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石狩座禅道場



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ブログ - 最新エントリー

郭公の鳴く日曜座禅会

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札幌支部 石狩道場 2017/6/18 20:30
今日は久々に晴れて気持ちのよい日曜座禅会でした。札幌で週末に晴れたのは4週間ぶりということで、今日は行楽に行かれた方が多かったのでしょうか、珍しく5名という参加者の少ない座禅会となりました。
 
座禅の間、窓を開けて坐りましたが、気持ちのよい風が吹き、鴬や郭公の声が爽やかで、初めてこの石狩道場で座った時のことを思い出しました。茶話会では、新潟摂心会に2日間参加された藏燈さんがお土産に持ってきてくださった「深山のしずく」を頂きながら、新潟の摂心会の様子を伺いました。
 
新潟では、それぞれ役位の方がベテランで、とてもしっかり努めておられるので見習いたいということ、1炷香を休みなしで坐るので最初は大変だったこと、改めて身を引き締めて修行をしたいと思ったことなどを話されました。私も新潟の摂心会に行ったときに、石狩道場に比べ無駄口が少なく、粛々としてとても静かな雰囲気だったので、見習いたいと思ったことを思い出しました。
 
今日は新潟支部設立60周年記念式が開催されています。札幌の大雄庵金風支部長も参加しておられるはずなので、来週そのお話が聞けるのを楽しみにしています。
 
珠玉 記
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入梅の日曜座禅会

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札幌支部 石狩道場 2017/6/12 21:09
昨日は暦の上では入梅。北海道は梅雨がないと言われていますが、蝦夷梅雨という言葉もあるとおり、このところ雨が多くて梅雨らしい天候です。寒いので本州の梅雨のように鬱陶しくはありませんが…。昨日の座禅会が始まる時も土砂降りの雨でした。参加者が少ないかも…と思いつつ行ったら、皆勤賞のIさん夫婦、初参加のTさんを始め、9名が集まりました。夜には、参加できなかったKさんからメールがあり、自転車のため雨で行けなったけれど、このところ家で座禅を続けておられるとのことで、嬉しく思いました。
 
いつも通り1炷香(約45分間)座禅をした後は、「座禅の効用」を輪読し、その後茶話会を行いました。今回は(3)「常に平常心を保ってことに当たれる座禅の効果」でした。茶話会では、Mさんがauthentic voice(本当の声)の話題を提供されました。自分の声を録音してその声の好きなところを探し、その声を出すように練習すると、本当の自分の声になり、本当の自分になれるという説があるということで、興味深く聞きました。その後オーディオの話になったりして解散となりました。
 
道場を出てみると雨もすっかり止み、きれいな青空が出ていました。道場の庭に咲いている牡丹がとてもきれいでした。

 
珠玉 記
 
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あいの里座禅会では、葆光庵総裁老師の「座禅の効用」の輪読が終わったので、今回から芳賀幸四郎(如々庵老師)著『新版一行物』の輪読を、座禅後に行うことにしました。これは副題が「禅語の茶掛」とあるように、茶室に掛け軸としてよく用いられる禅語を解説した書物です。
 
今回は最初なので、一字の「一」の解説です。『老子道徳経』に「道、一を生じ、一、二を生じ、二、三を生じ、三、万物を生ず」とある「一」のことで、「この世に存在する一切のものがそこから生まれ、またそこに帰るところの唯一絶対なもの」を意味しています。「仏教ではこの宇宙の大生命を意味する一を「如」とよび、この如の人間に宿ったものを仏性と名付け、特に禅ではこれを「父母未生以前における本来の面目」とか「主人公」とか、あるいは「這箇(しゃこ=こやつの意)」などと称している」とあります。
 
これについて、輪読後活発な意見が交わされ、夜9時の閉館時間になってもまだ話足りない気がしました。このような話ができる場はなかなか貴重だと思います。禅に興味のある方は、仕事帰りに是非寄ってみてください。
 
珠玉 記
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若葉寒の座禅カフェ

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札幌支部 石狩道場 2017/6/8 9:20
相変わらず寒さが続き、今日の座禅カフェも暖房を入れて坐りました。今日は久々にUさんも風邪をおして参加してくださいました。20分座禅+5分休憩+20分座禅の後は、いつも通りお抹茶とお菓子。今日も2服ずついただきました。今日の座禅、私は雑念が入って困りましたが、皆さんは眠くて困ったとのこと。きっと家のことで疲れていらっしゃるんでしょうね。どうぞちょこっと日常を離れて、息抜きしに来てくださいね。
 
このところ、低温が続いていますが、気候が良くなったら、道場の庭での座禅+野点もいいなあなんて考えています(野点といってもお点前ができないので、ただお抹茶をかき混ぜて飲むだけですが^^;)早く天気になーれ!
 

