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ブログ - 社会人禅者の基本生活について(2)

社会人禅者の基本生活について(2)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
niigata 2018/2/13 0:11

 芳賀洞然老師(元東京教育大教授 芳賀幸四郎氏)の「禅者の生活」をご紹介します。一般社会人の修行について学びたいと思います。【『人間禅』誌(現在の『禅』誌)より】(門)
 

  ***** 禅者の生活<上> *****(転載等はご遠慮ください)*****

2.坐禅は時間の節約

 昔の小学校一年の修身の教科書には、「よく学び、よく遊べ」という言葉があったが、これは何とも恐ろしい言葉である。これが実行できたら大したものである。禅の一行三昧を得たといってよい。そして万事、この一行三昧でやれば能率はあがり、何をやっても成功するであろう。してみると、坐禅をすることは一見時間の浪費のようにみえて、実は時間の浪費ではなく、時間の節約であり、能率増進の秘訣(ひけつ)であるといわねばならない。坐禅は閑人(ひまじん)にあずげたことでなく、多忙な人こそやるべきことなのである。
     「修身」は旧制小学校の道徳教育の教科。
 しかも、坐禅によって三昧力を養い。一行三昧の生活をすることは、単に能率増進や成功の秘訣であるだけではない。この人生を余すところなく味わい、本当の生きがいのある人生を生きるゆえんでもある。およそ人間は必ず死ぬものであり、人生は長くて百年にみたない。それにあとにも先にも、これ一回きりである。としたら、この一刹那(せつな)、今日のこの一日は、何物にもまして貴重なものである。一円の金を惜しむことを知って、この一刹那を惜しむことを知らないのは、本末顚倒(てんとう)もはなはだしいといわねばならない。この一刹那、今日のこの一日を悔いなく生き、二度とない人生を充実して生きること、これが禅者の願いである。ところで、どう生きることが人生を悔いなく充実して生きることなのであろうか。

 

3.自己を見つけよう

 昔、中国に(ずい)(がん)という禅僧があった。この和尚、毎日幾度となく自分に向かって「主人公よ!」と呼びかけ、自分で「ハイッ!」と返事をし、つぎに「はっきり目をさましておれよ!」と応じ、さらに「真実の自己以外のものに、たぶらかされるなよ!」と注意して、また自分で「承知!承知!」と答えていたという。これが禅者の生き方の模範であり、生を悔いなく充実して生きるゆえんの道である。この和尚のようにたえず真実の自己をよびさまし、いつ、どこでも真実の自己として生きること、これが禅者の理想の生き方である。私はこう生きたいと願っている。

 ところで、その真実の自己はどいつであろうか。それをはっきりつかむには三昧の力によるほかはなく、三昧力(ざんまいりょく)を養うためには坐る以外に()はない。まず、毎日なまけず坐ることである

(つづく)

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