メインメニュー
人間禅 関西道場


関西道場

京都府八幡市橋本東原28
090-3927-1237(法燈)
080-2516-4415
(慶雲)

連絡はお問合せをお使いください。
お問合せはこちらをクリック
 
ブログ カレンダー
« « 2020 2月 » »
26 27 28 29 30 31 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
このページをシェア!
ここでブックマーク: Twitter ここでブックマーク: Facebook ここでブックマーク: Yahoo ここでブックマーク: Google

関西ブログ - 最新エントリー

今里静座会(7月25日)報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/7/29 9:29

7/25()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,耕隠さん・坂本法燈が出席して,第212今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。

 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(自力救済の道22~25)を輪読しました。

輪読内容は,仏教で古来より説かれる,八正道や六波羅蜜の中で最も基本的なものが正定・禅定であることは,釈迦の成道の経緯をみれば明らかである。釈迦は,出家した後,まず,バラモン教学によって哲学的思索の積み上げにより学問的・知識的に無限絶対なものを把握しようとつとめたが,求める我と求められる真理との対立を前提としている哲学的な思索(相対的知識)を積み重ねても,無限絶対なものに届かぬことは理の当然であり,これを断念した。次いで,難行苦行により,一切の欲望を断じつくして,無限絶対の世界に入ろうと努力したが,生身の人間である以上,生物としての本能・欲望は断じつくせるものでもなく,これも断念した。最後に釈迦が実践したのが,禅定三昧を行ずる道であり,相対の世界に生きるわれわれ人間が,自力で対立を絶した絶対的なものをつかむには,一切の差別・相対の未だ分れない以前の世界・主観と客観未分以前の世界に立ちかえる,つまり,絶対そのものと不二一如となる以外に術はなく,そのために坐禅による内観静慮の法以外には道はないと決断して,菩提樹下で坐禅の行を続け,ついに禅定力が熟し,前後截断・主客未分以前の世界に入り込み,12/8朝明けの明星を一見した機にふれて忽然と正覚を成じ,無限絶対なものを,この五尺の肉体をそなえた生きた自己に即して証悟した,といった内容でした。

これに関連して,釈迦の開語の話は,実に感動的な物語であり,(著者が述べるように)有限相対な人間がそのまま無限絶対のものたりうること,また禅定三昧の行がそのための唯一のしかも確実な手段であることを,自らの実践によって証明したもので,空前絶後の大発見であった。良心的に実践しているかとの反省の結果,一遍は誰でも自己嫌悪に陥るものであり,逃避することさえ許されないこの深刻な血みどろの悩み・苦しみを救済するのは宗教以外にはなく,宗教の救いは実にそこにあるといわれる。かくて,大乗仏教徒は自己を否定し尽くした上で自己を肯定し,安らかな信仰に住して,いやが上にも自らを清うしながら感謝の日々を送っており,確固たる信念の下に,いよいよ正念の工夫を試みながら,日々是好日の人生を味わって居る。娑婆即寂光浄土とか,煩悩即菩提とかいうことは,理の上において大乗禅の基盤をなしているばかりでなく,到り得帰り来たってみれば事の上においても亦然りで,娑婆を離れて浄土を求むる必要もなく,煩悩を棄てて菩提と入れ換える必要もない,離れたり棄てたりしてはいけません,否離れることも棄てることもできません,そのままで宜しいそれだけのこっちゃ,これが大悟徹底した見性了々底の境涯というものである,というのが耕雲庵老大師の説くところ(人間形成と禅)である,といったようなことを話し合いました。

その後,有志で近所の居酒屋に赴き,懇親会を開催しました。動中の工夫の重要性,「無字」の公案には雑則があることや,ビッグバンと宇宙の成り立ちなどについて,さまざまな話を交わしました。

次回の今里静座会(宝厳寺の部)は,8/8()に宝厳寺で開催いたします(二部構成)

 奮ってのご参加をお待ちしています。

 よろしくお願いいたします。

                                  坂本法燈 拝


  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (101)

土曜静座会(7月20日)報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/7/22 7:54
日時 2019年7月20日(土)19:00-21:00
場所 関西禅道場(京阪橋本駅下車 徒歩15分)
内容 座禅/「参禅とは何か【その二】」/茶話会

参加者 法燈居士、M居士、K居士、T禅子、T居士、M居士、智常 7名

暑い日であったので、クーラーをつけさせていただいた。
堂内は広いが、驚くほど、充分に効果があり、快適に坐禅ができた。

Tさんは泰仁さんのお知り合い。MさんはTさんのお知り合い。
両名ともお若い方。

今回の土曜静坐会は智常の担当でしたので、一炷香の静座の後、
智常から「参禅とは何か(その二)」としてに30分お話しさせていただいた。
その後、30分ほど静坐し、座談会とした。

