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関西道場

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関西ブログ - 今里静坐会報告(6月22日)

今里静坐会報告(6月22日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2017/6/23 19:09
 6/22(木)18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,新深江駅)で,Tさん・Sさん・SZさん・田倉明眼さん・鶴井随心さん・坂本法燈の6人が出席して,第145回今里静座会が開催されました。(和尚さんとお弟子さんはお休み)
 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家一宇庵小野円照老師著「禅入門」(禅への歩み9~15頁)を輪読しました(前回で読了しましたので再読に入りました)。輪読内容は,①禅では不立文字という言葉があるが碧厳集や槐安国語という名著も多いように禅は文字を軽視していない,また,仏教には他力仏教と自力仏教の二つがありその人の性格によって向き不向きがあるが,純一に神や仏を信じ切れなかった私は日常直面する大切な問題が具体的に取り扱われている禅書に心打たれた,②禅は学問ではないし文字によって得べきものでもなく座禅弁道によって悟っていくものであり,悟りを得ない限り文字だけからはその真髄は分からないが,聞思修の順序があり先ず知識を得ることも意義がある,③禅修行の体験によりいかなる環境にあっても汚損されない,ものに動じない絶対の自己を確立することができる,といったことでした。そしてこれに関連して,①宗教とは,(老大師)有限的相対的な自己と無限的絶対的のものとの間に正しい通路を打ち立て自己をその絶対者の裡に正しく位置づけるのが本当の宗教であり,自己がその無限絶対の中に正しく位置づけられたのを発見したとき人々はそこに初めて真の安心と真の満足とを得る。この状態を宗教では救済されたと言い悟りを開いたと言う,即ち自己に絶望し自己を棄て切って自己以外の絶対者にひたすら縋るのが他力宗であり,自己の裡に無限絶対のものを見出しひたすら自己を絶対者にまで育て上げるのが自力宗であるが,絶対自力と絶対他力は一致している。(鈴木大拙) 絶対の他力これを宗教という,自分のはからいをもたずに神の前に自分を絶対的に没入させることそういうところに本当の宗教的なものがある。②身学道といふは身にて学道するなり赤肉団(生まみの身体)の学道なり(道元),結跏の禅定から流出してくるものでなかったら禅のことを語ってはならぬ,門より入る者は是れ家珍にあらず(自己の外からではなくいちいち自己の胸襟より流出して持ち来たれ)と云われる。③絶対の自己の確立とは「随所に主となれば立処皆真なり」(臨済)の境涯であり,一口で分かりやすくいうならば,自分の心を自分で自由自在に自然のままに使いこなせるようになることであるということができると思われる(仏の遊戯三昧,娑婆即寂光浄土とも云いうる),といったようなことを話し合いました。
 その後,有志で近所の居酒屋に懇親会に赴き(SAさんも出席),SAさんから仏像の手足の各指の間には,全ての人々を救うために鳥の水かきのような縵網と呼ばれるものが付いていると教えてもらったが,ボランティアの水泳教室で毎日障害のある子供達を救済しているSAさんにも縵網があるように見えてきたから不思議なものである。 (なお第4木曜日に随時開催の懇親会はどなたでも参加自由で歓迎します)
 次回今里静座会は,7/13(木)に宝厳寺で開催いたします(18:30~20:00と20:30~22:00の二部構成)。
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