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◆日本文化と禅
両忘庵釈宗活老師の短歌(一) ―『六道游戯集』より― 堀井 妙泉

猛暑の続いた今年(平成22年)の夏、擇木道場において「禅フロン ティア」の短歌俳句のフォーラムがありました。その時の決まっていた講師のご都合がつかなくなり、急 遽、不肖私が両忘庵釈宗活老 師の短歌を鑑賞させていただくことになりました。
歌の鑑賞に入る前に、両忘庵老師のご行履(注1)を簡単にご紹介 いたします。
老師は明治3年東京麹 町の開業医の四男としてお生まれになり、  昭和29年に世寿85歳で遷化されました。20歳の時、鎌倉の円覚寺の今 北洪川禅師に入門され、釈宗演老師 の許で得度され、29歳で大事を了 し、輟翁の号を授かっておられます。
この頃より 寺に修行に来る居士、禅子の面倒を見ておられ、師命により「両忘会」という居士禅を再興、大正3年に現在の擇木道場を建設さ れました。
昭和
14年古希を機に、後のことを耕雲庵立田英山老師に託され、兵庫県多田村に隠棲、後世に残 る絵画や歌などを作られる遊戯三昧の生活に入られたのであります。
今日は、『六道游戯集』(注2)の「色の巻」から短歌10首を選び鑑賞したいと思います。道眼(注3)未だ暗く、道力(注4)未熟な私には、もとより老師の境涯などは到底 い知ることはできず、真面目を損なうことと存じますが、再三再四熟読することで、歌の活き活きした面目を拝し、一句一言に老師の大慈大悲を感ずること切なるものがありましたので、皆様のご指導をいただきながらご紹介したいと思います。


http://nagoya.ningenzen.jp/uploads/ckeditor/images/20190126233907.jpghttp://nagoya.ningenzen.jp/uploads/ckeditor/images/20190128004721.jpg

『六道游戯集』をもう少し詳しく言いますと、
釈宗活老師は、晩年兵庫県多田の山村 残夢荘般
若松下(注5)に隠棲されました。その時に禅余の妙技としておられた書、絵画、詩歌、彫刻、陶器の製作三昧に遊戯されました。その作品のあまりの素晴らしさに感銘された耕雲庵老大師が、 『六道游戯集』
と名付けて刊行されたものであります。
耕雲庵老大師のご褒詞に【忙中閑を得て、端坐以って く時は、一は以って己が修養の資糧となり、一は以って日本文化の粹美を味ふべく……】と申されております。編纂は色の巻、 の巻、香の巻、味の巻、觸の巻の5巻に組まれ、どの頁にも両忘庵老師の妙技が光を放ち、書や彫刻、陶芸など達人芸はもとよりのこと、源氏物語54 帖のうち、花の宴の巻、 の巻、若紫の巻、紅梅の巻、須磨の巻、明石の巻の和歌や、略画など妖しく繊細なタッチで描かれ、息を呑むば かりでした。

今回選出しました短歌にも、源氏物語の
な香りが裏打ちされております。 短歌は全巻を通して200首以上あり、全て変体仮名で書かれておられましたが、現代人は読めないという声もありましたので、恐れながら現代仮名に変えて、鑑賞させていただきます。
 

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三島静坐会 講話・禅語の予定

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岳南支部 2019/5/4 10:44

三島静坐会 講話 禅語の予定

 

令和元年5~8月の三島静坐会での講話、禅語の予定です。
  坐禅のあと25分くらい、下記の禅語、講話について話をします。
  古の言葉、その造詣の深さを味わってみませんか?
  その表現の根底にひそむ肚を看破するように努めましょう。
  坐ったあとで味わう禅語は、また格別の想いがあるとおもいます。
  是非一度、足をお運びくださいませ。
  時間、場所の詳細、ご予約はイベント予約からどうぞ。
 
   5月11日  禅語  「閑古錐」
   5月25日  禅語  「別無工夫」
   6月8日   摂心会のため休会
   6月22日  禅語  「百雑砕」
   7月13日  禅語  「銀碗裏盛雪」 
   7月27日  禅語  「万象之中独露身」
   8月10日  禅語  「鑊湯無冷処」
   8月24日  禅語  「心平常百事自成」
 
                   合掌 輝風 拝

 

 

