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人間禅 関西道場


関西道場

京都府八幡市橋本東原28
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関西ブログ - 最新エントリー

日 時 10月19日(木)
     17:00~18:30 外作務、侍者作務(明眼)
     18:30~19:15 静坐
     参 加  Fさん(女性)、Yさん、随心、明眼 4人
役 位  聖侍:随心 直日:明眼

 Yさんが手術後の体調も回復され、半年ぶりに元気な様子で参加してくれました。また、福Fんは隣の海南市から参加です。開始後2年余り、木曜静坐会もやっと少しずつ常連の方が出来てきました。一炷香静坐後、4人でお茶を飲み解散しました。   明眼 拝
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市民静坐会報告(10月18日)

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関西支部 2017/10/20 7:30
日 時 :10/18 (水) 14:00~16:00 
場 所 :関西坐禅道場
静 座 :45分2回。
参加者 :Iさん、Mさん、Hさん、坂東居士、真際、慶雲。
以上6名。
(聖侍:坂東、助警:慶雲、直日:真際)


〇冬がそこまで来たかと思われる位の寒さの中、生駒市から車で1時間かけて久しぶりに首藤真際さんが見えられました。当静坐会に参加されること3回目の井上和世さんと初対面のご挨拶を交わされました。
○Iさんは、橋本地区でお顔も広く、誰もが認めるお世話好きで、市民静坐会に参加されると小学生の下校時の交通安全立ち合いの大役に間に合わないのではないかとお聞きしたところ、最近は当該地区の老人会の有志の人達 が学童通学見守りをやってくれるとのことで、下校時はその人たちに任せて、朝の登校時のみ見守りを続けられているとのこと。
○当静坐会で静坐を続けると、間違いなく、だれでも、心を健全にする効果があります。よろしく。
2017/10/19
福原慶雲 記

「禅林世語集」(京都其中堂発行)より
〇硬き約束石山寺の 石の証文石の判
○堅く見せても油断はならぬ融けて流るる雪達磨
○火宅(かたく)には又もや出(い)でむ小車に乗り得てみれば我あらばこそ
〇蝸牛(かたつむり) 角(つの)振(ふ)り分けよ 須磨明石
〇片時もあだにはなさじ さりとては逢い難き世に暮れ易き日を
〇形見こそ今は仇なれ これなくば忘るる時もあらましものを
〇形見とて何か残さむ春は花夏ほととぎす秋は紅葉(もみじ)ば(良寛和尚)
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10月18日(水)和歌山大学の座禅会に行ってきました。長い夏休みが明けて、7月以来の参加です。
 参加者は主催者のHさん、Hさんのお嬢さん(3回生)、スイスからホームステイの学生、近所の男性、私の5人でした。スイスの学生は柔道と居合道を修行しており、柔道の関係から腹巻さんの家に一か月程もホームステイをしているそうです。礼儀正しい青年で、真剣に座っておられました。

 以下は静坐会とは関係のない話です。
 私見ですが、刀法(刀の使い方)の修行については現在では竹刀剣道より、真剣を使う居合の方が優れていると思います。ただ、居合は一人で稽古を行うの『間合い』の修行が難しいのではと想像します。(ただし、私はまだ剣道で『間合い』が判っておりません。)
 <小川忠太郎先生の『間合い』に関するお話をご参考までに>
 「一人だけの三昧は剣道は気剣体一致。相手がある三昧は間という。これが大事なの。自分一人で打ちたくなったからって飛んで出たって当たるもんじゃないんだ、相手がある。これを禅では宝鏡三昧という。相手がある。自分の相手、向こうも一枚の鏡、鏡と鏡に向かい合って。これは自分だけの三昧より程度が高い。」

   明眼 記
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土曜静坐会報告(10月14日)

