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秋葉座禅道場



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ブログ - 最新エントリー

第186回摂心会

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執筆 : 
niigata 2019/10/20 19:10
186回摂心会が1018()結制~1020()円了の日程で厳修されました。
私は仕事が忙しく、夕方に入山、朝に下山させていただきました。
 
仰月庵杉山呼龍老師に「数息観評点表」をつけるように言われてから、毎日45分坐ることが続いています。
以前はそんな長い時間、毎日できないと思っていましたが、やってみると出来ています。
参禅(禅問答)の室内のことは、詳しく書けませんが、何回も通っているうちに、とても素晴らしい感動が味わえます。
 
提唱『禅海一瀾』は聞き覚えのある「孔子の話」が出てくるので、興味深い。
 
第八則 允執其中  「人心 惟れ危く,道心 惟れ微なり。惟れ精 惟れ一,允に其の中を執れ。」
『論語』と『書経』に出ている。ここの中とは中間の意味ではない。不二・一如に見るべき。
(まこと)に其の中を()とは三昧になれというほどの意味。
これが大道を体得する唯一の手段である。
人心と道心とが不二・一如である。
第九則 夕死可矣 「孔子曰く,朝に道を聞かば,夕べに死すとも可なり
出典元は『論語』の里仁篇。「道を聞かば」とあるが、耳で聞いただけの事ではない。道をわがものにするとの謂いである。その道とは大道。だから道を聞くとは、わが門の見性悟道に相当する。可なりの次に()の字が添えてある。これにはわけがある、音に出して読まないけれども断定、強調を表す。
 
朝から晩まで道場で勤めていられる方々に感謝します。
仙台からお越しの祖芳居士、応援ありがとうございます。
 

合掌 無弦記
 

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無事是貴人

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niigata 2019/10/18 21:16

台風19号は記録的な災害を各地に及ぼしましたが、幸い当道場は無事で何よりでした。

今日から予定していた参禅会も無事行うこともできます。

禅語に「無事是貴人」(ぶじこれきにん)という言葉があります。文字通りに解釈すると「無事で生きている人は貴い人だ」という平凡な文句ですが、無事を「外界からどんな刺激を受けても、右往左往に忙しくしていても、心が平然と無事でいること」と解釈すると、がぜん意味のある言葉になります。

禅では「いつも三昧でいる人」と解釈していますから、これは大変な言葉になります。

私たちはこれに向かって努力しています、と簡単には言えない言葉です。   (浦)
 
 
 
 
 
 
 
 

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数息観

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niigata 2019/10/14 10:12
 先日のブログで無弦さんが、老大師が数息観の難しさに言及している所を紹介しています。
 了空庵老師は「血のにじむような努力」「鍛えに鍛える」「大いに骨折る」とか表現しておられます。座禅はただダンマリしているようでも、内実はまさに格闘です。
 大憤志、大信根でこの格闘に耐え忍ぶことができるか。 

数息観は臨済宗のやりかた。曹洞宗はただ無になれと教えているようです。

どちらがいいのか、どちらも簡単な道ではないだろう、ということは想像できます。
 お寺さんで入門志望の修行者に最初は「お前のような軟弱の者が来る所ではない」と言って門前払いし、人間禅でも一定の試用期間を課すのは、まさに理にかなっているのだと今頃になって納得しています。             (涼)
 
 
 
 
 

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どろぼう

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執筆 : 
niigata 2019/10/13 22:33
 支部長が、台風が心配で道場の窓のカギがしっかりかかっているか、一昨日わざわざ点検にきたという。有難い話である。

