メインメニュー
このページをシェア!
ここでブックマーク: Twitter ここでブックマーク: Facebook ここでブックマーク: Yahoo ここでブックマーク: Google
検索
カテゴリ一覧

ブログ - 最新エントリー

9月15日(金)座禅会のご報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
函館禅会 2017/9/20 8:22


 

9/15龍宝寺坐禅会は、7名の参加者で座りました。

今日は、龍宝寺近くの亀田八幡宮で例大祭が行われており、賑やかな祭囃子が聞こえる日でした。

新到の方が1名参加されました。

 

坐禅会は1830から1930までの1時間で、途中5分間の休憩を挟みます。終了後に約10分間を漢詩観賞の時間としています。
 

函館禅会は、77年と歴史ある禅会です。
 坐禅が初めての方、坐禅に少しでも関心のある方、どなた様でも無料で参加できます。




お寺で静かに坐るというのは、とても贅沢な時間です。




毎月15日・25日 18:30~19:30です。




(よほどのことがない限り休みません)




18:30を過ぎての途中参加も可能です、どうぞお気軽にお立寄り下さい。

 

私たちと一緒に坐って三昧力を養いましょう♪
                


無筅記

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (3)

8月25日(金)座禅会のご報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
函館禅会 2017/8/25 22:12



8/25
龍宝寺坐禅会は、6名の参加者で座りました。


函館もこの数日暑い日が続いていましたが、今日は坐禅をしていても心地のいい一日でした。


新到の方も3名が参加され、いつもより賑やかな坐禅会となりました。


初めて坐った感想を聞いたところ


「大変だった!」「足がしびれた!」


最初は皆さん同じ感想を持つと思いますが、繰り返し坐っているうちにだんだんと慣れてくるものです。


 

坐禅会は1830から1930までの1時間で、途中5分間の休憩を挟みます。終了後に約10分間を漢詩観賞の時間としています。
 


函館禅会は、77年と歴史ある禅会です。
 坐禅が初めての方、坐禅に少しでも関心のある方、どなた様でも無料で参加できます。
 初めての方、大歓迎です。
 初めての方には、15分前に来て頂けると坐り方の指導をします。


 お寺で静かに坐るというのは、とても贅沢な時間です。

毎月15日・25日 18:30~19:30です。

(よほどのことがない限り休みません)


 18:30を過ぎての途中参加も可能です、どうぞお気軽にお立寄り下さい。


 私たちと一緒に坐って三昧力を養いましょう♪
         

無筅記

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (20)

7月25日(火)座禅会のご報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
函館禅会 2017/7/26 1:19

本日は、“ウナギの日”でしたが、皆さんは食べられましたか?
私は、地方回りをしていて“ウナギ”を食べられるお店が近くに無かったため食べられませんでした。代わりに“長い物には巻かれろ”ということで、お蕎麦を頂きましたが、あまりスタミナがつくような気はしませんでした。
 
 さて、7/25の龍宝寺坐禅会の参加者は4名でした。


坐禅会は1830から1930までの1時間で、途中5分間の休憩を挟みます。終了後に約10分間を漢詩観賞の時間とし、本日は中国唐代の代表的な詩人 孟浩然(もう こうねん/もう こうぜん)の「春暁」を取り上げました。
この詩は、〝春眠暁を覚えず
の一節が有名です。(私はこれしか知りませんが)
 今回は詩の読み方を中心とし、鑑賞を次回に残しました。


 


函館禅会は、77年の歴史のある禅会です。
 坐禅が初めての方、坐禅に少しでも関心のある方、どなた様でも無料で参加できます。


お寺で静かに坐るというのは、とても贅沢な時間だと思います。


毎月15日・25日18:30~19:30です。


(よほどのことがない限り休みません)


18:30を過ぎての途中参加も可能です、仕事帰りにぶらりと寄るのもOK牧場!!


