メインメニュー
石狩座禅道場



〒061-3245
石狩市生振六線南2号
(いしかりしおやふる6の2)

TEL/FAX 0133-64-9045
お問合せはこのホームページ
からどうぞ

お問合せはこちら


カーナビ、スマートフォン
来られる方は、以下で検索
してください。
石狩市生振584−17
注:これはGoogleマップで
郵便の住所ではありません。

 

このページをシェア!
ここでブックマーク: Twitter ここでブックマーク: Facebook ここでブックマーク: Yahoo ここでブックマーク: Google
検索
カテゴリ一覧

ブログ - 最新エントリー

第194回摂心報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/3/24 15:25
  316から23まで、第194回摂心が、厳修されました。今摂心は、ご本人の仕事や病気、ご家族の病気や引っ越しなどで、前半、参加できる人の少ない摂心会でした。

私も、パートと娘婿の入院のため孫の守りがあり、3日目からの参加でした。残念ながら、今回の法話は聞き逃してしまいました。ご提唱は、引き続き「宗門無盡燈論」。毎夜、熱のこもったご提唱でした。
 

今回も、四国の紹隆さんから、イチゴやタラの芽、油あげ、お酒など美味しい贈り物が届きました。お酒は、「福寿」という、ノーベル賞の晩餐会に供された銘酒だそうです。女性だけにと、ゴディバのチョコレートも入っていました。いつも女性だけにと特別なお心遣いをしてくださるのも嬉しいところです。
  
 前半は、暖かかったのに、後半は冬に逆戻り。最終日の朝は外が真っ白でビックリ。そんな寒さの中、円了を迎えました。円了のご垂示では、「皆、熱心に参禅弁道したが、いかんせん、人数が足りない。来月初めにある総会では、形だけでなく、皆で真剣にどうしたらよいか、話し合うように。」とのお言葉がありました。
 
 円了懇親会は、ご本人は参加されないにもかかわらず、藏燈さんが、街まで買いに行ってくださったお肉が、主役のすき焼き。嘯月さんが、いつものように、フルーツなど、多彩な脇役を用意してくださいました。Oさん、 Iさんも参加され(お二人とも美味しいお菓子を持って来てくださいました)、少人数ながら、楽しいひと時を過ごしました。
 

芙蓉記
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (0)

摂心準備

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/3/10 15:52

4月中旬のような陽気の今日、今週末から開催される第194回摂心の準備が行われました。耕尽庵老居士がすでに隠寮と禅堂の暖房を入れ、水も出しておいて下さいました。
 

9時集合で、すぐに準備にとりかかりました。Iさん、Oさんも参加して下さいました。Oさんと珠玉さんと私は、隠寮の掃除。嘯月さんは典座関係、支部長は庶務関係など、他のメンバーは、堂内外の掃除、除雪を行いました。一緒に隠寮の掃除をして下さったOさんは、今回も丁寧に隅々掃除機をかけて下さいました。藏燈さんは、家からワイパー持参で、外から隠寮の窓ふき。例年、3月には外からの窓ふきはできなかったのですが、藏燈さんのおかげできれいになりました。Oさんが、内からの窓ふきを担当して下さいました。
 

道場のパソコンが、不調ということが判明。ウィンドウズが全く立ち上りません。色々と不具合の生じることが多い今日この頃です。
 

が、ともあれ、今週末からは、一週間の本格的禅の会「摂心」が始まります。初めての方も参加できます。関心のある方はぜひ足をお運びください。
 
芙蓉記
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (13)
百不当のちからは
正法眼蔵説心説性の巻に出てくる言葉です。

二祖(慧可大師)しきりに説心説性するに、
はじめは相契(そうかい) せず、
ようやく積功累徳(しゃっくるいとく)して、
ついに初祖(達磨大師) の道を得道しき。

二祖は初祖に参禅して自己は何者であるか
(禅では本来の面目と言い ます)について
幾たびも見解(けんげー自分なりの答え)
を呈したが、 全く歯が立たなかった。
そして、ついに八年を経て、ようやく許された。

