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松無古今色 (松に古今の色無く)

竹有上下節 (竹に上下の節有り)

 

  「松無古今色 竹有上下節――松に古今の色無く、竹に上下の節有り」と

 いうこの対句(ついく)は、そのままで、あるいは五字一行として別々によく揮毫(きごう)され

る句の一つである。

  松はいわゆる常緑樹で、「松柏千年の(みどり)」という句もあるように、春夏秋

冬、いや幾歳月を通じて常に青あおとして、その色を変えることはない。「松

に古今の色無し」である。竹もまたいつも青あおとしているが、これには上下

の節があるというのである。これは松と竹、無と有、古今と上下を対比させ、

なかなか修辞の妙をえた佳句である。しかし、これは単に松と竹の生態を描写しただけのものではない。大乗仏教の法理をそこに含蓄させているのである。

他のところでも説いているように、人間平等の面だけを主張して男女老幼

の差別を無視するのも、また逆に貧富上下の差別だけを認めて人間としての

平等を認めないのも、ともに一面しかみないもので謬見(びゅうけん)である。平等でありながらそのままで差別歴然、差別歴然でありながらしかも一味平等、平等即差別差別即平等と観ずるのが、真理にかなった円満な見解である。

「雨あられ雪や氷とへだつれど とくれば同じ谷川の水」という古歌があ

るが、これは、この間の消息をうたったものである。

そして、この対句は「松に古今の色無し」で平等一色の面を、「竹に上下の

節有り」で差別歴然の面をうたい、全体として平等即差別差別即平等の真理を表現しているのである。したがって、どちらか一句しか掛けていない場合に
は、その背後に他の一句が隠されているものとして拝見し、味わうべきもので

ある。

差別一辺倒の封建的な人間観は、昨今ようやく影をひそめてきたようである

が、代って男女親子師弟先輩後輩などの見さかいのない平等一辺倒の思

想が、民主主義の名において流行しているようである。しかし、真の民主主義

とは決してそのようなものではなく、それは民主主義のはきちがえある。この

ような悪平等の傾向に対する反省の意味でも、この句、よく玩味していただきたいものである。

        (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 下巻より)

             

出典:『五灯会元』(ごとうえげん):中国、南宋代に成立した禅宗の灯史。

1252年、禅宗の歴代祖師の行状を記した五つの書(伝灯書)

      整理して一書としたもの。

『五灯会元、巻十八、大潙祖瑃禅師』(だいい そちゅん ぜんじ)

僧問う、如何なるか是れ潙山の家風。

師曰く、竹に上下の節有り、松に今古の青無し。

『禅林句集』(柴山全慶編)には、「平等と差別。自らの性を違えずそのまま

真理の妙を示す」とある。

                     輝風  拝

 

 

  

 
 
 
 
 

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ブログ投稿 常明 合掌

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執筆 : 
岳南支部 2018/6/4 19:35

英語を介して禅を理解したい人達に、

To those who want to understand ZEN through English,

 

 

【 前回に続いて、立田英山写真集「花あいしらず」のまえがき(磨甎庵老師著)を参考にまとめたものの最終回です。

  一部、編集しておりますH30.6.4 】

 

よく見れば 薺(なずな)花咲く 垣根かな

Yoku mireba  nazuna hana saku  kakinekana

 

Looking carefully,

 A tiny shepherds purse flowers

Blooming under the hedge.

 

 

(最終)

 そして人間というかけがいのない生を受けながら、人間が何であるかを明めず、命の尊さや楽しさを味わわないまま、

夢中で生涯を終えようとしている自分というものが問い直されるのである。

 

 私たちのいのちの根源である自然との深い触れあいを通して、本当の自分に目覚め、人間らしい本来の面目を取り戻し、

限りない他との交わりの地平を開いて、平和な正しく・楽しく・仲のよい世界を築くようにしたいものである。

 

the end

You would ask yourself if it is right for you to be finishing your life  unaware of what human is and of how precious and enjoyable life is. 

In fact, each of us is given a priceless life as a human being.  

 

We should construct a peaceful, just, enjoyable and amicable(友好的な) world by means of our close contact with nature which is the origin of our lives. 

In close contacting, by regaining the true identity and the proper dignity as human beings, we open up a new horizon for unlimited socialization with the rest of humanity.  

