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石狩座禅道場



〒061-3245
石狩市生振六線南2号
(いしかりしおやふる6の2)

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ブログ - 最新エントリー

智閑は経典・仏祖祖録やそれらの注釈書などの中から
父母未生以前の消息に関係のあるそうな文句
を探し出し、それを 見解として持っていったが、

「そんなもの噂じゃ」 「そんなもんでは届かん」

と悉く退けられるばかり。 そして智閑秀才、
到頭、「自ら歎じていわく画餅 飢えを充たすべからず」
と悟り、潙山に再々
「教えて下さい。せめて、ヒントをお与えください」
と 泣きついた。

そして「我若し汝に説似せば、汝、以降、我を罵り去らん。
我が説く底は 、是れ我が底にして終に汝の事にかかわらず」
として断呼、突き放した。

こう突き放されて、平日看過底の文字即ち経文・祖録
を集めて焼却し
「此の生、仏法を学ばず。しばらく長行粥飯(ちょうこうしゅくはん)
の 僧となり心身を役することを免れん」

乞食しながら行脚する僧となって南陽白崖山
の慧忠国師の墓守となった。

そしてある日のこと、墓地の清掃をやり、
たまった落葉やごみを竹林の 中へ放り込んだ。
落葉やごみは所定のごみ捨て場に捨てるのが
一般原則であるが、 それらが竹の肥料になる
という竹林に限って落葉を投げ込んでいいと
いうことになっていた。

ところが、その落葉の中に堅い石ころが
まじっていたと見え、
投げ込んだその石ころが竹の幹に当たり、
カチリーツと鋭い響き を発した。

 その途端 智閑、今まで長い間どうしても
破れなかった心の殻が カラリと破れ、
父母未生以前に於ける本来の面目を忽然
と証悟 することが出来た。

世に有名な香厳撃竹の因縁であります。

開悟の喜びにひたった智閑は「にわかに庵に帰り、
沐浴し、 香を焚いて遥に潙山を礼し、
讃えて曰く、和尚の大慈悲は父母 にもこゆ、
当時(そのかみ)。若し我が為に説破せば、
何としてか 今日の事有らん」
と感謝の涙にむせびつつ、遥に潙山を礼拝した。

如々庵老師著五燈会元鈔講話(ごとうえげんしょうこうわ)より

千葉金風記
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日曜の法話会

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2018/9/18 15:01

いいお天気のおととい日曜日、2回目の日曜法話会が開催されました。台風と地震の後、初めて道場を訪れた老師は、道場の敷地内を見て歩かれ、支部長と倒れ掛かった木の処理などについて話をされたようでした。
   

前回同様、時より20分ほど坐禅をし、時半から法話が始まりました。今日の参加者はすこし少なく7名でした。演題は「不動心」。二宮尊徳の生涯から、不動心について話をされました。札幌の開拓に大いに功績のあった大友亀太郎という人物がいて、この亀太郎は、二宮尊徳の最晩年の門下生だったということを初めて知り、興味深く聞きました。

  

法話後は、いつものように車座になって、お茶とお菓子をいただきながら、茶話会をしたのですが、老師は、午後1時からNHKのカルチャーセンターでの講義があるため、すぐお発ちにならなければならず、私は老師の法衣などの片付けのため隠寮に行っていて、参加しませんでした。よって、どんな話が出たのか不明です。
   

次回の法話会は、10月21日です。秋の摂心(本格的禅の会)の最中です。関心のある方は、ぜひお越しくださいませ。
 
芙蓉記
 

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香厳智閑ーきょうげんち
かんー(9世紀、唐の僧侶)
撃竹の因縁として有名。

後に香厳和尚となる智閑は、若い頃 出家し、
百丈 懐海(ひゃくじょうえかい)大和尚に参じた。
しかし 「百丈に在りし時、性識聡敏なるも参禅する ことを得ず」

とあるように、彼は大変に聡明俊敏な質で、
その聡明さが却って邪魔をして、
見性入理の初関を 何回参禅しても透過出来なかった。

百丈懐海禅師が帰寂され、
その後は大先輩の潙山霊祐(いさんれいゆう)
に参ずることになった。
そこで、潙山は後輩の智閑に親切にも
「汝 百丈先師の処にありて、
一を問えば十を答え、十を問えば 百を答うと。
意解識想は生死の根本なり。
父母未生の時、 試みに一句を道え、看ん」
と注意を与え、且つ工夫の仕方を指示 された。

