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人間禅 関西道場


関西道場

京都府八幡市橋本東原28
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(慶雲)

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関西ブログ - 最新エントリー

土曜静座会報告(11月16日)

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執筆 : 
関西支部 2019/11/22 9:18
日時 2019年11月16日(土)19:00-21:00
場所 関西禅道場(京阪橋本駅下車 徒歩15分)
内容 座禅/茶話会
参加者 泰仁さん(当番),M居士、法燈、 3名

深々と冷えを感じる座禅会であった。

 茶話会では,数息観のやり方の問題、三昧の深さの話、数息観だけでどこまで境涯を高めることができるか、公案への取り組みの問題など、様々な問題が話し合われた。また、超ご多忙な泰仁さんの近況報告なども伺った(泰仁さんは翌日は和歌山の一日静座会に参加されて、講演をしていただく予定である)。土曜静座会は風邪気味ということで欠席されたが、絶学さんが、土曜静座会の前にお独りで道場で作務をされたとのことで、30袋近い草木のビニール袋などを何と独りで穴を掘って埋められていただけではなく、その他、シーツの整理なども行われており、全く驚愕してしまった。絶学さん有難うございました。
 なお、この日の午後1時過ぎ頃の随心さんからのメールで、脇田巳代治(圭堂)居士逝去の報を受けた。 最近は、炭﨑先生のご逝去など、色んな大変な事件の起こる日常である。 皆様方は、お体をお大切になさってください。

法燈 記

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土曜静座会報告(11月9日)

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執筆 : 
関西支部 2019/11/13 8:58
日時 2019年11月9日(土)19:00-21:00
場所 関西禅道場(京阪橋本駅下車 徒歩15分)
内容 座禅・茶話
参加者 礌石,M居士、K居士、Nさん、法燈、 5名

少しずつ寒くなって来ていることを実感する座禅会であった。
茶話では,草木ごみ処理方法・道場北側庭で野菜を耕作することについてNさんから提案があり、皆で検討することになった。また,礌石居士が1年近く取り組んでいた仕事の大型案件がやっと山を越えそうなことなどが話題となった(礌石居士は,次回の摂心会からは張り切っています)

合掌 法燈 記

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今里静座会報告(11月7日)

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関西支部 2019/11/11 10:06

11/7()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。その内訳は,(第一部)220回今里静座会(18:30~20:00)と,(第二部)53回「大阪で夜一番遅い座禅会(20:30~22:00)の二部構成です。

 第一・二部ともに、Mさん・坂本法燈が出席して開催されました。

第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,30分の座禅をそれぞれ2回座りました。

 その後,第一部は,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(信のおける師家63~67)を輪読しました。輪読内容は,師家を選ぶに当たって最も重要でかつ比較的にわかりやすい基準は、その師家がどの法系に属し、誰の法を嗣いだか、さらにその嗣法が確実かどうかを調べてみることである、正統の法系に属し嗣法が確実であれば、その師家は師家としてまず信をおいてよいであろう。禅では古来、伝法・嗣法ということを極度に重視し神聖視していて、弟子の中から嗣法にたえる人物をたたき出し、これに法を嗣がせ禅の法脈を絶やさないことは、師家たるものが命がけで果たすべき最大の使命・責任とされている。弟子の道眼が明白に道力が絶大になり、よく正念が一貫相続し、その悟りの境涯が師匠のそれと近いまでに円熟し高まってきて、その結果期せずして師匠の肚がわが肚となり、師匠の誓願である正法の護持とその弘宣流布とが何ものにも優先するという心構えが勃然ともえあがってくると、師匠は弟子の境涯の円熟したのを確かめて証明を与え、さらに熱意・実行力・徳望・学識・健康など諸他の条件をも勘案し禅の師匠たるにあたいすると判定してはじめて、師家として世に立つことを印可するのである。もしもこういう師家があるなら、その師家が僧侶であるか在家の居士であるとにかかわりなく、しばらくその主宰する摂心会に参加し、提唱や法話を聴聞しその風格にも接してみて、その師家に絶対の信をおけるとの確信ができ、かつ自らに猛烈不退の求道心があるならば、入門を願い出ればよい、といったようなことでした。

