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人間禅 関西道場


関西道場

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関西ブログ - 201802のエントリ

今里静坐会報告(2月22日)

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執筆 : 
関西支部 2018/2/25 21:32
2/22(木)18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,Uさん・Oさん・坂本法燈が出席し,お寺の和尚さんも参加されて,第163回今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。(太田康男さんは初参加)
 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家一宇庵小野円照老師著「禅入門」(賓・主について,臨済の四料揀87~93頁)を輪読しました。
輪読内容は,①茶道に「賓主互換」とか「無賓主」とかいう言葉があり(主とは主人・賓とは客(従)),茶室ではときに主が客となり客が主となって賓主こもごもにしていくから和やかな雰囲気が生まれ和を楽しむことができるのであるが,これに関連して,賓主歴然という則(臨済のもとにいた二人の首座が出会い頭に双方から同時に同じように一喝吐き,これを見た僧達が臨済に賓主(勝ち負け)があるかどうかと聞いたところ,臨済は「賓主歴然」と答えた)がある,②劇でいうなら主役とワキ役の関係であり,名優同士が舞台で演技すれば,そのときその場で主となり従となって,少しのわだかまりもなく,活き活きと組んず転ずやっていくから面白いのであり,例えば会社でいうと,建て前からは上司は部下に対して主となり厳としていなければならないが部下をたてて賓となるべきときもなければならないのである,③自・他の関係につき,あらゆる場合を引っくるめてもらさず示したのが臨済の四料揀(ある時は奪人不奪境・ある時は奪境不奪人・ある時は人境倶奪・ある時は人境倶不奪)の則であり,人とは我で境とは彼をいい,実際に人が日常行っている言行もこのどれかに当たるのであって,この四つの理を悟り悟った上で自由自在に用いねばならぬのである,また,四料揀の中の人境倶奪は禅独特の境地で推理推論によって届くところではない,といったことでした。
そしてこれに関連して,①坐禅を極めていくと自己の仏性に気付き(衆生本来仏なり),自他の畔(境目)も切れて,自他のみならず宇宙も引っくるめてぶっ続きの絶対的な唯一無二の仏性に目覚めるに至るが,同時にこれが現象界に現れると賓主・自他・生死・有無・善悪・是非など実に様々に多様化しているのである,②これを自然界についていうと,(前回の輪読部分で述べた)「一樹の春風兩般有り,南枝は暖に向ひ北枝は寒」であり,春風は一味平等に吹き,大自然には憎い可愛いといった気持ちは全くなく,そのままがありのままで自然の摂理で自然法爾であり,しかも南枝も北枝も各枝がそれぞれの立場で仏として輝いているのであって,この見地からすれば,「賓主歴然」の則も前回輪読部分で出てきた「竪起拳頭」の則も同様に体得することができるのであって,この境涯を養っていけば,自分の心を自分で自由自在に自然に使いこなせるようになっていくであろう(「随所に主となれば立処皆真なり(臨済)」)はこの境涯を云ったものである,③こういった境涯を法理としてまとめて漏らさず表現したものが臨済の四料揀であるが,この中で人境倶奪は全てのものを捨て去って自他共に空に徹するという境涯であり(「趙州無字」の則に通じる),これを深めることによって仏性を悟得することができるに至る,といったようなことを話し合って,解散しました。
 次回の今里静座会(宝厳寺の部)は,3/8(木)に宝厳寺で開催いたします(二部構成)。
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。

      坂本法燈 記
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和歌山木曜静坐会報告(2月22日)

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関西支部 2018/2/23 8:08
日 時 2月22日(木)
     17:00~18:00 作務
     18:30~19:15 静坐
参 加  随心、山本居士、明眼 3人
役 位  聖侍:随心、直日:明眼
 
 寒さが和らぎ始めたのに合わせ草が伸びてきました。良くしたもので夕方の日足も伸び、作務は久しぶりに道場廻りの草引きをしました。その後、随心・山本・明眼の3人で一炷香静坐。
  随心さんが来月の関西道場の合同静坐会に参加される方に、案内状・道順・地図を封筒に入れたものを準備してくれておりました。いつもながらの気配りに頭が下がります。また、工務店さんとの禅子寮改修打合せは、双方の時間がかみ合わず来週に延期となりました。
 茶話の後、3人帰路につきました。
   明眼 拝
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今里木曜静坐会報告(2月15日)

