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トップ  >  人間禅とは
「人間禅」は、明治の初頭に、山岡鉄舟居士・高橋泥舟居士ほかの先覚者が、鎌倉円覚寺管長の蒼竜窟今北洪川禅師を拝請し、人材育成のための禅会として「両忘会」を創設したのが始まりです。

この会は、その後、大正期になって両忘庵釈宗活老師によって、禅の歴史上初めて、僧侶でない社会人に法脈を伝える、画期的な新しい修行の形の「居士禅」の道として再興されました。老師の法を嗣いだ耕雲庵立田英山老師は、戦後新たにこれを「人間禅」として展開されました。
 
   
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禅は出家者だけのものではありません

禅は、東洋文化の長い伝統の中で磨き上げられてきたすばらしい人間形成の道です。この道はすべての人に開かれています。決して僧侶だけのものではありません。

古来、禅の修行によって人間形成を図るとともに、禅の精神を自らの分野に生かして新生面を切り開き、おおいに社会に貢献した居士(出家せず、在家のまま禅の修行をした人)も多くおります。

鎌倉時代の執権北条時頼・北条時宗。
室町時代では、能楽の世阿弥や金春禅竹。俳諧連歌の山崎宗鑑。
茶の湯の村田珠光・武野紹鴎。
そして茶道を確立した千利休(写真)


戦国時代の武将武田信玄・上杉謙信・伊達政宗。        
江戸時代では蕉風俳諧の松尾芭蕉。文人画の池大雅。
剣豪柳生宗矩・宮本武蔵。










明治維新の陰の立役者である勝海舟(写真左)・山岡鉄舟(同中央)・高橋泥舟。明治に入り、文豪夏目漱石。落語家の初代三遊亭円朝。『民約論』の中江兆民。『青鞜』の平塚雷鳥(同右)


昭和では、西田哲学の西田幾多郎。禅思想の鈴木大拙。プロ野球の川上哲治などが有名です。

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禅は、釈尊に始まり、達磨大師を経て、今日までの長い法統の中で磨き上げられてきた、すばらしい人間形成の道です。そこには、歴代の禅門の先覚者が苦心して踏み固め伝えてこられた、見性(けんしょう:自分の本心本性を悟る)による人間形成の確かな道が伝わっています。

禅は、宗教の一つではありますが、信仰でも哲学でもありません。また、現代科学に背くような神秘や迷信、例えば超能力・予言・死後の霊魂の存在などを説きません。もっばら坐禅の修行によって自分自身の心を磨く「行(ぎょう)」です。特定の経典に依らず、釈尊のなされたように坐禅をし、三昧(ざんまい:心を一つのことに集中する)に入り、その三昧の力によって悟りを開き、このかけがいのない尊い人生を生きることの本当の意味を噛みしめる教えです。

悟りそのものは、言葉では説くことのできないものですから、自らが三昧に入って実地に体得するほかありません。坐禅は、調身(正しい姿勢をとる)・調息(呼吸をととのえる)・調心(心をととのえる)の三つが重要な基本となっています。

 禅の修行は、性別や年令を問わず、どなたでもできますが、本などを参考にして、各個人が、日常生活の中で坐禅を修することは、なかなか難しいので、先ず最寄りの禅会を訪ねて、正しい坐禅の仕方を学ぶことが大切です。

最初は、数息観(すうそくかん:呼吸を数えて心をととのえる法)を実習します。充分、数息観に習熟し、本格的に禅の修行をする決心ができたら、摂心会(せっしんえ:本格的な修行の会)に参加し、師家に入門することをおすすめします。

摂心会では、日課に従って、静中の工夫として坐禅を組んで数息観や公案の工夫を行い、また動中の工夫として作務(さむ:軽い作業を通して三味になる行)を行って道眼を磨き道力を養い、正しい人間形成を目指して修行します。そして、入門者は、修行によって得た自分の見解を師家に示して、その深浅邪正の判定を受けねばなりません。これを参禅といいます。

修行者は、このようにして養った得力(とくりき)を、各人の職場・家庭やボランティア活動などで発揮し、社会に貢献するよう努めています。

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