 
 
 
 
 

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三島静坐会 5月の禅語 独坐大雄峰

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執筆 : 
岳南支部 2018/5/20 9:49

独坐大雄峰(独坐(どくざ)大雄峰(だいゆうほう))
 

 馬祖(ばそ)道一(どういつ)会下(えか)からは百丈(ひゃくじょう)懐海(えかい)南泉(なんせん)普願(ふがん)大梅(だいばい)法常(ほうじょう)(ほう)居士(こじ)など多く

法嗣(はっす)が輩出したが、馬祖の大機大用(たいゆう)(禅機あふれるはたらき)を全部受け継いだのは百丈ただ一人だと評されている。事実、百丈は名高い「百丈野狐(やこ)」の公案をのこし『百丈清規(しんき)』を制定し、かつ「一日()さざれば、一日(くら)わず」という金言を吐き、自らこれを実践した大宗匠(しゅうしょう)である。この「独坐大雄峰」の一句は、『碧巌録(へきがんろく)』第二十六則にも採られている百丈と一僧との問答、

僧、百丈に問う、如何なるか是れ奇特事(きどくじ)。百丈曰く、独坐大雄峰

僧、礼拝す。百丈、便(すなわ)ち打つ。

に基づいたもので、百丈の凛然(りんぜん)とした風貌(ふうぼう)をまのあたりに見る思いのする句である。この僧の問うた「奇特事」には、何やら不可思議な霊験(れいげん)奇瑞(きずい)有難そうな御利益(ごりやく)という意味と、玄々(げんげん)微妙で珍貴なことという二つの意味がある。しかし問答の様子からみると、この僧は相当高い境涯に達した僧であることが察せられる。彼は第二の意味で問うたものと推定される。すなわち、この僧「尋常な仏法はもう聞きあきました。どうぞ一つ、禅道仏法の玄妙なところ、禅の奥の院をお示しいただきたい」と問うて出たのである。そしてこれに対して、間髪をいれず百丈の口をついて出たのが、この「独坐大雄峰」の一句なのであった。

これを訓読すれば「独り大雄峰に坐す」となる。大雄峰とは百丈山中の一峰であり、

この句は「わしは今、ただ一人この大雄峰上にドン坐っておるわい」という意味である。古人がここに「凛々たる威風、四百州」と一語置いているように、「わしはシナ四百余州はおろか宇宙乾坤森羅万象を尻の下に敷いて天上天下唯我独尊とドン坐っている」、ということである。しかし、こういうと、眼玉をカッと開き、肩をいからして天下をへいげい(ヽヽヽヽ)している大入道を連想するかもしれないが、それは必ずしも当らない。先師耕雲庵(こううんあん)英山(えいざん)老漢は、

「われ ここに 今 かくありぬ 日なたぼこ」

という述懐の句を作っておられるが、それが百丈の「独坐大雄峰」の真の境涯である。いつでも正念、どこでも正念、何をしていても正念、これが禅の奥の院である。その意味で、無限の時間と空間のなかで、今、ここに正念で生きている、この(げん)として確かな事実、これにもまして奇特玄妙かつ尊厳なことが、またとあるであろうか、というのが、百丈の肚なのである。それにしても「独坐大雄峰」とは、全くおそれいった一句である。

亭主も「われ、今、ここに如是」、客もまた「われ、今、ここに如是」、この思に徹して、茶を通じて今日唯今のこの一時を心ゆくまで味わってこそ、その茶は「一期一会の茶」というものであろう。

  

        (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 上巻より)

             

 

碧巌録(へきがんろく):宋時代(1125年)に編集された中国の仏教書。

禅門第一の書といわれ、特に臨済宗において尊重される、

代表的な公案集。碧巌集とも呼ばれる。

                
  馬祖道一(ばそ どういつ、709-788):四川省の出身。懐譲の法を嗣ぐ。

         馬祖禅とも呼ばれるその禅思想では、禅宗で初めて経典や観心

         によらず日常生活の中に悟りがある大機大用の禅を説き、「平常

         心是道」、「即心即仏」など一言で悟りを表す数多くの名言を残し

         ている。多くの嗣法の弟子を輩出し、それぞれが数多くの語録を

         残すので、後の禅宗に語録を重視する傾向をもたらし、やがてそ

         れは公案を重視する臨済宗へと発展していった。

 

  雪竇重顕(せっちょう じゅうけん:980-1052):中国の北宋の禅僧。

四川省出身。過去の禅僧が残した百個の公案について自ら偈頌(漢詩)を付した『雪竇頌古』は後に公案集で名高い『碧巌録』となり、

その思想は現在に伝わる。

 

百丈懐海(ひゃくじょう えかい、749-814):中国唐時代の禅僧。

馬祖道一の法を嗣ぐ。はじめて、律院から独立した禅院を設立する。禅門の規範『百丈清規』を定め、自給自足の体制を確立した。

 
  頌(じゅ):偈():偈頌(げじゅ):仏徳を賛嘆し教理を述べたもの。また、それに

             準じて、仏教の真理を詩の形で述べたもの。

奇瑞(きずい):めでたいことの前兆として現れた不思議な現象。

玄々(げんげん):きわめて奥深いこと。深くはかり知れないさま。
 
                            輝風  拝
 
 
 