道場の庭に咲いている石楠花
 
珠玉 拝
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水無月摂心会参加体験記

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札幌支部 石狩道場 2017/6/6 7:25
芙蓉さんが書いてくださったように、この摂心会期間中はとても寒く、特に土日は雨も降って最高気温は11度ぐらいでした。道場ではリラの花がきれいに咲いていましたが、リラの雨とかリラ冷えというには、あまりにも寒く感じました。
 
一週間の摂心会に慣れてくると、23日の摂心会は物足りなく、エンジンがかかる前に終わる感じで、特に私は著語探しばかりしていたので、ほとんど座禅をしていない気がしました。
 
了々庵老師の法話は、誰しも逃れられない「死」についての興味深いテーマでした。私は、三年半前に夫を亡くしましたが、夫はまだ在職中に突然余命半年の癌を宣告され、「なぜ今自分が死ななければならないのか」という思いに苦しみながら死んでゆきました。夫は以前から、私が禅の修行をしていることを受け入れてくれていましたが、一緒にやろうと言っても、「時間の無駄だ」というばかりで見向きもしませんでした。そんな夫が病床で、公案の初則、「父母未生以前に於ける本来の面目如何」の答えを教えてくれと私に言いました。しかし、これは自得するしかなく、人に教えることも教えてもらうこともできないので、とてもつらい思いをしました。そんなことを思い出しつつ、老師の法話を切実な気持ちで拝聴しました。
 
最終日は、ポルトガル人のH先生が参加されました。私は通訳をするように言われましたが、通訳などしたことがなく、長年英語を喋っていない上、最近は日本語もすぐには出てこないという錆付いた頭で、しどろもどろというか、口からでまかせというか、またまた冷や汗をかいて終わりました^^;
 
個人的に話をした部分を少し書いておきます。H先生は、両親はカトリックだが本人は無宗教だそうです。目に見えない神など信じることができないからだということです。最近は無宗教の若者が増えており、そのため東洋思想が見直されているとも仰っていました。また、禅を体験した印象を聞くと、西洋では禅はもっと個人的な体験として受け取られているが、ここでの体験は大変ソーシャルなもので驚いたと仰っていました。僧伽の説明をすべきかと思いましたが、私には手に余り、ただ聞いているだけでした。
 
次回の夏の摂心会(724日~30日)は久々に了空庵老師にご鉗鎚いただきます。石狩道場で了空庵老師に参禅できるのもあと3摂心会のみとなりました。とても寂しいです。いつも一期一会には違いないのですが、ますますその思いを強くしているところです。
 
珠玉 記
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水無月摂心会報告

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札幌支部 石狩道場 2017/6/5 12:29

6月2日(金)から4日(日)まで石狩道場において、水無月摂心会が開催されました。

 

 初日、午後7時からはM居士の入会式が執り行われました。M居士は、春の65周年記念摂心で初関を透過された後、ますます熱心に修行に励まれており、奥様のご理解もあるようで、頻繁に道場を訪れては、作務をされたり、留護や座禅をされておられます。

 

土曜日の午前中には、安平町にお住まいのAさん、日曜座禅会常連のIさんご夫妻が、摂心に初参加されました。また、夜には、春の摂心にも参加し、今回参禅願を提出されたKさんも入山されました。午後7時からは、了々庵老師の法話がありました。題は、「死の不安の解決」。無学祖元(仏光国師)とその弟子である北条時宗の話などを熱を込めて語られました。

 

土曜日、日曜日は6月とは思えないほど寒く、暖房を入れました。天気も悪く雨がちで、そんな中、倒木の処理など外の作務をされた居士たちは大変であったろう、と思います。

 

日曜の午前中には、北大絶学会に5年ほど前から顔を出している、ポルトガル出身のH先生も参加。いっしょに座禅を組みました。翻訳家の珠玉禅子と英語教師であるM居士が通訳にあたられました。

 

12時過ぎより、焼きそばやお寿司、サラダや果物等のお皿の並んだ昼食会で、懇談。2時前頃にお開きになりました。

 

 

芙蓉記
 

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日曜座禅会&参禅会準備

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札幌支部 石狩道場 2017/5/28 16:11

今日もまた、嘯月さんの車に乗せていただいて、8時40分頃道場に到着。耕尽庵老居士が、門前の草刈をされておられました。

 

