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秋葉座禅道場



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ブログ - 最新エントリー

これは良い

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執筆 : 
niigata 2019/4/19 13:55

   414日のブログにあるNHKテキストの表紙を見て感じたことを書きます。

   一目見て「これは良い」と思いました。背を伸ばし、それでいて肩の力を抜い
て、表情は穏やかです。座禅の本当の形です。座禅は力んだり、我慢したり、無理に
息を長くしたり、そういう  s  作為がないことがこの絵から分かります。私もこ
の形にもっていきたいのですがなかなか……それにしてもいい絵ですね。 (涼)


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禅の知恵に学ぶ

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niigata 2019/4/14 15:46
414日(日)稲作は今の時期、種籾を播いたり、肥料を撒いたり、畔を塗ったり、田を耕したり、田植えの準備で色々やる事が沢山あります。日曜日も休まず頑張ります。
弊社は肥料や農業資材の販売をしていますので一段落するまで日曜座禅会に参加できないかもしれません。
 
NHKテレビ、Eテレ「こころの時代」で20194月~9月にかけて
毎月、第3日曜日、午前5:006:00  
再放送、同週土曜日、午後1:002:00
禅の知恵に学ぶ
と題しまして
山川宗玄、正眼寺住職、正眼僧堂師家、正眼短期大学学長が解説されます。
禅の修行をする道場のことを「僧堂(そうどう)」あるいは「(そう)(りん)」と言いますが、数ある僧堂の中でも、正眼寺(しょうげんじ)(岐阜県美濃加茂市)は「天下の鬼叢林」と呼ばれていて、修行が厳格なことで知られています。
録画しながら話を聞くのを楽しみにしています。
無弦記
 
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リフレッシュ座禅会「真味只是淡」

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niigata 2019/4/12 23:35
 新年度4月からリフレッシュ座禅会は午後3時から行うことにしました。以前は夜間でしたが、それですと参加しにくい方が多いようです。9日は早速、新しい3名の方が参加されました。座禅をして、茶菓を頂きながら処世訓の名著『菜根譚』を読んで意見交換しました。本を読んだり皆さんの意見をお聞きしたりするのは勉強になることばかりです。やはり勉強する場があるのは貴重ですね。次回は23日です。

この日かけた掛け軸は「真味只是淡」というものでこれも菜根譚に出ている言葉です。濃い酒やたっぷりとした肉、辛いものや甘いもの、皆おいしい味には違いないが本当の味ではない、本当の味とは淡泊なものだという意味です。確かに毎食ご飯は食べられますが、毎食すき焼きでは閉口します。「君子の交わりは淡きこと水の如し」とか「上善は水の如し」とかいいますね。(門)
 

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第183回接心会

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niigata 2019/4/7 16:00

183回接心会が43()結制~6()円了の日程で厳修されました。
 
了空庵堀井無縄老師はご病気で体調のすぐれないところ、私たちの為90歳というご高齢にもかかわらず宇都宮市から来てくださいました。ありがとうございます。
 
4
3日 結制 「一期一会のつもりでやって下さい」とおっしゃられました。

44日 MさんとYさんから精進料理の腕を振るっていただいたそうです。とても美味しいかったそうです。

45日 提唱は「雲門話堕」言葉について考えさせられました。

46日 円了懇親会 老師様Tさんに参禅を勧められる。
T
さん以前は東京の方で道場に通って参禅もなされていたそうです。
かなりの数通っているご様子。
Tさん、若い頃は特別な者になろうとしたが46年間毎日坐って当たり前になる事が大事とわかったと。
老師様も「当たり前のことを当たり前にやる事なんだよ」とおっしゃいました。
老師様「面白いのはこれからだよ」。
 
支部長、清涼庵、澄空居士、春徳居士、無風居士、一日中務めて頂きまして大変ありがとうございました。
無弦記
 
 

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正受にして不受

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niigata 2019/3/31 16:35
331日は風の寒いでした、日曜座禅会に参加できませんでした。
 