どうぞお気軽にご参加下さい。


私たちと一緒に坐りましょう♪
                                 


無筅記

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (29)
結制茶礼
結制茶礼において了空庵老師より「函館禅会は早いもので15回目を迎え、設立5年が経過したことになる。函館禅会に所属する会員が少ないことや会員諸士の年齢を思うと今後のことが大変心配である。会員諸士には、若い会員の確保に向けて全力で取り組むようにとのご垂示がありました。
結制茶礼には函館禅会に所属する会員6名と旧北海支部会員1名が出席して執り行われました。
 
了空庵堀井無縄老師の法話
 参禅会の中日の22日には了空庵老師の法話『生を諦め、死を諦める』が行われました。当会員6名、裏千家恩村社中、並びに月2回龍宝寺で行っている座禅会の参加者の皆さんと共に、了空庵老師の心こもる法話を聴聞することができました。その法話の全てを収録させていただきましたので了空庵老師のお許しと校閲をいただければ、当座禅会のホームページに掲載したいと思っております。
 
円了茶礼
 ほぼ予定通りに3日間の日程を終え無魔円了となりました。円了茶礼において最初に当参禅会副担当師家の了々庵布野翠雲老師から、久しぶりに鍋谷寂然居士に会うことができた喜びと今後も当禅会の支援をいただきたいとの御垂示がありました。了空庵老師から、今回は会員全員がよく頑張り、気持ちが良い参禅会であったとのご垂示をいただきました。
 
参禅会を終えて
 函館禅会の会員は少人数ながら全力で取り組むことができたと思います。老師が結制茶礼でご垂示された将来の課題を重く受けとめ一層の努力をして参ります。日本全国はこれまでにない猛暑や豪雨が続く中、函館は比較的穏やかで涼しい3日間でした。了空庵老師並びに了々庵老師には懇切なご指導をいただき真に有難うございました。北海道は朝夕は涼しく凌ぎやすいとはいえ、日中は暑さがまだまだ続きます。どうぞご法体大切に過ごされますようご祈念申し上げ函館禅会・第15回参禅会の報告とします。

 

函館禅会 米田法雨

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (26)

函館禅会の第15回参禅会は、人間禅師家了空庵堀井無縄老師を拝請し、平成29年7月21日(金)~7月23日(日)の3日間にわたって行なわれました。
 

以下に今回の参禅会についての概略を報告いたします。
 最初に今回の参禅会のおおよその時間表は下記の通りでした。  
 
参禅会の時間表

7月21日(金) 午後 6時40分までに、    集合
             7時30分~7時50分  結制茶礼
             8時00分~8時55分  静坐(休1)・参禅
 7月22日(土) 午前 9時50分までに、    集合
            10時~11時35分    静坐(休1)・参禅
          午後 1時50分までに、    集合
             2時00分~4時35分頃 静坐(休2)・参禅
             6時50分までに、    集合
             7時00分~7時50分  
法話:了空庵堀井無縄老師
             7時55分~8時55分  静坐(休1)・参禅
 7月23日(日) 午前 8時40分までに、    集合
             8時50分~10時15分 静坐(休1)・参禅
             引き続き、        円了茶礼
            10時40分頃、      終了    

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (19)
了空庵堀井無縄老師の法話の様子

参禅会静座の様子

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (24)

6月25日(日)座禅会のご報告

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
函館禅会 2017/6/27 12:14
降雨も予想される中、参加者は6名でした。夜6時半から7時半まで途中5分間の休憩を挟み坐禅。終了後10分間を漢詩観賞の時間とし、陶淵明の「飲酒」を取り上げました。
この詩は、〝采菊東籬下、悠然見南山〟の一節が有名です。(これまで8年間欠かさず続けて来た『菜根譚』の味読が615日を以て完了したので。)
 今回は魏晉南北朝の時代背景の説明と、詩の読み方を中心とし、鑑賞を次回に残しました。健康上いつまでやれるものやら分かりませんが、元気な内は続ける覚悟です。
                                 三村千田
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (31)

念 場 漫 録  (抜粋)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
函館禅会 2017/5/3 11:34

      両忘協会という禅の団体の『凡夫禅』という雑誌を読む機会に恵まれた。創刊号は昭和21年1月発行となっている。そこに、寸鉄山人名で立田英山老師の書かれた念場漫録という文章が載っていた。若い人々には語句も表現も理解するに難しいかと思われるが、まさしく珠玉の言葉である。
大禅者の境涯をうかがい知るのにふさわしいので、抜粋してご紹介することとした。味読されるよう願っている。
なお、旧漢字は現在慣用の漢字に替えさせていただいた。読み仮名(旧仮
名遣い)や注は、私が勝手に付け加えたもので、原文にはない。カッコ内の数字は、昭和20(1945)年の月日であろう。
                                                                   


