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石狩座禅道場



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ブログ - 最新エントリー

7月15日の日曜静坐会は、
骨折療養中の蔵燈居士が一番に入山、
道場の外を作務しておられました。
足をまだ組めない中、日本坐、椅子坐禅等
で静坐されていました。

今回、常連のI御夫妻の知人の、IKさんも初参加、
聞くところによると、 昨年の11月より毎日、
自宅で坐禅をしておられるとのこと。
7月28日(土)から8月4日(土)
まで摂心会(坐禅の集中修行期間)
があることから、参加をお勧めしました。
1週間全日程参加するのは、勤務の関係で、
また、精神的・肉体的 に大変厳しいものがあり、
自分なりに都合のつく時間帯で参加するよう
アドバイスしました。

最近、お見えのTさん、Sさんも
連続参加され、総勢10名で坐禅しました。

坐禅後の茶話会では嘯月さんが鎌倉円覚寺の
釈宗演老師の新聞記事 ー7月14日付読売新聞夕刊ー
を持参され、皆さんに披露しました。

釈宗演老師は明治39年(1906年)4月4日
、鈴木大拙氏を通訳にアメリカ ホワイトハウスに
時の米大統領セオドア・ルーズベルトを訪問、
ルーズベルトが「世界平和は将来必ず実現すると
確信を持っている」と述べ、
宗演老師もこれに同調し、
「仏教が欧米化し、耶蘇教ーキリスト教ーが
日本否 東洋化せば、世界の平和はここから始まります。」
と応じました。

宗演老師はその年9月、シカゴ万国宗教会議にも参加。
この会議は19カ国 、16の宗教者が参加しました。
歴史上始めてのこの会はキリスト教の優位を示す狙いが
ありましたが、 宗演老師を敢えて参加し、大乗仏教を
世界に示す、千載一遇好機と 捉えたのでした。

それぞれの宗教者が演壇に立ちました。

禅仏教の根本である「悟り」を説いた宗演老師の論文は
異例にも宗教会議 議長バローズが朗読しました。

この日の聴衆は6000人、拍手喝采でした。

宗演老師の法嗣(ほっす)が釈宗活老師ー
漱石の門という小説に宜道という僧侶で 出ていますー、
釈宗活老師の法嗣(ほっす)が立田英山老師ー人間禅の創立者ー です。

           金風記
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本来本法性 天然自性身
(ほんらいほんぼっしょう てんねんじしょうしん)
と読みます。
標題は天台大師 智顗(ちぎ)師(唐 6世紀)
のことばです。

生まれたままに仏さま、
この身は仏性が生まれたもの。
無上菩提(至高の悟り)が生まれたものだから、
生まれたままに仏さまという意です。

道元禅師は正法眼蔵弁道話に
「この法は人人の分上にゆたかにそなはれり」
と申されました。

道元禅師16歳の時に大きな疑問にぶち当たります。

この身が仏で、生まれたままに仏性があるなら、
何故、殊更修行する必要があるのか?
(発心して修行、菩提涅槃に至る必要があるのか?)

先ず、叔父さんの僧侶に聞いたが、返事ができない。

比叡山延暦寺の三千坊には、沢山の学者がいたが、
一人として返事が出来る人はいなかった。
そこで、比叡山一番の高位の座主(ざす)にお聞きした。
その座主にしても、そういう疑問が湧かず、
返事が出来なかった。
それから、三井寺の僧正に聞きに行った。
その僧正も不得要領だった。
今度は中国に渡って、正式に印可を受けて帰朝した
栄西禅師のところに行った。
栄西禅師は「三世諸仏不知有、狸奴白牯却知有」
(さんぜのしょぶつ有るを知らず、りぬびゃっこ却って有ることを知る)
と答えた。

これは南泉禅師(唐の時代、8世紀の祖師)の言葉です。
狸奴とは猫、白牯とは牛です。
表面の文字通りの意味は「諸仏は知らないが、猫や牛は有ることを知る。
仏性があることを知っている。」ということです。

道元禅師は栄西禅師を大変尊敬していましたが、
本当にこの言葉で納得したのでしょうか?

