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人間禅 関西道場


関西道場

京都府八幡市橋本東原28
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関西ブログ - 201801のエントリ

本日、和歌山大学の清稟座禅会に行ってきました。今日の参加は学生がおらず、主催者の腹巻さんと常連のご近所の男性と私の、オジサン三人でした。いずこも同じ少子高齢化です。寒気が緩み雨音のする中で一炷香座って帰って参りました。
 二日後に始まる和歌山摂心になんとか持っていけぬものかと、庭の梅の蕾をメールを打ちながらにらんでおります。

  明眼 拝
 

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土曜静坐会報告(1月13日)

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関西支部 2018/1/14 18:54
場 所 :関西禅道場
静 坐 :45分2回
参加者 :KTさん、KIさん、KKさん、Mさん、泰仁、法燈、慶雲  以上7名
聖侍:村山、助警:法燈、直日:泰仁

○今年初めの土曜静坐会は相変わらず寒さ厳しい中、7名が集まった。
○「正しく・楽しく・仲の良い」土曜静坐会ではあったが、集まった人数がもう少し多いと熱気も増し、一番の寒さ対策になるのに・・・とつい思ってしまいます。
厳寒期こそ一人でも多くの参加者の熱気をこの堂内に満ち溢れる静坐会にさせるよう、先ず自分から静坐会にだけは足を運ぶよう心掛けたいと思います。
2018/1月14日
福原慶雲 記

「禅林世語集」(京都其中堂発行)より
○君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る。(紀友則)
○君の心を鏡となして私が心をうつしたい
○君を思えば照る日も曇る晴れた月夜も闇となる
○君を待つとわが恋い居れば我が宿のすだれ動かし秋の風吹く(万葉集額田王)
○金銀は慈悲と情と義理と恥身の一代に使う為なり(一休和尚)
○金銀は世の宝なり貯えて人の為にもなすぞ尊き
○金の玉 きずも曇(くも)りも なかりけり
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今里静坐会報告(1月11日)

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関西支部 2018/1/14 8:01
先日1/11(木)に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,新深江駅,下図参照)で,(第一部)第158回今里静座会(18:30~20:00)と,(第二部)第16回「大阪で夜一番遅い座禅会」(20:30~22:00)が開催されました。第一部はMさん・坂本法燈が出席し,お寺の和尚さんも参加されました。第二部はTさん・Sさん・坂本法燈が出席しました。
 第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座りました。その後,第一部は,人間禅師家一宇庵小野円照老師著「禅入門」(自他の同一性74~78頁)を輪読しました。輪読内容は,①人間関係を考えると自・他(私と汝,我と彼)の問題が必ず出てくるが,自・他を判然と分けながらしかも自・他の同一性を認得していくのが禅の悟りである,②昔岡山曹源寺で儀山和尚が,小僧(後の滴水和尚)が桶の底に僅かばかり残った水を何気なく庭に捨てたのを見て烈火の如く怒り,「一滴の水にも水の生命がある,この生命を生かして用いなければならない」と諭したという逸話があるが,これは一滴の水にも一本の木にも自分と同一の仏性があることを悟れば粗末にはできないとの趣旨である,③このように自・他に同一性を認めれば自・他は不二・一如である,不二とは二つであってしかも別個のものではない,一如とは一つであってしかも同じものでないという意味であり,禅の修行はこの理を悟り不二・一如の境涯を養うものである,④剣道の直心影流の法定に「長短一味」の型があるが,これは剣における長短の差を判然とさしておいてしかも一味と見て体をこなし剣を用いるのである,といったことでした。そしてこれに関連して,①前回の輪読では,仏教は平等即差別・差別即平等を説いており,これが仏教全体を通じ基本的な法理とされていて,般若心経の空即是色・色即是空に対応するということであったが,自・他の同一性の問題もこれと同様であって,自・他を判然と分けながらしかも自・他の同一性を認得していくのが禅の悟りということとなる,②法定の型においても,短剣を持って長剣に立ち向かうとき長短の差にこだわって,相手の長剣に心を奪われても自分の短剣に心を留めていても自由な働きができなくなるが,他方長剣と短剣の差を無視すれば不合理になり短剣で長剣を制することは無理になるのであって,自・他の差別を前提としながらこれに全く拘らずとらわれない自由自在な働きができることが肝要であり,この境涯を「随所に主となれば立処皆真なり」(臨済)などとも云われる,③お寺の和尚さんが,私は以前悟りとは何ですかと聞かれたときに,自・他が不二・一如であることだと答えたと仰ったが,私も全く同感であり,「仏教の根本は自己は一切とぶっつづきの生命を生きていることを信じそれゆえこの一切とぶっつづきの生命を今ここにおいて発現すべく修行するという以外ない」(内山興正)との言葉を思い出す,といったようなことを話し合いました。
 第二部は総裁老師著「人間形成の禅-その効用・効果について-その14(禅の功徳は無限大)27~28頁」を輪読し,①著名な澤木興道老師のような方が「坐禅してもなんにもならん!」と云っても,人々は逆にいやあの偉い何十年も修行を続けておられる老師がそういわれるのはきっと本当は大功徳があるからだろうと思ってくれるかもしれませんが,私たちのような凡人が同じことを云うと言葉通りにとられて誰も坐禅の修行などしなくなってしまうと思われます,②法理的には衆生本来仏なりであって禅は無功徳であるといわざるを得ないが,現実社会においては衆生は水の中にいて喝を叫んでいる状態にあるわけですから,禅の功徳が必要とされていますし,③禅は学問ではなく最初から最後まで行を伴う実践で三昧を身に付けていくべきもので,学問・効能書きの世界では禅は無功徳であっても,自らが人間形成の禅を継続実践し三昧が身に付き人間形成の境涯が進んでいくと,禅の功徳が絶大であることが自分自身で納得でき実生活の中で禅の効用効果を遺憾なく発現できるようになっていくものである,といったような話をしました。
 次回の今里静座会(プレジデント今里の部)は,1/18(木) 18:30~20:00にプレジデント今里1006号室で開催いたします。(二部構成。開催場所をお間違えのないようにお願いいたします)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。
                                      坂本法燈 拝
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和歌山木曜静坐会報告(1月11日)

