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人間禅 関西道場


関西道場

京都府八幡市橋本東原28
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(慶雲)

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関西ブログ - 最新エントリー

土曜静座会報告(9月14日)

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関西支部 2019/9/10 15:56
日時: 2019年9月14日(土)19:00-20:30
場所: 関西禅道場(京阪橋本駅下車 徒歩15分)
出席: 竜門、M居士、K居士、明眼 4人
役位: 聖侍 M居士、  直日 明眼

 竜門さんが6時半ごろに来られて、仕事があるので30分だけ座らせてほしいと7時まで座って帰られました。9月14日の摂心にも夜・朝の時間になるが何とか参加するとの事です。当番制で土曜静坐会が運営出来ていてよかったと思いました。
 5月に作った新しい花壇(イチジク前)に植えた百日草がよく咲いています。来週からの摂心に使います。一方、草に負けて放棄した古い花壇は2年で見事に「萩壺」になってしまいました。こちらもきれいです。

「喫茶去」の軸を掛け二階の摂心準備を終えたのち、7時より30分×2炷香静坐。その後、Mさんと二人で、しばらく静坐の方法についての話をしてから道場を後にしました。

  

なお、摂心日程の関係で次回の土曜静坐会は10月5(土)の開催です。

10月5日(土)は、朝10:00より開催します。 (朝の方が出席しやすい方もあろうと、10月から第一土曜は朝に静座会を開催することになりました。)


10:00~     静坐(30分1炷香)

10:40頃~   講話  「小川忠太郎先生述『剣と禅』を読む」(←詳細クリック) と題して私が「『剣と禅』を読みながら感想を申し述べてまいります。

私は全く大したことはありませんが、小川先生のは本当に大した方で本もまた素晴らしい本です。是非、ご参加ください。


田倉明眼 拝

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土曜静坐(座禅)会報告(8月24日)

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関西支部 2019/8/28 11:32
8月24日(土)

19:00~19:45 座禅

20:00~21:00 講話「『むもん法話集』を拝読して(2)」 鶴井随心

21:00~      懇親会
場所 関西道場
出席 慈眼さん・寿典さん・Tさん・Nさん、法燈・礌石・慶雲・随心・絶学・

泰仁・明眼・K居士  12名
 

静坐後、随心さんから,「むもん法話集を拝読して(2)」と題して,実に深くそして心温まるご講話をいただきました。人作り,和敬静寂,常不軽菩薩,盤珪禅師,不生禅,昭和天皇,説似一物即不中,千利休など,さまざまな話題を題材として,禅の極め尽くすことのできない,奥深い世界を垣間見ることができました


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今里静坐(座禅)報告(8月22日)

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関西支部 2019/8/26 9:55
8/22()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,Sさん・TFさん・TRさん・耕隠さん・Y居士さん・随心さん・坂本法燈が出席し,お寺の和尚さんも出席されて,第214今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。
 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(静坐の姿勢31~37)を輪読しました。

輪読内容は,坐禅とは,静坐して禅定三昧を行ずることである。坐禅儀と普観坐禅儀(道元)によれば,飲食・睡眠とを適度にとって心身を爽快にし,気力と体力とを旺盛にし,坐物・坐具を用いて,静閑清浄な環境で坐るのが原則であり,結跏趺坐を基本とし(半跏趺坐や日本坐は便法とし),手は法界定印を結び,真直ぐに上体を支えて,耳と肩と対し,鼻と臍と対し,目は半眼に開いて直前の1~1.2m前方に落とすのであるが,不自然なゆがんだ坐相では,いたずらに疲労が多く長続きしない上に,坐禅の目標である禅定三昧に入ることはおぼつかず,坐相は坐禅の基本である,といった内容でした。