それには 菩提心をおこし、
仏道修行におもむくのちよりは、
難行をねんごろ におこなふとき、
おこなふといへども百行に一当なし。
しかあれども 或従知識(わくじゅうちしき)、
或従経巻(わくじゅうきょうかん)して 、
やうやくあたることをうるなり。
いまの一当は、むかしの百不当(ひゃくふとう)
のちからなり、百不当 の一老(いちろう)なり。

菩提心をおこし、熱心に修行し、
己を捨てて難行しても、全く成果が あがらない。
しかし、それにめげず、七転八起していると
段々道力が ついてきてぴたっと的に当たるようになる。

それは百回の不承当があったからこその、
一回の老熟した承当 なのだ。

実際、師家に参禅し、
説心説性ー自分なりに骨を折って見解を 捻出ーするが、
師家に鈴を振られー見解がそれ間違いだ、 それ出すぎた、
それ引っ込みすぎたとー鍛えられ、
鈴を振られて いるうちについに的にあたる。
屁古垂(へこたれ)ないで続ける ことです。

禅の師家が京都や鎌倉のお寺ではなく、
札幌におられることは有難 いことです。

平成31年3月16日(土)から3月23日(土)まで
石狩道場にて 第194回摂心会(坐禅の集中修行期間)
があります。
今から諸準備をして、
少しでも多くの方、特に、若い世代の方で
生きづらさを感じておられる方の参加を願っています。
坐禅経験のない方も参加も大歓迎です。

千葉金風記
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (27)

坐禅の調息の三法

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/2/24 9:33
天台小止観に坐禅の時の呼吸に四相
があると説かれて います。
一は風、二は喘、三は気、四は息です。
風・喘・気は不調の相。 息は調えられた相。

風は鼻中の息の出入に声有ること
喘は声なしといえども出入の結滞して通ぜざる
気は息また声無く結滞せずといえども出入細やかならず
息は声あらず、結滞せず麁(そ)ならず、
出入綿綿として存するがごとく亡きがごとく

もし、呼吸が調わない時はどうするか?
その時は三法に依ると説いております。

一には、下に著けて心を安んず
二には、身体を寛放す
三には、気、毛孔に遍くして出入し、
    通洞して障礙する所無しと想う

一には心を下に著けて安んずる。
 下とは臍輪・気海・丹田とか掌上とか足心とかで
 そこに心を置くことです。
二には全身を寛やかに放つという心持ちになり、
 全身のどこにも凝りや力むことのないようにすることです。
三には、全身の皮膚で呼吸をするような心持ちで
  呼吸をすることです。

平成31年3月16日(土)から3月23日(土)まで
石狩道場にて 第194回摂心会(坐禅の集中修行期間)
があります。
今から諸準備(坐禅 を毎日行い)をして、
少しでも多くの方、特に、
若い世代の方で 生きづらさを感じておられる方
の参加を願っています。
坐禅経験のない方の参加も大歓迎です。

千葉金風記
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (29)

2月の法話会

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/2/17 15:01
 今日は、第7回目の法話会の日でした。久々にお会いする信玉さん、座禅会常連のOさん、Iさん、Iさんご夫妻も参加され、計12名で聴聞いたしました。
  
 今日のお話は、「菜根譚」から引いた2話でした。
「菜根譚」というのは、1600年頃、明が滅んでいく政情不安な中国を生きた「洪自誠」という人の書いた本で、処世訓の最高傑作のひとつに数えられているものです。
 