「お主が一を問えば十を答える、目から鼻へ
抜けるような聡明 俊敏な人物であることは、
以前から噂で聞いている。
お主がそれほど霊利俊発であるにも拘わらず
悟れないのは、 お主があまりにも聡明霊利
に過ぎて博識で理屈が多く、
もともと 『生死の根本』即ち迷いの根源である
『意解識想』にこだわり、
それにとらわれているからだ。

そのような相対的思弁や理屈道理を離れた世界、
父母未生以前 の世界に打入するのでなければ、
悟りが開ける道理はない。 わしがひとつ点検してやろう」

何とか見解(けんげ)を出そうと寮に帰って、
平日看過底の文字 をもって、頭(はじめ)より
一句を尋ね、酬対せんとしたが竟(つい) に得ること能はず」
として全て退けられた。

如々庵老師著五燈会元鈔講話(ごとうえげんしょうこうわ)より

9月16日(日)石狩道場(石狩市生振6線南2号ー
TEL0133- 64ー9045)にて
午前9時30分より了々庵老師の法話会が ございます。

法話の演題は『不動心』です。
午前9時頃までにご来場ください。
多数の方のご来場をお待ちしております。
初心の方大歓迎です。 

石が竹の幹に当たって開悟(2)に続く

千葉金風記
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今日は震災後初の日曜座禅会でした。道場に着いたら、もう皆さん揃っていて、支部長が割れた食器を掃除機で片づけておられるところでした。道場には電気が通い、建物は損傷なし。備品も食器が何枚か割れただけで、あとは無事でした!
 
いつも日曜座禅会に集まるメンバーがだいたい集まり、何事もなかったかのように1炷香坐りました。茶話会では、藏燈さん差し入れのサブレを皆でいただきました。茶話会もこれまた何事もなかったかのように、ほとんどがマラソンの話!何しろ先日の北海道マラソンで完走された二人が出席されていたので、どうしたら完走できるか、タイムが伸びるかという話になりました。嘯月さんが、スピードは気にせず、ゆっくりでいいから長く走ること、週に3日は30㎞走ることなどと仰って驚きました!!私の目標は週に3日は1万歩(約78km?)歩くことなので(それすら達成できていませんが)、次元が違いすぎてただひたすら聞いていました。それにしても、こういう話に花が咲くのは、みなさんの生活がもう平常に戻っているからだろうとほっとしました。
 
道場の庭も、先日は台風の影響で木の枝や葉っぱがたくさん落ちていましたが、掃除されて綺麗になっていました。おもに無光さん、真淡さん、藏燈さんが掃除してくださったのだと思います。ありがとうございます!
 
来週は日曜座禅会で了々庵老師の法話(演題「不動心」)があります。ぜひ皆様道場にお越しください!
 
珠玉 記
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全員無事です!

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2018/9/7 9:34
このたびの北海道の地震で、皆様にご心配をおかけしていることと思います。
支部長に連絡しましたら、人間禅会員は全員無事との確認が取れたとのことですので、お知らせしておきます。芙蓉さんが正楽和でお知らせするとのことでしたが、ひょっとしたら芙蓉さんのお宅ではまだ停電が続いているかもしれず、復旧している私の方から第一報をここでお知らせしておこうと思います。
 
道場の状態は、明後日日曜座禅会に行ってみるつもりですので、その後ご報告します!
(私は道場近くのあいの里に住んでいますが、こちらは復旧が早く、電気・水道とも昨日午後から通常どおり供給されており、お蔭様でいつもと変わらぬ生活を送っております。)
 
珠玉 記
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停電の中の座禅カフェ

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札幌支部 石狩道場 2018/9/5 16:11

昨夜は台風21号が石狩地方を薙ぎ倒しながら通過したらしく、朝起きてみると、ベランダに(マンションの11階)、どこから飛ばされて来たのか見知らぬ人のサンダルが一足落ちていました。そして、外を見ると信号機がまったく機能しておらず、大きな十字路では警官が立って誘導していました。どうやらあいの里は広い範囲で停電のようで(私のところは免れましたが)、座禅カフェに来る予定だった4名の方から欠席の連絡が入りました。
 
