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岳南道場 禅体験セミナー

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岳南支部 2018/8/4 9:32

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女性だけの食事会

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岳南支部 2018/7/21 11:15

 


 

 
 

 

女性だけの食事会


                
このたび広島をはじめ西日本豪雨被災地の皆様にお見舞い申し上げます。
 
気軽に声を掛け合える関係をつくりたい、輪をつくりたい。意気投合した女性たちの発案で、今まで道場とのご縁で集まった人たちにも声を掛けて、715日、伊豆大仁「玄米レストラン ぜんな」で食事会を開きました。おいしい玄米飯と心のこもった数々の料理をいただきながら和やかで楽しい会話も弾んだ食事会となりました。
 
食事後は、店に隣接した別棟にある「沼田勇資料室」を見せていただきました。玄米食を自らも食し、戦後大仁に医院を営まれ病人の治療とともに日本人には玄米食が最良であることを推奨された、故 沼田勇博士の生化学食養俳句などの研究資料の保存室で、娘であり、店のオーナー西脇さんが案内してくれました。(詳しいことはHPで検索してください)大へん貴重な話を伺い、日頃の食生活を見直す良い機会となりました。
オーナーのご厚意で部屋のソファを占領して会話を愉しみ長居をさせていただきました。
 
“ぜんな”の店の料理長は禅セミに参加された北川増美さんです。今回は料理をしてくださることでの参加でした。何度かの連絡で話をする機会を得、よき出会いをさせていただきました。大へんお世話になりありがとうございました。
 
食事会は春と秋の2回を計画しました。見学とか、体験を組み入れた食事会にしたい。次回の担当者も決まりどんな企画になるのか今から楽しみです。写真は食べるのが先になりお皿が空になってしまって「ごめんなさい」です。
 
参加者   齋藤紫水を含め9名でした。
 
 
 
 

 

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不思議集団 ⑥

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岳南支部 2018/7/7 15:18

 不思議集団 ⑥

 

摂心は面白い経験だった。座禅は体験としてはしたことがあったが、1時間も長い時間座っ

たことはなかった。参禅も面白い。参禅はどこか遠いところで行われている、縁のないもの

だと思っていた。それが体験できるとは、なんと幸運なことだろう。そしてそのような活動

をしている、人間禅とははなんと面白い集団であろうか。在家の人たちで構成されながら、

禅堂から、台所、風呂など水回りまでを完備する道場では、寝食の一切を行うことができる。

山奥に位置する岳南道場は、人里離れて、ただ山しか見えず、野鳥のさえずりしか聞こえな

い。茶室もあって茶道を行うこともできる。茶禅一味だ。食事は皆で素朴なものを少量いた

だく。朝5時に起き、座禅、参禅のほかに、道場内外の清掃を行う。人と話をすれば、道元、

栄西、達磨、芳賀、出てくる名前が面白い。いずれも私が書の中でしか出会わなかった名前

で、そのような話ができるのが楽しい。こうした大家の言ったこと、書いたことがすらすら

と口が出てくるこの人たちは不思議だ。とても難しい言葉だが、自分なりに咀嚼して理解し

ていなければ語ることができない語り口だ。ああ、面白いことだ。私はこんな風に素朴な生

活を過ごしてみたかったし、このような人たちにあってみたかった。そして、そのような生

活なできないし、そんな人たちがゾロとして集う場があるとは思わなかった。思いもかけな

い幸運である。僧侶の講話や、座禅体験の場は寺周辺にないわけではないが、これほどの空

間は他にない。寺以上のものを志向した実践であり、僧以上に求めるところ篤い人たちがそ

こに参集している。私はただ嬉しくて、夢中で座り、夢中で作務に従事した。

 

