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ブログ - 三島静坐会 お茶会のお知らせと7月の禅語 一期一会

三島静坐会 お茶会のお知らせと7月の禅語 一期一会

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
岳南支部 2018/7/2 22:24
三島静坐会 お茶会のお知らせ
 

7月14日()の三島静坐会において、鈴木幹久さんのお点前による
お茶会を催します。時間は6時半から静坐、禅語。7時頃からお茶会を
はじめたいと思っています。ぜひ、お集まりのほど、よろしくお願い
いたします。
                     合掌  輝風
 
禅語 一期一会(+独座観念)

一期一会(いちごいちえ)

 

「一期」とは人間の一生涯のこと、「一会」とはただ一度の会の

ことである。「一期一会」とは、今日(こんにち)のこの茶会はわが生涯において

二度とない茶会、ただ一度限りの茶会であることを深く肝に銘じ、主

客ともに力いっぱい誠意をつくして茶会に取り組めという教えであ

る。この一期一会の思想は、仏教思想に根ざしたもので、おそらく早

くからきざしていたものと思われるが、その起源はよくわからない。

そして茶の湯の世界でも、茶と禅が結びつくにつれて、この思想が起

こってきたものと推定されるが、それが文献の上にはっきりと出て

くるのは、天正(てんしょう)十七年二月(注:1589年)成立の奥書(おくがき)をもつ

山上(やまのうえ)宗二記』の「茶湯(ちゃのゆ)者覚悟又十体」の一条「客人()リノ事」の

条においてである。すなわちそこに、

道具開キ亦ハ口切(クチキリ)ハ云フニ及バズ、(ツネ)ノ茶湯ナリトモ、露地(ロジ)()

ルヨリ(イヅ)ルマデ、一期ニ一度ノ()ノヤウニ、亭主ヲ(ウヤマ)(オソ)ルベシ。

世間ノ雑談無用也。

とあるそれである。そしてこの一期一会の茶会ということをとくに

強調し力説したのは、江戸時代の末いわゆる幕末に出て江戸幕府の

大老として手腕を発揮し、万延元年三月三日(注:1860年)、世

にいう桜田門外の変で(たお)れた井伊(いい)直弼(なおすけ)(注:1815-1860)で

ある。

直弼は若い頃から禅を修し石州流の茶を習い、三十歳の頃にはすでに茶道に関する自らの思想をまとめつつあったが、何歳の時と確定はできないが、おそらく四十歳の頃、それを一書にまとめあげた。それが有名な『茶湯一会集』であるが、彼はこの書名を選んだ理由を巻頭において、次のように述べている。

(そもそも)、茶湯の交会(こうえ)は、一期一会といひて、たとへば幾度同じ主客

交会するとも、今日(こんにち)の会にふたたび帰らざる事を思へば、実に我

が一世一度の会也。さるにより、主人は万事に心を配り、(いささか)

()(まつ)なきやう深切実意を尽し、客も此の会に又逢ひがたき事を

(わきま)へ、亭主の趣向、何ひとつもおろかならぬを感心し、実意を以

て交るべき也。是を一期一会といふ。必々、主客とも等閑(なおざり)には一

服をも催すまじき事、即ち一会集の極意也。

 これで、彼が自らの茶書に『茶湯一会集』と名付けた理由も、また

彼が一期一会をどう理解していたかも明らかである。そして一期一

会の説明としては、これで十分であろう。

しかし、一期一会は茶会だけに限ったことではない。およそ私たちに

とって、今日の一日は二度とないただ一度限りの一日である。したが

って、今日の会合は、家庭のまどいも友人との会談も、学校や会社で

の集会も、みな一期一会のものである。とすれば、これらにおいても、

茶会の場合と同様、「聊も麁末なきやう深切実意を尽し」て交わるべ

きことは、今さらいうまでもあるまい。

 

    (芳賀幸四郎著 新版一行物 -禅語の茶掛- 下巻より)

 

 

(独座観念、茶湯一会集抜粋)

 主客とも余情残心を催し、退出の挨拶を終われば、客も露地を(いづ)

高声(たかごえ)(はな)さず、静かにあと見かへり(いづ)(ゆか)ば、亭主は(なお)(さら)のこと、客

の見えざるまでも見送るなり。()て、中潜(なかくぐ)り、猿戸(さるど)、その外戸障子な

ど、早々〆立(しめた)てなどいたすは、不興千万、一日の饗応も無になる事な

れば、決して客の帰路見えずとも、取り片付け急ぐ可からず、いかに

も心静かに、茶席に立ち戻り、この時、にじり上がりより、這い入り

炉前に独座して、今(しば)らく御咄も有るべきに、もはや何方(いずかた)まで

可被参哉(まいらるべきや)、今日一期一会済みて、再びかへらざる事を観念し、或は独

服もいたす事、是、一会極意の習いなり。此の時寂寞(せきばく)として打ち語ら

ふものとては、釜一口のみにして、ほかに物なし、(まこと)に自得せざれ

ば、いたりがたき境界なり。

 

 

 山上(やまのうえ)宗二(そうじ)(1544-1590):

      戦国時代から安土桃山時代にかけての堺の豪商(町衆)、

      茶人。千利休に20年間茶湯を学んだ高弟。

      箱根湯本の早雲寺に追善碑がある。

 

 井伊(いい)直弼(なおすけ)(1815-1860):茶号 宗観

      幕末の譜代大名。近江彦根藩の第15代藩主。幕末期の江戸幕府

      にて大老を務め、日米修好通商条約に調印し、日本の開国近代化

      を断行した。桜田門外の変で暗殺された。

 

  輝風  拝

 

 

 
 

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