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房総坐禅道場
房総支部 房総坐禅道場

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  四街道市吉岡1010

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房総ブログ - 惟然さんのエントリ

「とてもわかりやすい感想だと思うので、是非お聞きください。」
創建100周年を迎えた人間禅擇木道場のHPのニュースで紹介されています。

インターネットで試聴できるとのことなので、
聞いてみると、確かにわかりやすい。
みなさま、削除されないうちに、いかがですか。
 
ニュース : ★TBSラジオ たまむすび 小林悠アナウンサーの座禅体験の放送が聞けます!!
 
 
先日、TSBラジオたまむすびの取材で、小林悠(はるか)アナウンサーさんが座禅体験に来場されましたが、その体験を放送した内容がホームページで一週間限定で聞けます。
 
とてもわかりやすい感想だと思うので、是非お聞きください。
 

1週間で削除されるそうです。
試聴できるのは次のとおり
 
数息観の話、警策の話、雑念の話などなかなか面白く聞けます。
どうぞお聞きください。
 
警策の音も録音されていました。
 
 
ブログはこちらに書いております。
 
心印 拝
 
どこをクリックしたらよいかわかりにくかったのですが
 
「小噺はるか」の音声は1週間で削除されます。
音声の試聴はこちらから! お早めにお聴きください!
      ↑ここをクリック 

12月18日(金)小噺はるか スナックママへの道
 
小林アナ、坐禅道場へ行ってきました。しかも泊りがけで!
場所は日暮里の擇木道場。
坐禅を組んだら何も考えずに、ひたすら数を数える。
しかしすぐ雑念が入ってくる・・・。
雑念が入ったら、1からやり直し。
初めての人は100まで数えられないそうです。
警策で体を打ってもらうのは自己申告制!
 
※音声は一週間で削除されます。
2015年12月18日 17:00
 
でした。
是非どうぞ
 
合掌
惟然 拝

日曜静坐会 今は昔 隙間風

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2015/12/20 23:50
今日(20日)は、本年最後から2番目の静坐会(座禅・坐禅)で、
別にご予定のある方が多く11名の参加者でした。
 
今冬一番の冷え込みで道場回りの田畑は霜で真白、
道場の庭の水のあるところは氷が張っておりました。
静坐前の道場の掃除でも手と足がかじかみましたが、
エアコンとサッシ窓のお陰により時間がたつにつれ、大分室温が上がりました。
 
静坐が始まり暫くするとカラスの鳴き声が聞えましたが、
その後は静かな静かな時間が流れてゆきました。
 
読経に入る前に直日から
12月26日(土)午後6時からの忘年会についての
案内がありました。
 
その後の懇親会では、先輩方からその昔隙間風の中での坐禅の特に寒かった
ことについての思い出話に花が咲きました。
 
一心 拝 

一休 「禅と茶の集い」だより(95) 

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2015/12/19 23:50
今日(18日)はいつも通り6時からの読書会で始まりました。
 
川端康成の「美しい日本の私」の続きです。
 
今日の話題は一休禅師です。
 
私も、禅に接するまでは、一休さんといえば頓知で有名なお坊さんだと思っていました。
小さいときに絵本を読んだ覚えがあります。
 
確か、アニメでも子供に人気があったと思います。
 
一休は、若いとき宗教と人生の根本の疑惑に悩み「神あらば我を救え。神なくんば我を湖底に沈めて、魚の腹を肥やせ。」と湖に身を投げようとして引きとめられたことがあると紹介されています。
 
まさに大疑団をもっていたということがうかがえます。 
 
歴史に名を残している僧侶は、道元しかり親鸞しかりで、みな大きな疑問を持って人生を見つめていました。
 
そもそも、釈尊がどうして道を求めたかということを思い出せばそこに要因があるということが分かります。
 
また本では、
 
一休は魚を食ひ、酒を飲み、女色を近づけ、禅の戒律、禁制を超越し、それらから自分を解放することによって、そのころの宗教の形骸に反逆し、そのころ戦乱で崩壊の世道人心のなかに、人間の実存、生命の本然の復活、確立を志したのでせう。
 
とありますが、しっかりした修行もしないでここだけをまねしたらとんでもないことになりますね。
 
しばし、一休について語った後はお茶の時間です。
 
今日は、各自がお茶を点てました。
 
私も含めてなかなかおぼつかない手つきでしたが、それなりにお茶を味わいました。
 
一年の最後のお茶の時間でもあるので、掛け軸は「円相」、

 
お菓子は「志なの路」と「しろえび紀行」でした。


 
お茶のあとは、一炷香(45分)の坐禅(座禅・静坐)をして、駅に向かいました。
忘年会帰りの人を多く見かけました。
 
 
来週25日は今年最後の会があります。
8時からは太田先生の坐禅ワークショップです。
 
どうぞおいでください。お待ちしています。
 
義存 合掌
 
「禅と茶の集い」についてくわしくは、コチラ
問い合わせ先s.s.gison@nifty.com
左上の房総道場と静坐会・茶道部をクリックして案内をご覧ください。
12月26日(土)18:00より房総道場・居士寮にて房総道場の忘年会を開催致します。
 