 

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三島静坐会 4月の禅語 隠徳如耳鳴

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執筆 : 
岳南支部 2018/5/19 22:38

隠徳如耳鳴 (隠徳(いんとく)耳鳴(じめい)(ごと))
 

 私は先年、裏千家茶道の名誉師範であり、札幌淡交会の大御所であられる

松本宗芳さんから、釈宗演老師のご揮毫になる「隠徳如耳鳴」という茶掛を

頂戴し、折にふれてこれを掛けて自誡のよすがとしている。

 この五字一句は『随書(ずいしょ)(唐の魏徴(ぎちょう)らが(ちょく)を奉じて随の歴史を(せん)した史書

の「李士謙(りしけん)伝」に、「或人、士謙に()いて曰く、()は陰徳多しと。士謙曰く、所謂(いわゆ)
る陰徳なるものは()お耳鳴のごとし。(おの)れ独り之を聞き、人の知る者無し。今、
吾が()す所、吾が子皆な知る、何の陰徳か之れ有らん」とあり、また『北史(ほくし)
(唐の李延寿撰の史書)の「李士謙伝」にもほぼ同様の記事のあるのに典拠し、こ
れを簡略化したものである。
「陰徳」は「隠徳」とも書き、他人に知られぬようにひそかに善根功徳を積み、
隠れて世のため他のため恩徳を施すことである。また「耳鳴」とは精神が興奮
したり血圧が昂進したりした時、聴神経が病的に刺激され、ある種の音が連続
的に鳴るように感じられる症状、いわゆる耳鳴りのことである。但し、耳鳴り
は当人に聞こえるだけで、他人には全然聞こえずわからない。その点で、隠徳
と耳鳴とは共通しているというので、「隠徳は耳鳴の如し」という句が生まれた
のである。

およそ人間というものは自己顕示欲の旺盛なもので、自らが他に施した恩恵
をとかく吹聴したがり、自らの善根功徳を世間から認められ称讃されたがる
ものである。しかしそれでは、せっかくの恩恵も善根功徳も、それの報酬を
期待し算盤ずくの行為、功利的な所行になり、真の道徳とは程遠いものに
なってしまう。先きに「無功徳(むくどく)」の項で説いたことであるが、あたかも太陽が
本然(ほんねん)自性(じしょう)のままに燃焼し、少しも意識せず熱と光りとを地球に送り、人間を
はじめ万物を生成発育せしめるという大恩恵を施しながら、しかもいささかも
その功に誇らぬというように在ってこそ、まことの道徳であり善根功徳である。
そして真の仏菩薩とは、まさにこの太陽のように、恩恵を施すという意識も
なく、それに対する報酬を求めることもなく、一切の衆生の上に慈悲を垂れる
人のことである。ただ当人が知るだけで他に知る者のない隠徳を積むのは、この仏に近づく行にほかならない。隠徳を積むことは、言うはやすく行ないがたいことではあるが、ぜひ、行じたいものである。その願いをこめて、
「隠徳は耳鳴の如し」の五字一句を紹介した次第である。

 

     (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 上巻より)

                   

魏徴(ぎちょう、580~643):中国の唐の政治家。

李延寿(りえんじゅ、生没年不詳):中国の唐の歴史家。唐の太宗に仕えた。随末の李大師の子で、父の未完の南北朝通史を引き継ぎ、16年かけて『南史』80巻、『北史』100巻を完成させた。

李士謙(りしけん、生没年不詳):中国の随王朝に仕えた。富豪。

      「随書 列伝第四十二 隠逸李士謙」
 
                           輝風 拝
 
 
 
 

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日々雑感 ―「禅っぽい」ものについて―


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岳南道場 第202回 摂心会

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執筆 : 
岳南支部 2018/5/1 10:54

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京都での撮影

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執筆 : 
岳南支部 2018/4/29 23:00



 

 4月の初めに京都で撮影した写真です。

「竹林に咲く水仙」と「満開に散った椿」です。

時期外れになってしまいましたが、同じ月内なので許して下さい。

 

                       至山 拝

 

 

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三島静坐会 講話 禅語の予定

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執筆 : 
岳南支部 2018/4/27 19:56

三島静坐会 講話 禅語の予定

 

平成30年5~9月の三島静坐会での講話、禅語の予定です。
  坐禅のあと25分くらい、下記の禅語、講話について話をします。
  古の言葉、その造詣の深さを味わってみませんか?
  その表現の根底にひそむ肚を看破するように努めましょう。
  坐ったあとで味わう禅語は、また格別の想いがあるとおもいます。
  是非一度、足をお運びくださいませ。
  時間、場所の詳細、ご予約はイベント予約からどうぞ。
 
