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関西道場

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関西ブログ - 今里静座会報告(11月7日)

今里静座会報告(11月7日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2019/11/11 10:06

11/7()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。その内訳は,(第一部)220回今里静座会(18:30~20:00)と,(第二部)53回「大阪で夜一番遅い座禅会(20:30~22:00)の二部構成です。

 第一・二部ともに、Mさん・坂本法燈が出席して開催されました。

第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,30分の座禅をそれぞれ2回座りました。

 その後,第一部は,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(信のおける師家63~67)を輪読しました。輪読内容は,師家を選ぶに当たって最も重要でかつ比較的にわかりやすい基準は、その師家がどの法系に属し、誰の法を嗣いだか、さらにその嗣法が確実かどうかを調べてみることである、正統の法系に属し嗣法が確実であれば、その師家は師家としてまず信をおいてよいであろう。禅では古来、伝法・嗣法ということを極度に重視し神聖視していて、弟子の中から嗣法にたえる人物をたたき出し、これに法を嗣がせ禅の法脈を絶やさないことは、師家たるものが命がけで果たすべき最大の使命・責任とされている。弟子の道眼が明白に道力が絶大になり、よく正念が一貫相続し、その悟りの境涯が師匠のそれと近いまでに円熟し高まってきて、その結果期せずして師匠の肚がわが肚となり、師匠の誓願である正法の護持とその弘宣流布とが何ものにも優先するという心構えが勃然ともえあがってくると、師匠は弟子の境涯の円熟したのを確かめて証明を与え、さらに熱意・実行力・徳望・学識・健康など諸他の条件をも勘案し禅の師匠たるにあたいすると判定してはじめて、師家として世に立つことを印可するのである。もしもこういう師家があるなら、その師家が僧侶であるか在家の居士であるとにかかわりなく、しばらくその主宰する摂心会に参加し、提唱や法話を聴聞しその風格にも接してみて、その師家に絶対の信をおけるとの確信ができ、かつ自らに猛烈不退の求道心があるならば、入門を願い出ればよい、といったようなことでした。

 そしてこれに関連して、人間禅に関していうと、鎌倉円覚寺管長今北洪川・同管長釈宗演・釈宗活(宗演の勧めで洪川の始めた両忘会を再興)と続いた法脈が、在家の立田英山耕雲庵老大師に伝法(歴史上初めて在家の居士身のままで嗣法)されて、老大師が昭和24年に人間禅を発足させた(山岡鉄舟や中江兆民らが結成し洪川が始めた両忘会の後身に当たる)今北洪川が山岡鉄舟に宛てた手紙が残っており、鉄舟(江戸城無血開城に活躍し明治天皇の侍従となるなど明治の剣道・禅の大家)が侍従職などを辞して出家し僧になる決意であることを聞いた洪川(自らは出家し本格修行するために妻子を離縁せざるを得なかった)が、鉄舟は昔中国で禅修行しながら国の大臣を辞めなかった著名な顔真卿・富・范などのように、在家のまま明治政府の要職で活躍すべきであるとして、出家を強く止める手紙を書いている(鉄舟は出家しなかった)。このような経過を経て、歴史的に見て、在家が在家に嗣法伝法するという前代未聞の僧伽が上記のように誕生したのである。新到者には、オウム真理教などのカルト教団との区別はつきにくいので、たしかに、仏祖の慧明を嗣いでいる嗣法者なら間違いはないといえるだろうし、形式的ではあるけれどもそれが現実的で次善の選択であると思われる、といったようなことを話し合いました。

 第二部は、人間禅名誉総裁老師著「坐禅の効用-後期の数息観168173頁」を,輪読しました。禅修行において、公案参究によって道眼を開き、数息観の行取によって道力を付けることは、車の両輪であり、両者相まって人間形成が完成すると言われている。三昧力の深化によって初めて公案がしっかりと見えてくるし、道眼が本当に開かれる。逆に、三昧を深めるだけの只管打坐では、公案に込められた祖師方の崇高な香り高い境涯を我が物にすることは極めて難しい。古則公案は生き物であり生ものであり、師家と学人の間の生きた商量で仏祖の境涯をその場に蘇らせることができるかどうかが問題であり、そのためには上級数息観三昧が必要である、といったようなことを話し合いました。


 次回の今里静座会(プレジデント今里の部)は,11/14()18:30~20:00に,プレジデント今里で開催いたします(一部構成)

 奮ってのご参加をお待ちしています。

 よろしくお願いいたします。

     坂本法燈 記

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