縁を辿れば、直接的には芳賀幸四郎の「一行物」である。この本の禅語解説の深さ、そして

鮮やかさに魅せられて関連書籍を求めて、岳南道場に連絡したのがきっかけである。そして

その本をくれたのは、私が通う茶道教室の大先輩であり、高校時代の書道の先生である。私

が合間の時間に書いている字を見せると面白がって、書きたい字を存分に書くのがよろし

いと言ってくれたのが、一行物である。この本のおかげで、かじってはいたもののさっぱり

分からなかった臨済が少し掴むことができた。これは嬉しい経験だった。茶禅一味とは言う

ものの、お茶から禅への拡がりが本当に体感できるとは思わなかった。芳賀先生の本を求め

て訪問して立ち寄った道場で、お借りしたのが、五灯会元である。達磨からの法系の流れが

面白く、生き生きと語られていることに感動を覚えたが、この本が摂心中の講話がベースに

なっていて、指導励ましの言が多分に盛り込まれていることに驚いた。しかも、芳賀先生

80代半ばの著作ということで、さらに驚かされた。しかし、魅力的なことにこの怪物の語

り口は、怪物のようないかめしい、近寄りがたい文体ではない。人間らしく、分かりやすい

という意味で親しみやすく、また背筋を伸ばした人の美しさのような緊張感をたずさえて

いる。一行物も五灯会元も素晴らしい著作である。

 

摂心に参加して驚いたことに、80代、90代の方が凛として参加されている。茶道でも似た

ことがあるが、こうした80代、90代の先輩が涼しげに励まれているのを、6070代が

習っているという構図には恐れ入る限りだ。6070代でまだまだなのでは、私の道のりな

どまったく気の遠くなるほど長い。そう、焦らず、看脚下、一歩ずつ歩めばいいのだ。勝手

にそう慰めている。社会生活を送っていると、こうした遠望になかなか出会えない。結果と

して近視眼的になってしまう。いい機会を得た、歩々是道場、一歩ずつ歩もうと思った次第

である。()

                    鈴木幹久

 

 

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字は偉いのか ⑤

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岳南支部 2018/7/7 10:41

 字は偉いのか ⑤

 

茶道では、掛物、つまり掛け軸に頭を下げる文化がある。書いた偉い人とその言葉に頭を下

げるということである。なかなか日本的でよい?そうだろうか。およそ茶席では書いた人が

どのような人なのか、またその言葉がどのような意味なのか、深く掘り下げるような話をす

ることはあまりないし、およそそのことが十分に理解できているとも思えない。さらに掛け

軸の書には、字の巧拙よりも誰が書いたかが重要という文化がある。上手な書道の先生より

も、名寺の管長の字を有難がるということである。私は、言葉の意味を理解しているのかも

怪しい僧侶の、特に心のこもっている様子もない書がありがたいとは思わない。上手な字、

 