「時 喧雑に当れば、則ち平日記憶する所の者も、皆、漫然として忘れ去る。境 清寧に在れば、則ち夙昔遺忘する所の者も、又た恍爾として前に現はる。見るべし、静躁稍や分れて、昏明頓に異なるを。」
 喧噪な場にいるときには、その喧噪に取り紛れて、心がうわの空になってしまう。あるいは、ドギマギして思い出せなくなってしまう。これに反して、静かで清らかで安らかな環境にいると、ズーッと昔のことで忘れてしまっていたことまでもが、はっきりと思い出される。「だから、人は騒がしい、あるいは、ゴタゴタしている場から去って、つとめて静かで清らかで、かつ安らかな所に身を置くようにすべきである」これが、この一章の一通りの意味。だが、いかに清らかで静かな所にいようとも、わが心が騒いでいたのでは、どうしようもない。いつも、いい環境にいられるわけではない、より、大切なのは心を平静に保つこと。
 と話され、

「坐禅せば四条五条の橋の上 往来の人をそのままにして」という大燈国師の歌を挙げられました。

 

 次に引かれたのは

「蘆花被下、雪に臥し雲に眠れば、一窩の夜気を保全し得。

竹葉杯中、風を吟じ月を弄せば、万丈の紅塵を躱離し了る。」

「蘆花被」というのは、貧しくて綿が買えないので、かわりに蘆の穂を入れた布団のこと。「蘆花被下 雪に臥し雲に眠れば、一窩の夜気を保全し得」とは、そのような粗末な夜具を掛けてあばら屋に寝ても、心にいささかの曇りもなければ、夜グッスリと眠れ、昼間の疲れがすっかりなくなってしまうという意味。

次の「竹葉」とは酒、「万丈の紅塵」とは浮世の塵のこと。つまり、わずかの酒の快く酔えば、浮世の塵から遠く離れることができる、これくらいの意味。物質的には、貧しいものだが、この「風流ならざるところ亦風流」と生きるのが道人の生き方。これは、茶道の「侘び」の本意でもある。最後に「ものもたぬたもとは軽し夕涼み」という句を挙げられ、今日の法話を終えられました。

 

 法話後、老師はすぐNHK文化センターでの講義に向かわれました。残った者で、道場の屋根の雪下ろしをしました。耕尽庵老居士が半分以上、お一人でやって下さった上、人数も多かったので、早く終わりました。

 

次回の法話会は、317日。一週間の本格的禅の会(摂心会)の最中です。関心のある方は、ぜひご参加下さいませ。

 
芙蓉記
 
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (28)

「なもあみだ」の俳句

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/2/11 19:22

十二月の法話で了々庵老師が一遍上人のエピソードに触れられました。芙蓉さんも書いておられますが、後で述べることに関係するので、再度そのエピソードを書いておきます。

一遍上人が後の法燈国師の元で日夜座禅に励んでいるときのこと。念仏三昧とはこれだと思い、「唱うれば仏も我も無かりけり南無阿弥陀仏の声のみぞして」と和歌にして法燈国師に呈しました。国師は、「この見解、一応悪くはないが、まだ徹底していない。もうひと工夫してこい」と言います。そこでさらに座禅に励み、「唱うれば仏も我も無かりけり南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と改め、これを呈したところ、「これならよし!」と認められたというのです。

私はこのエピソードを知ったとき、まるで俳句みたいだなあと思いました。つまり、俳句を作るとき、「声のみぞして」は要らないと言われるのです。説明はなしです。自分でそれを納得するしかありません。

そして、先日たまたま『今井杏太郎全句集』を読んでいて驚きました。今井杏太郎は俳人で精神科医だった人です。年譜を当たっても特に禅の修行をした形跡はありませんが、このような句を残しています。

なもあみだなむあみだぶつ銀杏散る

この句だけでもすごいなあと思うのですが、さらに次のような文章を目にして、びっくりしました。或人がこの杏太郎の句とほぼ同時に

なむあんだ南無阿弥陀仏と銀杏散る

という句を作って発表してしまいました。後に杏太郎の句を知り、類想ではないかと思ったのでしょう、自分の句は自分の句として遺してもよいかと杏太郎に問い合せたのです。それに対し杏太郎は「と」の有無の違いは大きく、まったく別の句であるから大切に取っておきなさいと言ったのです。さらに読み進めていると、こんな件もありました。