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      紅炉上一点雪 (紅炉上(こうろじょう) 一点(いってん)(ゆき))
     

私はかつて某氏宅の正月の茶会で、この「紅炉上一点雪―紅炉上 一点の雪」という句を揮毫した一軸を拝見したことがある。その方は、この句の風情を雪見の茶会にふさわしいとして、これを掛けられたのであったろう。おもしろく風雅な趣向ではあるが、この句の真意はもっと別なところにある。

碧巌録(へきがんろく)』の第六十九「南泉(なんせん)円相(えんそう)」の則に付した圜悟(えんご)克勤(こくごん)の垂示に「紅炉上 一点の雪の如し」という句があるが、これはそれを六字に(ちぢ)めたものである。紅蓮(ぐれん)の炎をあげて燃えさかる溶鉱炉の上に一片の雪が舞い落ちたらどうなるか、ジュッともいわずすぐに溶けて蒸発してしまうことはいうまでもない。この「紅炉上 一点の雪」という句は、実はそうした物理的現象にたとえて、真の禅者のいきいきとした正念(しょうねん)相続の様子、ヒョイヒョイと湧き起ってくる雑念をス―ッと正念化してしまう様子を説いたものなのである。

真の禅者の境涯というものは、「鑊湯 無冷処――鑊湯(かくとう) 冷処(れいじょ)()し」の項でも解説したように、いつでも、どこでも正念がいきいきと一貫相続しているものである。といって、真の禅者は「枯木(こぼく)寒巌(かんがん)()三冬(さんとう)更に暖気(だんき)無し」というような無感覚な死物ではなく、暖かい血が通い、もののあわれをも解する生身(なまみ)の人間である。したがって彼は美人が来れば美人だと見、三味線の音が音波となって鼓膜を打てば三味線の音だと聞き分けて、そこにいささかのまぎれもない。常人の場合は、この一念を二念三念と発展させ、連想を重ねてとほうもないところまで脱線し、雑念妄想のとりことなってしまうが、真の禅者の場合は、その一念をあたかも「紅炉上 一点の雪」のように、正念の炎で溶かし蒸発させてしまい、二念三念に発展させることはない。しかもさらに向上した大禅者ともなれば、単に雑念妄想だけではない、悟りくさい仏見(ぶっけん)法見をもきれいに蒸発させて一片の跡形(あとかた)もとどめない。「紅炉上 一点の雪」という句は、この
うに一切の念慮を正念化してしまい、迷悟ともに跡をとどめない禅者の正念相続のはたらきを形容したものなのである。
 なお、この句は「人間の寿命は、あたかも紅炉上の一点の雪のようにはかないものだ」とも解釈されるし、また「一旦、豁然(かつぜん)として悟りが開け、慧日(えにち)の光りが輝けば、一切の迷妄は紅炉上一点の雪のようにたちまちに消滅してしまう」などとも解釈できる。しかし、前述の解釈が最も禅旨にかなうものだと、私は考えている。
 

     (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 下巻より
 
 

  『禅林句集』(柴山全慶編):忽ち消えて何の跡方も無し。智慧の光に逢う

た煩悩のこと。

 

碧巌録(へきがんろく):宋時代(1125年)に編集された中国の仏教書。

禅門第一の書といわれ、特に臨済宗において尊重

される、代表的な公案集。碧巌集とも呼ばれる。

   

  圜悟克勤(えんご こくごん:10631135):中国宋代の臨済宗の禅僧。

            『碧巌録』の著者。また五祖法演下においての

            「看脚下」の見解で有名。

 

  「枯木寒巌に倚る、三冬更に暖気無し」:「婆子焼庵(ばすしょうあん)」と

   いう公案の中で、若い娘に言い寄られた修行僧の言葉。面倒を見ていた

老婆はこれを聞いて、草庵から僧を追い出し、庵を燃やしてしまった。

 

                      合掌  輝風  拝

 

 

 

  

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        鳶飛戻天魚躍于淵

      ((とび)()んで(てん)(いた)り (うお)(ふち)(おど))

「鳶飛戻天魚躍于淵――(とび)飛んで天に(いた)り 魚淵に(おど)る」というこの句は、もと『詩経(しきょう)』の「大雅(たいが)篇」に出、次いで『中庸(ちゅうよう)』にも引かれている句である。