今日の参加者は13名。皆勤賞のIさんご夫妻、熱心さが増してきたKさん、それに初参加の若い女性2名も加わりました。

 

座禅後の茶話会では、順番に自己紹介。その後、珠玉さんが用意して下さったプリント、総裁老師の「人間形成の禅;他のことに気を散らさないで今に集中できる効果」を輪読しました。このことについて嘯月さんが、如々庵老師(平成8年まで札幌支部を担当されていた老師)とのエピソードを話されました。如々庵老師は、ある場所のことをよく覚えていらっしゃって、嘯月さんが、「老師様は、頭がいいんですね」と言うと、「頭がいいんじゃないんだよ。」と返されたというもの。その時々にあるものを、雑念なく(他に気を散らされることなく)、はっきりしっかり受け取っているということです。何十年も座禅をして、私はいったい何をやっているんだろうと反省することばかりです。その後は、呼吸の話になりました。腹式呼吸で、と書かれている本もあるようですが、人間禅では自然な呼吸で、と指導されています。

 

茶話会後、参禅会の準備。普段、蔵燈さんとMさんが作務をして下さっているので、道場内外はきれいです。外から水をかけて窓を洗う作業も、SSさんが金曜日までに洗浄機を持ってきてして下さるというので、隠寮の中の清掃のみを集中的に行ないました。新しく入った方々は、熱心に作務をされる方ばかりで有り難いです。

 

12時過ぎには、だいたい終わり、解散になりました。

 

今週の金曜日からは、3日間の参禅会が始まります。禅に関心のある皆様の参加をお待ちしております。

 

芙蓉記
 

 
 
 

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日曜座禅会&お花見

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札幌支部 石狩道場 2017/5/14 16:18

嘯月さんの車に乗せていただいて、8時40分頃道場に着くと、もう車が数台停まっていました。皆さん、来られるのが早い。今日の参加者は、12名。Hさんご夫妻は初めての参加。お仕事がお休みだったとのことでWさん、残念ながら今日はご主人はお仕事で来られなかったけれど、先月初めの参加以来、皆勤賞のIさん、熱心に続けておられるKさんもおいでになりました。

 

座禅後の茶話会では、まず順番に自己紹介。その後、珠玉さんが用意して下さったプリント、総裁老師の「人間形成の禅」を輪読しました。あいの里座禅会で輪読しているのだけれど、評判がよく、道場でもすることになったそうです。茶話会中に、月窓さんもいらっしゃいました。雑談の時に、Iさんがサロマ100kmを6回も走られたことを聞いてビックリ。Wさんも今度100kmを走られるとか。サロマ100kmを15回も完走の嘯月さんを含め、信じられないことをやってしまう人が結構いるものだ、と思いました。

 

茶話会後、お花見の準備。お花見と言っても花はほとんど終り、今日はお天気も悪いので、中での昼食会となりました。私は台所で焼きそばを作ったのですが、KさんとIさんが手伝って下さり、とても助かりました。珠玉さんが、お寿司とお団子を買いに行って下さいました。

 

誰かが桜を一枝、テーブルの真ん中に飾って下さいました。飾られた桜は、蕾もつき、まだまだ十分きれいでかわいい見頃のものでした。月窓さんの発声で乾杯。次に支部長の庵号授与を祝って乾杯。警策の話やら、作務の話やら、たわいもない話をしつつお昼をいただいて、13時ころにお開きになりました。

 

芙蓉記

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(その15)「禅の功徳は求めるものではない」(蛇足) 丸川春潭

 
 「人間形成の禅」~その効用と効果~、と題して、人間禅八王子支部のHPにブログを13回にわたって投稿し、それを見たS居士の要請によって一連の読み物に書き直しましたが、やはりどうしても最初に書き出しにある「禅の無功徳!」の根拠と、人間形成の禅の修行の位置づけを付け加えておかねばと思い、蛇足を更に付けました。
 
