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関西道場

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関西ブログ - 今里静坐会報告(5月25日)

今里静坐会報告(5月25日)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
関西支部 2017/5/27 6:58
 5/25(木)18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,新深江駅,下図参照)で,TAさん・SIさん・TOさん(女性)・SZさん・田倉明眼さん・鶴井随心さん・坂本法燈が出席し,お寺和尚さんのお弟子さんとロンドンのお弟子Dさんが参加されて,第143回今里静座会が開催されました。(SZさんは初めての参加。Dさんはロンドンに亡命中のイラン人で前回に続き2回目の参加ですが,イスラム教国の祖国が仏教に対する弾圧から融和に政策方針を転換しつつあるので,帰国して禅センターを開設したいと述べられて,皆から激励されていました)
 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家一宇庵小野円照老師著「禅入門」(孤貧219~226頁)を輪読しました。輪読内容は,①禅における人間の究極の理想像は偉人も英雄も意識していない至極平凡な凡夫であり,②その思想の根底には孤貧とかすりきり貧乏とかいう「貧」の境涯を非常に高く評価して孤貧に徹しなければ自己完成が終わらないとする考えがある,③その理由は,禅は与えるものではなく奪うものであるため,禅の修行でなんら得るものはなく失うばかりで一切を失い尽くすならば当然孤貧に徹せざるを得ないからである,といった内容でした。これに関連して,①禅や仏教はその大前提として衆生本来仏なりで只一人の例外もなく人々は本来仏なのだと考え,そうであるからこそ,本来は完全で欠けるところのない仏を実際には曇らせている煩悩や雑念を取り除き孤貧に徹すれば,仏が本来の円満完全な光り輝く姿を顕すのだというのである,②修行で見性入理によって自他の畔を取り去って天上天下唯我独尊と絶対的な自己を悟り(能所両忘),次いで迷いだけでなくせっかくの悟りさえも捨て去って(迷悟両忘),初めて人は本当に自分の心を自由自在に使うことができるようになる(随所に主となれば立処皆真なり(臨済)),③至極平凡な凡夫が究極の理想像であるなら禅修行など不要ではないかという誤解もありうるが,一度高い山頂を極めた後と前では目に入る風景は同じであってもこれを受け止める側が大きく変わっているものであるし,また,あたかも高速で回転する独楽は一見すると止まっているようには見えるが実際には止まっている独楽とは大違いで何か(雑念)が当たっても(全く執着せず)跳ねとばしてしまうのと似ている(一見すると止まっているような急流に毬を投げ込んだときに一瞬にして流し去ってしてしまうのも同様),といったようなことを話し合いました。
 その後,有志で近所の居酒屋に懇親会に赴き(SAさんも出席),利他行に励まれるSAさんやTAさんは充実した人生を送られていることや,輪廻説もビッグバン以来138億年間万物が流転しているとする最先端の現代科学の立場とは基本的に矛盾しないことなどを話し合い,解散しました。(なお第4木曜日に随時開催の懇親会はどなたでも参加自由で歓迎します)
     坂本法燈 記
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