天台宗や日蓮宗は『法華経』を、真言宗は『大日(だいにち)経』を、浄土宗や浄土真宗は『阿弥陀経』などのいわゆる浄土三部経を、それぞれ一宗の依って立つ根本の経典所依(しょえ)の経典としている。ところで禅宗は「教外(きょうげ)別伝(べつでん)不立(ふりゅう)文字(もんじ)」を標榜(ひょうぼう)し、特定の所依の経典を持たない。しかし所依の経典がないということは、根拠がないということではない。必要に応じて『法華経』であれ『金剛経』であれ、どの経典でも自由に活用するということである。いや仏教の経典だけではない。儒教や老荘の典籍はもとより、唐宋詩人の作品でも何でも活用して、禅の宗旨を挙揚(こよう)するのである。禅僧がこの「鳶飛んで天に戻り 魚淵に躍る」の八字一句、あるいはこれを縮めた「鳶飛(えんぴ)魚躍(ぎょやく)」の四字一句をよく説法に引用し、また揮毫(きごう)するのは以上のような立場からである。それはさておき、この句の意味、禅者のこれに託する宗旨とは如何なるものであろうか。

『中庸』に「天の(めい)これを性と()い、性に(したが)う、これを道と謂う」とある。人間をはじめ万物は、みなそれぞれに本然(ほんぜん)の自性天性をもっており、その天性に従って素直(すなお)に生きるのが、天地自然(しぜん)の理法にかなった生き方、すなわち道であるという意味である。のどかに天空を飛翔(ひしょう)しながら、地上の獲物を探すのは鳶の天性であり、悠々と淵に泳ぎ、時に虫を求めて水から躍りあがるのは魚の天性である。この「鳶飛魚躍」の句は、鳶と魚とがその天性のままにのびのびと生き、すなわち道のとおりに生き、その生を享受している様子を描写したものである。しかも天性に率い、道のとおりに生を享受しているのは、鳶と魚だけではない。犬も猫も、蛇も蛙も、また松も竹も、みなその天性のままに生きている。自然界にはその意味で、自然の理法道がおのずから行われてる。

なお、蛙が虫を食べ、その蛙を蛇が呑むというように、自然界には弱肉強食の生存競争が行なわれているが、これもそれぞれの天性に(したが)ったものであり、

しかも結果的にはこれで自然の秩序と調和とが維持されているのである。争い

や殺し合いのあるままに、道が自然(じねん)法爾(ほうに)に行われているのである。

この「鳶飛んで天に(いた)り 魚淵に躍る」とは、このように万物がみな天性のままに生きて、(おの)おのそのところを得て生を享受している有様、さらにいえば道が天地間に(あま)ねく行なわれ、期せずして大調和の実現していることを、鳶と魚とに代表させて讃歎した句にほかならない。なお禅者がこの句を「堯風(ぎょうふう)蕩々(とうとう)として野老(やろう)謳歌(おうか)し、舜日(しゅんじつ)煕々(きき)として魚人(ぎょじん)(さお)()す」、あるいは「(ぎょ)烟浦(えんぽ)に歌い()な富貴と称し、(しょう)雲村(うんそん)(とな)えてともに昇平を楽しむ」とならべて、万民和楽天下泰平の「聖代」をたたえるのに使うのは、万民がみなそのところを得て個性を十二分に発揮し、その生を心ゆくまで享受すること、あたかも「鳶飛んで天に戻り 魚淵に躍る」が如くである、という(はら)からである

  この一軸は、その意味からいえば四季いつ掛けてもよいが、のどかな春の茶会、それも慶祝の心をこめた茶会などにふさわしいと思うがどうであろうか。

     (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 下巻より)

 

   『禅林句集』(柴山全慶編):鳶は大空に舞い上り魚は淵に躍るありの

              ままの妙趣。そこにも真理は露現している。

  『中庸』:中庸とは、儒教において、「四書」の一つであり、またその中心的概念の一つである。「中庸」という言葉は、「論語」のなかで、「中庸の徳たるや、それ至れるかな」と孔子に賛嘆されたのがその文献初出と言われている。それから儒学の伝統的な中心概念として尊重されてきた。だがその論語の後段には、「民に少なくなって久しい」と言われ、この「過不足なく偏りのない」徳は修得者が少ない高度な概念でもある。

