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ブログ - 慧日庵老禅子のフェイスブックから 

慧日庵老禅子のフェイスブックから 

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
茨城座禅会 2019/2/2 22:34
茨城支部 三浦元真です。
慧日庵老禅子のフェイスブックから「ママたちの禅講座 第4回」です。

ママたちの禅講座振り返り&メモ4
メモがわりのものにいろいろコメントくださりありがとうございます

先日の話の中で、あるお母さんが、三年生の娘さんが心配性で出がけまで忘れ物がないか一緒に確かめて、と言うという質問があった。自分は忘れ物をしてはいけないと強く言っていないし、少しくらい忘れたって大丈夫だよと言っているのに、とのこと。
そのお子さんは数ヵ月前から書道に来はじめたお子さんで、大変しっかりしていて意見もきちんと言える明るいお嬢さんである。

私の質問「その奥にある気持ちは何だろうね?なぜそれほど忘れ物をしてはいけないと思っているのだと思う?」
お母さん「どうも先生に叱られたくないらしいんですよ。」
私の質問「その奥にある気持ちは?なぜ先生に叱られたくないのだと思う?」
お母さん「さあ、なんでかな。気が小さいのかしら…」

 

こうした親から見ると、なんで?という行動は子どもにはしばしばある。
このお嬢さんは度胸もあるしリーダー型でしかもよく気がつく子である。そしてお母さんのことが大好きだとよくわかる子である。そして少し弟さんの体が弱いようなことを言っていた。
「宿題を忘れるような、先生に叱られるような自分ではいけない。お母さんに心配をかけたくない、って思ってないかな…?」
お母さん「あ、思い当たります。きっとそうです。ああ、そうだったんだ」

現象の背後には因果がある。現象は集合体である、とは仏教の基本的な世界観である。子どもの現象の背後の中でも一番奥にあるのは、「お母さん大好き、私を見てね、私を認めてね。」である。
そこだけはしっかりと掴まえて握っていなくてはいけない。
だからこそ時にどんなに理不尽なことをされても受け入れてしまうことさえある。

その思いは一生消えない。たとえ憎む関係になっても変容するだけで変わらない。
親のすべき最大の務めは、その根っこを揺らがず抱きしめ続けることだ。反抗期で口や態度がいかがなものかと思うときでも、根っこをつかんでいれば、「おやおや、達者なこと。そんなことではこちらは揺らぎませんよ。」とドーンと来いである。掴んで揺らがない愛だけが親の仕事である。
それができれば、子どもは困難に立ち向かう心をきっと持てるようになる。無意識に「私は大丈夫。」と自分を信頼できるから。


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