 そしてこれに関連して、人間禅に関していうと、鎌倉円覚寺管長今北洪川・同管長釈宗演・釈宗活(宗演の勧めで洪川の始めた両忘会を再興)と続いた法脈が、在家の立田英山耕雲庵老大師に伝法(歴史上初めて在家の居士身のままで嗣法)されて、老大師が昭和24年に人間禅を発足させた(山岡鉄舟や中江兆民らが結成し洪川が始めた両忘会の後身に当たる)今北洪川が山岡鉄舟に宛てた手紙が残っており、鉄舟(江戸城無血開城に活躍し明治天皇の侍従となるなど明治の剣道・禅の大家)が侍従職などを辞して出家し僧になる決意であることを聞いた洪川(自らは出家し本格修行するために妻子を離縁せざるを得なかった)が、鉄舟は昔中国で禅修行しながら国の大臣を辞めなかった著名な顔真卿・富・范などのように、在家のまま明治政府の要職で活躍すべきであるとして、出家を強く止める手紙を書いている(鉄舟は出家しなかった)。このような経過を経て、歴史的に見て、在家が在家に嗣法伝法するという前代未聞の僧伽が上記のように誕生したのである。新到者には、オウム真理教などのカルト教団との区別はつきにくいので、たしかに、仏祖の慧明を嗣いでいる嗣法者なら間違いはないといえるだろうし、形式的ではあるけれどもそれが現実的で次善の選択であると思われる、といったようなことを話し合いました。

 第二部は、人間禅名誉総裁老師著「坐禅の効用-後期の数息観168173頁」を,輪読しました。禅修行において、公案参究によって道眼を開き、数息観の行取によって道力を付けることは、車の両輪であり、両者相まって人間形成が完成すると言われている。三昧力の深化によって初めて公案がしっかりと見えてくるし、道眼が本当に開かれる。逆に、三昧を深めるだけの只管打坐では、公案に込められた祖師方の崇高な香り高い境涯を我が物にすることは極めて難しい。古則公案は生き物であり生ものであり、師家と学人の間の生きた商量で仏祖の境涯をその場に蘇らせることができるかどうかが問題であり、そのためには上級数息観三昧が必要である、といったようなことを話し合いました。


 次回の今里静座会(プレジデント今里の部)は,11/14()18:30~20:00に,プレジデント今里で開催いたします(一部構成)

 奮ってのご参加をお待ちしています。

 よろしくお願いいたします。

     坂本法燈 記

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今里静座会報告(10月24日)

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関西支部 2019/10/28 20:50

10/24()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,Sさん・Tさん・耕隠さん・随心さん・法燈が出席して,第219今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。

 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(学道の三則57~62)を輪読しました。

輪読内容は,学道(修道)の三則は大疑団・大憤志・大信根であり、修行を根気強く継続し大成する上の原動力である。大疑団とは、人生の根本問題(死とは・仏性とは・平等と差別の関係・真実の自己等)に関して、大きな疑いをもちそれの徹底的な解決を求めて全身これ疑いのかたまりとなりきることである(疑わざる是れ心病なり(臨済))。大憤志とは、釈迦と同じ悟りを開くための仏道修行・人生の根本問題を自力で解決し生きがいある人生を送るための禅修行を行うために、釈迦何人ぞという猛烈不退転の決意と自信を持つことである。大信根とは、宇宙に不生不滅・唯一絶対の理である如是法の存在すること、釈迦や仏祖らは如是法に体達しそれを体現した活仏であること、この師家に就いて如法に修行を継続しさえすれば自分もまた必ず釈迦と同じく如是法に体達する(転迷開悟し仏道を行じる)ことができることを信じることである。この三則の中でもがことに重要である(法然に騙されて地獄に落ちても可なり(親鸞)・慧可断臂)、といった内容でした。