自然法爾(じねんほうに、仏):自力をすて、人為をすて、ありのままに

              まかせること。

「堯風蕩々野老謳歌 舜日煕々漁人鼓棹」:万民がみなその所を得て、その

生を心ゆくまで享受している。天下泰平、万民和楽の世界。

(舜は、中国太古に君臨したと伝えられる神話伝説上の聖天子)『禅林句集』に、天下泰平、万民和楽の様子。とある。

 「漁歌烟浦咸称富貴 樵唱雲樹共楽昇平」:上と同意。

     『禅林句集』に、山村も海辺も万民和楽天下泰平の様子。何処か

             光明ならざる。とある。

 

  芳賀幸四郎(19081996):山形県寒河江市生まれ。日本史学者。中世史と

        禅。東京教育大学名誉教授(現筑波大学)。東山文化研究の

        第一人者。禅を極め、在家のまま「人間禅」において師家と

        なった。如々庵洞然(にょにょあん とうねん)と号す。

        自ら一行物の墨蹟を数多く残すとともに、老師として禅語の

        解説書も多く著わす。

 

                      合掌 輝風  拝

 

 
 

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第205回摂心会 写真

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執筆 : 
岳南支部 2019/3/14 13:57

 

  岳南支部 第205回摂心会 風景写真
摂心中の風景写真です。撮影は三浦光海居士です。

 



 



 



 



 



 



藏六庵老師様ご持参の「蝋梅」を2本植えました。 


                         合掌 輝風 拝
 

 

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第205回摂心会 円了

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執筆 : 
岳南支部 2019/3/12 11:24
  岳南支部 第205回摂心会 円了
藏六庵廣内常明老師様の岳南支部での最後の摂心会の円了を3月9日に
無事に迎えることができました。長い間のご指導、本当にありがとう
ございました。最近は、季節の変動自然災害等が厳しくなっております。
お体をどうか大切にしていただきたく念じております。また、いつの日か
お会いできることを楽しみに、会員一同、精進を重ねて参ります。
本当にありがとうございました。
                         合掌 輝風  九拝

 


 


 

                          撮影 鈴木幹久居

 

 
 

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烟霞不遮梅(烟霞(えんか) 梅香(ばいこう)(さえぎ)らず)

 

  梅花を愛したことで有名な宋代の隠士(りん)和靖(かせい)の『(さん)(えん)小梅(しょうばい)詩』に

疎影(そえい)横斜(おうしゃ)(みず)清浅(せいせん)暗香(あんこう)浮動(ふどう)(つき)黄昏(こうこん)」という二句があり、梅花の詩として

古来人びとに愛誦されている。「梅のまばらな枝が、清らかで浅い水に斜めに

影をおとしている。フト見上げると黄昏(たそがれ)の空に淡く月が上り、ほのかに梅の花

の香りがただよっている」というほどの意味である。また『古今和歌集』の春

の部に、「春の夜の闇はあやなし梅の花 色こそみえね()やはかくるる」とい

う、これまた名高い一首がある。どちらも、すがたは見えないがその馥郁(ふくいく)たる

香りによって、梅の花の咲いていることがわかる、という詩意である。この

「烟霞不遮梅香――烟霞(えんか) 梅香(ばいこう)(さえぎ)らず」という六字一句も同巧(どうこう)異曲(いきょく)である。

早春の野原に淡く霞がかかっている。凛冽(りんれつ)たる寒気にたえて梅の花がようやく咲き始めたが、その花は霞のためにみえない。しかしその馥郁とした香りは、霞にさえぎられることなくただよってきて、「ああ、梅の花が咲いているな」とわかるというのが、この句の一通りの意味である。早春の茶席にまことにふさわしい一軸である。しかし、この句の背後には、もっと深い意味がこめられている。

その背後の意味とはほかでもない。「君子道人の徳の香りというものは、本人が包み隠していても、いつか周辺に及び、その名声は宣伝などしなくても遠くまでひろがるものだ」ということである。現代はいわゆるPRの時代で、自分を少しでも大きくみせよう、名前を売ろうと狂奔している人びとが多い。現代においてはそれも必要かもしれないが、しかしそれよりは自らの内実を豊かにし徳を積むことにつとめるのが、まことの禅者茶人のあり方というものであり、奥ゆかしいわびの真義にかなう生き方というものである。

 

      (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 下巻より)

 