「先ず、たとえば、「秋の暮」の句を作ってみたい、という衝動に駆られたとき、「秋の暮」とは、自分にとって何なのか、という問いかけがなされ、そして、じわっと「秋の暮」にむき合って行かなければならない。むき合うとは…。これをやや象徴的にいえば、仏にむかって手を合わせているような気配なのである。その結果、「秋の暮」と作者とが、一体になったとき、「秋の暮」が、不動の季語として一句の中に収まるのである。「大変なことだな」と思われるかも知れないが、そこへ到達するまでのプロセスが、俳句の本当の楽しさ、といえるのではないか。」

今井杏太郎は何だかぼわーんとした気の抜けたような俳句を作った人ですが、ひょっとしたらそれはすごい境涯だったのかもしれないと思いました。最後に今井杏太郎の句を少し紹介しておきます。

春の川おもしろさうに流れけり

馬の仔の風に揺れたりしてをりぬ

老人が被つて麥稈帽子かな

老人に会うて涼しくなりにけり

長き夜のところどころを眠りけり

雪が降り石は佛になりにけり

葉がみんな落ちてしまつていてふの木

 

珠玉記
 

 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (40)

道元禅師現成公案より

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/2/10 11:43
「人のさとりをうる、水に月のやどるがごとし。
月ぬれず、水やぶれず。
ひろくおほきなるひかりにてあれど、
尺寸の水にやどり、
全月も弥天(みてんー天全体)も、
くさの露にやどり、一滴の水にもやどる。
さとりの人のやぶらざる事、月の水をうがたざるごとし」

仏道の祖師方は坐禅による
数息(すそくー息によって 数を数えること)
や随息(ずいそくー数を数えず、入息 出息に任せること)
を黙々と実践されました

冒頭の現成公案の和文は、それを見事に
美しく誦じて おられます。

禅師はこうも和歌に詠んでおられます。

峰の色 渓の響も みなながら 我が釈迦牟尼の 声と姿と

禅師の上堂録に永平広録があり。

その中に 「先師天童曰く 息入来(じゅらい)
して丹田に至る、然りと 雖も従来の処無し。
所以に長からず、短からず。
息、丹田を出でて去る。 然りと雖も、
去処を得ることなし、所以に長からず、短からず。」

呼吸が下腹のところまで入っていくけれども、
どこから来た というふうな詮索は必要がない、
またわからない。
また、呼吸が外に出ていった場合にも、
どこに呼吸が出ていった かしろうとしても
そんなことはしることはできない。
そのような呼吸の状況は
長くなければならないということも、
短くなければならないということもない。
自然な呼吸が一番よいのです。

吾人間禅の立田英山老師も
数息観のすすめの中で
自然な呼吸 が一番よいとおっしゃっています。

2月17日(日)午前9時30分より石狩道場にて
了々庵老師の 法話会がございます。

少しでも多くの方が聴聞して坐禅の機会
の機縁を作られるよう願っております。

 聴聞御希望の方は当日午前9時まで入山をお願いします。

千葉金風記
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (39)

睦月摂心会報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/1/15 12:24
 12日()~14日()まで、睦月摂心会が厳修されました。
  
 私は、13日の午前8時半ころに入山したのですが、色々あって大変だったのだと、着いてすぐに聞きました。。お湯が出ず、隠寮のお風呂は使用不可。典座も冷たい水で、洗いものをしなければなりませんでした。湯沸かし器からは、絶えず水がしたたり落ち、藏燈さんが何とか水の量が最小になるよう調節して下さったのだとか。バケツで水を受けるようになっていました。炊飯器の時計が狂い、ご飯が予定通り焚けず、参禅の際、鈴の音が聞こえない耳の悪い方のために、老師が鈴を持ち上げるとランプがつくようになっている装置が作動せず、とトラブル続出でした。
 14日の朝の冷え込みはすごく、お湯が使えないため、台所で使う水は氷水のようでした。典座の嘯月さんは、前日作っておいた豆腐料理が凍っていた、と言っていました。夜には、藏燈さんが大衆のお風呂を沸かして下さり、老師もお風呂に入ることができました。
  