これに関連して,「現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれる宗教があるとそればそれは仏教だ(アインシュタイン)」ともいわれるように、仏教や禅は最先端の現代科学と少しも矛盾しないといわれます。仏教や禅の空、すなわち諸行無常・自他不二・相互依存・相即相入といった世界は、138億年前の宇宙開闢たるビッグバンから始まる太陽・星・宇宙の万物が生成・消滅・変遷を繰り返している過程や、宇宙のあらゆる物質の分子・原子を構成する最小単位である素粒子のレベルで微細なクォークといった粒子が生きているかのように動き生成・消滅・変遷を繰り返している過程と、極めて酷似しているだけでなく、最近では仏教の量子力学やさらにはダークマターとの親和性なども取り上げられているようです。このように、禅や仏教は、迷信や妄信とは無縁な、現代科学にも寄与しうる、疑うに足るまた信ずるに足る宗教であるということができると思われます。啐啄同時(雛が孵化するときに雛は中から親鶏は外から卵の殻をつつきその息が合って雛が殻から飛び出してくる)といわれるように、他力でも自力においてでも、修行者の大憤志は修行の大前提(第一歩)であり必要不可欠なものである。大信根とは、この師家のもとで自分も釈迦と同じく如是法に体達することができることを信じることであるが、道元は次のように言っている、「阿耨多羅三藐三菩提を修行するときには導師を得ることが最もむずかしい。無上菩提を述べ説く師に出会ったときには氏素性を観察してはならないし、顔のよしあしを見てはならないし、間違いとみられることがあってもいやがってはならない、行(修行の生活の仕方)を批判してはならない。衆のための主人である人は必ず法の眼の明るさによって判断しなさい。ひとえに得法を敬う(得道の人を礼拝する)のである。」,といったようなことを話し合いました。

その後,有志で近所の居酒屋に赴き,懇親会を開催しました。日頃の悩み,天災のことから,故郷のことがらなど,さまざまな話を交わしました。

      法燈 記



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土曜静座会報告(10月26日)

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関西支部 2019/10/28 20:41
日時 2019年10月26日(土)19:00-20:30
場所 関西禅道場
内容 座禅30分×2回/茶話会
参加者 長空庵法燈居士、K居士、M居士、N居士、T禅子、明眼 6名
    (居士は男性への敬称、禅子は女性への敬称です)

 奥庭のザクロの実がきれいな茜色に色づきました。関西道場も秋が進んでいきます。

その道場にて6人で30分×2炷香静坐。終わった後はお茶を飲みながらよもやま話をしました。今回は野菜作りの話が中心でした。Nさんは、かなり手広くやっておられタマネギも1500本も植えられるそうです。広いにしろ狭いにしろ、ものを育てるのは楽しいものです
皆さんの顔が微笑んでいました。

  明眼 記

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土曜静座会報告(10月19日)

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関西支部 2019/10/23 9:58
日時 2019年10月19日(土)19:00-21:00
場所 関西禅道場(京阪橋本駅下車 徒歩15分)
内容 座禅/「禅が問う私の事【その一】」/茶話会
参加者 長空庵法燈居士、K居士、M居士、T禅子、智常 5名

今回の土曜静坐会は智常の担当でしたので、一炷香(30分)の静座の後、
智常から「禅が問うわたしのこと(その一)」として40分程度お話しさせていただいた。
その後、20分ほど静坐し、座談会とした。

5人だけではあったが、味わい深いひと時であった。
   智常 記

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今里静座会報告(10月17日)

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関西支部 2019/10/18 21:09

10/17()にプレジデント今里(大阪市東成区大今里西2-17-10プレジデント今里1006号室,千日前線今里駅,下図二参照)で,第218今里静座会(プレジデント今里の部)(18:30~20:00)が開催され,坂本法燈が出席しました(独坐)