これに関連して,上記のような坐り方(坐相)は,身体中の力を抜き,不自然な力を身体や心のどこにも加えず,最も自然でしかも宇宙の法則にかなった,即ち悠久の宇宙と一体となるのに最も適合した,自ずからなる姿勢であるということができる。背骨を直立することが静坐の基本であるところ,耳と肩とが相対し鼻と臍とが相対することは,坐禅中の意識センサーであり,体幹の前後方向と左右方向の傾きを防止するためのものであるが,独りよがりにならないように,時には先輩に見てもらったり,独りのときには鏡の前で坐禅し修正して正しい坐相を身につけるのがよい。特に曹洞宗では,仏道とは坐相が仏・悲思料・無念無想であるということを信ずるものであるとか,坐禅するとは生き生きと覚めて骨組みと筋肉で正しい坐相を狙いその姿勢に全てをまかせきってゆくことである(坐禅の目的は坐ることである)などともいわれているところであり,坐相とは只管打坐そのものであるように思われる。古来から「欠気一息」の重要性が説かれているところ(普観坐禅儀や磨甎庵老師(38)・大森曹玄・秋月など),この欠気一息とは,調身・調息・調心の内の調息の段階で,数回の腹式深呼吸(丹田呼吸)を意識的に行うと非常に大きな効果を得ることができるとするものです。下腹部を収縮した力で胸腹部を空っぽにするつもりで、不浄になった空気を、ゆっくりと静かに細く長く綿々と、30秒以上ほどかけて吐いて吐いて吐き尽くしますが,そのとき同時に,心中の全ての雑念や怨念・喜び・悲しみ更には邪気・濁気・煩悩妄想や今まで私達が積み上げてきた諸悪業に至るまで、ありとあらゆるものを吐いて吐いて吐き尽くして、心中も完全に空にします。実際にやってみると分かりますが,このたった一息で、今までの環境と途端に完全に絶縁したような心境になりますから、本当に不思議であり,吐き尽くしたら、下腹の緊張を緩めると、外界の大気の圧力で鼻から自然に空気が入ってくる,といったようなことを話し合いました。

その後,有志で近所の居酒屋に赴き,懇親会を開催しました。日頃の悩み,疑問から,安楽死の問題まで,さまざまな話を交わしました。

次回の今里静座会(宝厳寺の部)は,9/5()に宝厳寺で開催いたします(二部構成)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。
    法燈 拝
 

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土曜静坐会報告(8月17日)

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関西支部 2019/8/18 20:18
日時 2019年8月17日(土)19:00-21:00
場所 関西禅道場(京阪橋本駅下車 徒歩15分)
内容 座禅/「参禅とは何か【その三】」/茶話会
参加者 法燈居士、K居士、智常 3名

台風一過、会歌の立看板が水にぬれており、ラミネート加工しているにも
関わらず、中に染み込んでいる様子。

今回の土曜静坐会は智常の担当でしたので、一炷香(30分)の静座の後、
智常から「参禅とは何か(その三)」として40分程度お話しさせていただいた。
その後、20分ほど静坐し、座談会とした。

3人だけではあったが、味わい深いひと時であった。
   智常 記

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今里静座会(8月8日)報告

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関西支部 2019/8/13 9:44

8/8()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。その内訳は,(第一部)213回今里静座会(18:30~20:00)と,(第二部)50回「大阪で夜一番遅い座禅会(20:30~22:00)の二部構成です。

