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房総坐禅道場
房総支部 房総坐禅道場

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房総ブログ - 惟然さんのエントリ

日曜静坐会 緝熙寮で写経の会も

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2016/3/13 23:50
今日(13日)は真冬並の寒い朝でしたが、
リピートの方が比較的多く見えられ22名(内女性1名)参加されました。
 
静坐終了後、鉄心直日(本日の静坐会リーダー)から来週3月20日の静坐会は、
年度末の房総支部総会が禅堂で9時から開催されるため、
別棟の「緝熙寮(しゅうきりょう)」で行う旨の報告がありました。
 
また、不説居士から本日10時15分から「緝熙寮」で「写経」の会を
開催する旨のお知らせがありました。
 
懇談会では静坐中の野鳥の鳴き声(雉)について質問がありました。
私には雉の鳴き声が聞こえず、かなり老人性難聴が進んだようで少し落ち込みました。
 
これが三昧の境地に入ったために聞こえなかったと言えるようになれればよいのですが・・・・・
帰りには孤峯居士が丹精こめて作られた健康によい「全粒粉の食パン」を皆さんお土産に頂きました。
 
一心 
今日は、あの東日本大震災から5年目です。
 
亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、まだ避難生活を続けている方にお見舞いを申し上げます。
 
まだ、6万人近い方が仮設住宅に住み17万人以上の方が避難生活を続けているという報道に接し、自分の認識の甘さを恥じ入ります。
 
千葉県でも亡くなられた方もいるし、自宅近くの埋め立て地では液状化現象により多くの被害が出ました。
でも今の生活を顧みても当時のことは日に日に薄れていっているというのが実感です。
 
ここ数日の報道で、まだまだ震災は終わっていないのだと改めて思いました。
 
経済が停滞しているとはいえ、都会ではネオンが輝き多くの人が震災前と変わらない生活をしています。
 
震災を教訓として防災の意識を高めるというのは当然だと思いますが、そのうえでどのようにライフスタイルを見つめなおしていくかということが大切だと思います。
 
この地球に生きている限り地震は起こるし火山も噴火する。
地球にとっては当たり前のことが起きているにすぎません。
 
その中で私たち人類はどのように地球と付き合っていくのが正しいのか、という大局的な視点が必要だと思います。
自然を征服しすべてをコントロールすることは所詮不可能なことです。
 
大量の放射性汚染物質の山を見るにつけ、次世代に大変な負の遺産を残してしまったとため息が出ます。
 
また、一方では、化石燃料の消費によってこれまた大量のCO2を発生し、地球温暖化が進んでいるという見方もあるので、どこが落としどころなのか意見が分かれるところです。
 
これに経済発展の問題が加わると話はさらに複雑になり、個人ではなかなか解決ができません。
すべての人に今の生活があるのですから急に生活の糧が失われては困るでしょう。
 
でも、環境が破壊されて一番困るのは私たち自身そして次世代の人たちです。
 
私自身としてはもう物質的な豊かさはこれに極まれりという気がしているので、なんとか精神的な豊かさや感性を取り戻したいと思っています。
 
ただし、この思いも発展途上国の人から見るとさんざん物質文明を謳歌した人のエゴに見えるのかもしれません。
 
しかしながら、だれがなんと言おうと私たちはこの地球の上で生きていかなければならないということに変わりはありません。
 
この地球の命を分かちあって生きていかなければなりません。
 
地球の命は、私たち自身の命であるということを自覚して自分たちの生活を見直していきましょう。
 
責任は、私たちにあります。
 
義存  
 
「禅と茶の集い」
問い合わせ先s.s.gison@nifty.com
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茶道部の稽古についてお知らせいたします。
 

 
時節にしては暖かすぎる隠寮茶室で、鶯や雉の鳴き声を遠くに或は近くに聞きながらの月例の稽古でした。
 
参加部員は5名でしたが、裏千家の猛者がオブザーバーとしてご参加のほか、日曜静坐会のメンバー5名が激励のため参加して下さいました。
 
前回参加の遠州流茶道をやっておられた方、マイ茶碗をお持ちでほぼ常連だった方は都合で欠席となりました。
 
次回は是非同席できますようご案内を送りたいと思っております。
 
 
今日の稽古は、
平出前、台天目薄茶、台天目濃茶、新茶碗扱い、炭点前などのほか、
明日の京王デパートでの添え釜(お点前の披露会)のための稽古を行いました。
静坐会メンバーの激励参加もあって気合いのこもった稽古ができたと自負しております。
 
お菓子は先生ご持参の市川島村の大福、お花は道場のあけぼの椿と梅の組み合せでした。
 
 