窓が少しでもすきまがあると風で段々開いてくるのだという。 

 日曜座禅会が終わって帰るとき、みんなでカギ、火、水と点検するのだが、互いに彼がやるだろうと譲り合って見落とすことがある。

一週間窓が開いたままのこともあった。

どろぼうは怖くないが、雨の吹込みが怖い。
 たまに入会希望を装って「奥も見学させてください」と言ってくる人がいる。

「どうぞ どうぞ」と隠寮まで見学させるが、本当の入会希望なのかどろぼうの下見なのか、雰囲気で分かる。

この道場には、どろぼうの欲しい金目のものは何もない。

坐禅するだけなのだから当たり前だ。お寺さんのように、仏像もない。

炊事道具と布団があるが、そんなもの何の価値もないだろう。

コンピューターは古いから二束三文だ。

恐いのは、どろぼうが何もないことに腹を立て、火を放つことだ。

「どろぼうさん、それだけはやめてください」

だから、どろぼうが見にきたら、本当に何もないことを知らせるように、自由に見学させることだ。

それが一番のどろぼう対策である。          (浦)
 


 
 
 
 

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念仏宗

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執筆 : 
niigata 2019/10/13 11:06
耕雲庵立田英山老師述『合掌の精神』を読んで、印象に残った箇所を抜粋させていただきました。
*************転載等はご遠慮下さい*************
宗教的なもの(前回の続き)
…まず念仏宗の教義は、申すまでもなく南無阿弥陀仏と唱えて、お救いをいただくことであります。南無とは帰命ということで、つまり一心不乱に阿弥陀仏に帰依敬順することであり、私のいわゆる帰入するということであります。そして阿弥陀とは詳しくはアミタアーバ、アミタアユースの謂いで、余りながすぎるから単に阿弥陀と略しておるのです。で、アミタアーバ、アミタアユースとは、申すまでもなく梵語(ぼんご)で、これを意訳すれば無量寿、無量光ということになります。古来インドでは、華とか右とか寿とかいう時は慈悲をあらわし、燈とか左とか光とかいう時は智慧を意味しております。…ここに無量寿無量光仏といえば、絶対の慈悲と絶対の智慧とを神格化した仏という意味になります。ですから、南無阿弥陀仏と唱えることは、この悲智円満の絶対者に帰入するの謂いで、これは己を空しうしなければできないことで、己を空しうて初めて、他力門の信仰生活にはいることができるのです。…時宗(じしゅう)という念仏宗の一派の宗祖であられる一遍上人が、初めはどうしても念仏三昧になれない。…そこでそのころ有名な由良の法燈(はっとう)国師を訪ねて「どうぞして念仏三昧を得られる極意をお示しください」と申し出ております。…この切なる願いを聞いて、法燈国師は「念仏三昧はしばらくおいて、まず坐禅を組んで数息観を試み数息三昧の力を得られよ、したらばやがて念仏三昧もえられるほどに」と言われた。一遍上人は素直にこれを受け入れて、ひたすら数息観を試みられた。そして三年の努力の結果、(ようや)く今日私ともが言うところの数息観の中期の力を得られたので(『数息観のすすめ』参照)。ここにいたって、本当の念仏を唱えることができ、これなる(かな)とそのよろこびを一首の歌に作って、法燈国師に呈しております。
************************
『数息観のすすめ』(数息観の仕方について)から…この条件にかなうとは甚だむずかしいことで、大いに錬磨修熟を要する次第です。さればこそ前・中・後期と分かれる所以であります。さてその条件と申すのは
a.勘定を間違えないこと
b.雑念を交えないこと
c.以上二条件に反したら1に戻すこと
の三つです。これは何でもない条件のようですが、さていよいよ実施してみると容易でないことにきづきます。…前期の間は、そう厳格にこの三条件を振り回したら、自己嫌悪におちいって、数息観をするのが嫌になってしまいますから、ある程度のミスは黙認することにします。
 
                       合掌 無弦記
 
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台風19号

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執筆 : 
niigata 2019/10/12 11:12

台風19号が近づいています。特に先ほど被害を受けた千葉県がまた直撃を受けるようです。ブルーシートで覆われた屋根や倒れたゴルフ場の鉄骨をテレビで見るたびに本当にお気の毒と思います。