道場は使えるのかしらと思って耕尽庵老居士のお宅に電話をしてみましたが、電話も不通。今日はお休みにしようかと迷っていたのですが、遠くから来られる初参加のKさんに連絡してみると、もう家を出てこちらに向かっておられるということだったので、決行を決めました。マンションの敷地内の大きな植木も根こそぎ倒れていたので、果たして道場まで車で行けるかどうか心配だったのですが、無事到着しました。道場に被害はないようでしたが、やはり停電していました。停電の中、なんとか参加できた4人で1炷香坐りました。
その後、お湯が沸かせないので、私の家に移動して茶話会をしました。芙蓉さんが置いておいてくださったわらび餅のお土産はしっかり持って帰りました(ご馳走様です!)。
 
Kさんは嘯月さんが開催しておられる座禅会(エルプラザ)で今年から座禅を始められたそうですが、とても坐相がよくて驚きました。嘯月さんからもそう言われたそうです。お聞きするとお茶の先生の資格を持っておられる上に、30年以上ウェイトリフティングングをしておられるとのこと(もちろん女性です!)。道理で背筋が伸びていて中心が定まってぶれないのだと思いました。お茶をしておられたとお聞きして、早速今日のお抹茶はKさんに点てていただきました。芙蓉さんのお土産と一緒にいただき、とても美味しかったです。どうもありがとうございました!
 
今日も新しい出会いがあり、美味しいお茶とお菓子を御馳走になり、やっぱり座禅カフェを開いてよかったなあとつくづく思いました!
 
珠玉 記
 
 

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秋晴れの日曜座禅会

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札幌支部 石狩道場 2018/9/2 16:51

今日は爽やかな秋晴れでした。朝の準備が遅くなり、座禅会が始まるぎりぎりに道場に着くと、敷地内に駐車できないほど車があって驚きました。今日は座禅日和ということでしょうか!前回初めて参加されたTさんや今年3回目で久々に参加されたKさんの顔もあり、嬉しく思いました。座禅はいつもどおり1炷香、途中に5分の休憩を入れて坐りました。
 
茶話会では、前回北海道マラソンで座禅会に参加できなかった嘯月さんとIさんの奥様がお二人ともマラソンを完走されたとの報告がありました。さすがです!座禅をされる方は何にでも集中して最後までやり遂げる方が多いように思います。また、Kさんは秩父の太陽寺で宿坊体験をされたということで、そのお話を興味深く伺いました。日曜座禅会では、趣味や職業もさまざまな方がいらっしゃるので、いろいろな方の体験談をお聞きするのも楽しみのひとつです。
 
珠玉 記
 
 

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ところが、則公監院はこう思い直した。

法眼禅師は500人を教える善知識である。
はてな その法眼禅師が忠告してくださるのだから、
たしかに 自分の知らないところを教えてくださるにちがいない。

ああ悪かった、と引き返して戻ってきた。
そして懺謝した。
この時、則公監院はすっかり吾我がたおれ、
真個 の無我になっていた。

そこで、法眼禅師に勧められて尋ねた。
「いかなるかこれ学人の自己なる」
法眼曰く「丙丁(びょうじょう)童子(どうじ)来求火(らいぐか)」

則公監院はこの時「思わずありがとうございます」と礼謝した。

この時真に自己が自己になった。 同じ言葉なのにどう領解したのか?