芳賀幸四郎著『禅入門』を読んで、心に残った所をメモさせて頂きました。
 
*************
転載等はご遠慮下さい*************
三昧には厳密にいうと「正念の相続一貫」、「心境一如(もつ)()不二」、「正受(しょうじゅ)にして不受」という三つの意味があるのである。この三つの働きを統一したものが三昧なのである。
…これで三昧の意味の二つはわかったわけであるが、第三の意味の「正受にして不受」とはどういう事であろうか。…世間には、三昧を「のぼせあって夢中になる」事と解している向きもあるが、それは文字通り誤解である。「白いものを黒い」と見、「堅いものを柔らかい」と受け取るのは錯覚である。美しいものを美しいと見、熱いものを熱いと感覚し、ピアノの音をピアノの音と認識して、いささかのまぎれもないこと、これを正受というのである。だが、「正受にして不受」とはどういうことであろうか。それは見えたら見えたまま、聞こえたら聞こえたままにして、それ以上、二念三念に発展させず、されを思慮分別に発展させないことである。…明鏡が、美人がくれば美人をあるがままにうつすが、美人が去ればさらに痕跡を残さないように、また「風、疎竹に来る、風去って竹、声を留めず」(『菜根譚』)という句のように、外界の刺激を正しく受納し、しかもその刺激が去れば後にいささかの痕跡ものこさず執着のないこと、それを正受にして不受といい…
*************
無弦記
 
 
 
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身に付く

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niigata 2019/3/24 17:28
朝の風景は雪で真っ白でした。今年は小雪でしたから、少しは降った方がバランスとれていい感じがします。
昨日タイヤ交換したばかりでしたが、道路は車の運転に支障はないようです。
私は農業関係の仕事ですので、段々と忙しくなってきました。日曜座禅会も休む日があるかもしれません。
 
一炷香坐った後で禅堂にテーブルを出してお茶とお菓子で如々庵老師のテープ拝聴。
今日もTさん、Mさん、Yさん、参加ありがとうございます。全員で10人でした。
 
10日に聞いたテープでしたが何回聞いても良いものは為になります。
 
理仏と事仏の違いを質問されて。支部長さんが、理仏は「免許取り立て」、事仏は「ベテランドライバー」と譬えられたのは分かり易いと思いました。
 
「霧の中を行けば知らずに衣濡れる、よき人に近づけばよき人になる。」
という言葉がありますが、人間禅秋葉道場に出来るだけ足を運びたいと思っています。
「わかった」から「身に付いている」に
 
大勢ですと活気があって明るく楽しい。
無弦記
 
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本来の面目

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niigata 2019/3/17 17:07
317日(日)日曜座禅会
Yさんがご主人を連れて来てくださり、先週もいらして下さったTさんも参加されました。眞風さん、澄空さん、春徳さん、無風さん、私と8人で坐りました。
 

眞風さんの座禅の説明の後、休憩を交えて20分を2回坐りました。

日が照り、一回目が終わって休憩の時にストーブを消しました。

しばらくストーブからツツツツツツツツと鉄の冷める音なのか?
聞こえてきました ツ ツ  ツ
しばらくして聞こえなくなりました。
 
坐禅が終わってから、眞風さんの話の中に、43日から摂心会があるとの事です。堀井無縄老師の体調が回復されて安堵しました。
 
 
居士寮でお茶とお菓子で如々庵老師のテープ拝聴。
聞き終わってから
何か質問はありますか?
三昧ってどんな感じでしょうか?
集中しているのですが我を忘れているのではなく、鳥の声は聞こえるような冷静な感じ。
スポーツ選手の「ゾーンに入った」感じでは。サーカスの玉乗りは三昧なのでは。
猿やオットセイも三昧かな()、動物は過去を悔んだり先を心配したりしない今に集中しているかもね()
 