道元禅師が本当に徹したのは、それから約10年後、
艱難辛苦して中国の宋に渡り、
生涯の師 如浄禅師に参禅してからだと小生は考えます。
                  金風記
その2に続く
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麦秋の座禅カフェ

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札幌支部 石狩道場 2018/7/11 20:59
久しぶりに道場に行くと、あたりの麦畑はすっかり色づき初夏の風景に変わっていました。麦の秋というのは秋ではなく夏の季語なのですが、とても好きな季語のひとつです。どこか懐かしい響きがあります。そういう時期だからでしょうか、思い出したようにFさんが参加してくださいました。1年ぶりくらいかしら。他の方々も覚えていてくださって、座禅後の話が弾みました。Fさんは市内の曹洞宗のお寺に毎週座禅に行っておられ、また、自宅でも毎日30分坐っておられるのだとか。さすがに座相がよくて感心させられました。茶話会では、芙蓉さんが置いておいてくださった、新潟のお土産の羊羹をいただきました。とても好評でした。芙蓉さん、どうもありがとうございます。
 
(珠玉 記)
 


道場の近くの茨戸川緑地にて。
下はノハナショウブ。郭公や鶯がよく鳴いていました。
 
 
 
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快晴の日曜座禅会

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札幌支部 石狩道場 2018/7/8 12:28

西日本では豪雨のため驚くほどの被害が出ている中、雨の予報だったのに、今日は気持ちのいいくらいカラリと晴れました。久しぶりの道場。集中して坐れるかと期待していたのですが、私はイマイチでした。まぁ、私はいつもイマイチなのですが・・・。
     

マラソンをされている常連のIさんの奥さんは、こんな天気の良い日に走らなくてはもったいないと、茶話会への参加をやめて、ご自宅までの約20kmの道を走って行かれました。ご主人の話では、今日豊平川の河川敷であるはずだったマラソン大会が、河川敷が水につかったため中止となり、ご夫婦とも座禅会に参加できたということでした。連日の雨で、北海道でも影響が出ているのだな、と思いながら聞いていました。

 

その他、トライアスロンや面白い道友のことや嘯月さんが撮った道場での写真の話、道場の補修の話などになりました。道場はもう建って35年程になるので、あちこちガタがきているようです。特に玄関の屋根は、雪の重みで亀裂が入り、早急に支えを入れる必要があるとのこと。角材をこういう風に入れたらいいとか、防腐剤が必要だとか、皆さん詳しいなと感心しながら聞いていました。
    

行き帰りはいつものように、嘯月さんの車に乗せていただいたのですが、マラソンをされている嘯月さんは、さて、今日はどこで走ろうかと思案されていました。途中、走っている人を見つけました。久しぶりの良い天気なので、「ランナーの皆さんは、今日は頑張るはずだ」と嘯月さんはおっしゃっていました。

 

芙蓉記

 

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自分の心とは何か

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札幌支部 石狩道場 2018/7/8 6:36
芭蕉の句に
「七夕の 逢わぬ心や 雨中天」があり、
24歳の時のものです。

せっかく逢引に来たのに本来は有頂天に行けるのに
この雨では天の川が増水して逢うこと
すら出来ない 雨中天で天を仰ぐのみ

この句は天の二星が逢えない
というものですが、
自分の 心にもなかなか逢えないものです。

古人の歌に「心とはいかなるものとひと問はば、
墨絵に 書きし松風の音」とあります。

心をどうしたら把握出来るでしょうか?
心を把握することを 坐禅では見性と言います。

別の言葉でいうと悟りを開くとか 言います。

坐禅工夫する時、心と性を分けて、
はっきりさせておくことが 大切です。

俗に心と言っているのは譬えて言えば、
水の上に立った波の ようなものです。

憎い可愛い惜しい欲しいという
心を水の上に立った波とすれば、
波の基たる水に相当するものを
性と言っています。

性は基で心は現象です。
禅ではこれを本心本性または
心性と呼んでます。

見性とは心性を見るということです。

                              金風記
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半夏雨の日曜静坐会

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札幌支部 石狩道場 2018/7/1 18:44
夏至から10日余りあとを七十二候で
半夏雨でこの 頃降る雨を半夏雨(はんげあめ)
と言い、大雨になる ことが多いと言います。