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関西支部 2017/10/15 18:27
日 時 : 10月14日(土)19:00~21:00
静 座 : 45分2回
参加者 :Mさん、堀さん、KTさん、KIさん、KSさん、
KNさん、Tさん、坂東居士、明眼、絶学、法燈、慶雲 以上12名。
聖侍:坂東、助警:明眼、直日:絶学

○久しぶりに参加者が12名となり、気合の入った静坐会となりました。
矢張り参加者が多いと堂内が活気があふれ、自然に姿勢もよくなり、呼吸も深く長くなり、良い静坐会となりました。
○静坐後の懇話会も話が弾み、参加者同士の連帯感も盛り上がり、時間経つのが早く、道場に来てよかったと、坐禅後の独特の満足感にひたりつつ道場を後にしました。
○塵一つない広い禅堂に坐って、それぞれが自分の心の中の雑念・妄想・悪智悪覚の全てを、吐く息と共に時間をかけて全部吐き出して終えば、当然自分の心の中は綺麗になります。そんなものは目に見えるものではないので堂内がゴミだらけになる訳ではありません。そんなことで、坐禅道場は「ゴミ捨て場」と思え!と言う人もあります。今日の参加者達は全員スカッとした気分で道場を後にされたと思います。

2017/10/15
福原慶雲 記

「禅林世語集」(京都其中堂発行)より
○風が三味ひく木のはが踊る東雲(しののめ)烏(からす)が謳(うた)い出す
○風の姿を白帆に包み月の世界や水かがみ
○風の便りも蕾(つぼみ)の中よ咲けば苦になる花の枝
○風は息(いき) 虚空(こくう)は心 日(ひ)は眼(まなこ)海山(うみやま)かけて我が身なりけり
○風吹けば沖津(おきつ)白波(しらなみ)立田山(たつたやま)夜半(よわ)には君が一人(ひとり)越ゆらむ
○堅い蕾と思うて居たに何時か春風綻(ほころ)びる
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今里静坐会報告(10月12日)