開始時刻は18時の予定ですが、準備もありますので、
時間に余裕のある方は早目に上山頂き、お手伝いをお願い出来れば幸いです。
 
食材の準備等もありますので恐縮ですが、忘年会に参加頂ける方は、
12月20日(日)までに 無端宛てご連絡をお願い致します。
 
・会費 1,000円
 
・典座 抱石庵老居士
 
忘年会の翌日・27日は道場のすす払いですので、泊り掛けでの参加も如何でしょうか。
皆様の多数のご参加をお待ち致します。

慈悲 その3 金子みすゞ 作詩

カテゴリ : 
ブログ » 随想・日常
執筆 : 
惟然 2015/12/15 3:15
某:
こんにちは~。
金子みすゞの詩、よかったよ。
 
私も、あなたのために詩作ったの。
 
僕:
えっ、どんなの?
 
某:
後で教えたげる。
それより、金子みすゞはどうなったの?
 
僕:
ああ。
調べていくと、すごくドラマチックな人生なんだ。
小説にでも出来そうだね。
 
そこで、ちょっとだけ紹介するね。
あとは興味あれば自分で本買って読んでみて。
 
金子みすゞ ( 本名テル )は、明治三十六年に、山口県大津郡仙崎村 ( 今の長門市仙崎 )で 生まれたんだ。
 
実家は本屋 ( 金子文英堂 ) で、本を読むには不自由はなかったらしい。
 
仙崎一帯には、古くから仏教の信仰が深く根を下ろし、生活の中に息づいていたらしい。
 
テルの家の二階では、お寺の住職を中心に、親鸞の『歎異抄』を読んだり、法話を聞く会が開かれたこともあったそうだ。
 
才媛で、尋常小学校では、六年間すべて首席で級長を務めている。
 
大津郡立大津高等女学校に進学するが、成績優秀で、卒業の際に、奈良女子師範に進んで教師になるよう勧められるが断っている。
 
この後、20歳ぐらいから、金子みすゞのペンネームで登場するのだが、波瀾万丈としか言いようがない人生が待ち受けている。
 
ともかく浄土真宗に縁があったことがわかったよ。
 
〈参考文献〉
金子みすゞ全集 (1984 JULA出版局)
金子みすゞの110年 (2013 JULA出版局)
金子みすゞ いのち見つめる旅 (2003 本願寺出版社)
 
多分、才能とその育った環境が、人の心を打つ素晴らしい詩を創り出したんだろうね。
 
優しさがにじみ出てくるね。
 
それで、僕も一編みすゞ風に作ってみたんだ。
 
 
『板木 ( ばんぎ )』
 夏の板木は かわいそう
 暑い陽射しに さらされて
 
 冬の板木は かわいそう
 木枯らし吹いても 衣なし
 
 首つりのまま 一年中
 打たれ打たれて 暮らすかな
 
 板木割れたら お払い箱よ
 形見一つも 残せない
 
某:
うん、わりとよくできてるね。
 
輝雲さん、人の真似するの上手いから。
これからの、あなたの人生、暗示しているみたいよ。
 
僕:
よしてくれよ。
そっ、それより僕のために作ってくれた詩ってどんなの?
 
某:
ああ、よく聞いててね。
それじゃ、発表しま~す。
 
『ずるいよな』
 
 ずるいよな ずるいよな
 なまけた一日の 埋め合わせに
 一炷(ちゅう)香 坐るなんて
 
 ずるいよな ずるいよな
 わがままの 言い訳に
 一炷(ちゅう)香 坐るなんて
 
 ずるいよな ずるいよな
 人生の 言い訳に
 坐禅をするなんて
 
 
僕:
( ウッ、きついなあ。まあ、仕方ないや。)
なるほど。よく肝に銘じておくね。
 
それから、『歎異抄』なんだけど、気になって読んでみたんだ。
 
そしたら、自力門と他力門の慈悲について書いてあるんだ。
次回それを考えてみるよ。
 
某:
はぁ~い。またねぇ。
 
輝雲
 
---
編者註
板木(ばんぎ):
食事や作務の開始や作務の終了を知らせるために木槌で打ち鳴らす厚い板
 
打ち方は 房総ブログ
 
  
小生も詩を書いてみました
 
『名手』
 
 世の中には、板木の名手がいる
 
 全身全神経でぶち抜き 響き渡る 打ち始め!
 一打として揺るぎがない 七打! 五打! 三打!
 間は 大から小へ 緩から急へ ただ大から小へ 緩から急へ
 
 そしてついに 力強い打ち終わりの一打!
 