小生の講話に対してもいくつか質問やコメントなどがあり、
坐禅および参禅の特徴や素晴らしさが少しは伝わったかと思う。

合掌 世古智常
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (137)

今里静座会(7月18日)報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/7/20 21:15

7/18()にプレジデント今里(大阪市東成区大今里西2-17-10プレジデント今里1006号室,千日前線今里駅,下図二参照)で,第211今里静座会(プレジデント今里の部)(18:30~20:00)が開催され,Tさん・随心さん・法燈が出席しました。

最初に般若心経を唱え,座禅を座りました。その後,真向法などで身体をほぐしました。

 今里静座会(プレジデント今里の部,第3木曜日)では,宝厳寺で開催されている今里静座会(宝厳寺の部,第24木曜日)とは異なり,輪読は行わない代わりに,座禅は身にて学道する赤肉団(生まみの身体)の学道なり(道元)といわれるように,調身・調息・調心を通じた数息三昧を大きな目標にして行きたいと思っています。また,懇話会において,数息観・仏教の修行の仕方や疑問,日常生活での問題点や要望など,さまざまなことについて自由な意見の交換をしていきたいと思っています。
 この日は,坐禅修行の在り方などについて,色々とお話をしました。

 次回の今里静座会は,7/25()18:30~20:00に宝厳寺で開催いたします(宝厳寺の部・一部構成)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。

      坂本法燈 拝
 


  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (121)

今里静坐会報告(7月11日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/7/16 14:22

7/11()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。その内訳は,(第一部)210回今里静座会(18:30~20:00)と,(第二部)49回「大阪で夜一番遅い座禅会(20:30~22:00)の二部構成です。

 第一部Tさん・耕隠さん・Oさん・坂本法燈が出席し,お寺の和尚さんも参加されて,第二部はMさん・耕隠さん・坂本法燈が出席して開催されました。(Mさんは初参加)

第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,座禅をそれぞれ座りました。

 その後,第一部は,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(救済の二門19~21)を輪読しました。輪読内容は,大乗仏教は自力聖道門と他力易行門の二つの救済の門を開いている,他力易行門の教え(法然の浄土宗・親鸞の浄土真宗)とは,人間の相対性と有限性,不完全さと醜さ,総じて罪業の深さを痛烈に反省し,自己に絶望しきっている人々のために開かれた救いの門であり,一切の人間の救済を本領とする阿弥陀如来を本尊に立て,その大慈大悲によって人間は因果の鉄鎖から解放され,その善根と悪行とにかかわりなく,等しく極楽に安らかな座席を保証されている,だからただひたすらに,自己のはからいを捨てて阿弥陀如来にすがりきり,南無阿弥陀仏と唱名念仏すればそれでよいと説くのが,他力易行の浄土の法門の骨子である。これに反して,禅宗を典型とする自力聖道門の教え(その他天台宗・真言宗・法相宗・華厳宗)は,人間が自ら善根功徳を積み智慧を磨くこと,即ち自らの力によって仏に成れ,無限絶対の世界に入り得ると説くものであり,とりわけ禅宗は,絶対者を自己の外に別に立てることなく,この有限相対な自己を離れずそれに即して無限絶対なものを見出し,自己即仏であることを実地の行を通じて証悟する教えである,といったようなことでした。

 そしてこれに関連して,自力聖道門は一遍上人の唱うれば仏も我もなかりけり南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏”(念仏三昧)で代表され,他力易行門は天上天下唯我独尊”(見性成仏)によって表現されているところ,この両句を比較玩味してみれば,いずれも,我を極小まで殺し尽くすことがそのまま我を極大まで育成することになっており(これが大乗仏教の真精神である),畢竟絶対他力と絶対自力は相い一致していることが判るといわれている(耕雲庵老大師)このことは,自力聖道門の禅宗において「大死一番絶後に再蘇す」ることが最重要視されるだけでなく,他力易行門においても「自己のはからいを捨てる」ことが強く要求されることからも,明らかであるし,禅宗の大家である鈴木大拙も,「絶対の他力これを宗教という,自分のはからいをもたずに神の前に自分を絶対的に没入させること,そういうところに本当の宗教的なものがある」と述べているし,山田無文も「禅門の信心も他力の信心も理において畢竟一つであらねばならんなぜなら信心とは凡仏一如自他不二の絶対の境地だから」と述べるところである,といったようなことを話し合いました。