『禅林句集』(柴山全慶編):心の通ずる處遮る物なし。梅の香は霞を透って匂う。

林和靖:林逋(りんぽ、9671028)、浙江省杭州のひと。北宋初期の代表的な隠逸詩人。生涯独身で過ごし、梅と鶴を伴侶とする生活を送り、当時の人々はこれを「梅妻鶴子」と称した。没後に仁宗が和靖という諡をおくる。

   山園小梅      山園(さんえん)小梅(しょうばい)    林和靖

  衆芳揺落独喧妍   衆芳(しゅうほう) 揺落(ようらく)して (ひと)暄妍(けんけん)たり

  占尽風情向小園   小園にて 風情(ふぜい)を 占め尽くす

  疎影横斜水清浅   疎影(そえい) 横斜(おうしゃ)して 水 清浅(せいせん)    *

  暗香浮動月黄昏   暗香(あんこう) 浮動(ふどう)して 月 黄昏(こうこん)    *

  霜禽欲下先偸眼   霜禽(そうきん) (くだ)らんと欲して ()ず 眼を(ぬす)

  粉蝶如知合断魂   粉蝶(ふんちょう) ()し知らば (まさ)に 魂を断つべし

  幸有微吟可相狎   (さいわい) 微吟(びぎん)の相い()るべき有り

  不須檀板共金樽   (もち)いず 檀板(だんばん)(きん)(そん)とを

 

  いろいろな花が散ってしまった後で、梅だけがあでやかに咲き誇り、

  ささやかな庭の風情を独り占めしている。

  咲き初めて葉もまばらな枝の影を、清く浅い水の上に横に斜めに落とし、

  月もおぼろな黄昏時になると、香りがどことも知れず、ほのかにただよう。

  霜夜の小鳥が降り立とうとして、まずそっと流し目を向ける。

  白い蝶がもしこの花のことを知れば、きっと魂を奪われてうっとりするに

      違いない。

  幸いに、私の小声の詩吟を梅はかねがね好いてくれているから、

  いまさら歌舞音曲も宴会もいりはしない。

  「衆芳」:百花をさす。 「暄妍」:あたたかくうつくしい。梅の花をさす。

  「暗香」:どこからともなく漂ってくる香り。 「霜禽」:白い鳥。白鶴。

  「粉蝶」:白い蝶。 「微吟」:小声で詩句を吟誦する。

  「相狎」:たがいに慣れ親しむ。 「壇板」:栴檀の木で作り歌の調子を

   とる板。 「金樽」:黄金の酒樽。りっぱな酒樽。

                     合掌 輝風
 

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三島静坐会 一月の禅語 松柏千年翠

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岳南支部 2019/1/31 19:10

松柏千年翠 (松柏(しょうはく)千年(せんねん)(みどり))

 「松柏千年翠」というこの五字一行は、一般にはいつか「松樹千年翠」と変

り、「青松寿色(じゅしょく)多」という句などと同じように、おめでたい句として茶席に使

われているようである。しかしその出典に即して、全体の文章から解釈すると、

この句の本来の意味は、世間一般の解釈とはだいぶちがうようである。

南宋の末の頃に出て、破庵(はあん)祖先(そせん)(11361211)の法を()ぎ、五山第四の浄慈(じんず)

第二の霊隠(りんにん)等の諸大寺に住し、無準(ぶじゅん)師範(しばん)(11781249)らとともに当時の禅界に大

きな足跡をのこした禅僧に石田(せきでん)法薫(ほうくん)(11711245)という和尚がある。この「松柏 

千年の翠」という句は、実はこの石田の示衆(じしゅう)の法語から出ているのである。

およそ物事には本末先後の別があり、その別をわきまえて明白なのを賢

といい、その別を顚倒(てんとう)するのを愚といい迷というのである。石田はこの見地か

ら弟子たちに向かって、ある日「()だ本を得て、末を(うれ)えること(なか)れ」、すなわ

ち「根本第一義を体得することにつとめよ、枝葉末節のことにとらわれるな、

思いを労することなかれ」と注意しておいて、さてそれにしても「何を()んで

か本となし、何を喚んでか末となすや」と問いを発した。しかし、誰もこれに

答える者がなかったので、石田(せきでん)和尚、それでは「わしの見所を示そう」というので、(じゃくご)の体裁で唱え出したのが、

松柏千年青    松柏(しょうはく) 千年の青

不入時人意    時の人の()()らず

牡丹一日紅    牡丹(ぼたん) 一日(いちじつ)(くれない) 