 人間禅の第三世総裁磨甎庵劫石老師の不朽の名著『槐安国語抄講話』の一節を以下に引用致します。
 
 「修行をしている学人を見ていると、公案は透過し、見地は拓けてくるが、人間としての香りや徳が身につかず、その人柄が人を惹きつけることがなく、専ら禅学になっている者と、そんなに旧参ではないが、隠徳を積んで、その日常の言行の行持が篤く、他に親切で、自然と人から慕われる者とがある。
 何処にその相違があるかといえば、結局は、その修行の原点となっている道心の純・不純と打ちこみの実・不実の違いにあるといってよい。
 自分一己の得力を求め、勢誉に傾斜する者と、仏の誓願を純一に護持し、行道に打ち込む者との違いといってよい。こればかりは隠すことができない。自らを欺くことができないからである。
 禅の修行というものは、どんな動機から入っても悪いことはない。神経衰弱を治したい、意志を強くしたい、集中力をつけたい、自分を取り戻したい、自分が一番緊要としている目的のために入って差し支えない。
 しかし本格の祖師禅の修行は、そのような他のためにする行ではない。行それ自身が目的である、無上道の行修である。
 それは、人間としてこの世に生を享けたこと、そのことの本旨を明らかにし、生きることの大眼目を明らかにする見性悟道を目指すものである。
 見性とは、自己の本性を如実に見ることである。それによってこそ、真実に人間として生きることの尊さ、有難さがつくづくと噛みしめられる。
 自分というものが本来仏であることが証得されるからである。仏の三身四智が開示されて、仏の慈悲と智慧と戒律の心が自ずと現れ、そして四弘誓願が生々世々と転じられてゆく。
 故に、修行というものは、あくまでも道のためにして、己の一身の名利勢誉のためにしてはならない。そうでないと、その辱さが骨身に沁みて分からず、徳というものが身につかないのである。
 これは畏るべきことで、隠すことができない。」
  槐安国語抄講話 磨甎庵劫石老師著 第三十則「大随問僧」よりの抜粋
 

これは 「参学の功、自ら其の充ることを知らざれども、自ら四体に溢る矣」に対する講釈ですが、実に味わい深い一文です。

人間形成の禅の進むべき方向を明確に示されており、われわれ在家禅者の日常における規範であると思い、30年前から茨城支部の亀鑑にしています。

 

この中で、禅の功徳の位置づけが明確に示されていると思います。すなわち、
「禅の修行というものは、どんな動機から入っても悪いことはない。神経衰弱を治したい、意志を強くしたい、集中力をつけたい、自分を取り戻したい、自分が一番緊要としている目的のために入って差し支えない。」と、自分のための功徳を求めて禅を始めるのは結構であるとされています。十人が十人と云っても良いくらいそうでしょう。小生も十人の中だったと思います。
 
 しかし禅をやり出し、深く入れば入るほど、当初目的にしていた功徳が何と小さな目的であったかと恥ずかしくなるほど、禅には大きな功徳があることに気づかされるのです。

功徳があるとかないとかと云うことではなく、功徳を超えたものと云いましょうか、この槐安国語の文章の中にある「名利勢誉」を超えた次元の違う大事なものが禅にはあると云うことに気づくのです。
 
 しかし深く禅に入れば入るほど功徳から離れると云うことではない。むしろ人間形成の禅が深まれば深まるほど、(その1)~(その13)までに書いた功徳は強く大きくなります。そして未だ禅に縁の無い方には、その素晴らしさを回向したいと自然に想うようになってくるのです。
 

ただ、人間形成の禅を究めてゆく動機が、功徳を求めてやるということではなく、強いて云えば道そのものを求めるということになるのです。

つまり功徳は、道の修行の後から自然に付いて来るのです。それを求めなくても付いて来ると云うことであり、何かのためにするのは本当の禅の修行ではないということです。

また大なり小なり誰でも功徳を求めて禅の修行に入ってくるのですが、想定もしなかった予見の出来ない異次元の功徳に出くわし、当に先人の例えようもない凄い法乳を頂くということになるのです。

 
鴻恩は尽きること無しを、しみじみ噛みしめ、燓香 九拝するのみです。合掌
 
(掲載責任:珠玉)

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昨日は夜のあいの里座禅会の2回目でした。昨日はたまたま隣の部屋に、子育てサークルが入っていたために随分賑やかでした。道場の静かな環境とはまったく違って最初は戸惑いましたが、その喧噪に惑わされないように数息観に集中しようと努め、かえって集中できたような気がします。こういう環境で試してみるのも良いなあと思いました。
 
輪読は「座禅の効用」の最終回でした。この読み物は評判がよく、ぜひ日曜座禅会でも取り入れたらよいとの意見がありましたので、次回、皆さんにご意見をお聞きしたいと思います。輪読後は話が弾み、夜9時の閉館時間になっても話が尽きなかったため、男性陣はあいの里の「いろはにほへと」に移動して飲み会になりました。夜の座禅会はこういう楽しみもあって、なかなかいいなあと思いました。
 
あいの里座禅会では、次回から芳賀幸四郎著「一行物」を輪読する予定です。どうぞ楽しみにお越しください。
 
珠玉 記
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