以上
 
合掌
 
元禮

日曜静坐会 静かな半日

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2016/3/7 23:00
今日(6日)の日曜静坐会(静座会)も、穏やかな春の兆しが感じられる気候の中で、座禅(坐禅)をしました。
 
参加者は19名で、その内、新しく来た方は2名でした。
1名の方は2月に一度来ているとのことです。
 
45分間の静坐(坐禅)が終わり、今日はお茶会(茶道部の稽古)があるということなので、
いつもは正座(日本座)がきついので、お茶会は参加を遠慮していたのですが、参加しました。
 
相変わらずお茶もよくわかりませんでしたが、お茶を頂いて、お茶菓子においしい大福をいただきました。
 
静寂の中で坐禅をし、お茶を頂き、帰りには道場内に芽を出している蕗の薹(ふきのとう)を鉄心さんと一徹さんと一緒に摘んで帰りました。
今日も、よい半日を過ごさせて頂きました。
 
合掌 鐘声

緝煕会 春到来

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ブログ
執筆 : 
惟然 2016/3/6 20:48
3月の緝煕会(女性のための静坐会)の報告をいたします。
 
寒さも和らぎ、コブシの蕾も膨らみ始め、季節は冬から春へ移ろうとしています。
 
今日(5日)の参加者は4名でした。
 
まだ少し肌寒い緝煕寮で、炭の暖を感じながら、一炷香の静坐(坐禅)の後
『坐禅和讃新講』の輪読を行いました。
 
私事ではありますが、この春、娘が義務教育を終え新しい環境へ進みます。
 
別れ、そして出会いを繰り返し様々な経験をしていくことと思います。
 
今日の茶話会での中で、人との関わり方の大切さ、難しさの話題がありました。
 
現代社会、問題視されている部分でもありますが、人はひとりでは生きていけません。
誰かに支えられ、支えて生きています。
 
そんな思いを改めて感じられた会となりました。
 
今日(4日)の禅と茶の集いは、6時からの読書会から始まりました。
 
前回から、「禅マインド ビギナーズ・マインド」を読んでいます。
今日は、プロローグから改めて読み始めました。
 
禅の修行においては初心者のこころを保つことが大切だということが繰り返し強調されています。
 
修行そのものを混じりけのない純粋なものにしておくことが難しい。
 
確かに、今の自分の生活や禅への態度を顧みると、いろいろな経験や本を読むことになどによって知識は増えたかもしれませんが、老師の言う初心者の持っている無限の可能性や純粋さを失っているかもしれません。
 
次の言葉が胸に響きました。
 
 初心者の「初心」には、「何かを得た」というような思考がありません。どのような自分中心の思考も、無限に広い心の中に限界をつくります。なにかを達成したいとか達成したというような心がないとき、つまり自分中心の思考がないとき、私たちは本当の初心者なのです。このとき、私たちは初めてなにかを学ぶことができます。初心者の心は、すべてを受け入れる慈悲の心でもあります。
(後略)
 
自分が初心者の心を失いつつあったせいかもしれませんが、「初心者の心は、慈悲の心でもある」といところが印象に残りました
 
 
次はお茶の時間です。
今日は森本さんのお点前でしたが、最近お茶を習い始めたYさんが積極的に手伝ってくれました。
 
お菓子は「京観世」でした。

 
お茶の後は、体をほぐしてから坐禅をしました。
 
 
来週(11日)は、7時から2炷香(45分×2回)のです。
 
途中からの参加も大丈夫です。
 
お待ちしています。
  
義存  
 
「禅と茶の集い」
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日曜静坐会 三寒四温

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2016/2/28 23:50
本日(28日)の日曜静坐会の参加者は18名でした。
その中に、初めての方が3名いらっしゃいました。
女性2名、男性1名です。
 
三寒四温そのものを感じさせる朝でした。
風もなく梅も盛りを過ぎて季節の移ろいを感じ、ぞうきんを絞る水もさほど冷たさを感じませんでした。
 
坐禅、読経の後、いつものように居士寮での茶話をしました。
その話しの中で、今日はじめてこられた若い方が中学三年生だということ、そして坐禅に興味があってと聞き、正直言って驚きでした。
是非、足の痛さなど気にせず静坐会に続けて参加して欲しいと思いました。
 
ある方が書いた、
 
宇宙誕生138億年・
太陽系地球誕生46億年・
生物誕生40億年・
人類誕生700万年、
 
そして現在に至り、
私の命につながっている
 
という詩文を読み、深く感動し教示をいただいた。
 
その内容は学校で習ったはずの常識的なことであるだろうに、若い頃勉強せず、物事を深く考えない愚かな私には、この138億年の間何一つ途切れることの無かったことで今の私の命があるということは感動的であった。
その詩文の作者に感謝するとともに、これも日曜静坐会に参加するご縁の賜物と感じた。
 