満城公子酔    満城(まんじょう)公子(こうし)酔う

という()である。松柏の「柏」は落葉濶葉樹(らくようかつようじゅ)のあの「カシワ」のことではなく、

趙州(じょうしゅう)従諗(じゅうしん)(778897)の名高い公案「庭前の柏樹子(はくじゅす)」の柏樹と同じく、常緑針

葉樹の槇柏(しんぱく)のことである。そしてその「千年の()」が、「千年の()」と改められ

たのであるが、意味において変りはなく、この()の大意は、

「松柏の(みさお)」などともたたえられる松や槇柏のあの常住不断の翠色をめ

で、パッとしないがその不易(ふえき)な美を理解する人は、近年まことに少ない。

これに反して、牡丹が豪華絢襴な花を開くと、それがたちまちにうつろう

一時の美であるにもかかわらず、満都の貴公子たちがその美に魅せられて

大はしゃぎをする。

というほどのことである。そして石田はこの偈に託して、

世の人びとは、千古(せんこ)不易(ふえき)な本体には意をとどめず、たちまちに流転変化し

 しまう現象にだけ心を奪われ、うつつをぬかしている。末ばかり追って本を

忘れている。それはあたかも牡丹の花の感覚的な美に心を奪われ、松柏の不

易な美に無関心なのと似ている。

ということを警告しているのである。「松柏 千年の翠」の本来の意味がどのよ

うなものか、以上でほぼおわかりいただけたことと思う。

この「松柏 千年の翠」の軸を、おめでたい意味にとって、年頭の茶会

暦や古稀(こき)祝賀の茶会などの床に掛けることは、むろん結構な趣向である。しかしその場合でも、単にそれだけにとどめず、その本来の意味を理解して掛けたら、さらに一段と結構であろう。願わくば、この五字一行から、根本をないがしろにして枝葉末節にはしり、永劫不易な真理を求めようとせず、ただいたずらに感覚的表面的な現象を追いかけて浮かれている現代の世相と人心の動向とに対する警告を、読みとっていただきたいものである。ことにお茶人の方がたは、近頃の茶の世界の傾向――茶道の根本第一義であるわび(・・)の精神を忘れ、とかく浮華(ふか)軽薄に流れがちな傾向に対する警告をそこから読みとり、自らの反省の材料としていただきたいものである。いささか堅苦しいようであるが、こういう心がまえで掛物に対してこそ、茶席に掛物とりわけ禅語の掛物を掛ける真旨にかなうものというべきである。

 

   (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 上巻より)

 

 

  『禅林句集』(柴山全慶編):【松樹千年翠 不入時人意】

松樹不断の眞説法も心を向けぬ者には聞えぬ。

  示衆(じしゅう):聴衆(大衆)にほとけの有り様を説法して教える。

  頌(じゅ):偈():偈頌(げじゅ):仏徳を賛嘆し教理を述べたもの。

また、それに準じて、仏教の真理を詩の形で述べたもの。

  着語、著語(じゃくご):禅宗で、公案などに対して、自己の見解を加えて

            下す短い批評の言葉や禅語。下語(あぎょ)

  槇柏(しんぱく):ヒノキ科の常緑針葉高木。イブキの別称。庭木、公園木、

         グランドカバーによく使われる。

  浮華(ふか):うわついていて、外面だけ華やかで実質のないこと。

 

                      合掌  輝風  拝

 
 

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三島静坐会 講話・禅語の予定

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岳南支部 2019/1/4 10:20

三島静坐会 講話 禅語の予定

 

あけましておめでとうございます

   本年もよろしくお願いいたします

 

平成31年1~4月の三島静坐会での講話、禅語の予定です。
  坐禅のあと25分くらい、下記の禅語、講話について話をします。
  古の言葉、その造詣の深さを味わってみませんか?
  その表現の根底にひそむ肚を看破するように努めましょう。
  坐ったあとで味わう禅語は、また格別の想いがあるとおもいます。
  是非一度、足をお運びくださいませ。
  時間、場所の詳細、ご予約はイベント予約からどうぞ。
 