最初に般若心経を唱え,座禅を座りました。その後,真向法などで身体をほぐしました。

 今里静座会(プレジデント今里の部,第3木曜日)では,宝厳寺で開催されている今里静座会(宝厳寺の部,第24木曜日)とは異なり,輪読は行わない代わりに,座禅は身にて学道する赤肉団(生まみの身体)の学道なり(道元)といわれるように,調身・調息・調心を通じた数息三昧を大きな目標にして行きたいと思っています。また,懇話会において,数息観・仏教の修行の仕方や疑問,日常生活での問題点や要望など,さまざまなことについて自由な意見の交換をしていきたいと思っています。
 昨日は神戸禅会の摂心会が開催されていたこともあり、独坐となりましたが、道元禅師の言葉に次のようなものがあります。「ここをもてわづかに一人一時の坐禪なりといへども諸法とあひ冥し諸時とまどかに通ずるがゆゑに無盡法界のなかに去來現に常恆の佛化道事(仏の化導のしごと)をなすなり彼彼ともに一等の同修なり同證なり(それらのどれもどれもみなただ一つの同じ真実の修行であり同じ真実の実証である)ただ坐上の修のみにあらず空をうちてひびきをなすこと撞の前後に妙聲綿綿たるものなりこのきはのみにかぎらむや百頭(あらゆるものごとの一つ一つ)みな本面目(本来(真実)の面目)に本修行をそなへてはかりはかるべきにあらず(人間の思量分別でおしはかり推測することはできない)」 独坐であっても尽一切とともにぶっ続きの生命を生きて真正の修行を行っていることを常に実感したいものである。

 次回の今里静座会は,11/7()18:30~20:00に宝厳寺で開催いたします(宝厳寺の部・二部構成)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。

       坂本法燈 記
 


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土曜静座会報告(9月14日)

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関西支部 2019/9/10 15:56
日時: 2019年9月14日(土)19:00-20:30
場所: 関西禅道場(京阪橋本駅下車 徒歩15分)
出席: 竜門、M居士、K居士、明眼 4人
役位: 聖侍 M居士、  直日 明眼

 竜門さんが6時半ごろに来られて、仕事があるので30分だけ座らせてほしいと7時まで座って帰られました。9月14日の摂心にも夜・朝の時間になるが何とか参加するとの事です。当番制で土曜静坐会が運営出来ていてよかったと思いました。
 5月に作った新しい花壇(イチジク前)に植えた百日草がよく咲いています。来週からの摂心に使います。一方、草に負けて放棄した古い花壇は2年で見事に「萩壺」になってしまいました。こちらもきれいです。

「喫茶去」の軸を掛け二階の摂心準備を終えたのち、7時より30分×2炷香静坐。その後、Mさんと二人で、しばらく静坐の方法についての話をしてから道場を後にしました。

  

なお、摂心日程の関係で次回の土曜静坐会は10月5(土)の開催です。

10月5日(土)は、朝10:00より開催します。 (朝の方が出席しやすい方もあろうと、10月から第一土曜は朝に静座会を開催することになりました。)


10:00~     静坐(30分1炷香)

10:40頃~   講話  「小川忠太郎先生述『剣と禅』を読む」(←詳細クリック) と題して私が「『剣と禅』を読みながら感想を申し述べてまいります。

私は全く大したことはありませんが、小川先生のは本当に大した方で本もまた素晴らしい本です。是非、ご参加ください。


田倉明眼 拝

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土曜静坐(座禅)会報告(8月24日)

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関西支部 2019/8/28 11:32
8月24日(土)

19:00~19:45 座禅

20:00~21:00 講話「『むもん法話集』を拝読して(2)」 鶴井随心

21:00~      懇親会
場所 関西道場
出席 慈眼さん・寿典さん・Tさん・Nさん、法燈・礌石・慶雲・随心・絶学・

泰仁・明眼・K居士  12名
 

静坐後、随心さんから,「むもん法話集を拝読して(2)」と題して,実に深くそして心温まるご講話をいただきました。人作り,和敬静寂,常不軽菩薩,盤珪禅師,不生禅,昭和天皇,説似一物即不中,千利休など,さまざまな話題を題材として,禅の極め尽くすことのできない,奥深い世界を垣間見ることができました