青峰禅師のもとで大悟したから、もう坐禅を組む必要はない。
監院の事務と修行は別物と見ていた。

したがって経典を誦せず、仏道を行ぜず、一度悟ったものは
そのようなことはする必要がなく、
監院寮に引っ込んでひたすら 繁務をこなしていた。

監院の繁務が一一即心是仏であることを徹底させよう
という 法眼禅師の大慈大悲がわからなかった。

法眼禅師は3年待って荒療治をした。
監院はこの時初めて一つになった。繁務と修行は
別物と思って いたものが一つになった。

社会人である我々に即して言えば、
会社の仕事と修行は別物と 思っていた。
町内会の活動が瑣事だと思っていた。
渡世で言い つけられる仕事が別物と思っていた。

いやいや別物ではないぞ、絶えず、数息観、
随息をしながら 瑣事と一つになった
というところでしょうか

          千葉金風記
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上記は道元禅師の正法眼蔵弁道話の中の言葉です。
自他の見をやめて、他人は他己と禅師は
おっしゃいます。

自他の見即ち自分と他人と別であるとする
考え方をやめて 自他不二を坐禅で修行するもの

その言葉に続いて「もし、自己即仏としるをもて
得道とせば、 釈尊むかし化道(けどう)にわづらわじ」

単に自分が仏と知るだけでは、釈尊はそれ程煩悶、
求道 することはなかった筈。
このことを証する為、宏智(わんちー中国曹洞宗の僧ー
1091 ~1157-)広録記載の妙則を提示します。

則公監院という僧が法眼禅師の会下(えか)にあって
3年の間 監院(一切の事務を総領する禅院の役僧)
をつとめながら、 いまだかって入室しない。

そこで、法眼禅師は「なんじわが会にありていくばくぞ?」
監院に配役したほどの人が、わしのところに来て
何年になるか?
「われ師に会にはんべりて、すでに三年をへたり」
もう3年になります。
「なんじはこれ後生なり、
なんぞつねにわれに仏法をとはざる。」

うむ3年になるのに、
いまだかって一度も入室して
法を問わない のはどうしたものか。
未だ若い雲水だ。入室しない のはどういうわけだ。

わたしは和尚をあなどって入室しないわけ
ではありません。
わたしは青峰禅師のところで見性したので
入室する必要がない のです。

そうか、見性したか。
どういう言葉で見性したか

それがし かって青峰禅師にどのようもの
が学人の自己ですか と問いました。
学人は自分のことだから、自分の主人公
はということです。

青峰禅師は丙丁(びょうじょう)童子(どうじ)
来求火(らいぐか) と言われ、
その一言下に大悟しました。

丙丁はひのえひのとだから
丙丁童子は火の神様です。

火の神様が火を求めた。
自己が自己を求めたと悟りました。

 法眼禅師「まことにしりぬ、なんじ会せざりけり」
そうだろうと思っていた。お主はまだわかっていない。

則公監院は三日懆悶(そうもん)してたちぬ
(こんなところに居て もしょうがないと大悟に自信
があったので、この寺を出ていって しまった。)

丙丁童子来求火ー火の神様が火を求めたに続く

千葉金風記
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日曜座禅会と法話会

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2018/8/27 13:30
暑くもなく寒くもない、マラソン日和の昨日、座禅会と法話会が開催されました。日曜座禅会の折に、法話会が開催されるのは初めてです。嘯月さんを含め、日曜座禅会常連の3名が北海道マラソンのため欠席でしたが、初めて参加という方もお見えになり、計11名で聴聞いたしました。
  
まず、9時より20分ほど坐禅。講本の下読みをして、9時半から法話が始まりました。演題は「禅の修行 (煩悩即菩提)」。はじめに、作り話の地獄と極楽の話、東日本大震災の際、被災された人々が、数少ないおにぎりを他の方へと回していった話などをされた後、一切の迷いの根源である「貧」(むさぼり)「瞋」(怒り)「痴」(愚痴)の三毒を三昧の力によってそのまま「智仁勇」の三徳とする話をされました。宮澤賢治の「雨ニモマケズ」をこの「貧瞋痴」を取り去った生き方を読んだ詩として挙げ、この詩には宮澤賢治が尊敬していた斎藤宗次郎というモデルがいたことを話されました。有名な方ではないけれど、このように生きた方がいたのだということを初めて知り、感動いたしました。
   
法話後は、いつものように車座になって、お茶とお菓子をいただきながら、茶話会をしました。座禅を始めて間もない方々から、色々質問が出て、支部長がそれに答えていました。
   
次回の法話会は、916日です。日曜座禅会は、もちろん毎日曜あります。関心のある方は、ぜひお越しくださいませ。
 
芙蓉記
 
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