合掌 不説 拝
 
==
編者註
 
詩の内容の細かい事柄は、前世紀の学校では習っていないはずの内容です。
 
いずれも今世紀になってより詳しくわかり始めた事柄です。
例えば、惑星から冥王星が外れたように。
 
ところで、
 
自分の知っていることが世の中のすべてだと感じて、
自分の知らないことを知っている人と出会うと、いやな奴だとイラつく人がいます。
 
自分の知らないことが世の中にたくさんあることを楽しみ、
自分の知らないことを知っている人と出会うことを、うれしく喜ぶ人がいます。
 
禅によって鍛えられる感性は、どちらだと思いますか?
 
備考 
・宇宙の年齢は、2003年より137億年前後が定説となっていましたが、一昨年(2014年)になって138億年前後と修正されました。
宇宙の年齢は、ビッグバンを0歳として、誕生してからの宇宙の膨張から推定されています。
それは、準星(はるか遠方の銀河:クエーサー)からの光のスペクトルの赤方偏移(遠ざかる速さ)と距離の関係である「ハッブルの法則」から推定されましたが、
現在は、ビッグバンの熱の名残りである「宇宙背景放射」(1978年ノーベル賞)を詳細に観測して求めています。
 
・700万年前は、プロコンスル(ヒトとチンパンジーの共通の祖先)の時代です。
人類の時代は、いわゆる新生代第四紀です。
従来は約180万年前とされていたが、2009年に258万年前と再定義されました。
 
天動説、地動説を論じるとき、惑星の数が5つなのか、9つなのか、8つなのかが問題ではないように、
ここでは、137億年でも138億年でも、7000万年でも258万年前でも、どちらでもよいことであるだけに、註をつけさせていただきました。
 
合掌
惟然 拝
今日(26日)の禅と茶の集いは、7時からの坐禅で始まりました。
 
太田先生による禅ワークショップが始まるころには12名が集まり引き締まった時間を過ごすことができました。
 
さて、今日のワークショップでは、今までのおさらいとして、もう一度体性感覚の確認をしました。
 
体性感覚というのは、生理学や医学用語で日常ではあまり聞きなれない言葉かもしれませんが、太田先生のワークショップではよく使われる言葉です。
 
これは、視覚や聴覚といった感覚とは異なり、感覚器外側からははっきり見えない皮膚や筋肉などに含まれるものとされています。
このように書くと難しく見えますが、実際に体験していくうちにだんだん分かるようになってきます。
 
今日は、合掌の仕方を通してこれを感じてみました。
 
その様子を書きますので、皆さんも実際にやってみてください。
 
まず、合掌をしてみました。
周りの人を見ると、かなりいろいろな合掌の仕方があります。
 
さて、ここからがワークショップです。
まず、手のひらを強く押し付けるような合掌をしてみましょう。
この時、奥歯はどのような状態になっていますか。
 
たぶん、手を強く合わせれば合わせるほど奥歯も強く噛み合うようになっていると思います。 
 
そこで、合掌の手を少しゆるめてみてください。
奥歯のかみ合わせがゆるみ、それとともに唇もゆるんで微笑むような感じになりませんか。
 
これが太田先生による体性感覚を感じるということです。
 
これと、坐禅がどのように関係するかということですが、これも実際にやってみると分かります。
 
例えば坐禅を組むときに手は足の上において法界定印を組みますが、この時に手の組み方や親指の合わせ方で感覚が変わります。
右手の上に左手を重ねるのも、深く重ねるのと指の第2関節までしか重ねないのとではだいぶ感覚が違います。
 
この感覚は奥歯のかみ合わせにも関係するし舌の位置にも関係します。
これを利用して深い坐禅に入っていこうとするのが目的です。
 
これ以上は、実際にワークショップに参加して体験していただくしかないと思いますが、いろいろなことに気づきます。
 
次回(3月25日)からは、歩行をしながらこの感覚を味わっていく予定です。
興味のある方はぜひ参加してください。
 
来週(3月4日)は、6時からの読書会から始まります。
「禅マインド ビギナーズ・マインド」を少しずつ読み進めていきます。
 
次にお茶をいただいて、7時半ころから坐禅をします。
 
途中からの参加も大丈夫です。
 
お待ちしています。
 
義存

慈悲 その10 しかれば

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
惟然 2016/2/23 23:50
某:
♪お久しぶりぃ~ねぇ~ あなたに会うなんてぇ~ あ~れからな~ん週 たったのでしょう~♪
覚えちゃったわ、あなたのカラオケ小柳ルミ子シリーズで・・、私は「今更ジロー」のほうが好きだけどね。
どう、元気だった?少しは心配してたのよ。
 