 第二部は、人間禅名誉総裁老師著「坐禅の効用-後期の数息観146150頁」を,輪読しました。後期の数息観の域に達してこそよくぞ人間に生まれたものであると人生の本当の意義を味わい得るという言葉が,心に深く沁みわたるが,そのためにも,一日一炷香の重要性を再認識させられるところであります。

 

 次回の今里静座会(プレジデント今里の部)(部構成に変更された)は,7/18()18:30~20:00に,プレジデント今里で開催いたします。

 奮ってのご参加をお待ちしています。

 よろしくお願いいたします。

    坂本法燈 拝
 


  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (151)

土曜静坐会報告(7月6日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/7/9 15:24

日時:7月6日 19:00~ 静坐

1炷香目: 19:00~19:30 静座

   参加者:新到者(Mさん) 1人

    法燈、慶雲、M居士、K居士、寿典、絶学、以上合計7人

   (法燈さんが紹介してくれた、サイトから椅子禅の進めを印刷し、

皆で順番に朗読。椅子禅に入る準備をしました。)

2炷香目: 19:50~20:20 椅子禅

 参加者:新到者(Mさん) 1人

    法燈、M居士、K居士、寿典、絶学、以上合計6人

 懇親会: 20:30~22:00

    参加者:6人


(i) 新到者のMさんが参加してくれました。道が分からない中、樟葉からバスに乗って、わざわざ参加してくれました。

(ii) 今回も椅子禅の試みをする中で、新到者の方には丁度良かったと思います。

いろいろお寺の座禅も体験されて、長い時間座るのは、なかなか直ぐには難しいと感じていたそうです。

(iii) 形に捕らわれず、三昧状態を体得することを目指すということを、話す中で、とても、興味を持ってくれたように思います。

(vi) 懇親会も、椅子禅の話より、新到者のMさんとの会話のやりとりが中心になりました。皆、和気あいあいと話が進み、是非、摂心などにも参加して頂いて、座禅を続けて貰うようにお勧めしました。

参加者の皆さんのおかげでとても有意義な一晩を過ごすことが出来ました。

感謝感謝

 絶学 記

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (147)

地図(京阪橋本駅~関西道場)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/7/9 15:15
橋本駅~関西道場

関西道場周辺拡大図

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (304)

土曜静坐会報告(6月29日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/6/30 14:58

日時:6月29日 19:00~ 静坐

 1炷香目: 19:00~19:45 静座

  出席者:法燈、慶雲、随心、絶学、泰仁、M居士、K居士、明眼以上8人

 2炷香目: 19:50~20:35
出席者:法燈、絶学、泰仁、M居士、K居士、明眼、以上6人

役位 聖侍:M居士  助警:法燈  直日:明眼

懇親会: 20:35~21:30

 

 静坐会の前にお茶の稽古会があり、弾んだ声が庭まで聞こえていました。お茶の稽古に出席された皆さんもそのまま静坐会に参加され、活気ある静坐会になりました。残念だったのは、おいでになる予定のJさんが急な用事で欠席されたことでした。

 終了後の懇親会では泰仁さんから、その昔学生時代に如々庵老師に初参禅した時「部屋中が如々庵老師だと感じ、一週間摂心に詰めた後外に出ると世界が違って見えた。」という話があり、よく理解できないながら皆で感心いたしました。

 

 イチジクの木の前に花壇を作り、9月摂心の花にと百日草の苗を10本余り植えました。たくさん花が咲いたら、静座会やお茶の稽古会にもどうかお使いください。

明眼 記
 


  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (129)

今里静坐会報告(6月27日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/6/30 14:53
6/27()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,Y居士・坂本法燈が出席して,第209今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。
 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(宗教についての無知と偏見,宗教の本質11~18)を輪読しました。