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執筆 : 
関西支部 2018/2/18 18:16
 2/15(木)にプレジデント今里(大阪市東成区大今里西2-17-10プレジデント今里1006号室,で,今里静座会(プレジデント今里の部)が開催されました。その内訳は,(第一部)第162回今里静座会(18:30~20:00)と,(第二部) 第19回「大阪で夜一番遅い座禅会(20:30~22:00)の二部構成になっています。
 第一部は鶴井随心さん・坂本法燈が出席し,第二部はSさん・鶴井随心さん・坂本法燈が出席しました。
第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座りました。
その後,真向法で身体をほぐして疲れを取り,抹茶の茶話会を楽しみました。
第二・第四木曜日に宝厳寺で開催されている今里静座会(宝厳寺の部)とは異なり,輪読は行わない代わりに,座禅は身にて学道する赤肉団(生まみの身体)の学道なり(道元)といわれるように,身心を調えることを大きな目標にしていきたいと思っています。
また,茶話会において,数息観のやり方や疑問,仏教全般へのご質問,日常生活での反省や希望や決意など,さまざまなことについて自由な意見の交換をしていきたいと思っています。S]さんは,前回2/8の今里静座会(宝厳寺の部)に出席予定だったところ,自転車のチェーンが外れて油まみれになって手間取り結局静座会を欠席されましたが,事故とはいえお身体には別状はなくて本当によかったと安堵しているところです(ご本人は意気消沈したと言われていますが,万一Sさんにお怪我でもあると彼女を待っているボランティア先の水泳の生徒達や多くの人々が心から悲しまれることでしょう)。
 次回の今里静座会は,2/22(木) 18:30~20:00に宝厳寺で開催いたします(宝厳寺の部)。(なお,第4木曜日には静座会後に適宜有志による懇親会を開催しています)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
   坂本法燈 記
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和歌山木曜静坐会報告(2月15日)

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執筆 : 
関西支部 2018/2/16 9:33
日 時 2月15日(木)
     17:45~18:30 作務
     18:30~19:15 静坐
参 加  山本居士、明眼 2人
役 位  聖侍:山本居士、直日:明眼

 久しぶりにそんなに寒さを感じない中での静坐会でした。作務の後、山本・明眼の2人で一炷香静坐しました。
  静坐後の茶話は今年寒かったという話から、大雪の北陸の話となりました。北陸には山本居士の親戚がおられ、私も15年勤務をした経験があります。富山から転勤で大阪に戻った最初の年、冬でも太陽が出ていることに感激したのを昨日の事の様に思い出しました。
 今里静坐会に出向かれた鶴井随心さんから連絡があり、工務店さんとの禅子寮改修の最終打ち合わせは2月22日に実施することになりました。
   明眼 記
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今里静坐会報告(2月8日)