   1月12日  禅語  「松柏千年翠」
   1月26日  禅語  「慶雲生五彩」「彩鳳舞丹霄」()
   2月9日   禅語  「烟霞不遮梅香」
   2月23日  禅語  「忘筌」
   3月9日   摂心会のため休会 
   3月23日  禅語  「鳶飛戻天魚躍于淵」
   4月13日  禅語  「紅炉上一点雪」
   4月27日  禅語  「夢」
 
  ()1月26日は、鈴木幹久居士のお点前によるお茶会を
    予定しています。皆さま、御参集のほどよろしく
    お願いいたします。
   

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三島静坐会 12月の禅語 一箭中紅心

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
岳南支部 2018/12/23 19:16

一箭中紅心(一箭(いっせん) 紅心(こうしん)(あた))

 

 「一箭 紅心に(あた)る」とは、たった一矢(ひとや)で的の中心を射抜くということで、

源平の屋島の戦いで、那須(なすの)与市(よいち)宗高(むねたか)が平家方のくりだした船上の扇の的を、

たった一矢で見事に射落としたという話を思い出させる句である。この句の

解説はこれでもう十分なのであるが、いささか駄弁を添えておこう。

 およそ物事には第一義のこと肝心(かんじん)(かなめ)なことと、第二義第三義、枝葉末

節のこととがある。人生に処して事業をなす上で大事なことは、物事の本末

先後をあきらめ、肝心なことと枝葉のこととを誤りなく判別し、その肝心要な

ところをぐっと押えて、あたかも「一箭 紅心に中る」というように、ズカリ

(らち)をあけてしまうことである。しかしそのためには、物事の本末先後を判

別して誤らない道眼(どうがん)と、一心不乱で解決に打ちこむ道力(どうりき)とが必要である。とこ

ろで、この道眼を磨き道力をやしなうのに最も適した道は、我田引水(がでんいんすい)のようで

あるが、私の体験に照らして、禅の修行にまさるものはない。「一箭中紅心」

というように人生の第一義を押え、それに即して生きたいと願うなら、嗣法の

正しい本格の師家について禅の修行にはげみ、道眼を磨き道力をやしなって退

転しないことである。なお、ここで「一箭」との関連で思い出され、ぜひ紹介

しておきたいのは、

徒然草(つれづれぐさ)』の第九十二段の、

或人、弓射る事を習ふに、双矢(もろや)をたばさみて的に向ふ。師の云はく、「初心

の人、ふたつの矢を持つことなかれ。(のち)の矢をたのみて、初めの矢に等閑(なおざり)

の心あり。毎度ただ得失なく、此の一矢(ひとや)に定むべしと思へ」といふ。わづ

かに二つの矢、師の前にて、ひとつをおろそかにせんと思はんや。懈怠(けたい)

心、みづから知らずといへども、師是を知る。此のいましめ、万事にわた

るべし。道を学する人、(ゆうべ)には(あした)あらん事を思ひ、朝には夕あらん事を

思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期す。(いは)んや、一刹那のうちにお

いて、懈怠の心有ることを知らんや。なんぞ唯今の一念において、直ちに

する事の(はなは)(かた)き。

という一文である。私たちの人生はあとにも先きにも、ただこの一回、この一

箭限りである。来世の存在、いや明日のあることさえ期待することなく、今日

の一日、ただ今のこの一刹那を、第一義底の実行に集注して、力いっぱい生き

たいものである。

 

 (芳賀幸四郎著 新版一行物 ―禅語の茶掛― 上巻より)

 

 

  那須与一(なすのよいち、生没年未詳):平安時代末期鎌倉初期の武将。

下野那須(今の栃木県)の人。名は宗高。源平の屋島の戦い(1185)

で平家方の小舟に立てた扇の的を射落として名をあげた話し

で知られる。

  箭(せん):や。やがら。「光陰如箭 時不待人」

  埒(らち):馬場のかこいの低い垣。転じて、物事のくぎり。限界。

      (埒が明かない:物事のきまりがつかない)

 『徒然草』(つれづれぐさ):鎌倉時代の随筆。作者は吉田兼好(兼好法師)

     「つれづれなるままに」と筆を起こす序段のほか、種々の思索的

     随想や見聞など243段より成る。名文の誉れ高く、

     『枕草子』(清少納言)、『方丈記』(鴨長明)と合わせて

     日本三大随筆の一つと評価されている。

 

                          輝風 拝

 

 

 

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