 速すぎず 遅すぎず
 名手の打つ板木は ひと味もふた味も違う
 
 
今から約40年前の夏、長久寺(長野県飯田市)での学生時代の輝雲さんの姿のイメージです。
 
それから3年後に、自分も合図係りとなりました。
打ってはみているものの、はたしてうまく打てているか自分ではよくわかりません。
 
そこで、打ち終わってから「今のはどうでしたか?」とベテランの人に聞くようにしてみました。
「今のは遅いな」とか、「ここがおかしい」とか、よく教えてくれます。
摂心中にもかかわらず、聞いていないようで、他人の板木の音をよく聞いているものです。
 
もっとも、
その方には前もって、「打ち終わった後で訊きますので、聞いていて下さい」と、頼んでいたのですが・・。
今思い出してみると、どうしたいという目標があったので、できた工夫だったと思います。
 
 
ところで、輝雲さんは音楽のセンスも抜群です。
何しろ高校時代には、「ギターを買ってくれなければ勉強しないぞ」と親を脅して楽器を手に入れたそうですから?!。
もちろん、約束を守って勉強したからこそ、今のお仕事(医師)をなされているのでしょう。
大学受験後は「禅の会」と「ギター部」を掛け持ちされていました。
 
蛇足ながら、私は「禅の会」と「茶道部」でした。
なお、私は高校時代に、まともな受験勉強はしませんでした。
入りたい大学や、なりたい職業という具体的な目標がなかったからです。
 
最近のように、ノーベル賞がもっと身近な話題となっていれば、学ぶ目標もできたのかもしれません・・。
 
合掌 惟然 拝
本日の静座会は、外は小雨が降る中で座りました。
新しい方はなく、約20名程度でした。

暖房のために点けたエアコンの音がしており、その中に雨がやむのでしょうか、時折すずめの鳴き声が聞こえます。
 
今日の直日は、惟然居士が聖侍は鉄漢居士が勤めました。
始まる前に、惟然さんからの座禅の姿勢についての説明があり、長いようで短い45分が終わり、読経をして終わりました。
 
その後、今日はお茶会があるとのことで、お茶会に参加する人と居士寮でお茶を飲む人に別れました。
私は、座ることが苦手なことこともあり、いつもお茶は遠慮しています。
 
この時期になると、師走とも言い、毎日が忙しくなります。
子供のころは学校が冬休みになると暇をもてあまして、「早くクリスマスや正月が来ないか。」と思ったものですが、今思うといかにも贅沢な時間をすごしていたのだなと思います。
後で思うとですね。
と言う事は、現在、毎日忙しい、大変と思って暮らしていますが、何年か経つと良い時だったてことになるのですかね。
あまり今の感覚・感情に、こだわらないほうがいいんですかね。
もしかして、これが色即是空・空即是色ですかね。
・・・・・・悟ったのかなー?
 
女房が大掃除を手伝えと言っていますので、これにて失礼!
 
鐘声
今日(11日)は7時から45分の坐禅をしてその後は恒例の忘年会でした。
今年度になってから禅と茶の集いに参加された方も加わって楽しい時を過ごしました。    
 
文化とはいつから始まったのだろうか。
文化の背景には経済的に豊かな階層の存在があるのだが、人間の経済的な平等性とどちらを優先すべきかで大激論が交わされるという場面もありました。
今は格差が広がっているのでこんな話になったのかもしれません。
 
職場の忘年会ではなかなかこんな話は出てこないですね(笑)。
 
 
前回の読書会では、川端康成が「末期の眼」という自分の随筆で、芥川龍之介の遺書から拾った文が話題となりました。
 
唯自然はかういふ僕にはいつもよりも一層美しい。
君は自然の美しいのを愛ししかも自殺しようとする僕の矛盾を笑ふであらう。
けれども自然の美しいのは僕の末期の眼に映るからである。 
 
川端は、そのあと「いかに現世を厭離するとも、自殺はさとりの姿ではない。
いかに徳行高くとも、自殺者は大聖の域に遠い」と書いています。
 
しかし、川端はノーベル賞受賞4年後に自殺しています。
 
どういう心境の変化があったのでしょうか。
 
 
ところで、芥川は、「自然の美しいのは僕の末期の眼に映るからである」と言っていますが、そうでなくても自然の美しさをより感じられることがあります。
 
それは坐禅の後です。
2、3日でも道場にいて坐禅に集中しているとあるとき今までとは全く違った風景を見ることができます。
これは私自身の体験でもあり多くの人が体験していることです。
 