 第一部は耕隠さん・随心さん・法燈が出席して,第二部はSさん・耕隠さん・随心さん・法燈が出席して開催されました。

第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,30分の座禅をそれぞれ2回座りました。

 その後,第一部は,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(禅と仏教26~29)を輪読しました。輪読内容は,仏教では古来,戒・定・慧の三学といわれ,宗教生活の規範である戒律・坐禅して三昧に入る禅定・事物の真相をあきらめる智慧の三者は、仏教を支える三本の柱、仏道を成ずる三つの必須要件だとされているが、戒律は禅定を支える土台であり、智慧は禅定のおのずからな結果であるといっておそらく不当ではなく、禅定三昧こそは釈迦の悟り・仏教の母胎だと断じてよい。(釈迦の悟りをわがものとし釈迦の真精神に生きようとする)禅は、釈迦と同じく坐禅して禅定三昧に入り、その三昧の力によって釈迦と同じ悟りを開き、その悟りに即してこの人生を生きることを教える教えであると、一応定義してよい。釈迦の死後遺弟らによって経典が結集され仏教教学が展開されたが、華厳経・阿含経・般若経・法華経・涅槃経などもみな、禅定から生まれた智慧の表現にすぎず、釈迦の開いた悟りそのものは絶対界の消息で、言語道断で解き明かすことのできないものであり、自ら禅定三昧に入って実地に体得する以外にないものである。釈迦は、衆生済度の方便として第二義に下って、もともと相対的な文字言句を駆使して、自らの悟りを説いたものが、華厳経以下の諸経典である。特定の経典によらずに禅定三昧に入り、上記の禅の源流ともいうべき運動は釈迦の入滅後間もないころからすでに起こり、根強く展開され、五世紀末その成果を一身に体現して登場したのが菩提達磨であり、彼によって従来の禅定本位の仏教は、教外別伝不立文字を金看板とし、直指人心見性成仏をスローガンとする独立の禅宗として、仏教界に堂々たる地歩をしめるようになった、といったようなことでした。
 そしてこれに関連して、禅とは、禅定三昧の力によって、釈迦の悟りを追体験しようとするものである。禅は、文字に絶対の権威を置かず、禅定三昧の力によって釈迦と同じ悟りを開き、大乗経典の根底を貫く仏教の神髄を体得しようとするものであるから、深く禅の修行をしておくと、仏教の神髄に迫ることができ、諸経典の甚深微妙な玄旨は手に取るように、容易に一々納得されるに至るものである。私は最近法華経を輪読しているが、公案修行を経ているためであるのか、法典の精神・玄旨・言葉のあやなども非常に分かりやすいように感じている。教外別伝不立文字とは、文字に絶対的な権威を措定せず、禅定三昧から流出してくるもの以外は、本物ではないとする立場であり、直指人心見性成仏とは、自己の本心本性をこれだと指して見ることができれば、真箇の自己を発見でき成仏することができるとする趣旨であり、このような禅宗は仏心宗とも呼ばれる、といったようなことを話し合いました。

 第二部は、人間禅名誉総裁老師著「坐禅の効用-後期の数息観150156頁」を,輪読しました。数息観評点(別添)80点以上(1から10までを一念不生で5回連続達成)になると、数息観中期ではあるが、数息観の上級に入っていくことができるとする筆者の立場は、後進の我々にとって大変に参考になる経験談である、といったようなことを話し合いました。

      坂本法燈 記

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土曜静座会(8月10日)報告

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関西支部 2019/8/11 14:55
日時: 2019年8月10日(土)19:00-20:30
場所: 関西禅道場(京阪橋本駅下車 徒歩15分)
出席: Sさん、法燈、慶雲、絶学、泰仁、M居士、K居士、明眼 8人
役位: 聖侍 M居士、 助警 法燈、 直日 明眼

 道場のある八幡市は最高気温が37℃まで上がる暑い日でした。初参加のSさんは道場の近くの方で、不眠症にお困りになっての来場でした。絶学居士より専門医の診断をお勧めしたのち静坐会を始めました。

初参加の方がおられたので15分・15分・20分・30分と4度に分けて静坐。その後暫時懇話会を行い午後9時過ぎに解散しました。懇話会では、坂本法燈支部長が神戸禅会の摂心に行かれた時、初参加の2人の参加者が熱心に取り組まれていた様子などを話されました。

  田倉明眼 記

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今里静座会(7月25日)報告

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関西支部 2019/7/29 9:29

7/25()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,耕隠さん・坂本法燈が出席して,第212今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。

 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(自力救済の道22~25)を輪読しました。

輪読内容は,仏教で古来より説かれる,八正道や六波羅蜜の中で最も基本的なものが正定・禅定であることは,釈迦の成道の経緯をみれば明らかである。釈迦は,出家した後,まず,バラモン教学によって哲学的思索の積み上げにより学問的・知識的に無限絶対なものを把握しようとつとめたが,求める我と求められる真理との対立を前提としている哲学的な思索(相対的知識)を積み重ねても,無限絶対なものに届かぬことは理の当然であり,これを断念した。次いで,難行苦行により,一切の欲望を断じつくして,無限絶対の世界に入ろうと努力したが,生身の人間である以上,生物としての本能・欲望は断じつくせるものでもなく,これも断念した。最後に釈迦が実践したのが,禅定三昧を行ずる道であり,相対の世界に生きるわれわれ人間が,自力で対立を絶した絶対的なものをつかむには,一切の差別・相対の未だ分れない以前の世界・主観と客観未分以前の世界に立ちかえる,つまり,絶対そのものと不二一如となる以外に術はなく,そのために坐禅による内観静慮の法以外には道はないと決断して,菩提樹下で坐禅の行を続け,ついに禅定力が熟し,前後截断・主客未分以前の世界に入り込み,12/8朝明けの明星を一見した機にふれて忽然と正覚を成じ,無限絶対なものを,この五尺の肉体をそなえた生きた自己に即して証悟した,といった内容でした。