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関西支部 2017/10/13 18:26
 10/12(木)に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,新深江駅,下図参照)で,(第一部)第152回今里静座会(18:30~20:00)と,(第二部)第14回「大阪で夜一番遅い座禅会」(20:30~22:00)が開催されました。第一部は柴秀司さん・中辻康博さん・鶴井随心さん・田倉明眼さん・坂本法燈が出席しました。第二部は竹島亮輔さん・鶴井随心さん・田倉明眼さん・坂本法燈が出席しました。(中辻さんは初参加で,お寺の和尚さんは欠席)
 第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座りました。その後,第一部は,人間禅師家一宇庵小野円照老師著「禅入門」(無常の解脱40~44頁)を輪読しました。輪読内容は,①仏教は無常を説く教えのように思われているが,仏教の本当の目的は無常を解脱させることにあり,その前提として無常を指摘しているのである(cf前回の蓮華女物語)。②有名な涅槃経聖行品の施身聞偈では,羅刹(鬼)が若い修行者である雪山童子に「ⅰ諸行は無常なりⅱ是れ消滅の法なり」と過去仏の偈(詩)の前半を説き,童子はそれに続く後半の偈を是非とも聞かせて欲しいと繰り返し懇望すると,羅刹は言い渋った後に生きている人肉と生き血を食わせてくれたら言おうと述べ,童子は我が身を羅刹に与えることを誓ったので,羅刹は「ⅲ生滅滅しおわってⅳ寂滅を楽と為す」と後半の偈を示したため,童子は約束どおり崖の上から谷底に身を投じて我が身を羅刹に与えようとしたところ,このとき羅刹は帝釈天に身を変じて童子を受け止めて安らかに地上に下ろしたと説かれており,身を捨てて悟りを開いた有様が劇的に表現されている。③この四句の偈を弘法大師がいろは歌に換えて歌っているといわれているが,これが仏教の真髄である,といったことでした。そしてこれに関連して,①いろは歌では「ⅰ色は匂へど散りぬるを(諸行無常),ⅱ我が世誰ぞ常ならむ(是生滅法),ⅲ有為の奥山けふ越えて(生滅滅己),ⅳ浅き夢見じ酔ひもせず(寂滅為楽)」とされていて,これが見事に上記四句の偈に対応している。②上記四句の偈では,ⅰⅱで諸行無常を説きそれだけでは人間はやりきれないので,その上でⅲⅳで悟りを示しているのであるが,ⅳの「寂滅」というのは日常的に言う死滅(死亡)という意味ではなく,ⅲⅳは,一切の相対的な対立(生死・有無・是非・善悪など)をボッ超えてこれを解脱し超越した絶対的な世界を「寂滅」と表現して,生きながらにしてこの身このまま絶対世界に入っていくことが仏教の真髄であるとしているのである。ここのところを禅では通常,大死一番絶後に再蘇すともいわれ,また,煩悩即菩提とか,娑婆即寂光浄土などともいわれるところである,といったようなことを話し合いました。
 第二部は総裁老師著「人間形成の禅-その効用・効果について-その12(座禅をすることによって仲良くなれる効果)25頁」を輪読し,これに関連して,①他人とうまく行かないのは大抵は自分自身の心の中にその他人を嫌うとか軽蔑や軽視するとかの気持ちがあるからであることが大部分であって,先ず自分自身が他人を尊敬し敬う気持ちを持つならばその気持ちが必ずや相手方にも反映して,人間関係がうまく行くようになるものである。②三昧の境に入るならば,自己と他(汝・世界)の境や畔がなくなり,自他は本来ぶっ続きの仏そのもので不二一如で一体のものであることになるから,自己中心のエゴが消えてしまうのは至極当然のことである。③人間禅では座禅を通じて「正しく楽しく仲よく」を実現することを目標としているところ,正しくとは真理に合掌することであり,楽しくとは自己の仏性に合掌することであり,仲よくとはお互いの仏性に合掌することである,といったようなことを話し合いました。
 次回の今里静座会は,10/26(木) 18:30~20:00に宝厳寺で開催いたします。(なお第4木曜日の静座会後には随時懇親会を開催しています)
 その後の今里静座会の予定は,11/9(二部構成),11/23,12/14,12/28,(h30)1/11,1/25,2/8,2/22,3/8,3/22を予定しています。なお,H28.9月からは第2木曜日には二部制として「大阪で夜一番遅い座禅会」を20:30~22:00に開催しています。
             坂本法燈 記
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市民静坐会報告(10月11日)

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関西支部 2017/10/12 16:11
日 時 :10/11 (水) 14:00~16:00 
場 所 :関西坐禅道場
静 座 :45分2回。
参加者 :Iさん、Mさん、Yさん、細野さん、法燈、慶雲、以上6名。
聖侍:Mさん、助警:慶雲、直日:Yさん

〇暑さがぶり返して久しぶりに扇風機のお世話になる静坐会となりましたが、全員正しい姿勢での90分、気持ちの良い静坐会となりました。
○前回から参加されているIさんは、元平野山町内会長さんのMさん同様、橋本地区でもお顔も広く世話好きでお忙しい中、当市民静坐会に参加され、今後着実に賑やかさが増してくることが期待されます。
○衆院議員の選挙戦も今後本格化する中で、Yさんは関係者の応援も忙しくなる模様ですが、今日の静坐にはフル参加され、鋭気を養ってお帰りになりました。
2017/10/12
福原慶雲 記