しかも何度も書いて書き上げた渾身の一筆の方が有難いと思う。いい加減な字で、字の大小

がバラバラだったり、中心がずれていたり、大きさのバランスが悪かったり、書き直せばよ

いのにと思うことがある。これを珍重する、大枚を叩いて入手するとは不思議な文化だ。特

に書き直しもしない、走り書きの一筆のバランスの悪いものを、味だとか風情だとか言って

有難がるのは、酔狂に思える。酔狂どころか狂気である。そのものに対する美しさを感じる

感性が異常をきたしてしまっている。書き手の精神を掴む素直な感性が欠如してしまって

いる。何やら偉そうな人を貴ぶという、間違った社会的感性に支配されてしまっている。




私は、茶席の軸は、主人が自分で書くのがよいと思っている。主人は自分で書くからその意

味をよく知ろうとするし、その意味を客人と共有しようとするだろう。客人も主人自ら書い

た字の意味をしろうとするし、そのひと手間を有難く思うことだろう。別に客人はそれに頭

を下げる必要はない。茶道具のなかで軸は最も重視するのは、小堀遠州をはじめほとんどの

識者の共通認識であるし、それはよいことだと思う。字を書いて、それに親しむというのは

なかなか面白い習俗ではないだろうか。イスラム圏ではカリグラフィー、すなわち文字を美

術的に表装する建築や美術品の様式があるが、茶道における書はすこし形は違うが、素晴ら

しい文化である。しかしそれが、つまらない価値観に支配され、その貴い文化を堕落させて

しまっては残念この上ない。何代目の某氏が書いた物だから有難い、高かった、意味はよく

知りませんが、というのでは困る。何十万も何百万も払って掛けるお軸が本当に素晴らしい

のだろうか。主人の一筆に期待したい。もちろん美術品としてその価値があるものもあるだ

ろうが、精神文化を経済化し、私的親交の場でそれを飾ってどうするものだろうか。それよ

りも半日かけて、語り合いたい、もしくは共有したい禅語を主人に全力で書いてもらえたら

、これは素晴らしいことだろう。私は頭を深く下げることだろう。軸を基点に、茶席の世界

はもっともっと深くできると思っている。他の茶道具は、おいそれと作ることはできないし、

専門家が作ったものを調達すればよいし、持っているものがすでにあればそれを使えばよ

い。親にもらった、友達にもらった、百均で買った、何でもよいではないか。いずれも面白

い因縁であるし、作や銘などの一般的な文脈よりも、主人独自の文脈に興味がある。そして

そのことが尊いと思う。書は他の道具と比べれば、表装はさておき簡単に作ることができる。

そう、そもそも書は道具ではないのかもしれない。使うものではないから。字の巧拙を言う

人もあるかもしれないが、そんなことよりと、私は思う。ならば書きたい字を上手な人に、

書道の先生に頼むのもよいだろう。しかし、客人がまともな人であれば、主人が何度も失敗

して書いた、しかしながら巧くない字に真のもてなしを感じ、その字の意味を楽しみ、主客

の心の交流に喜びを感じ感謝するだろう。もしそのようなことがよく行われるようになれ

ば、茶席の準備の第一が掛け軸になり、それを書くことになるだろう。道具を選ぶこと、茶

や菓子を準備すること、点前の滞りなさに万全を期すことなど、およそ二義的なものに心を

捕らわれず、より書の持つ精神的な世界の準備に充実をみることになるだろう。およそ今上

げたような事柄は、表面的で自分の関与する度合いが小さい。茶を育て、詰むというところ

からやるとか、菓子を作るところからやるというなら話は別であるが、そういう人は少ない

だろう。茶事において料理を自らするのが本来で、これは先の事柄よりもはるかに貴い。道

具屋に行って道具を調達するよりも、八百屋に行って、或いは山や畑に行って食材を調達し、

ひと手間かけて客人を想い料理をするというのがよろしいことは万人の一致する見解だろ

う。そしてそれにも増して掛物は大切だろう。自らの手がどのようにその茶席のために動い

たのか、掃除などもそうであるが、その動いた手の量が、すなわち茶席の立派さである。美

しい部屋、主人の書、主人の料理、ぜひ伺いたい茶席である。(つづく)

                 鈴木幹久



 

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貴族にはならない ④

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岳南支部 2018/7/5 9:17

 貴族にはならない ④

 

摂心では、思いがけずお茶のお点前をさせていただく機会を賜り、有難く思っている。さっ

ぱりうまくはできなかったが、恥は良い刺激となり、練習を積み重ねようという気持ちにな

った。人間禅の本にも、平点前100回だ、というような記述があった。まさにその意気で

毎朝取り組み始めた。

 