これに関連して,釈迦の開語の話は,実に感動的な物語であり,(著者が述べるように)有限相対な人間がそのまま無限絶対のものたりうること,また禅定三昧の行がそのための唯一のしかも確実な手段であることを,自らの実践によって証明したもので,空前絶後の大発見であった。良心的に実践しているかとの反省の結果,一遍は誰でも自己嫌悪に陥るものであり,逃避することさえ許されないこの深刻な血みどろの悩み・苦しみを救済するのは宗教以外にはなく,宗教の救いは実にそこにあるといわれる。かくて,大乗仏教徒は自己を否定し尽くした上で自己を肯定し,安らかな信仰に住して,いやが上にも自らを清うしながら感謝の日々を送っており,確固たる信念の下に,いよいよ正念の工夫を試みながら,日々是好日の人生を味わって居る。娑婆即寂光浄土とか,煩悩即菩提とかいうことは,理の上において大乗禅の基盤をなしているばかりでなく,到り得帰り来たってみれば事の上においても亦然りで,娑婆を離れて浄土を求むる必要もなく,煩悩を棄てて菩提と入れ換える必要もない,離れたり棄てたりしてはいけません,否離れることも棄てることもできません,そのままで宜しいそれだけのこっちゃ,これが大悟徹底した見性了々底の境涯というものである,というのが耕雲庵老大師の説くところ(人間形成と禅)である,といったようなことを話し合いました。

その後,有志で近所の居酒屋に赴き,懇親会を開催しました。動中の工夫の重要性,「無字」の公案には雑則があることや,ビッグバンと宇宙の成り立ちなどについて,さまざまな話を交わしました。

次回の今里静座会(宝厳寺の部)は,8/8()に宝厳寺で開催いたします(二部構成)

 奮ってのご参加をお待ちしています。

 よろしくお願いいたします。

                                  坂本法燈 拝


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土曜静座会(7月20日)報告

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関西支部 2019/7/22 7:54
日時 2019年7月20日(土)19:00-21:00
場所 関西禅道場(京阪橋本駅下車 徒歩15分)
内容 座禅/「参禅とは何か【その二】」/茶話会

参加者 法燈居士、M居士、K居士、T禅子、T居士、M居士、智常 7名

暑い日であったので、クーラーをつけさせていただいた。
堂内は広いが、驚くほど、充分に効果があり、快適に坐禅ができた。

Tさんは泰仁さんのお知り合い。MさんはTさんのお知り合い。
両名ともお若い方。

今回の土曜静坐会は智常の担当でしたので、一炷香の静座の後、
智常から「参禅とは何か(その二)」としてに30分お話しさせていただいた。
その後、30分ほど静坐し、座談会とした。

小生の講話に対してもいくつか質問やコメントなどがあり、
坐禅および参禅の特徴や素晴らしさが少しは伝わったかと思う。

合掌 世古智常
 

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今里静座会(7月18日)報告

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関西支部 2019/7/20 21:15

7/18()にプレジデント今里(大阪市東成区大今里西2-17-10プレジデント今里1006号室,千日前線今里駅,下図二参照)で,第211今里静座会(プレジデント今里の部)(18:30~20:00)が開催され,Tさん・随心さん・法燈が出席しました。