「禅林世語集」(京都其中堂発行)より
〇かずかずの、憂き目を凌(しの)ぎ都路(みやこじ)へ、上(のぼ)って聞けば其の人は、東の旅と聞く悲しさ、又も都を迷い出て、いつかは巡り逢坂(おおさか)の、関(せき)路(じ)を後に近江(おうみ)路(じ)や、美濃(みの)尾張(おわり)さえ定めなく、恋し恋しに目を泣きつぶし、物の隘路(あいろ)もみづ鳥の、陸にさ迷う悲しさは、何時(いつ)の世(よ)如何(いか)なる報(むく)いにて、重ね重ねの嘆きの数、憐れみたまえとばかりにて、声を忍びて嘆(なげ)きける。(朝顔日記)
○風が髪すきや木(こ)の糸(いと)柳(やなぎ)誰に思いを夕月様よ
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和歌山木曜静坐会報告(9月28日)

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関西支部 2017/9/29 9:21
日 時 9月28日(木)
     16:00~18:30 禅堂の障子張替え(随心・圭堂)、外作務(明眼)
     18:30~19:15 静坐
     参 加  Nさん、Fさん、随心、圭堂、明眼 5人
役 位  直日:明眼

  随心さんと圭堂さんは禅堂の古くなった障子の張替作務を実施。私は来週末よりの摂心準備と外掃除を行いました。
 NさんとFさんの女性二人が一緒に6時半前にお見えになり、45分一炷香静坐。終了後、しばらく茶話をして解散しました。(木曜静坐会には初めての女性参加で、ヤモメ静坐会がこれで終了しました)
 Nさん・Fさんは日曜の静坐会に最近よくお見えになっており、木曜日は初めて参加されました。Nさんは隣の岩出市の在住で、この日は仕事終了後に和歌山市内の職場から直接みえられたという事です。毎日、10分余り自宅で座られているとの事で坐相は素晴らしいものでした。  合掌
  明眼 拝
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市民静坐会報告(9月27日)

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関西支部 2017/9/29 9:09
場 所 :関西禅道場。
静 座 : 45分2回、
参加者 :Hさん、秀香、随心、法燈、慶雲。    以上5名。
聖侍:Hさん、助警:慶雲、直日:秀香。

○第189回摂心会とその直後に行われた学生座禅会と行事が続いた後の市民静坐会は、摂心会の作務で境内が綺麗になった道場の好環境の中で行われました。久し振りに開かれたお茶のお稽古のメンバーも加わり、充実した坐禅会となりました。
2017/9/28
福原慶雲 記

「禅林世語集」(京都其中堂発行)より 
○帰り来て寝ての後さえ花見つつゆられて舟にある心地かな。(大隈言道)
○帰りには何も流して風涼し
○かかる時さこそ命の惜しからめかねて無き身と思い知らずば。(太田道灌)○垣せねば皆我が物や雪の山。
○限りあれば吹かねど花は散るものを心短き春の山風。
○かくせ唯(ただ) 路(みち)をば松の落ち葉にて我が住家とは人に知らすな。○かくて今漕ぎ離したる海女(あま)小舟(こぶね)さして着くべき浦も持たねば。
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今里静坐会報告(9月14日)