さて、茶禅一味という。茶も禅から生まれていて、目指すところは同じであると。茶道をか

じる私としてはそうあって欲しいと願うし、お軸をよくよく鑑賞し、その意味を共有する茶

会であってほしいと願いところである。興味深いことに千利休、井伊直弼などの大家が繰り

返し述べている形式主義や珍品主義への陥穽に、茶道はよくよくは陥りがちであると思う。

道具はあるもので、といいながらついつい道具茶に陥りがちなものである。大寄せ茶会がご

く一般的な茶会になっていて、本来の少人数の茶席が私的に行われる機会は少なく、余計に

道具鑑賞の場としての茶会の意味合いが強まっているのかもしれない。そもそも現在の茶

道のかたちは、当初以来のものである部分は意外と多い。正座という現代の定番の座り方も

一般的ではなかったし、現在の家元制度の歴史もそれほど古いものではない。ご婦人茶道の

歴史も同じく戦後あたりから確立したものでそれほど長い歴史を持ったものではない。逆

に、陥穽の源泉として、金持ち文化としての茶道という側面があるかとは思う。金持ち文化

としての茶道は当初以来ある程度確かなことであり、決して茶道は庶民文化に始ったもの

ではない。お茶が抹茶だけでなく、煎茶という庶民にも親しめる様式になって普及していく

のは江戸時代だから、やはりこのような過程をみても少なくとも茶道における抹茶は高尚

なものといえる。そういう金持ち文化としての茶道は禅らしからず、その点、禅は素朴でよ

ろしいと勝手に思ってきた。しかし考えてみると、人々がそれぞれに自分の仕事に精を出し

ているときに、ひたすらに座っているというのもある種の貴族性なのではないかと思えて

きた。茶禅は一味でいずれも、洗練された高尚な美的知的志向のかたちであり、貴族文化

として捉えることができるかもしれない。



個人的な感覚として日蓮のパワフルさ、俗っぽさは苦手である。しかし、ただ座って心の問

題を解決するのでなく、現実の社会と対峙し、その社会のなかで解決を模索しようという姿

勢や、その姿勢に基づく禅批判はおかしなものとは思えない。例えば人々はよく働くものの

貧しさが続く村があったときに、禅は座れと指導するだろう。物質的な豊かさは必ずしも

人々を幸福に導かないのだから、そのアプローチは間違ってはいない。しかし、日蓮ならば、

隣村との間に流れる川に橋をかけ、交易を盛んにして村を富ませようとするだろう。橋をか

けるお金がなければ、政治活動によってそれを得て、何とか実現にこじつけようとするだろ

う。禅はおよそ山にこもるし、私は山奥に位置する岳南道場が好きだ。溢れる野鳥の声、変

わりやすい天候、急な坂道。素晴らしい限りだ。しかし、作務のすべてが山中の道場に集中

しては、貴族の別荘になってしまうかもしれない。作務の一部で、周辺地域への何らかの奉

仕作業に当てる、何かを生産してそれを周辺地域に振る舞う等の社会性があってもよいか

もしれない。いかがだろうか、皆さんのご意見を賜りたい。(つづく)


                         鈴木幹久

 

 

 
 

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狭い料理は深い ③

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執筆 : 
岳南支部 2018/7/3 8:21

 狭い料理は深い ③

 

摂心参加後、周りからは痩せこけたと言われてしまった。確かに食事の量は少なく、

運動量は作務のおかげで多かったのかもしれない。日頃食べている量は、日頃の週

1回の10-20KMのランニングを加味しても、食生活としては摂取過多だったのかもし

れない。食事に関して、私は普段の生活においても野菜中心の食事をしている。料理

を自分でする場合は、肉や魚を扱うことは少ない。野菜を煮たり、焼いたりするとき

に、肉や魚があれば料理の幅は広がるし、だしも出て食欲をそそるものが出るので調

子がよい。しかし、それを使わないと一旦決めてしまえば、それはそれで楽しいもので

ある。選択肢の幅が狭くなる分、野菜を大切に美味しく調理しようという意欲が深まる

のだ。食べる方も、動物性の味がないなかで、素朴さのなかで野菜本来の味を探すこ

とになり、いつも口にしている野菜でさえもその豊かな美味しさに改めて気づくことが

ある。精進料理は、単に殺生を避けるというだけではなく、不要なものをやらない、そ

ぎ落とすという禅的思考様式の反映でもあるのかもしれない。動物を食事のために殺

すことは、可哀想というだけでなく、しなくてもよいからやらない、野菜だけ十分過ごせ

るからそれでよしという禅的抑制の志向が働いているかもしれない。やらないことが

増えると、残ったやるべきものが強調される。必要最小限のこと、必要不可欠のこと

が大切なものとして浮き上がって目の前に現れることになる。改めて、五観の偈を唱

えてみれば、ひとしおの味わいだ。




ちなみに、人間禅では、食前の文を唱えるが、私は五観の偈が好きである。食前の

文は、~曰くと、5人の言葉を引用している。思うに、誰が言ったかは重要ではない。

何を想い、何を唱えるかが重要である。五観の偈の精神はすなわち、「素晴らしいい

ただきものを育んだ大自然や生産家、調理してくれた人に感謝します。貪ることなく、

余すことなく、力を得るためにこれをいただきます。この恵みに報いられるよう、今日

一日励みます。」ということである。過不足なく十分である。先に肉や野菜を食べない

理由の分析として述べたように、禅は余分を嫌う。誰が言ったかは、余分である。不

要な言葉はないほうがよいし、唱える言葉の分量として誰が言ったかを述べること

で、全体の文量を逼迫し増長を招いているようであれば、なおさらである。突き詰めれ

ば、五観の偈があるところに、新たに同様のものを創作することが余分であるとさえ

思っている。 




人間禅の食事にまつわるもう一つ気になる点は、食器を小茶巾で拭いて、小茶巾も

食器もそのまま使いまわすことだ。これは水で食器を洗うよりも晃かに不衛生であ

る。これは科学的に検証可能なことである。科学の進歩との同調を謳う人間禅として

はただちに改善すべきことだと思っている。古来からの習慣の精神を維持することは

重要であるが、また科学的正しさとそれを両立させていくこともまた重要であり、これ

は非常に骨の折れる作業である。換骨奪胎してその精神を現代的に実践することは

タフな知的作業であり、本質的挑戦である。これを避け、因習に捉われることは思考

停止であり、挑戦すべき課題に背を向ける安逸である。具体的にどのような作法にア

ップデートしていくべきかは議論があるし、試行錯誤が必要だが、まずはぜひこの問

題意識を皆さまと共有したいところである。(つづく)