念 場 漫 録  (抜粋)
                                 寸 鉄 山 人
 
           余 八ヶ嶽山麓 念場ケ原に寓棲(ぐうせい)し以来、
          思ひ附くまゝに寝語(しんご)を書き附けしもの
          此の漫録なり。 従って順序もなく統一もなし。
          或は他の照心(せうしん)の縁(よすが)ともならむか
           念場ケ原: 山梨県下の地名
            寓棲: 身を寄せ住む
            寝語: 寝言(ねごと)
            照心: 自分の心を照顧省察すること

     躬(みづか)ら耕して食(じき)を求む是(こ)れ人間本然の
      相(すがた)なり。 然(しか)りと雖(いへど)も未だ人間界
       を出でず。美を愛し善を好み真を悦(よろこ)ぶも亦(また)
       天上界を超えず。
       如是法(にょぜほふ)に遊戯(ゆげ)して始めて四聖の列
       に入るべし。                      (4・8)
        如是法: 仏法。誤り無き真実の法
        遊戯: 無心に遊ぶが如く、心に滞りなく自由に往来
        四聖: 釈迦・キリスト・孔子・ソクラテス

      物質文明も今にしてブレーキをかけずんば、頓(やが)て
       人道を脱線すべし。                  (4・10)

      自他の分界なきを無我と言ふ。無我の境地に到るに二途
       あり。一は偉大なるものに帰入し他は自分を偉大なるもの
  に育成す。前者は他力にして、後者は自力なり。
                                     (4・11)

      他力は報恩感謝に尽き、自力は法喜禅悦(ほっきぜんえ
       つ)に止(とどま)る。而(しか)して両者の究極は一致す。
                                     (4・11)
        法喜禅悦: 仏道禅法に対して喜悦の信心を持つこと

    困苦と欠乏とは人の情けと物の有難みとを思はしむ。
                                     (4・12)

    『三人寄れば我が師あり』と。吾に学ぶ気構えあれば
一人にても吾が師はあるものなり。
       『三人寄れば文殊の智慧』と。中々以(もっ)て世界中の人
       が集りても文殊の智慧は出ぬものなり。      (4・20)

  種子の良否は収穫を決すとは一応の道理のみ。
       蒔き時・地味・天候・手入れは又収穫を左右す。因あれど
       縁あらざれば果は生ぜぬものなり。         (5・8)

      『段取り・真剣・締め括り』は、目前の些事(さじ)より一生

の大事に至るまでの要訣(ようけつ)なり。
                                     (5・10)
        些事: 取るに足らないわずかばかりのこと。小事
        要訣: 物事をなすのに欠かせない大切な方法

      『念には念を入れよ』とは、同じ事を漫然と繰り返へすに
       非ず、別な角度より綿密に検討するの謂(いひ)なり。
                                     (5・12)

      自由平等は生(なま)のまゝにては我儘勝手の代名詞に
       過ぎず。然れども熟せば人間真実の叫びなり。 (5・25)

 衣食足りて礼節を知り、衣食余りて礼節を忘る。
                                     (6・20)

      親心あれば信頼され、責任を持てば信用さる。  (7・1)

      信義は嘘言を吐かざる一点に尽く。         (7・1)

    反省すれば恥を知り、恥を知らば我儘は出(いで)ず。
       人と人との和は只々反省にあるのみ。       (7・3)

      人に合掌せよ、動物に合掌せよ、植物に合掌せよ、山川
       に合掌せよ、器物に合掌せよ。而(しか)も頼む心を以て
       神仏には断じて合掌すべからず。          (7・3)

      自然を征服すべしとは嗤(わら)ふべき人間の思ひ上りな
       り。世界を征服すべしとは愍(あはれ)むべき民族の自惚
       (うぬぼ)れなり。前者は人類を滅亡に導き、後者は世界を
       動乱に誘ふ。                      (7・25)



      負くる時は総に負く。是れ禅者なり。       (7・15)

 言葉の美なる程結実は劣悪なり。
                風呂敷の大なる程内容は貧弱なり。        (10・5)