 今回、中日には、午前と夜の2回、法話がありました。
 午前9時半からは、了々庵老師の法話。「大死一番 絶後再蘇」という演題で、初心の方のために、釈尊が悟りを開いた時の話から始められ、3人の先達、無学祖元、香厳智閑、山下了徹が、初関を透過された時の因縁を話されました。
 午後7時15分からは、大雄庵金風老居士の法話。演題は、「釈尊の呼吸法」。「大安般守意経」「雑阿含経」などから話をひかれ、勉強されているのだなぁと感心しつつ聞いていました。
  
 14日の12時頃からは、恒例の昼食会&句会が開かれました。いつも句会進行をして下さる俳人の珠玉禅子が、高熱のため欠席(のちにインフルエンザと判明)という締めのトラブル(?)に見舞われましたが、約1年ぶりに摂心参加という慧観居士も倶知安から駆け付けて、和やかなうちに、終えることができました。
 選句結果は以下の通りです。

天賞  「雪ゆるみ門(カド)に立つたづむ痩せ狐」 古城作
   地賞  「子も孫も帰りて積もる雪静か」    嘯月作
   人賞  「時計の音畳に弱き日冬籠」      芙蓉作
   老師賞 「停電の夜空かがやく天の川」     慧観作
   

芙蓉記
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (42)

摂心準備

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/1/6 14:41
 昨日は、大雪でしたね。雪かき、お疲れ様でございました。
 
 雪の合間の本日、9時に集合して、12日から始まる摂心の準備作務が行われました。道場に着くと、すでに藏燈さんと真淡さんが,掃除に取り掛かっておられ、耕尽庵老居士が、水を出し、暖房を入れておいて下さいました。
  
 私と珠玉さんは、隠寮の掃除、後で、典座関係の仕事を終えられた嘯月さんが、雑巾がけに加わって下さいました。支部長は、事務作業。男性陣は、屋根の雪下ろしの作務でした。OさんとIさんも準備のために道場に来て下さり、戦力が多いので、雪下ろしの作務はとても捗ったとのことでした。
  
 最後に、事務室にてお茶とお菓子で一休みし、11時前に解散となりました。総裁老師が送って下さったミカンをおみやげにいただいて、下山いたしました。
  
芙蓉記
 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (42)

睦月摂心会のご案内

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
札幌支部 石狩道場 2019/1/3 16:27
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致します。
 
今月は12日~14日に睦月摂心会が開催されます。
時間割をお知らせしますので、禅に興味のある方はぜひご参加ください。
お好きな時間帯に参加できます。
 
(珠玉 記)
 
12日(土)時間割
(午後)
集合       5:00
結制茶礼兼互礼会 7:00
参禅       結制茶礼後
開枕(就寝)    9:30
 
13日(日)時間割
起床       5:20
座禅       5:50
参禅       6:30
朝食       7:30
作務       8:30
法話       9:30
座禅       10:15
参禅       10:45
作務       11:15
(午後)
昼食       0:30
作務       2:30
座禅       4:30
夕食       6:00
座禅       7:15
参禅       座禅後
開枕(就寝)    9:30
 
14日(月)時間割
起床       5:20
座禅       5:50
参禅       6:30
朝食       7:30
作務       8:30
座禅       10:30
参禅       11:30
円了茶礼     参禅後
昼食会      12:30
 
 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (61)
Copyright © 2014 人間禅 石狩道場 (Powered by ImpressCMS)
Theme Desinged by OCEAN-NET