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執筆 : 
関西支部 2018/2/10 14:25
 2/8(木)に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,新深江駅,下図一参照)で,今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。内訳は(第一部)第161回今里静座会(宝厳寺の部) (18:30~20:00)と,(第二部)第18回「大阪で夜一番遅い座禅会」(宝厳寺の部) (20:30~22:00)となっており,第一部はSさん・鶴井随心さん・坂本法燈が出席し,お寺の和尚さんも参加され,第二部はTさん・Mさん・鶴井随心さん・坂本法燈が出席しました。
 第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座りました。
その後,第一部は,人間禅師家一宇庵小野円照老師著「禅入門」(把住・放行83~87頁)を輪読しました。 輪読内容は,①「殺人剣・活人剣」という禅語があり,仏性を本体においてとらえれば唯一無二ただ一つでありこれが現象界に現れれば多様化していくことを前提として,殺・活の関係を一・多の関係として,また把住(とらえる)・放行(はなつ)の関係として考えることができる,②無門関に,趙州が一庵主を訪れて“おいでになりますか”と問うと庵主はこぶしをぐっと差し出したので趙州はさっさと出ていったが,趙州が別の庵主を訪れて同じように問うとこの庵主も同様にこぶしを差し出したのを見て,趙州は今度はこの庵主は活殺自在の大宗匠だとうやうやしく礼拝したという則(竪起拳頭)がある,両庵主には全く相異はなく善悪も優劣もないのに,一方を蹴落とし他方を祭り上げている,つまり一方を殺して他方を活かしている,③このことを自然界の事象についていうと,同じ春風の下で一本の樹でも陽当たりのよい枝では花を開き陽かげの枝では固くつぼんでいるように,憎い可愛いといったものは少しもなく無心にしてしかも自然に活・殺を行っている,④また,相手から自分の名前を尋ねられて平然と相手の名前を答えるという慧寂慧然の則がある,といったことでした。 そしてこれに関連して,①全宇宙をとらえて(把住)握りつぶすと一つになりこれは殺であり平等であり色即是空に帰着する,次にとらえたものをはなつ(放行)と元の全宇宙に多様化しこれは活であり差別であり空即是色に帰着する,②竪起拳頭の則の趣旨を詠った私の好きな句が「一樹の春風兩般有り,南枝は暖に向ひ北枝は寒」であり,春風は一味平等に吹いているが,大自然には憎い可愛いといった気持ちは全くなく,そのままが自然の摂理で自然法爾であり,しかも南枝も北枝も各枝がそれぞれの立場で仏として輝いているのである,③仏祖の天上天下唯我独尊・山川草木悉皆成仏という悟りと,上記自然法爾のこの現世(娑婆)とには一見落差があるかのようにも感じられるが,平等と差別・自と他・生と死・有と無・是と非・善と悪・盛と衰などの相対は一枚のコイン(仏性)の表と裏のような仮性のものであり,座禅の修行を重ねて境涯を高めることによって相対を絶してしまえば,この相対界を娑婆即寂光浄土と観照しつつ自由自在の境地を得て菩薩の遊戯三昧の境涯を楽しむことができるようにもなる,といったようなことを話し合いました。
 第二部は総裁老師著「人間形成の禅-その効用・効果について-その15(禅の功徳は求めるものではない(蛇足))29~31頁」を輪読しました。①その文章の中では,修行している学人には,専ら禅学になっている者と,そんなに旧参ではないが隠徳を積んでその日常の言行の行持が篤く他に親切で自然と人から慕われる者とがあり,何処にその相違があるかといえば結局はその修行の原点となっている道心の純・不純と打ち込みの実・不実の違いにあるといってよい,自分一己の得力を求め勢誉に傾斜する者と仏の誓願を純一に護持し行道に打ち込む者との違いといってよい,こればかりは隠すことができない,自らを欺くことができないからである,と述べられていて,まるで自分のことを見透かされているような気がしました。しかしながら,釈迦・弥陀も今に修行中とか申しますように,人は間断なき修行を継続していけば誰でもいつかは仏祖に近づけるものと信じていけばいいものだろうと思います,②禅の功徳は求めるものではないという意味は,ⅰ法理的には衆生本来仏なりであって禅は無功徳であるといわざるを得ない(般若心経でも「無智亦無得以無所得故」といわれる),すなわち,禅は捨てるものであって得るものではないとか,求める心を捨てよとか言われるように,他から得られるものは皆偽物であり,唯々自分の中に向かって本当の自己の正体や生きている真実を見出すことのみに徹して空に徹していけば,自己の本当の姿である自覚覚他覚行円満の仏性に気付くものでありますし,ⅱ功徳を他に求めるということは,自己に不足・不満があることを自認しこれにとらわれるものであり,そのような心境には経験上も仏性があるとは到底いえないのであって,禅は無所得無所悟であると全てを捨て切ったときに初めて自己に仏性を感じることができるに至るものであると思われます,ⅲ私は現在では,人間形成の禅を究めてゆく動機が功徳を求めるということではなく強いていえば道そのものを求めるということであるべきであるという筆者の立場には,「ただ我が身をも心をも放ち忘れて,仏の家に投げ入れて,仏の方より行われて,これにしたがいもてゆくとき,力をも入れず心をも費やさずして,生死を離れ仏となる」という道元の言葉が最も近いものであろうと感じています,といったような話をしました。

 次回の今里静座会(プレジデント今里の部)は,2/15(木) 18:30~20:00にプレジデント今里1006号室で開催いたします。(二部構成。開催場所をお間違えのないようにお願いいたします)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
     坂本法燈 記
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市民静坐会報告(2月7日)

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関西支部 2018/2/9 13:00
場 所:関西道場
静 坐:25分3回。
参加者:Kさん、Yさん、Mさん、坂東、法燈、慶雲    以上6名。
聖侍:坂東、助警:法燈、直日:Yさん

○Y市議が学生一泊座禅会に参加希望の同志社大学経済学部のKさん を連れて来られ、坐り方を一通り指導され、Mさんの隣に坐られました。
京都市左京区に下宿されているので、今後気軽に道場に足を運ぶようお薦めした。
 災害地に泊まり込みで支援活動などに積極的に参加されるという好青年である。直日のYさんは最近の学生たちは20分程度坐ったら音を上げると、25分刻みで静坐されましたが、Kさんは姿勢も正しく、呼吸の仕方も良かったのか45分程度ならきちんと坐れそうである
○外は寒さはかなり厳しい中、1台増えたストーブの有難さで、常連のHさんは珍しく見えられなかったが、全員気持ち良く坐ることができました。
   慶雲 記