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関西支部 2018/1/12 9:46
日 時 1月11日(木)
     17:00~18:00 作務
     18:30~19:15 静坐
     19:15~19:30 改修工事見積受領
     参 加  随心、圭堂、山本居士、明眼 4人
役 位  聖侍:随心 助警:圭堂、直日:明眼

 今年初めての和歌山木曜静坐会は、外で小雪がちらつく中での開催となりました。外階段の水洗い・枯れたススキの刈り取り・枕カバーの洗濯等の作務を実施。一炷香静坐後、朝松工務店さんより女子寮改修工事の見積もりを受領、お茶を一杯飲んで解散しました。(作務中に大家さんの窓誉寺和尚様が今年の暦をお届け下さいました。)
                  明眼 拝
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市民静坐会報告(1月10日)

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関西支部 2018/1/11 12:08
日 時 :1/10 (水) 14:00~16:00 
場 所 :関西坐禅道場
静 座 :90分 45分2回
参加者 :Hさん、真際、慶雲。
聖侍:Hさん、助警:慶雲、直日:真際

〇市民静坐会新年1回目は、常連のHさん、真際さんがが見えられ、3人でのスタートとなりました。みんな若くはないが、そもそもこの静坐会は、壮年部の定例行事として発足したものであり、ウイークデイの日中のゴールデンタイムに実行する頗る贅沢な静坐会である。若い人でも、近間に勤務地のある人が寸暇を見つけて坐りに立ち寄られる人も大歓迎で受け入れており、若いバリバリのお勤め人も今まで結構利用されてきました。
一時足しげく参加された方も、思いついた時がチャンスです。45分だけでも何分でもお立ち寄りくださいませ。
2018/1/10
慶雲記

禅林世語集(土屋悦堂編・京都基中堂発行)
○元日や お祭り後の 藁(わら)人形
○元日や 家内ながらも 客言葉
○元旦や 太郎おさんの 宮参り
○元旦や 又うかうかの 初め哉
○元旦や 楊貴妃様の 厠(かわや)入り
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