   5月12日  禅語  「独坐大雄峰」
   6月9日   禅語  「松無古今色 竹有上下節」「雪竹」
   6月23日  講話  「食前の文 第二項」
   7月14日  講話  「食の文 第四項」
   7月28日  講話  「食の文 第五項」 
   8月11日  禅語  「別無工夫」
   8月25日  禅語  「如是」
   9月22日  禅語  「秋風淅々 秋水冷々」
 

                    合掌  輝風  拝

 

 

 

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青山元不動 (青山(せいざん) ()不動(ふどう))

白雲自去来 (白雲(はくうん) (おのずか)去来(きょらい))
 

   「青山元不動 白雲自去来――青山(せいざん) ()不動(ふどう)、 白雲(はくうん) (おのずか)去来(きょらい)」は最もよく知られた禅語で、「青山元不動」「白雲自去来」とそれぞれ五字一行として揮毫されることが多い。その意味は、「白雲は自ら去来するも、青山は元と不動なり」と逆に読むとわかりやすい。

幕末から明治前半期にかけて活躍した山岡鉄舟――深く禅に参じ剣禅一味の立場から無刀流を創始し、勝海舟と西郷南洲との江戸開城の和談の地ならしをした大居士――が富士山を描き、それに

「晴れてよし曇りてもよし富士の山 元のすがたは変らざりけり」
  と賛を加えた一軸を拝見したことがあるが、この「晴れてよし・・・・
  一首は、まさに「青山元不動 白雲自去来」の意味を見事に和歌に翻案

した もので、この一首でその解釈は十分であろう。

私たちの人生の行路には晴れた日もあれば曇った日もあり、風あれば

  雪の日もある。万事トントン拍子に運ぶ順境もあれば、いくら努力しても

うまくいかない逆境もある。こうした人生に処して、私たち凡俗の者は、ともすれば外的条件に動かされ、得したといっては有頂天になって真実の自己を見失い、損したといっては落胆して自暴自棄しがちなものである。しかし本当にできた人物というものは、外的条件がどのように変わろうとも、あたかも富士山のように泰然として、すこしも真実の自己を動ずることなく、順境もとよりよし、逆境また可なりと達観して、いささかも志操を変えることがない。いや、それだけではなく、真の大人物というものは、富士山が去来する雲によってかえって趣きを増すように、逆境や難関に遭遇すると、いよいよその真価を発揮するものである。「青山・・・ 白雲・・・」の二句、「晴れてよし・・・」の一首は、この大丈夫の毅然かつ超然とした生き方を、自然の景観に託してたたえたものである。「風吹不動天辺月――風吹けども動かず 天辺の月」という句も、ほぼ同じ意味であるが、「青山元と不動、白雲自ら去来す」の二句のほうが一段と趣きがあり、含蓄が深い。

 なお、世間には、順境にいた間は随分熱心に禅の修行に励み、茶道の錬磨に打ちこんでいたが、いったん逆境に入ると禅も茶もみな捨てて右往左往して、かえって失敗の上塗りをする人があるが、これはおかしい。逆境におちこんだ時にこそ、泰然自若として「白雲去来すれども、青山元と不動」とありたいものである。そうすれば必ずや逆境が自然と順境に転ずる時が来るであろう。人生の指針として味わうべき一句である。

  
         (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 下巻より)

      

 出典:『五灯会元』(ごとうえげん)

中国、南宋代に成立した禅宗の灯史。1252年、禅宗の 歴代祖師の行状を記した五つの書(伝灯書)を整理して一書としたもの。

『五灯会元、巻四、霊雲志勤禅師』(れいうん しごん ぜんじ)

僧問う、如何が生老病死を出離することを得ん。

師曰く、青山元動ぜず、浮雲の去来するに任す。
      

 山岡鉄舟(やまおか てっしゅう、1836~1888):江戸本所生まれ。幕末から明治時代の幕臣、政治家、思想家。17歳の頃から禅の修行も始め、剣書の達人として知られる。一刀正伝無刀流(無刀流)の開祖。通称は鉄太郎。鉄舟は居士号。勝海舟、高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と称される。

 勝海舟(かつ かいしゅう、1823~1899):江戸本所生まれ。幕末から

明治時代の幕臣、政治家。通称は麟太郎。海舟は号。幼い頃

から、剣禅の修行に励む。万延元年(1860)に咸臨丸で渡米

し、帰国後に軍艦奉行軍事総裁となり、明治維新後も政府

高官を歴任し、伯爵に叙せられた。

西郷隆盛(さいごう たかもり、1828~1877):薩摩藩士軍人政治家。通称は吉之介。南洲は号。薩摩藩の下級武士であったが、藩主の島津斉彬の目にとまり抜擢され、紆余曲折をへて後の活躍に到る。最後は西南戦争で敗れて自刃した。

           

                          輝風  拝

 
 
 
 

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