禅林世語集(土屋悦堂輯 基中堂刊)より
○口を開けば仏祖にそむく石の地蔵さんは正一位
○口を開けば仏祖にそむく悟らぬ前に火花散る
○国何処(いずこ) 里はいかにと 人問わば本来(ほんらい)無為(むい)の者と答えよ。
○国定忠治 鬼よりこわいにっこり笑って人を斬る 
○雲さけて 月を吐き出す 時鳥 
○雲しきて 峰をかくすや 夏の雨
○雲にただ 今宵の月をまかせて厭うとしても晴れぬもの故
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土曜静坐会報告(2月3日)

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関西支部 2018/2/5 20:49
場 所 :関西禅道場。
静 座 : 45分2回、
参加者 :Nさん、KIさん、KSさん、KKさん、
Mさん、Aさん、泰仁、法燈、雷石、慶雲。以上10名。
聖侍:KKさん、助磬:法燈、直日:泰仁・雷石。

○寒い中、早々に泰仁さんが同じ勤め先の新人、Nさんを連れて来られ、一通り坐禅の仕方を丁寧に指導され、早速 静坐の列に加わって戴きました。栃木県からの単身赴任中であり、赴任期間中は当道場を大いに活用して頂ければ何よりと思います。
またKSさんから首振りタイプのストーブの御寄贈を受け、早速使わせて戴きました。
○今回、参加者が10名となり、ストーブも増えてより快適で、静坐会らしい90分を満喫した。
2018/2/5
福原慶雲 記

「禅林世語集」(京都其中堂発行)より
○草も木も生老病死の四つの苦を受くる春夏秋冬の色
○草も木も皆大君の国なれば何処か鬼の住家ならまし
○草も木も めでたそうなり 今朝の春
○口あいて 腸(はらわた)見(み)する あけびかな
○口というこわい主人がある故に朝から晩までさても忙しい
○口はなけれど深山の草木花を咲かせて人を呼ぶ
○口故に父は長良の人柱きじも鳴かずば撃たれはすまじ
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和歌山木曜静坐会報告(2月1日)

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関西支部 2018/2/2 9:12
日 時 2月1日(木)
     17:00~18:00 作務
     18:30~19:15 静坐
参 加  随心、山本居士、明眼 3人
役 位  聖侍:随心、直日:明眼

 氷雨の降る中での静坐会でした。作務の後、随心・山本・明眼の3人で一炷香静坐しました。
  随心さんが日曜静坐会で配布された「『むもん法話集』を拝読して」思いやりのある人間になれという内容のというレジメをお配りになられ、静坐後の茶話は山田無紋老師の話題となりました。また、ラフター(笑い)ヨガとの共催行事「第6回座禅・ラフターヨガ体験会in和歌山武道館」が3月11日に開催されます。この催しは日曜静坐会の参加者の方の協力を得て継続して開催されています。
 何にしても寒いので体調を崩さない様にと話しながら、3人帰路につきました。
   明眼 拝
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市民静坐会報告(1月31日)

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関西支部 2018/2/2 9:06
場 所:関西道場
静 坐:45分2回。
参加者:Hさん、絶学、真際、慶雲      以上4名。
聖侍:細野、助警:慶雲、直日:真際

○相変わらず寒い中、定時10分前に静坐開始した。定時の2時頃に絶学さんが 元気な姿を出して参加されました。1倍多忙な絶学さんは、静坐もさることながら道場の内外の整備作務に精を出されています。坐禅でもやろうかなと思って道場を覘きに来られる人の為に、外回りの境内の庭作りに精を出され、お一人で昨日も足を運ばれ、踏み石の調達や設置作務に取かかられておられたようです。
○当道場も落慶以来33年の月日を重ね、道場内外も経時変化しており、良く言えば多少坐禅道場らしくなり、悪く言えば道場のあちこちの傷み具合も進んでおり、若手とは云えない泰仁さん・絶学さん・明眼さんのお三人の活躍が無くてはならなくなっております。
○当静坐会の常連のHさん・真際さんの存在も誰の眼にも大きくなり、関西支部活動たる市民静坐会を支えて頂いております。
2018/2/1 慶雲 記

禅林世語集(土屋悦堂輯 基中堂刊)より

○草刈りて 足で踏み込む こやしかな
○草枯れて 牛と仰向く 時雨かな
○草木すら 佛となると聞くからは心ある身のたのもしき哉
○草の庵 何(なに)咎(とが)むらむ茅(ち)萱(がや)ばし惜しむにあらず花をも枝も。(良寛和尚)
○草花の 実のあるまでの 手柄かな
○草枕夜毎に変わるやどりにも結ぶは同じ古里の夢。(良寛和尚)
○草むらに酒があるかやチンチロリン徳利ときけば鈴虫の声
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