特に見性直後などは世界がガラッと変わります。
 
思わず、世界はこんなにも美しかったのかと叫びたくなる気がします。
 
別に末期を待つ必要はありません。
 
これ以上は体験の世界ですし、私なりの体験と言ってもまだまだ浅いと思うのでとても言葉にはできませんが、坐禅を続けている人は何らかの素晴らしい体験をしているのではないかと思います。
 
他の人に坐禅をすすめるのも、多くの人とこの素晴らしい宇宙を分かち合いたいからだと思います。
 
なんだか、ありきたりの話に落ち着いてしまったような気もしますが、心の底からそう思います。
  
 
来週18日は、6時から始まります。
坐禅は7時半頃から始まります。途中からの参加も大丈夫です。
 
どうぞおいでください。お待ちしています。
 
義存 合掌
 
「禅と茶の集い」についてくわしくは、コチラ
問い合わせ先s.s.gison@nifty.com
左上の房総道場と静坐会・茶道部をクリックして案内をご覧ください。
 
某:
輝雲さん、お久しぶりね。
 
僕:
ああ、元気だった?
 
某:
ええ、HPに投稿がなかったから、心配してたのよ。
「 枯れ木も山のにぎわい」って言うから、どんどん投稿してみたら。
 
僕:
相変わらず口が悪いね。まっ、お互い様だけど。
 
それはそうと、この前、慈悲について話したんだけど覚えているかな。
 
そこで、惟然さんが、茨木のりことやなせたかしの詩を引用してたんだけど僕も考えてみたんだ。
 
金子みすゞって知ってる?
 
某:
知ってるわ。明治生まれの、薄幸の詩人でしょ。
近年有名になって学校の教科書にも載ってるわよ。26歳で亡くなったんでしょ。
 
僕:
うん、自死だけどね。
その五百十二編の遺稿集の中から一編だけ紹介するね。
 
『さびしいとき』
 
私がさびしいときに、
よその人は知らないの。
 
私がさびしいときに、
お友だちは笑うの。
 
私がさびしいときに、
お母さんはやさしいの。
 
私がさびしいときに、
佛さまはさびしいの。
 
(金子みすゞ全集・Ⅱ/176pより)
 
某:
へぇー。
最後に佛さまがくるのね。
 
僕:
そうなんだ。
よその人から始まって、お友だち、お母さんと続き最後が佛さまなんだ。
普通はお母さんで終わるはずだ。それが、大慈大悲の佛さままで行き着く。
これは何かあるな。
 
それで調べた訳よ。
金子みすゞの生涯をね。
 
そうしたら、複雑な家庭環境の後に、不幸な結婚生活があるのだけど、子供の頃から仏縁があったんだ。
次回そのこと紹介するね。
 
某:OK. じや、またね。
 
輝雲
 
--
編者註
 
の続きです
 
輝雲様
公私ともにご多用中のところ、原稿をお送りいただき誠にありがとうございます。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
 
合掌
惟然 拝
 
12月の緝煕会の報告いたします。
12月5日(土)参加者は4名でした。
 
緝煕寮の掃除の後、静坐、
白田劫石著『坐禅和讃新講』
第3段(1)辱(かたじけ)なくもこの法(のり)を~の続きを輪読をして
お茶を頂きながらの座談会をしました。
 
12月に入り緝煕寮の床は冷たく感じましたが、前日の風も収まり
気温も上がり、小春日和の穏やかな日となりました。
 
今年は、会員が一名増えたことがとても嬉しいことであり、
来年も皆さまと元気にお会い出来ますこと楽しみにしております。
 
 
次回の緝煕会は、1月9日(第2土曜日)です。
 
合掌 小川

日曜静坐会 板廊下を冷たく感じて

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2015/12/6 23:50
房総道場の今週の日曜静坐会(6日)の参加者は18名。
うち、一般の方々は4名、名誉会員の方が1名でした。
 
やっと冬らしい天候となり、素足で歩く板廊下も久しぶりに冷たく感じました。
一般の皆さんも庭の掃き掃除など一緒にやっていただき、坐禅の始まる前のひと時も捨てがたい味わいがあります。
 
 
一炷香(約45分)の静坐(坐禅・座禅)の後、読経をしました。
 
静坐後に支部長より明年2月13日の日暮里「擇木座禅道場創建100周年」行事の案内がありました。
今北洪川禅師や山岡鉄舟、鈴木大拙(敬称略)など著名な方に関連した記念フォーラムのようです。
個人的に山岡鉄舟居士に強い関心がありますので参加してみたいと思いました。
西郷隆盛と談判して江戸の町を戦火から救ったという史実は、江東区毛利町の長屋で誕生したという(本人は記憶なし)私には感慨深いものがあります。
今年もわずかとなりましたが坐禅を行える環境に改めて感謝の意を強く持ちました。
 
合掌 不説 拝
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