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広島ブログ - ピエール・ロティと芥川龍之介

ピエール・ロティと芥川龍之介

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
広島禅会 2016/7/24 7:58
 先日、呉の座禅道場に遅れて駆けつけたところ、玄関でまず俳句を書けと、促されました。
 単なる宴会ではなく、俳句の句会も兼ねていた事は知っていましたから、いずれ俳句は作らなければ・・と思っていたのですが、まだ作っていませんでした。

 そこで咄嗟に浮かんだ駄句を書き込みました。慌てたので、その直前まで頭の中で考えていた事を盛り込みました。

 我が駄句を、そのままここに紹介するのも厚顔の極みですが、恥を忍んで書きます。

 「 漆黒に 汝(な)がVie(ヴィ)の如く 花火降る 」

 Vieは、フランス語で人生の意味ですが、俳句の文句にフランス語の単語を入れるのは、かなり気障ではないか・・・と自分でも思います。
 では、なぜそんな気障な言葉を使ったかと言えば、その直前まで、芥川龍之介の「舞踏会」のことを考えていたからです。


 芥川龍之介の「舞踏会」は、フランス海軍の士官だったピエール・ロティが書いた小説「お菊さん」を元に、そのモデルとなった老婦人との会話を書いた短編小説です。

 作品「お菊さん」自体は、エキゾチックな存在と思われた鹿鳴館時代の日本人女性をロマンチックに紹介するだけの駄作と言うべき小説だったようです。(私はあらすじだけを知っており、本文は読んでいません。・・・フランス語を読めないので)。


 西洋人の青年と、アジア人の女性が恋に落ち、やがて男性が去って女性が残されるというパターンは、よくあります。
 私はこれを「蝶々夫人型」と呼びますが、「ミス・サイゴン」も映画「慕情」も皆このパターンです。ピエール・ロティの「お菊さん」も典型的な蝶々夫人型作品です。


 面白いのは、芥川龍之介がこの作品を研究し、そのモデルとなったH夫人へのインタビューを小説にしている事です。
小説ですから、本当にH夫人に面会したかは不明です。


 そじて、その「舞踏会」に、フランス人将校と日本人女性(明子)が、舞踏会場の外に出て、夜空に上がる花火を眺める場面があります(以下、青空文庫から引用)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 その時露台に集つてゐた人々の間には、又一しきり風のやうなざわめく音が起り出した。明子と海軍将校とは云ひ合せたやうに話をやめて、庭園の針葉樹を圧してゐる夜空の方へ眼をやつた。其処には丁度赤と青との花火が、蜘蛛手に闇を弾きながら、将に消えようとする所であつた。明子には何故かその花火が、殆悲しい気を起させる程それ程美しく思はれた。
「私は花火の事を考へてゐたのです。我々の生(ヴィ)のやうな花火の事を。」
 暫くして仏蘭西の海軍将校は、優しく明子の顔を見下しながら、教へるやうな調子でかう云つた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この中で、フランス人将校は人生(Vie)を花火に例えています。
 鹿鳴館に集い、ダンスに興じる人達も、一生を通じて華やかな生活が続く訳ではなく、若い男女がきらめいているのは、花火のごとくほんの一瞬です。
 そして日本の歴史を見ても、鹿鳴館を中心として、ヨーロッパ的な社交界が存在したのは、ほんの一時期です。


 その刹那の輝きを花火に例えたのは、多分ピエール・ロティではなく、芥川龍之介でしょう。
 不思議なことに、芥川龍之介も菊池寛も、処女作は老人をテーマにした作品です。
 自分自身が若い頃に、敢えて老人の視点を研究して小説を書いているのです。
 そして芥川の場合、「舞踏会」でも、既に老境に達した女性が若き舞踏会の日々を回顧する形の小説にしています。
 これも、よくあるパターンで、私は「舞踏会の手帖型」と名付けています(誰も支持してくれませんけれど)。


 面白いのは、芥川の「舞踏会」を三島由紀夫が研究していることです。
 彼が指摘したことですが、芥川は、初版と後期の版で、小説の結末を変更しています。
 最初の版では、H老婦人は、かつて自分がダンスの相手をしたフランス人青年がピエール・ロティその人であり、自分が「お菊さん」のモデルであることを知っていましたが、後の版では、それを知らないことになっています。


 これは芥川が推敲した結果の変更であり、私如きがコメントする事はできませんが、変更後の、老婦人がピエール・ロティと「お菊さん」を知らない結末の方が、小説として優れているように思えます。
 三島由紀夫はどちらがいいとは書いていません。


 しかし、三島がこの作品をリスペクトしていたことは間違いなく、それに対する回答として、戯曲の名作「鹿鳴館」を書いたのだと・・私は思います。
 ちなみに、芥川と同じ早熟の天才作家、三島由紀夫は16才で処女作「花盛りの森」を書いていますが、これは老人の視点で書いた作品ではありません。
芥川と三島の違いの一つです。


 そんな事を考えた直後に、俳句を書くよう迫られたので、私は思わず花火をVieに例えて表現しました。
 「なんだ、芥川の小説からの盗用か・・・」と言われる前に、このブログで白状します。
 本当なら、ピエール・ロティ=芥川龍之介=三島由紀夫と続く系譜の後に、小生も文学作品で表現できればいいのですが、そんな才能は全くありません。


 せめて、呉の花火大会を眺めて、また駄句でもひねりたいな・・と思うだけです。

  心 鏡 記

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