最初に般若心経を唱え,座禅を座りました。その後,真向法などで身体をほぐしました。

 今里静座会(プレジデント今里の部,第3木曜日)では,宝厳寺で開催されている今里静座会(宝厳寺の部,第24木曜日)とは異なり,輪読は行わない代わりに,座禅は身にて学道する赤肉団(生まみの身体)の学道なり(道元)といわれるように,調身・調息・調心を通じた数息三昧を大きな目標にして行きたいと思っています。また,懇話会において,数息観・仏教の修行の仕方や疑問,日常生活での問題点や要望など,さまざまなことについて自由な意見の交換をしていきたいと思っています。
 この日は,坐禅修行の在り方などについて,色々とお話をしました。

 次回の今里静座会は,7/25()18:30~20:00に宝厳寺で開催いたします(宝厳寺の部・一部構成)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。

      坂本法燈 拝
 


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今里静坐会報告(7月11日)

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関西支部 2019/7/16 14:22

7/11()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。その内訳は,(第一部)210回今里静座会(18:30~20:00)と,(第二部)49回「大阪で夜一番遅い座禅会(20:30~22:00)の二部構成です。

 第一部Tさん・耕隠さん・Oさん・坂本法燈が出席し,お寺の和尚さんも参加されて,第二部はMさん・耕隠さん・坂本法燈が出席して開催されました。(Mさんは初参加)

第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,座禅をそれぞれ座りました。

 その後,第一部は,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(救済の二門19~21)を輪読しました。輪読内容は,大乗仏教は自力聖道門と他力易行門の二つの救済の門を開いている,他力易行門の教え(法然の浄土宗・親鸞の浄土真宗)とは,人間の相対性と有限性,不完全さと醜さ,総じて罪業の深さを痛烈に反省し,自己に絶望しきっている人々のために開かれた救いの門であり,一切の人間の救済を本領とする阿弥陀如来を本尊に立て,その大慈大悲によって人間は因果の鉄鎖から解放され,その善根と悪行とにかかわりなく,等しく極楽に安らかな座席を保証されている,だからただひたすらに,自己のはからいを捨てて阿弥陀如来にすがりきり,南無阿弥陀仏と唱名念仏すればそれでよいと説くのが,他力易行の浄土の法門の骨子である。これに反して,禅宗を典型とする自力聖道門の教え(その他天台宗・真言宗・法相宗・華厳宗)は,人間が自ら善根功徳を積み智慧を磨くこと,即ち自らの力によって仏に成れ,無限絶対の世界に入り得ると説くものであり,とりわけ禅宗は,絶対者を自己の外に別に立てることなく,この有限相対な自己を離れずそれに即して無限絶対なものを見出し,自己即仏であることを実地の行を通じて証悟する教えである,といったようなことでした。

 そしてこれに関連して,自力聖道門は一遍上人の唱うれば仏も我もなかりけり南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏”(念仏三昧)で代表され,他力易行門は天上天下唯我独尊”(見性成仏)によって表現されているところ,この両句を比較玩味してみれば,いずれも,我を極小まで殺し尽くすことがそのまま我を極大まで育成することになっており(これが大乗仏教の真精神である),畢竟絶対他力と絶対自力は相い一致していることが判るといわれている(耕雲庵老大師)このことは,自力聖道門の禅宗において「大死一番絶後に再蘇す」ることが最重要視されるだけでなく,他力易行門においても「自己のはからいを捨てる」ことが強く要求されることからも,明らかであるし,禅宗の大家である鈴木大拙も,「絶対の他力これを宗教という,自分のはからいをもたずに神の前に自分を絶対的に没入させること,そういうところに本当の宗教的なものがある」と述べているし,山田無文も「禅門の信心も他力の信心も理において畢竟一つであらねばならんなぜなら信心とは凡仏一如自他不二の絶対の境地だから」と述べるところである,といったようなことを話し合いました。

 第二部は、人間禅名誉総裁老師著「坐禅の効用-後期の数息観146150頁」を,輪読しました。後期の数息観の域に達してこそよくぞ人間に生まれたものであると人生の本当の意義を味わい得るという言葉が,心に深く沁みわたるが,そのためにも,一日一炷香の重要性を再認識させられるところであります。

 

 次回の今里静座会(プレジデント今里の部)(部構成に変更された)は,7/18()18:30~20:00に,プレジデント今里で開催いたします。

 奮ってのご参加をお待ちしています。

 よろしくお願いいたします。

    坂本法燈 拝
 


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