       如意ならざるは己(おの)れが不徳無力と羞(は)じよ、
          如意なる時は法恩衆恩に感謝せよ。        (10・8)

          楷書を習ひ尽して草書に及び、写生密画を極めて南画に
                到り、連歌を脱して俳句生れ、大名茶に厭(あ)きて佗茶(
わびちゃ
                を楽しむ。総べて東洋文化の粋は省略の妙にあり。 (10・10)

         草さへ生えぬ畑に稔りなく、草の繁れる畑に稔りなし。
            心田を耕するも亦又 如是(かくのごと)し。   (10・15)

 ○ 己れの欲せざる処他に施さば罪悪となり、
           己れの欲する処他に施さざれば吝嗇(りんしょく)となる。
          己れの欲せざる処他に施す勿(なか)れと道徳は教へ、
            己れの欲する処他に施せと宗教は叫ぶ。    (10・24)

 生活の味は簡素にあり
                     芸術の妙は枯淡にあり。             (10・28)

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (28)

『心がぶれない生き方と禅1 心のブレを無くすには~』


慧日庵笠倉玉溪老禅子


2016626() 東京摂心会にあたり講演会を開いた時のビデオです。






『心がぶれない生き方と禅2 心がブレない生き方と禅2 納得できる人間関係を築くには』  慧日庵笠倉玉溪老禅子


2016918() 東京摂心会にあたり講演会を開いた時のビデオです。




『心がぶれない生き方と禅3 心がブレない生き方と禅3 ストレス、負のスパイラルからの脱出』  慧日庵笠倉玉溪老禅子


201725() 東京摂心会にあたり講演会を開いた時のビデオです。



 (転載責任:珠玉)

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (69)
 茶味の著者は奥田正造氏(以降は敬称略で奥田と称す)で大正8年(1919年)の
著作であります。著者は奥田一人となっていますが、実質的には親友の近藤外巻
氏(平心庵ー以降敬称略で外巻と称す)との共著です。      
               
 奥田が共著者として名をお願いしても固辞され、せめてあとがきに平心庵の名前
を入れてほしいといく度も懇情しますが、外巻は無二の親友の申し出を頑なに拒  
みました。              
               
 外巻は、老年に至るまで名を秘することを最高の美徳と考えていました。  
『それは日頃愛読していた儒仏道の三思想を兼ねた哲学的処世訓である「菜根  
譚」の影響によるものではないか』と近藤道生氏は述べております。    
               
表題の近藤道生氏(以降は敬称略で近藤道生ないし道生ーみちたかーと称す)は
外巻の子息で広告会社博報堂社長、最高顧問として活躍された方です。  
               
 『茶味』の思想は近藤道生の小文『「茶味」奥田正造と父外巻』に簡にして要を  
尽くした名文があります。          
               
本稿ではその近藤道生の小文を引用紹介すると共に、近藤道生が日本経済新聞
に寄稿された私の履歴書(平成21年4月)の中から同氏が太平洋戦争中のこと  
を記載した部分を引用し、道生の至誠の人柄をご紹介したい。    
               
先ずは『「茶味」奥田正造と父外巻』から        
               
 私の父近藤外巻は、学生時代から唯一人の心の友を持つことを標榜し、死ぬ  
までそれを実践した。            
               
 その唯一人の心の友が第一高等学校同級生であった。このときの同級生は  
多士済々であった。            
               
学業優秀でその頃学生名士のような存在で、大蔵省に進んだ青木得三、歌人と  
して盛名を馳せ、青山脳病院長としても有名な斎藤茂吉、二千年前のハスの実  
を開花させた大賀ハスの大賀一郎、丸ビル眼科と呼ばれ全国的にもかなり有名  
であった内田某、更に華厳の滝に身を投じて一世を驚倒させ、巌頭の辞を残した  
藤村操などがいた。            
               
そのなかで奥田正造と近藤外巻がとくに親しくなった原因と思われるものが二つ  
ある。              
 一つは奥田が岐阜高山の産で幼少時から茶の手ほどきを受けていたことを知った
近藤が、その点に強く惹かれたこと。        
 二つめは、仏教哲学に対する憧れを両者との強くいだいていたこと。この二点である。
千葉 金風 記              
続く