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ブログ - 三島静坐会 5月の禅語 独坐大雄峰

三島静坐会 5月の禅語 独坐大雄峰

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
岳南支部 2018/5/20 9:49

独坐大雄峰(独坐(どくざ)大雄峰(だいゆうほう))
 

 馬祖(ばそ)道一(どういつ)会下(えか)からは百丈(ひゃくじょう)懐海(えかい)南泉(なんせん)普願(ふがん)大梅(だいばい)法常(ほうじょう)(ほう)居士(こじ)など多く

法嗣(はっす)が輩出したが、馬祖の大機大用(たいゆう)(禅機あふれるはたらき)を全部受け継いだのは百丈ただ一人だと評されている。事実、百丈は名高い「百丈野狐(やこ)」の公案をのこし『百丈清規(しんき)』を制定し、かつ「一日()さざれば、一日(くら)わず」という金言を吐き、自らこれを実践した大宗匠(しゅうしょう)である。この「独坐大雄峰」の一句は、『碧巌録(へきがんろく)』第二十六則にも採られている百丈と一僧との問答、

僧、百丈に問う、如何なるか是れ奇特事(きどくじ)。百丈曰く、独坐大雄峰

僧、礼拝す。百丈、便(すなわ)ち打つ。

に基づいたもので、百丈の凛然(りんぜん)とした風貌(ふうぼう)をまのあたりに見る思いのする句である。この僧の問うた「奇特事」には、何やら不可思議な霊験(れいげん)奇瑞(きずい)有難そうな御利益(ごりやく)という意味と、玄々(げんげん)微妙で珍貴なことという二つの意味がある。しかし問答の様子からみると、この僧は相当高い境涯に達した僧であることが察せられる。彼は第二の意味で問うたものと推定される。すなわち、この僧「尋常な仏法はもう聞きあきました。どうぞ一つ、禅道仏法の玄妙なところ、禅の奥の院をお示しいただきたい」と問うて出たのである。そしてこれに対して、間髪をいれず百丈の口をついて出たのが、この「独坐大雄峰」の一句なのであった。

これを訓読すれば「独り大雄峰に坐す」となる。大雄峰とは百丈山中の一峰であり、

この句は「わしは今、ただ一人この大雄峰上にドン坐っておるわい」という意味である。古人がここに「凛々たる威風、四百州」と一語置いているように、「わしはシナ四百余州はおろか宇宙乾坤森羅万象を尻の下に敷いて天上天下唯我独尊とドン坐っている」、ということである。しかし、こういうと、眼玉をカッと開き、肩をいからして天下をへいげい(ヽヽヽヽ)している大入道を連想するかもしれないが、それは必ずしも当らない。先師耕雲庵(こううんあん)英山(えいざん)老漢は、

「われ ここに 今 かくありぬ 日なたぼこ」

という述懐の句を作っておられるが、それが百丈の「独坐大雄峰」の真の境涯である。いつでも正念、どこでも正念、何をしていても正念、これが禅の奥の院である。その意味で、無限の時間と空間のなかで、今、ここに正念で生きている、この(げん)として確かな事実、これにもまして奇特玄妙かつ尊厳なことが、またとあるであろうか、というのが、百丈の肚なのである。それにしても「独坐大雄峰」とは、全くおそれいった一句である。

亭主も「われ、今、ここに如是」、客もまた「われ、今、ここに如是」、この思に徹して、茶を通じて今日唯今のこの一時を心ゆくまで味わってこそ、その茶は「一期一会の茶」というものであろう。

  

        (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 上巻より)

             

 

碧巌録(へきがんろく):宋時代(1125年)に編集された中国の仏教書。

禅門第一の書といわれ、特に臨済宗において尊重される、

代表的な公案集。碧巌集とも呼ばれる。

                
  馬祖道一(ばそ どういつ、709-788):四川省の出身。懐譲の法を嗣ぐ。

         馬祖禅とも呼ばれるその禅思想では、禅宗で初めて経典や観心

         によらず日常生活の中に悟りがある大機大用の禅を説き、「平常

         心是道」、「即心即仏」など一言で悟りを表す数多くの名言を残し

         ている。多くの嗣法の弟子を輩出し、それぞれが数多くの語録を

         残すので、後の禅宗に語録を重視する傾向をもたらし、やがてそ

         れは公案を重視する臨済宗へと発展していった。

 

  雪竇重顕(せっちょう じゅうけん:980-1052):中国の北宋の禅僧。

四川省出身。過去の禅僧が残した百個の公案について自ら偈頌(漢詩)を付した『雪竇頌古』は後に公案集で名高い『碧巌録』となり、

その思想は現在に伝わる。

 

百丈懐海(ひゃくじょう えかい、749-814):中国唐時代の禅僧。

馬祖道一の法を嗣ぐ。はじめて、律院から独立した禅院を設立する。禅門の規範『百丈清規』を定め、自給自足の体制を確立した。

 
  頌(じゅ):偈():偈頌(げじゅ):仏徳を賛嘆し教理を述べたもの。また、それに

             準じて、仏教の真理を詩の形で述べたもの。

奇瑞(きずい):めでたいことの前兆として現れた不思議な現象。

玄々(げんげん):きわめて奥深いこと。深くはかり知れないさま。
 
                            輝風  拝
 
 
 
 

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