7月1日の日曜静坐会は雨天にも拘わらず、
新到のTさん始め、連続参加の Sさん、
STさん等、それに骨折された蔵燈居士も
椅子坐禅で参加され総勢10名位で静坐しました。

雨がしとしと降っていて、
禅堂の外で小鳥の囀りが 聞こえ静かな時間
が流れていました。
新しい方には坐禅の仕方、
数息観の仕方を説明する のですが、
1回や2回の坐禅ではなかなかうまくいき ません。

数息観とは坐禅の時、吸う息 吐く息をワンサイクルに
心の中でひとーつ、ふたーつと数えて集中する方法です。
1から100まで数えて、また、1に戻って100まで
数えるのです。
その時、条件があり、数を間違えら1に戻す。
また、雑念が生じたら、また、1に戻します。
坐禅をしたらわかるのですが
、人間は如何に何かを絶えず考えて いるという
ことがわかります。 数を数えるのは簡単なことですが、
雑念なしに行うのは大変難しい ことがわかります。

単に数を数えるのではなく、一息、一息、呼吸
と一つになるよう 数えていきます。

毎日、5分でも10分でも坐禅を継続していく
ことが肝要です。
出来れば、早朝がよいでしょう。

7月28日(土)夜19時から
8月4日(土)夜17時位まで、
石狩 道場で一週間連続の坐禅の集中修行期間が
始まります。

初心の方は一週間まるまるの参加は難しいで
しょうが、毎日、 会社等に勤務しながら、
一週間参加してみては如何でしょうか?

きっと、数息観も熟達してきますし、
精神的に安定してきた 自分を発見できると思います。

                   金風記
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私は生かされている

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札幌支部 石狩道場 2018/6/27 19:45
山川宗玄老師は岐阜県美濃加茂市
にある正眼寺専門僧堂師家 です。
山川老師が僧堂に入った頃の興味深い
お話があります。

これは2004年(平成16年)8月発行の
禅誌15号に掲載されて います。
山川老師は埼玉大学理工学部卒業、
昭和49年に正眼寺専門僧堂 に入門されました。
学生時代、酪農家になろうと北海道の牧場に援農
に行き、毎日の 肉体労働で背中の筋と腰を痛め、
酪農家は断念します。
実家が臨済宗のお寺で、腰が完治しないまま、
家業を継ぐべく、 僧堂に入りました。
腰が痛くて坐禅もろくにできませんでした。
正眼寺は山の中で 作務(禅寺の肉体労働)
も非常に厳しく、腰はヘルニアに近い 状態でした。

山川老師は言います。 「腰はふにゃふにゃで定まらない
し、ひどい寝不足で、掛搭して 3ケ月位でもう駄目だ
と思いました。  
このままここにいると死ぬかもしれないという
恐れがわいて、 修行が成就して死ぬならいいが、
何も解らないまま死ねない。 一体どうするか?」
真剣に悩み一つの結論が出ました。

「今日より以降全力で修行をやり抜いて、
見事に倒れ、病院 送りになろう」
ところが、1週間たっても倒れない。
更に、一週間たっても...

「そんなある満月の夜、いつものように
一人で夜坐をしていた 時です。
その当時は残念なことに参禅で真剣に
なっていたの ではなく、
ただ早く倒れたい一心で背筋を伸ばして
頑張って いたのです。  

ぼんやりと月を見ながら坐っていると
本堂の大時計が深夜 2時を告げるボンボン
という音が聞こえました。
3時30分が開静(起床)なので、
いつもなら『ああ、これから あと1時間半しか寝られないのだな』
という思いが湧いてくる のです。

ところがその日は『1時間半も寝られるのだ』
と『しか』 が『も』に変わったのです。

 その時ですね。悟ったわけでもないけれど、
もう大丈夫だという 確信が湧いてきました」

山川老師が「私は生かされている」
と確信した瞬間です。
毎日、坐禅をしていてもなかなか効果が目に
見えて現れてきま せんが、
継続していると山川老師のように
自分で はっきりと何か に気づくこと
があります。

毎日、10分でも20分でもよいのですが、
継続して坐禅をしましょう。

         金風記
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6月24日の日曜静坐会には
K氏、Yさんのお二人が新しく お見えになりました。