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関西支部 2017/9/15 12:08
9/14(木)に宝厳寺(大阪市東成区神路3-17-8,新深江駅,下図参照)で,(第一部)第150回今里静座会(18:30~20:00)と,(第二部)第13回「大阪で夜一番遅い座禅会」(20:30~22:00)が開催されました。第一部はSIさん・MAさん・MSさん・鶴井随心さん・坂本法燈が出席し,お寺の和尚さんも参加されました。第二部はTさん・SAん・MSさん・鶴井随心さん・田倉明眼さん・坂本法燈が出席しました。
 第一・二部とも,最初に般若心経を唱え,30分間の座禅を2回座りました。その後,第一部は,人間禅師家一宇庵小野円照老師著「禅入門」(誕生仏33~36頁)を輪読しました。輪読内容は,①釈迦が誕生したときに天上天下唯我独尊と言ったという故事は,釈迦が仏性を悟り仏として誕生したときのことを述べたものでその時の境涯を表現したものであり,奇跡でも神秘でもない,②仏性は唯一絶対のもの自体であるから相対界を絶して天上天下われ一人であり,天地と我と同根万物と我と一体という境地は唯我独尊に違いないわけである,③これを誕生仏として赤ん坊扱いするのは,迷界にいた人がやっと悟りの世界に出て生まれかわり誕生したばかりであるからである,といったことでした。そしてこれに関連して,①禅や仏教では,人が自己の本心本性を尋ねて行きこれを徹見して本当は仏であると気付き体得すると,全ての自他の境界が消滅して(畔が切れるともいわれる)自他不二となってしまい自己も汝もさらには宇宙の万物も全てが本来ひとつの仏であり,天上天下唯我独尊・山川草木悉皆成仏であるという悟りに至るのであり,これが最初の見性といわれるもので禅や仏教の一丁目一番地であるといわれる,②この悟りに至るためには,数息観の究極の目標である数息三昧を深めていくこと即ち,数息の一燈が明るくしかも微動だにせずズーッと持続し,呼吸を数える自己と数えられる呼吸とが不二一如となり,しかもその数息を観察する自己も消えて本当の数息そのものになりきることが肝要であります(正念の一貫相続)。数息観こそは,まさに人間が生きながらに無限絶対の世界に入る唯一の道である三昧力を養う基本であり,古来数息観は座禅の最も初歩であるがまた最も究極であるといわれているところであります(ただこれにより道力が養われるが真に転迷悔悟の実をあげるためには参禅により道眼を開くことも必須である),といったようなことを話し合いました。
 第二部は総裁老師著「人間形成の禅-その効用・効果について-その11自利利他と慈悲心23~24頁」を輪読し,これに関連して,①人間禅では「正しく楽しく仲よく」を目標としているところ,正しくとは真理に合掌することであり,楽しくとは自己の仏性に合掌することであり,仲よくとはお互いの仏性に合掌することであるといわれる,②自己と他(汝・世界)は本来ぶっ続きの仏そのもので不二一如で一体のものであるから,自利は即利他となり,利他が即自利となるのは至極当然のことである,といったようなことを話し合いました。
 次回の今里静座会は,9/28(木) 18:30~20:00に宝厳寺で開催いたします。(なお第4木曜日の静座会後には随時懇親会を開催しています)
 その後の今里静座会の予定は,10/12(二部構成),10/26,11/9,11/23,12/14,12/28,(h30)1/11,1/25,2/8,2/22,3/8,3/22を予定しています。なお,H28.9月からは第2木曜日には二部制として「大阪で夜一番遅い座禅会」を20:30~22:00に開催しています。
 奮ってのご参加をお待ちしています。
 よろしくお願いいたします。
                                      坂本法燈 拝
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市民静坐会報告(9月13日)

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関西支部 2017/9/15 12:04
日 時 :9/13 (水) 14:00~16:00 
場 所 :関西坐禅道場
静 座 :45分2回。
参加者 :MSさん、MYさん、Hさん、慶雲、以上4名。
(聖侍:MY、直日:慶雲)

〇土曜静坐会にはここ2回参加されたMSさんが参加され、気合の入った静坐会となりました。MSさんは、摂心会に全日程参加されるとのことです。MYさんも、お忙しい中、ご提唱または講話のどちらかに参加されるご予定です。
2017/9/14
福原慶雲 記

「禅林世語集」(京都其中堂発行)より 
〇蚊一つに 施(ほどこ)しかねる我身かな 
〇可愛子よ使うも人の可愛子よ吾(わが)可愛子に思いくらべて 
〇可愛や可愛や饅頭見ても花見ても 
〇書いたる郵便 袖から袖へ人に見られて恥ずかしや
〇骸骨(がいこつ)に着物を着せて連れて来て女房なんどと云うぞおかしき(一休和尚)
〇骸骨の上を装うて花見かな
〇傀儡子(くぐつし)首にかけたる人形箱佛出そうと鬼を出そうと。(一休和尚)
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