僕:
うん、内参会が終わってから野暮用が多くてね、それにしてもイヤなニュースが多いね、老人の投げ捨て事件とか、幼児の虐待死とか、介護の世界も大変だ。
 
某:
そう、私の友達にも介護士がいるけれど疲れ切っちゃって、給料は安いし、どの世界も大変よ、もっとパッと明るい社会にならないかしら。あなた時々つぶやくでしょ、「事々無礙法界だぁ。」って、それで解りきったような顔してるけど、みんな大変なんだから。
 
僕:
そうそう、それでこういうのどうかな、みんな一日一回はお天道様に向かって合掌してナンマイダーナンマイダーって唱えることにするの、日本国憲法第9条の付則として『日本国民は日々合掌して南無阿弥陀仏を唱和す、これを永久に護持する』なんて入れたら、それだけで悲劇はかなり減ると思うんだけど、まっ下らない冗談はさておき本題に入るとしよう。
今回は、歎異抄第四章第六文、最後の文だ。
 
【しかれば念仏申すのみぞ、末徹りたる大慈悲心にて候べき、と云々。】
 
【 しかれば 】は、第五文の【聖道仏教の慈悲はいつも不満足のままで終わってしまう】を受けて、「だからねっ」と言っている。
【 念仏申すのみぞ】 、僕は、この【のみぞ】という言葉に、鬼気迫る親鸞聖人の気迫と共に、ある種の恐怖感さえ覚える。
それは子供の頃から幾度かやっとこさ潜り抜けてきた自己存亡の危機を再現させられたようでもあるし、自分が禅宗に入った根源的な意味を、まるでティシュウボックスから一枚一枚引き抜くかのように、大衆の面前にさらしだされるような感覚でもあるし、いつもまっ正直に正面から対峙しないで逃げ道を一本用意してから事に当たる潔しとしない自分へ痛烈な批判を浴びせ掛けられたような感覚でもある。
 
某:
うん、何となく分かるわぁ、この決着のつかない悲しさ・悔しさ、私も今花粉症でつらいの、鼻水タラタラ、一枚一枚引き抜く度の惨めさ、毎日一箱か二箱空になっちゃうもんね、あなた耳鼻科でしょ、何とかしてよ。
 
僕:
(そっ、そんなこっちゃぁないんだけど、もう少しPessimisticに考えて欲しいな )
次の【"末(すえ)徹(とお)りたる】 は、末後徹底の意だろうが、僕にとっては難中の難、爪の掛け場も無い、歯が立たぬ、という感じだ。
最後の 【と云々(うんぬん)】 は、この歎異抄は親鸞聖人の高弟・唯円によって書かれたものだから、「と親鸞聖人は仰せになりました 」 ということになる。
 
某:
ナールホド、これでこの項は完結ね、私もデスクの目を盗んで仕事の合間に神保町の東陽堂書店あたりをうろついた甲斐が少しはあったわ、これ本代の領収書、まとめといたわ。
 
僕:
ヒエーッ、こっ、こんなに!
 
某:
それで全文の意訳はどうなるの?
 
僕:
それはもう・・、読んで字の如くだ!
 
某:
ウフフ、やはり決着はつけられなかったのね。
 
輝雲
今日(21日)の茶道部稽古は遠州流茶道をやっておられた新到が一人見学参加して下さり、いつもとは違った緊張感のある稽古でした。
 
遠州流は、有楽流と同じ武家茶(*)ではありますが所作にはいろいろ特徴があるらしく、機会をみて披露して頂けるということでしたので今から楽しみにしております。
 
稽古時間はいつも通り、静坐、読経の後から午後2時まで、参加部員は5名
 
 
本日は、3月7日 京王百貨店(新宿区)での有楽流呈茶席で各人が行うお点前を主に、一部炭点前を交えてミッチリ稽古致しました。
 
この呈茶は、長谷川青峯茶陶展の会場で行われるもので、3月3日(木)から7日(金)まで、午前11時〜午後4時の間、
 
表千家・裏千家・石州流そして有楽流がをれぞれの流儀に従って1日交替で呈茶するというもので、ある種の発表会です。
 
今日のお花は高貫さん持参の山茱萸(さんしゅゆ)と肥後椿(ひごつばき)、お菓子は先生ご持参の蓬団子(よもぎだんご)でした。
 
以上
 
合掌 元禮 拝
 
==
編者註
(*)武家茶
武家の茶道では左腰は刀を指す重要な場所なので、 袱紗を右腰に付けるそうです。
 
合掌
惟然 拝
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