幸いと言いますか、人間禅房総支部関係には被害が無かったようですが、今回も無いように祈っております。


当新潟支部の道場は、秋葉山の中腹にあり、景色は素晴らしい所にあります。それだけ
に風害やがけ崩れの心配な地域です。


昔は道場の庭に、大きく見事な松の木が4本そびえておりました。


先々代老師は、これをこよなく愛しておられましたが、倒れて道場や隣家に被害を及ぼす
か、心配の種でした。


数年前に先代老師の決断でついに切ることにしました。


あの木が今でも立っていたら、心配で夜も眠れなかったことでしょう。       (涼)


 



 
 
 

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締め切りまであと20日

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niigata 2019/10/10 8:38
名誉会員・正会員各位 

「越後路」原稿締め切りまで、あと20日となりました。

今回は、投稿を名誉会員の方にもお願いし、新たに仰月庵老師も加わります。

学者仰月庵老師はかなりハイレベルな原稿を寄せてくださるはずです。

それに負けないよう、がんばってください。

もう相当進んでおられると思いますが、さらにあと1ページ、2ページと加えてくださるようお願い致します。

来年も「越後路」を発行するかどうか、それは今回の原稿の出来栄えによります。

                       「越後路」編集部  (眞)

 
 

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ノーベル賞

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執筆 : 
niigata 2019/10/10 8:15

ノーベル賞に日本の化学者吉野さんが選ばれました。

記者会見のなかで、「一生懸命考えているときには良い考えが浮かばないのに、何も考えていないときにふっと良いアイデアが浮かぶ」とおっしゃっていましたが、このことは座禅をやっている人には良く分かりますね。

座禅をやっているときに、良い考えが浮かんだり、忘れていたことを思い出したり、もちろんこれは雑念なのですが、よく起こることです。

ただ、学者が何も考えないという状況と禅者が何も考えないという状況とは、同じものなのか違うことなのか、よく見必要があります。

禅者が何も考えていないというのは、雑念を取り払って一点に集中していることです。ボーッとしていて、雑念を出るに任せている状態とは違います。

吉野さんの何も考えていないという状態がどちらなのか興味のあることです。
                            (涼)

 
 

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月白く 風清し

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執筆 : 
niigata 2019/10/8 23:08

今日のリフレッシュ座禅会に、支部長が本格の座蒲(ざふ。座禅で尻に敷く座布団)を数個持ってきました。                               10人の出席者の半分ほどにいきわたりましたが、これを敷くとやはり、シャンとしますね。                                     坐禅では姿勢が一番大事、姿勢のためには座蒲が大事です。             坐禅に慣れてくると、公民館にある柔らかな座布団でも十分使えますが、慣れないうちは、本格の座蒲がいいですね。                                  今日の掛け軸は如々庵老師の「月白く 風清し」でした。 表装も素晴らしく、老師の字の美しさ、秋のすがすがしさに皆感動しておりました。 (眞)
 
 


 
 
 

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ホテルの予約

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執筆 : 
niigata 2019/10/8 22:22

11月4日(月)の栃木道場(宇都宮)の落慶式に出席するので、ついでに予て見たいと思っていた大谷石採石場跡を見学し、更についでに東京で療養中の弟を見舞い、また更に念願の京都禅寺巡りをすることにしました。

栃木道場から前泊用に勧められたホテルは宿泊料金が高いので、自身で安いホテルを探すことにしました。しかし、安価なホテルはどこも満室で驚きました。いくら文化の日連休と言っても、1ケ月前で満室は早やすぎます。結局、駅から少し遠い一室を予約できましたが、きっとこの日宇都宮では何かの大イベントがあるに違いありません。

京都はいつも外人や日本人の観光客があふれていて、予約をとるのが大変というイメージでしたが、楽にとれて拍子抜けしてしまいました。         (涼)
 
 

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