心に残った所をメモさせて頂きました。
***********間違っているかもしれません、転載等ご遠慮下さい*************
…「本来の面目」の公案とは正しくは「父母未生以前における本来の面目如何」というのであるが、ここでいう「父母」とは、単に肉親の父母を意味しているのではない。男女・貧富・善悪・美醜さらには主観と客観など、いっさいの相対的なものを「父母」の二字で代表させたのである。我々の生きている現実の世界は、すべてそうした相対的な世界であるが、この相対のいまだ別れない以前の世界、言い換えれば絶対の世界を「父母未生以前」の世界と言ったのである。そして一切の対立を超えた絶対の世界における「本来の面目」すなわち真実の自己はどいつか、それを探しもとめて持ってこい、というのがこの公案の眼目である。
…釈迦の菩提樹下の悟りというのは、この真実の自己を発見し、釈迦はこれを「仏性」と名付けたのである。「本来の面目」と「仏性」とは、名は異なるが、その実態は同じである。
絶対界における真実の自己をつかむには、我々自らが絶対界に入り込む以外に方法はない。
そしてその唯一の方法が禅定三昧である。「禅定三昧を行じて、父母未生以前の世界に入り、そこにおける真実の自己を徹見し、それを師家の面前に呈してみよ」というのが、公案の要旨である。…
*************
無弦記
 

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見習いたい

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執筆 : 
niigata 2019/3/10 14:52
310()
静座が始まる前に、摂心会の準備(香炉の灰を篩にかける)を済ますために家を早く出ました。
看板ができていたり、隠寮も準備万端のようでした。
 
澄空さんの直日で静坐が始まりました。
少しして眞風さんの案内で、初めてお会いする人が隣りに座られました。
「いつもの時間でいい」の声。休憩なし、初心者ではないよという事。
一炷香終わって横を向きましたら立派な結跏趺坐です。
 
居士寮でお菓子とお茶で如々庵老師のテープを拝聴しました。
初めての方はお名前がTさん。
学生の頃、円覚寺の居士林で坐られたそうです。それ以来46年間ほぼ毎日坐られているそうです。私も見習わなくてはいけません。来週も来て下さるようです。春が来たようです。
 
如々庵老師のテープ拝聴致しました、心に残った所をメモさせて頂きました。
*************間違っているかもしれません、転載等ご遠慮下さい*************
仏性を発見する、それを見性という。真実の自己の発見、どうやら自己即仏であることを理として自覚したにとどまり、実境涯の伴わないもの、これを理仏といい、自ら悟り、他を悟らしめ、悟りと実行とが一致する実境涯を得た人間、完成された人間を事仏という。見性でつかんだ理仏を事仏にまで育て上げ、鍛え上げいくこと、それが悟後の修行。十牛図の
四、得牛加鞭 五、牧牛純和です。 
*************
 
 「良いことが分かっている」から「良いことができる」
そして「良いことが身についている」に
 
無弦記
 
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マインドフルネスから禅に

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執筆 : 
niigata 2019/3/8 20:54

最近、マインドフルネスが精神の健康に良いとして、IT企業その他の会社の社員研修に取り入れられるなど、世界で流行しております。

マインドフルネスは、従来から行われてきた座禅を基本としているので、正しく行われれば心身の健康法として間違いのないもので、これから大いに広まっていくことでしょう。

しかし、禅をやっているものから見ると、禅の広大で奥行きのある全体系に比して、マインドフルネスは座禅の基本の部分に留まっているように見えます。

基本の部分と言っても、どの世界でも基本が大事である事は言うまでもなく、禅でもその点では同じことです。

マインドフルネスで、精神集中の良さを体験した人達の中から、本格の禅をやってみたいと思う人が出てくることを期待しております。(涼)
 

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正念の一貫相続

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執筆 : 
niigata 2019/3/3 16:21

 
3
3日は日曜座禅会に参加できませんでした。
 
芳賀幸四郎著『禅入門』を読んで、心に残った所をメモさせて頂きました。
 
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転載等はご遠慮下さい*************
心地(しんじ)(
後の法燈国師)が最初の見解を「一応悪くはないが、まだ不徹底だ」といって退けたのは、なぜか。それは下の句の「南無阿弥陀仏の声のみぞして」というのが悪いからである。…これは念仏の声を対照的に聞いている自己が依然として生きており、仏と我とが不二一如となった状態を観察し、これを説明し、かつ念仏の声を聞いている自己がなお生きているからである。…本当の念仏三昧に一点欠けるるところがあるからである。…これに反して第二の見解の…「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と徹頭徹尾念仏そのものになりきり、観察し説明し聴聞していた自己がきれいに影を没し、唱名念仏の一念正念がしかもその正念だけが生き生きと、かつ純粋に少しの切れ目もなく一貫相続していることが知られる。…念仏三昧…正念の一貫相続…
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無弦記
 
 
 
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