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人間禅 関西道場


関西道場

京都府八幡市橋本東原28
090-3927-1237(法燈)
080-2516-4415
(慶雲)

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関西ブログ - 201812のエントリ

日時  12月27日 
      15:30~18:30 作務
      18:30~19:15 静坐
参加  明眼
 
 和歌山道場に参りますと、礌石さんが雨漏りで濡れた布団の代わりに関西支部の余分の布団を運び込んで下さっていました。また水漏れを起こしていた2階トイレは絶学さんが壁をめくって水道管の補修をして下さっており、外の草もどなたかが引いてくれていました。誠にありがとうございました。
 この日、隠寮エアコンのフィルター掃除やカーテンの洗濯をしました。夕方1階洗面所の掃除をしていましたら、窓の外に人の気配がします。2階は電気がついてないのに1階だけ点灯しているので心配になったと、隣のお寺(禅道場の大家さん)の和尚様が見に来てくださったのでした。皆さんのおかげで道場が維持できているのだと改めて思いました。
 2階の入り口に小さなしめ飾りをつけ、家から持って行った千両を堂内に置きました。あまり変わりえはしなかったですが、正月のおしるしです。一炷香独座し下山しました。どうかよいお年を。
  明眼 
 
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今里静坐会(12月27日)報告

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執筆 : 
関西支部 2018/12/30 7:52
12/27()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,さん鶴井随心さん坂本法燈が出席して,第191今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。
 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家一宇庵小野円照老師著「禅入門」(大乗と小乗177~181)を輪読しました。

輪読内容は,小乗仏教は自己救済にとどまり利他がないのに対して,大乗仏教は自利利他を円満に具足しているところに基本的な相異があり,我が国では聖徳太子の高邁な識見から大乗仏教のみを取り入れ普及させたのが特徴である。釈迦没後500年頃になると仏教集団は,形式重視の上座部と内容重視の大衆部に分裂し,例えば,上座部は寂滅の語を解釈して灰身滅智(死滅)を説きだして消極思想に陥る(大乗仏教では,寂滅とは相対界の消滅を滅して絶対界に入り不生不滅を悟ることである)などしたので,真意派によって一大刷新運動が起こされ広大無辺の仏法を宣揚したのが大乗運動である。大乗仏教と小乗仏教では,救済の形質のいずれにおいても格段に大乗仏教が勝れている,といったようなことでした。

そしてこれに関連して,法華経は三乗(声聞縁覚菩薩)の教えを捨てて一乗(全ての衆生を解脱の岸へと運ぶ一つの大きな乗り物=大乗)の教えに統合していて,以前の三乗の教えは方便であったとしている。小乗(上座部)仏教と思われるスマナサーラは雑念を断つために自分の行動を実況中継することを説き,地橋秀雄(グリーンヒル瞑想研究所)は一瞬一瞬の知覚を言語化していくラベリング技術を説くが,実際に実践してみると余りに技術的な手法の習得に終始しいつまでも個我が残存しているようで如何にも煩わしいという印象を私には払拭できなかった。ただわが身をも心をも放ち忘れて仏の家に投げ入れる(道元)という簡素かつ自然な修養の方が本来のあるべき仏教のような気がしてしまい,思いの手放しをしていく非思量が大乗仏教であり禅であるように私には思われる,「青空としてのわたし」(山下)「アップデートする仏教」(藤田山下)では,小乗(上座部)から大乗への転換を,瞑想する主体が個我から本来の自己()へ転換する(雲から青空へ,小我からビッグマインドへ)などと称していて,これは核心を衝いている指摘であると思われる,また,上座部仏教では色即是空は認めるが空即是色(形のないものが形として現われているということ)は絶対に認めないといわれる,といったようなことを話し合いました。

次回の今里静座会(プレジデント今里の部)は,1/17()にプレジデント今里で開催いたします(二部構成)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。
    坂本法燈 記

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和歌山木曜静坐会(12月20日)報告

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執筆 : 
関西支部 2018/12/21 12:53
場 所: 和歌山道場。
日時  12月20日 
      18:30~19:15 静坐
      19:15~19:45 懇話
参加  居士、明眼  2人
役位  聖侍:居士、直日:明眼
 
 道場修復後、木曜日としては初めての静坐会でした。道場の整備作務をしたのち、居士と二人で一炷香静座し茶話をして解散しました。修復なったとはいえ、まだまだ雑然とした中での静坐会でしたがご尽力いただいた皆さんに感謝しながら座りました。静座終了後は、来月の摂心やもろもろの話をした後で、居士が私の膝を気遣って「でんでん太鼓体操」というのを教えてくれました。簡単な動きですが体がほぐれて楽になる良い体操です。
   明眼 
 
 
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市民静坐会(12月19日)報告

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執筆 : 
関西支部 2018/12/21 12:08
場 所: 関西道場。
静 坐: 20分×3回、25X1回。
参加者: I氏、N氏、Y氏、H氏、慶雲、以上5名。

直日:Y氏、聖侍:N氏, 助警:H氏

 

○インターネットのブログから予約ありましたIさんが見えられ、5名での静坐会は初心のIさんのために1回の静坐時間を短縮しての静坐を実行した。 Iさんは茨木市にお住まいの現役の会社員であるが定年が近づき、このままで は人生が余りにもはかな過ぎると感じられた剣道マンのお一人である。

○茨木市から道場までは直線距離は大したことはないが、京都廻りの電車利用だと 結構時間がかかりますが、やりかけた以上所期の目的に向かってまっしぐらに突き進んで戴きたいと全員が期待しております。

  慶雲 記

 
禅林世語集(土屋悦堂輯 基中堂刊)より
○定め無き 浮世の中と 知りぬれば 何れも旅の 心地こそすれ。
○定め無き 浮世の夢を 悟らずば 闇のうつつに なおも迷わん。
○薩摩芋 焼けよ埋めよ 灰の中 ひだるい時の 腹をこやせよ。
〇サッパリと 埒を明けたる 世の中に 埒をあけぬは 迷いなりけり。
〇悟り得て 心の闇の 晴れぬれば 慈悲も情も 有明の月。
 


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市民静坐会(12月5日)報告

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執筆 : 
関西支部 2018/12/8 7:08
場 所: 関西道場。
静 坐: 45分×2回。
参加者: 、N氏、H氏真際、慶雲、以上4名。

聖侍:N氏、助警及び直日:真際。

 


 

12月に入っても寒さは厳しくなく、道場での坐禅は気持ち良く、あっと言う間に

 2炷香の静坐が終りました

○先週の市民静坐会で土曜静坐会出席者のために道場のミカンを収穫して保管していましたが、ほとんどそのまま残っており、臘八の摂心会に出席される方達には少ないと思われるが少しでも味わってもらうべく、道場に残しました。

 また、小粒ながら香り豊かな柚子も沢山実をつけております。こちらは年内の静坐会や摂心会の参加者の皆様に行き渡るものと思われます。

   慶雲 記

 
禅林世語集(土屋悦堂輯 基中堂刊)より

○坐禅せば 四条五条の 橋の上往き来の人を 深山木にして。
坐禅せば 四条五条の 橋の上 往き来の人を そのままにして。
○坐禅せば 工夫もなさず 床の上に (ただ)(いたずら)に 居眠りをする。
○坐禅して 工夫もなさず 床の上に 只徒に 夜をあかすかな。
〇坐禅坐禅と いわしゃるけれど 尻の根ぶとが いとうござる。

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