 

                                  鈴木幹久





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三島静坐会 お茶会のお知らせ
 

7月14日()の三島静坐会において、鈴木幹久さんのお点前による
お茶会を催します。時間は6時半から静坐、禅語。7時頃からお茶会を
はじめたいと思っています。ぜひ、お集まりのほど、よろしくお願い
いたします。
                     合掌  輝風
 
禅語 一期一会(+独座観念)

一期一会(いちごいちえ)

 

「一期」とは人間の一生涯のこと、「一会」とはただ一度の会の

ことである。「一期一会」とは、今日(こんにち)のこの茶会はわが生涯において

二度とない茶会、ただ一度限りの茶会であることを深く肝に銘じ、主

客ともに力いっぱい誠意をつくして茶会に取り組めという教えであ

る。この一期一会の思想は、仏教思想に根ざしたもので、おそらく早

くからきざしていたものと思われるが、その起源はよくわからない。

そして茶の湯の世界でも、茶と禅が結びつくにつれて、この思想が起

こってきたものと推定されるが、それが文献の上にはっきりと出て

くるのは、天正(てんしょう)十七年二月(注:1589年)成立の奥書(おくがき)をもつ

山上(やまのうえ)宗二記』の「茶湯(ちゃのゆ)者覚悟又十体」の一条「客人()リノ事」の

条においてである。すなわちそこに、

道具開キ亦ハ口切(クチキリ)ハ云フニ及バズ、(ツネ)ノ茶湯ナリトモ、露地(ロジ)()

ルヨリ(イヅ)ルマデ、一期ニ一度ノ()ノヤウニ、亭主ヲ(ウヤマ)(オソ)ルベシ。

世間ノ雑談無用也。

とあるそれである。そしてこの一期一会の茶会ということをとくに

強調し力説したのは、江戸時代の末いわゆる幕末に出て江戸幕府の

大老として手腕を発揮し、万延元年三月三日(注:1860年)、世

にいう桜田門外の変で(たお)れた井伊(いい)直弼(なおすけ)(注:1815-1860)で

ある。

直弼は若い頃から禅を修し石州流の茶を習い、三十歳の頃にはすでに茶道に関する自らの思想をまとめつつあったが、何歳の時と確定はできないが、おそらく四十歳の頃、それを一書にまとめあげた。それが有名な『茶湯一会集』であるが、彼はこの書名を選んだ理由を巻頭において、次のように述べている。

(そもそも)、茶湯の交会(こうえ)は、一期一会といひて、たとへば幾度同じ主客

交会するとも、今日(こんにち)の会にふたたび帰らざる事を思へば、実に我

が一世一度の会也。さるにより、主人は万事に心を配り、(いささか)

()(まつ)なきやう深切実意を尽し、客も此の会に又逢ひがたき事を

(わきま)へ、亭主の趣向、何ひとつもおろかならぬを感心し、実意を以

て交るべき也。是を一期一会といふ。必々、主客とも等閑(なおざり)には一

服をも催すまじき事、即ち一会集の極意也。

 これで、彼が自らの茶書に『茶湯一会集』と名付けた理由も、また

彼が一期一会をどう理解していたかも明らかである。そして一期一

会の説明としては、これで十分であろう。

しかし、一期一会は茶会だけに限ったことではない。およそ私たちに

とって、今日の一日は二度とないただ一度限りの一日である。したが

って、今日の会合は、家庭のまどいも友人との会談も、学校や会社で

の集会も、みな一期一会のものである。とすれば、これらにおいても、

茶会の場合と同様、「聊も麁末なきやう深切実意を尽し」て交わるべ

きことは、今さらいうまでもあるまい。

 

    (芳賀幸四郎著 新版一行物 -禅語の茶掛- 下巻より)