輪読内容は,能力の有限と欲望の無限,現実の相対と理想の絶対,そこに生ずる満たされがたい永遠の渇き,それが人間の悲劇といえば悲劇の根源である。人間の人間たる本質であるこの無限絶対なものへの渇きをいやす唯一の道こそ,まさに宗教なのである。有限で相対的で不完全である人間と,無限絶対で完全円満なもの,いいかえれば神や仏や法(ダルマ)との間に,正しく確かな通路を開き,無限絶対の世界の中に人間に安らかな座席を与え,あるいは見出させること,これが宗教の宗教たる本質であるところの救済であり,安心である。宗教の本質と使命とは,まさにこの意味での救済にある。ただし,一口に救済といっても,それに低次の救済(肉体的苦痛・病気や心理的な悩みを解決し物質的な幸福などの有限相対な願いをみたす)と高次のそれ(無限絶対なものへの人間のやみがたい渇きを瘉す)との区別がある。また,善因善果・悪因悪果という因果応報の理で人々を教化することをもって宗教の本質ないし使命だと考える向きも多いが,宗教の何たるかに徹しないものである。宗教の本質としての救済とは,この因果の鉄鎖にしばられ,自らの犯した罪業のおそろしさにせめられ,自己に絶望している人間を,その因果の鉄鎖から解き放し,因果の追究のとどかぬ絶対の世界,本来の意味での「聖域」に引取り,そこに遊ばせることにほかならない,といった内容でした。

これに関連して,耕雲庵老大師も全く同旨を述べられており,鈴木大拙も「絶対の他力これを宗教という,自分のはからいをもたずに(自分を全く棄てて)神の前に自分を絶対的に没入させることそういうところに本当の宗教的なものがある」と述べています。自力と他力の二門については,次回に輪読しますが,いずれの門も自己を殺し尽くして自他不二となることを求めており,この境涯に至れば,絶対他力と絶対自力は一致するものといわれ(老大師・山田無文),結局のところ自力も他力も,上記のとおり「有限で相対的で不完全である人間と,無限絶対で完全円満なもの,いいかえれば神や仏や法との間に,正しく確かな通路を開き,無限絶対の世界の中に人間に安らかな座席を与え,あるいは見出させて救済・安心を与える」ことになるものと思われる。洞然老師は,上記の後段の部分で,親鸞・歎異抄から「善人なほもて往生す,いかにいはんや悪人をや」を引用しているが,実に感動的な言葉である,といったようなことを話し合いました。

その後,有志で近所の居酒屋に赴き,懇親会を開催しましたが,台風やサミットの厳戒態勢などもあり,早目に解散しました。

次回の今里静座会(宝厳寺の部)は,7/11()に宝厳寺で開催いたします(二部構成)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。
  坂本法燈 記

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (113)

土曜静坐会報告(6月23日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/6/30 14:47

日時:6月23日 19:00~ 静坐

 1炷香目: 19:00~19:45 静座

  出席者:法燈、慶雲、絶学、M居士、以上4人

 2炷香目: 19:50~20:35 静座

  出席者:法燈、絶学、M居士、以上3人

  茶酒話会: 20:40~22:00

礌石さんのピンチヒッターとして、急遽、絶学が土曜静坐会の担当として出席しました。

とても暑い日で、道場の戸を開けると蒸し暑い熱気がこもっておりました。

去年、取り付けたエアコンを約1時間前に付け、道場を冷やしておきました。

19:00開始前30分、慶雲さんが来てエアコンの近くに座られました。

静座開始することには、大きな道場にもかかわらず結構涼しくなり、慶雲さんの座るあたりは、逆に寒くなったので、場所を移送する程でした。

二炷香の後茶話会、M居士、法燈支部長、そして絶学、誰もお酒を飲む人はいませんでした。というのは、絶学、その日10:00~三国丘高校で剣道の稽古会。

その後、13:00から懇親会で、結構飲んで来たためであります。

 そんなことで、久し振りに落ち着いた、ひっそりとした、茶話会でありました。
   絶学 記

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (107)

土曜静坐会報告(6月1日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/6/30 14:41

日時:6月1日 19:00~ 静坐

 1炷香目: 19:00~19:45 静座

  出席者:法燈、慶雲、絶学、M居士、K居士、Nさん、Jさん、以上7人

 2炷香目: 19:50~20:20 椅子禅

  出席者:法燈、絶学、M居士、K居士、Nさん、Jさん、以上6人

茶酒話会: 20:30~22:00


「静坐に捕らわれない、禅の修業:椅子禅のすすめ」を体験し、お互いに意見を交換することを目的に、行いました。

最初の1炷香は、通常の静座、次の30分は、椅子禅と致しました。慶雲さんは、帰られましたが、残った六人は、椅子禅を体験してくださいました。


茶酒話会において、各人に椅子禅の感想を話してもらい、討論会を行いました。

Oさんからは、わざわざ手紙を頂き、「椅子禅の勧め」に対する、様々な見地からのお考えを頂きました。

また、参加者各人からの貴重な意見が沢山集まりました。まとめて、後ほど皆様にご報告いたしたいと思います。

絶学 拝

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (115)