味わっていただきたい、と結制で申し上げました。その願いに違うことなく、皆様におかれましては熱心に参禅弁道に励まれたことと思います。」とおっしゃった後、自席をたたれ、了空庵老師の前にお立ちになり、礼拝をして、両手をつき、22年間の了空庵老師の御指導、御鉗鎚に対してお礼の言葉を述べられ、「了空庵老師からいただいた御鴻恩の万分の一でも報いるべく、皆で、この札幌支部を護持し、必ず次の世代に繋いでまいります。」とおっしゃられました。

  

円了懇親会は、珠玉さんの書かれているように、豪華なご馳走と、珍しい顔ぶれ、芸達者な方々の活躍で盛り上がりました。

 

24日に鹿児島で支部創立の記念式があり、宇都宮に戻られるのは大変なので、了空庵老師は、円了後も、2223日と道場に滞在され、本日(24日)朝、了々庵老師とともに、道場をお発ちになりました。主のいなくなった隠寮を片づけながら、もう、ここで了空庵老師のお姿を見ることはないのかと思うと、泣きたい気持ちになりました。侍者の手伝いを始めた頃、隠寮にお茶をお持ちした際、「74歳なんて、自分の年のような気がしない。他人の年かと思う。」との言葉をお聞きした記憶があるので、了空庵老師が74歳の時には、すでに侍者の手伝いをしていたわけで、もう15年以上もしてきたことになります。気の利かない侍者でした。あの頃は、了空庵老師が、札幌支部の師家でなくなる日が来るなんて、全く考えていませんでした。私は、これからも新潟に追っかけて行って、参禅を聞いてもらうつもりでいますが、今まで老師様に参禅して透過した公案を、血肉にできるよう努力していきたいと思いました。(と書きつつ、血肉にできる自信はありません)
   

芙蓉記
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (54)

トラックバック

トラックバックpingアドレス http://www.ningenzen.jp/sapporo/modules/d3blog/tb.php/481
Copyright © 2014 人間禅 石狩道場 (Powered by ImpressCMS)
Theme Desinged by OCEAN-NET