 

 

(独座観念、茶湯一会集抜粋)

 主客とも余情残心を催し、退出の挨拶を終われば、客も露地を(いづ)

高声(たかごえ)(はな)さず、静かにあと見かへり(いづ)(ゆか)ば、亭主は(なお)(さら)のこと、客

の見えざるまでも見送るなり。()て、中潜(なかくぐ)り、猿戸(さるど)、その外戸障子な

ど、早々〆立(しめた)てなどいたすは、不興千万、一日の饗応も無になる事な

れば、決して客の帰路見えずとも、取り片付け急ぐ可からず、いかに

も心静かに、茶席に立ち戻り、この時、にじり上がりより、這い入り

炉前に独座して、今(しば)らく御咄も有るべきに、もはや何方(いずかた)まで

可被参哉(まいらるべきや)、今日一期一会済みて、再びかへらざる事を観念し、或は独

服もいたす事、是、一会極意の習いなり。此の時寂寞(せきばく)として打ち語ら

ふものとては、釜一口のみにして、ほかに物なし、(まこと)に自得せざれ

ば、いたりがたき境界なり。

 

 

 山上(やまのうえ)宗二(そうじ)(1544-1590):

      戦国時代から安土桃山時代にかけての堺の豪商(町衆)、

      茶人。千利休に20年間茶湯を学んだ高弟。

      箱根湯本の早雲寺に追善碑がある。

 

 井伊(いい)直弼(なおすけ)(1815-1860):茶号 宗観

      幕末の譜代大名。近江彦根藩の第15代藩主。幕末期の江戸幕府

      にて大老を務め、日米修好通商条約に調印し、日本の開国近代化

      を断行した。桜田門外の変で暗殺された。

 

  輝風  拝

 

 

 
 

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日常実践としての掃除 ②

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岳南支部 2018/7/1 9:44

日常実践としての掃除 ②

日常実践の基点として、摂心を位置付けることができるだろう。作務はこと面白い。主として掃除だが、掃除は面白い。岡倉天心の「茶の湯」には「茶室や茶道具がいかに色あせて見えてもすべての物が全く清潔である。部屋の最も暗いすみにさえ塵ちり一本も見られない。もしあるようならばその主人は茶人とはいわれないのである。茶人に第一必要な条件の一は掃き、ふき清め、洗うことに関する知識である、払い清めるには術を要するから。」とある。この記述は私が同著のなかでも特に好きな部分でもある。美しい文章で清潔であることの素晴らしさを説いている。「部屋へやの最も暗いすみにさえ塵ちり一本も見られない」は特によい。茶室のそぎ落とされた洗練さは、必ずしも意匠や装飾だけにとどまらない訳だ。塵という意図しない存在を、部屋の目の届かない場所においてさえ許さないのだ。そのことで、本当の静寂さに達することができるのだ。もう一つこの記述で特筆すべきは、掃除を知識であり、術であるとしていることである。知識や術のない掃除は意味がないのである、なぜなら綺麗にならないから。作務における掃除の話に戻るが、私が心掛けている掃除の術は、日々積み重ねることであり、昨日よりキレイにすることであり、目に見えてキレイになるよう掃除をすることである。日々積み重ねるとは言うまでもないことであるが、17時間の掃除よりも11時間×7時間の掃除のほうが、現実的に実行可能でありまた成果も大きいからだ。時にまとめて時間を取って大掃除をして1時間では済まない掃除を徹底行う必要はあるが、それよりも少しずつきれいにしていく方がよい。少しずつ汚くなっているからだ。日々同じ時間に掃除をするのはよいことだと思うが、日々同じ場所を同じように掃除することがよいことだとは思わない。部屋なり庭は、日々少しずつ乱れていくから、気づいたところを日々直していくのがよい。およそのところをいつものように掃除をするのは楽だが、それでは思考の停止であり、成果は低い。きれいにならない。それよりも気になる細部を一つずつ、毎日磨いていくのがよい。そうすれば、局所的に大幅な改善が見てとれるし、ある程度それが積み重なれば、全体としての印象の違いも目に見えるものになる。明らかにキレイになるという手応えのない掃除は意味がないし、楽しくない。明白な美化を部分部分で積み重ねていくのが掃除の基本であろう。そうすれば、部分部分の掃除に工夫が生まれ、術が生まれ、それが身についていくのだ。摂心では毎日同じ時間に作務があり、否応なしにそれをすることになるので、このことは摂心を離れて日常生活において習慣にできることである。習慣にできれば、茶人の第一条件をクリアできる。この時に茶人とは茶の湯を楽しむ人ということだけではなく、人として生きるという意味になるはずだ。(つづく)
                             鈴木幹久


