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関西ブログ - 今里静坐会報告(10月26日)

今里静坐会報告(10月26日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2017/10/27 18:38
 10/26(木)18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,新深江駅,下図参照)で,Tさん・Sさん・坂本法燈が出席して,第153回今里静座会が開催されました。
 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家一宇庵小野円照老師著「禅入門」(ものの極所44~49頁)を輪読しました。輪読内容は,①前回は死んで寂滅を得るのではなくこの身このまま相対を絶して寂滅の絶対世界に入らねばならぬと言ったが,武道でも芸道でもスポーツでも極所は禅の悟りと一つになるとされており,寂滅の境地に入ることである,②弓道日置流の秘伝歌に「ただ矢束はなさるる,引く矢束放つ,引かぬ矢束離れ」(改)があり,それぞれ初心者(自分が矢を放すのではなく弓に放されている),上級者(弓に放されることなく主体性を持って自分で矢を放つことができるが通例ここで行き詰まる),名人の境涯(緩みと引きという対立する相対界を滅したところで寂滅の絶対界であり,引こう・放そうと意識しなくても思慮分別を超えて引き詰めて自然に矢が離れていく境地で,「無作の妙用」の境)を示すとされている,③剣道直心影流の法定の型は「両頭を倶に截断すれば一剣天に倚って寒じ」の境地であり,茶道では「和敬清寂」をもってその徳を示すとし,馬術では「鞍上人なく鞍下馬なし」といわれ,いずれも「消滅滅しおわって寂滅を楽と為す」という達人の境涯を示し,人生における本当の楽しみはこの寂の場にあるというべきである,といったことでした。そしてこれに関連して,①弓道日置流の秘伝歌は,道元の「心迷えば法華に転ぜられ,心悟れば法華を転ず,究尽して能く如是ならば法華法華を転ずるなり」と同様の境涯を歌っていると感じられる,②寂滅に入れば無常はどうなるかとの疑問には,無常はそのままで会者定離(会ったものは必ず離れる定め)の鉄則どおりに矢は離れているのであって,無常の解脱は無常を否定することではなく引きと緩みとを滅し解脱しているところ,引く・放つという思慮分別もないがしかも会者定離そのまま自然の理法どおりになっている,即ち法爾自然が仏教の本質である,③茶道の「和敬清寂」の寂は大乗仏教でいう「寂滅」をいっているものであるといわれる,といったようなことを話し合いました。
その後,有志で近所の居酒屋に懇親会に赴き,Tさんから囲碁の世界大会のお話しなどを面白く伺って,解散しました。 (なお第4木曜日に随時開催の懇親会はどなたでも参加自由で歓迎いたします)
 次回今里静座会は,11/9(木)に宝厳寺で開催いたします(18:30~20:00と20:30~22:00の二部構成)。
 奮ってのご参加をお待ちしています。
                                      坂本法燈 拝
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