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今里静坐(座禅)報告(8月22日)

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関西支部 2019/8/26 9:55
8/22()18:30~20:00に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,千日前線新深江駅,下図一参照)で,Sさん・TFさん・TRさん・耕隠さん・Y居士さん・随心さん・坂本法燈が出席し,お寺の和尚さんも出席されて,第214今里静座会(宝厳寺の部)が開催されました。
 最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座った後,人間禅師家如々庵芳賀洞然老師著「禅入門」(静坐の姿勢31~37)を輪読しました。

輪読内容は,坐禅とは,静坐して禅定三昧を行ずることである。坐禅儀と普観坐禅儀(道元)によれば,飲食・睡眠とを適度にとって心身を爽快にし,気力と体力とを旺盛にし,坐物・坐具を用いて,静閑清浄な環境で坐るのが原則であり,結跏趺坐を基本とし(半跏趺坐や日本坐は便法とし),手は法界定印を結び,真直ぐに上体を支えて,耳と肩と対し,鼻と臍と対し,目は半眼に開いて直前の1~1.2m前方に落とすのであるが,不自然なゆがんだ坐相では,いたずらに疲労が多く長続きしない上に,坐禅の目標である禅定三昧に入ることはおぼつかず,坐相は坐禅の基本である,といった内容でした。

これに関連して,上記のような坐り方(坐相)は,身体中の力を抜き,不自然な力を身体や心のどこにも加えず,最も自然でしかも宇宙の法則にかなった,即ち悠久の宇宙と一体となるのに最も適合した,自ずからなる姿勢であるということができる。背骨を直立することが静坐の基本であるところ,耳と肩とが相対し鼻と臍とが相対することは,坐禅中の意識センサーであり,体幹の前後方向と左右方向の傾きを防止するためのものであるが,独りよがりにならないように,時には先輩に見てもらったり,独りのときには鏡の前で坐禅し修正して正しい坐相を身につけるのがよい。特に曹洞宗では,仏道とは坐相が仏・悲思料・無念無想であるということを信ずるものであるとか,坐禅するとは生き生きと覚めて骨組みと筋肉で正しい坐相を狙いその姿勢に全てをまかせきってゆくことである(坐禅の目的は坐ることである)などともいわれているところであり,坐相とは只管打坐そのものであるように思われる。古来から「欠気一息」の重要性が説かれているところ(普観坐禅儀や磨甎庵老師(38)・大森曹玄・秋月など),この欠気一息とは,調身・調息・調心の内の調息の段階で,数回の腹式深呼吸(丹田呼吸)を意識的に行うと非常に大きな効果を得ることができるとするものです。下腹部を収縮した力で胸腹部を空っぽにするつもりで、不浄になった空気を、ゆっくりと静かに細く長く綿々と、30秒以上ほどかけて吐いて吐いて吐き尽くしますが,そのとき同時に,心中の全ての雑念や怨念・喜び・悲しみ更には邪気・濁気・煩悩妄想や今まで私達が積み上げてきた諸悪業に至るまで、ありとあらゆるものを吐いて吐いて吐き尽くして、心中も完全に空にします。実際にやってみると分かりますが,このたった一息で、今までの環境と途端に完全に絶縁したような心境になりますから、本当に不思議であり,吐き尽くしたら、下腹の緊張を緩めると、外界の大気の圧力で鼻から自然に空気が入ってくる,といったようなことを話し合いました。

その後,有志で近所の居酒屋に赴き,懇親会を開催しました。日頃の悩み,疑問から,安楽死の問題まで,さまざまな話を交わしました。

次回の今里静座会(宝厳寺の部)は,9/5()に宝厳寺で開催いたします(二部構成)
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。
    法燈 拝
 

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