 




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邂逅人間禅 ①

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執筆 : 
岳南支部 2018/6/29 9:53

 邂逅人間禅 

私にとっての禅は、例えば洗練された、そぎ落とされたデザイン美と同義であった。それは茶室の建築様式であり、枯山水であり、精進料理であった。また現代の制作物でも、禅的なものとして例えばアップルのプロダクトデザインなどをそれとして捉えていた。

どちらかというと座禅にはあまり関心がなく、お悩み解決のための瞑想、或いは意義を失った伝統的修行様式くらいに考えていた。京都では妙心寺大心院に泊めてもらうことが何度かあり、早朝の座禅の機会も開かれているが、参加したことはなかった。壮大な伽藍、何もない部屋、静かな夜、美しい庭、素朴な朝食、国内外の宿をともにする人たちとの交流が魅力であった。

仕事を始めて23年が経った頃、少し余裕が出たころにふと自分の拠り所を考えることがあり、その一つとして自分の実家が何宗の檀家なのかなどを調べたのが、意識的な臨済宗との遭遇のきっかけである。(恥ずかしながら、それすら知らなかった)そうして臨済宗妙心寺派であることを知った後に、週末に同宗派の寺を訪ねたり、座ったり、泊めてもらったりすることがあった。その時はそれだけであったが、寺で過ごす時間は静かで好きだった。教本を買い、白隠なる重要人物が故郷出身の人であることを知り、地元を離れ東京で働く身として心強い気持ちを覚えた。

そのうちに、渋谷のBUNKAMURAで白隠展を雑誌で知り、実際に展覧会に足を運んだ。若者や外国人など、およそ仏教とは縁遠い層の人たちが多く来館していることに驚いた。当時、国際協力の仕事をしていた私は、世界のあちこちへ出かけていて、一方で救済されるべき?現地の人たちの幸せそうな様子と、救済してあげようという私の高邁さと悲壮さのギャップに違和感を感じていた。タンザニアの遠浅の海を眺めながら、故郷の駿河湾の海を想った。ある種の青年的ヒロイズムの限界だった。白隠の禅画のいちいちの面白さは当時さっぱり分からなかったが、私が惹かれたのは全国を遍歴し会得しながらも、40歳を前にして地元に帰った白隠の生き方、そしてその書画が200年以上の時間を超えて、遠く日本を離れて、多くの人々の心を捉えていることだった。名寺の高僧ではなく、岩次郎で通っている地元に帰る選択をした白隠の生き方。出生の地にあって臨済禅を改革し、育て、広めた白隠。嗚呼、世界中を飛び回るがごとき、幼稚な活躍像は卒業なのか、とその時思った。


その後、私も地元に帰り、少し余裕が出てきたところで、職場の先輩の影響もあり茶道を始めることになった。同じ教室に、高校時代の書道の先生が習いに来ており、そこでその先生から芳賀幸四郎の一行物をいただいた。これがひどく面白い。とんでもなく面白い。連作の同著、続々、又続、続々と次々と買い求め、すっかり芳賀禅語解説の読み味に魅せられてしまった。芳賀先生の茶道関係の著作が人間禅から出版されているらしいことを知り、最寄りの道場に問い合わせをした。これが私の人間禅との邂逅である。(つづく)

                             鈴木幹久


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水戸支部設立記念式参加

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
岳南支部 2018/6/20 10:09

 

 

 

 
 
 水戸支部設立記念式に円通さんと閑徹さんと参加してきました。
6月16日(土)前夜祭、翌17日(日)が記念式、祝賀会です。
支部長は元岳南支部の武田奕堂さんです。元岳南支部の吉田萬月さんも
元気に大活躍です。
 水戸支部の大元の功労者は、何と言っても佐藤梅屋さんです。
梅屋さんが4050年前に始めた静坐会から火が着いたのですから。
 楽しくて良い記念式でした。それにしてもなかなか遠かったです。

                        合掌 至山 拝
 
 
 
 
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