先週初参加のSH氏の続けて参加されました。
また、数週間 振りにSKさんも参加されました。

連続して参加されるのを見ると、大変心強いものです。
特に SHさんは毎日1時間以上家で静坐しているとのこと。
坐禅の効果 が確認出来、自分が変わっていくのが実感出来ると
言われました。

毎日5分でも10分でも毎朝実行していれば、
ある時、心が落ち着き 、心が淀みなく流れるように
対応できることが実感出来る時が 来ます。

坐禅の時間を少しづつ延ばしていき、
45分坐れるように生活の パターンを改善していけば、
生活のリズムも生まれてきます。

45分は長い線香が燃え尽きる時間で、
私たちは一炷香(いっちゅうこう) と呼んでます。

自分の家でも静かな場所で坐禅は出来ますが、
どうしても家では日常の ことをあれこれ思い出し、
途中で止めたりします。

1週間に一度、日曜静坐会に参加し、
皆なの力を借りて坐禅をするのは 効果的なことです。

坐禅を始める時に効果的な方法があります。

坐を組んだら口を開いて胸の中の汚れた空気を吐き出す。
全身の悪いものをことごとく放ち、それらが吐く息に
随って出ていくと イメージしながら吐く。

吐き出してしまったら、口を閉じて鼻から清気を 入れる。

このようにして三度繰り返す。

坐禅の時の呼吸を整える方法は四つ
1.風ー坐禅中に鼻から出入する息の音がする状態。
2.喘(せん)-息の音はしないが、出入する息が
   詰まったり、滞ったり、滑らかでない状態。
3.気ー息の音もしないし、滞ることもないが、
    出入する息が粗くて細やかで ない状態。
4.息ー音もせず、滞らず、粗くもなく、出入は
   綿々として息をしているかしていないか
 わからないようになり、身体はおだやかで
 心地よさを感じる状態。

息の状態で呼吸が整えば、心が次第に安定してきます。
                                                                         金風記
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日曜座禅会

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執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2018/6/17 14:04

ようやく少し暖かくなりましたが、禅堂はまだ寒く、はじめは暖房をつけて坐りました。今日の参加者は少なめで6名。石狩市内から、Sさんが初参加されました。Kさんも顔を見せてくださいました。道場で、なじみの顔にお会いできるとやはり嬉しいです。 
   

嘯月さんは、木の剪定の作務があるからと、途中休憩の時に退室され、座禅後みんながお茶をいただいている間も、続けておられました。後で片付けくらい手伝おうと思っていたのですが、お茶が終わるころに、仕事を終えて入って来られました。茶話会では、支部長が呼吸のことについてお話しされました。座禅をしていると、呼吸がゆっくり深くなること(これは皆さん、実感されると思います)、呼吸が長い人は長生きすること(そうなんだ!と思いました)など。
   

今日、新潟の智門支部長が下さった笹団子を持って行ったのですが、智門支部長の言われたとおり、冷凍しておくと問題なく食べられました。ごちそうさまでした。

  

芙蓉記
 

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 6/2(土)から一週間開催された、新潟の摂心に参加してきました。主催は、三月まで札幌支部担当だった了空庵老師様です。私は日曜日から行ったので、結制茶礼には出なかったのですが、そのご垂示で「ボケ防止に、身体の続く限り、師家を続ける」と言われたとか。もう90歳なのに大変お元気なので、この分だと最低でも95歳くらいまでは大丈夫そうです。ただ、前半、暑い中、一時間散歩に出かけられて,後で膝が痛くなり、放参日は隠寮でお休みということもありましたが・・・。
   

着いてすぐ、暑くなり、やはり新潟は暑いと思っていたのですが、札幌もその頃、暑かったようですね。その暑い中、清涼庵老居士をはじめ、あまり若いとは言えない方々も、外で草取りなどの作務に精を出しておられました。私は、おもに台所で典座の澄空さんの手伝いをしていました。札幌の典座の嘯月さんもそうですが、男性の典座は、なかなかこだわりがあり、手をかけて料理を作ります。おかげさまで、おいしいものを頂いてきました。

  

帰りに、智門支部長が、「札幌支部の皆さんで」と笹団子を一箱持たせてくれました。冷凍しておくともつそうなので、冷凍にしてあります。17日の例会には、忘れずに持って行きたいと思います。
  

芙蓉記
 

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