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房総坐禅道場
房総支部 房総坐禅道場

〒284-0032
  四街道市吉岡1010

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090-7188-4873
  久保田
090-9827-8261
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『房総坐禅道場通信』 2016年 7月24日 第77号
= はじめに =    

房総坐禅道場から第77号のメールマガジンをお送り致します。 
蝉の鳴き声が大きく聞こえるようになり、こども達は夏休みが始まりました。
皆様、如何お過ごしでしょうか?
          
房総道場ホームページ
http://www.ningenzen.jp/bousou/
         
= 目次 =
           
1:恒例の夏合宿 〈房総支部創立55周年記念〉
      
(1)8月13日(土)~20日(土) 『第167回 房総道場摂心会』
                     
(2)8月18日(木)~20日(土) 茶禅一味の会と合同参禅会 
 
2:『日曜座禅会』 7月24日 房総坐禅道場
            
3:『第33回子ども禅のつどい』(心をきたえる会)
    7月30日(土)~31日(日)
 
  参加申し込みは、7月21日で締め切りました。
 
12名の参加申し込みを頂きました。
 
多数のお申込み、有難うございました。
 
4:禅フロンティア 『釈迦牟尼会(しゃかむにかい)と人間禅 』
   7月30日(土) 人間禅 擇木道場
         
5:擇木道場 7月31日 釈尊の死まで 「涅槃経」を読む・悟りの内容
  きっとわかって役にたつ、人生を豊かに心安らかに導く
 
珠玉の智慧「仏教」の基礎知識を、わかりやすく学べる仏教講座です。
 
 
= ご案内 =
            
(略) ↑クリック
           
2: 7月24日 日曜座禅会(静坐会)のご案内
              
9時前に来られて境内の散策をするか、 
お掃除などをして9時からの坐禅に臨みましょう。
                 
45分の静坐が長い人は、途中で足を組み替えるか、
一旦立って、足の痛さがなくなったらまた坐って下さい。
一度ひどい痛さを経験すると、二度とやりたくなくなるのではないかと思います。
しかし、正しい坐相(ざそう:坐禅の姿勢)による数息観(すうそくかん)を続けると、
痛さがない坐り方がだんだんにできるようになり、坐禅の効果も表れてきます 。
まずは、続けてみませんか。
                 
当道場では、正しい坐相と数息観の指導をしております。 
どうぞ、道場に足をお運びください。 
            
9時 静坐(坐禅)開始:45分間
その後、読経、お茶を飲みながらの談話会
             
会場:房総坐禅道場 
日曜座禅会会費: 200円
             
用意するもの:坐禅のできるゆったりした服装 
               
主催:人間禅 房総坐禅道場
                      
『日曜座禅会』は、原則として毎週日曜日の朝9時から行っており、
昭和59年に房総道場が建設されて以来、30年以上続いております。
現在では毎回20名以上の方々の参加があります。
              
房総道場では、『日曜座禅会』・『緝熙会(しゅうきかい:女性のための静坐会)』
本格的な修行の会『摂心会』年3回(各1週間)などに取り組んでいます。
                       
詳しくは、房総坐禅道場ホームページのブログ、予定カレンダーをご覧ください。
http://www.ningenzen.jp/bousou/ 
                        
(略) ↑ クリック
 
━  ━  ━  ━  ━
(略) ↑クリック           

━  ━  ━  ━  ━
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5:擇木道場 平成28年度 『仏教講座』 開講 
● 7月31日(日)14時30分~16時30分 (14時 受付開始) 
<今回のテーマ>
(略) ↑クリック
 
━  ━  ━  ━  ━
★お車で直接 房総道場にお越しの方は★
房総坐禅道場のホームページ上の
『カーナビで迷わないために』をご覧下さい。
尚、道に迷われた場合は、高貫までご連絡下さい。
          
★このメールマガジンは、これまでに房総坐禅道場のホームページ上から
お問い合せ・ご予約を戴いた方々、
道場にお越し戴いた方々に送信させて頂いています。
房総坐禅道場からのお知らせ等につきましても、
今後も随時配信していく予定です。
何卒よろしくお願い致します。
             
このメールマガジンについてのご意見・配信停止の ご連絡は、
恐れ入りますが bousou@ningenzen.jp までお願い申し上げます。
なお、メールが不要の場合は、以下から解除可能です。
http://www.ningenzen.jp/bousou/modules/evennews/
 

茶禅一味の茶について(14) 和敬清寂

カテゴリ : 
ブログ » 人間禅
執筆 : 
房総支部 2015/6/3 0:00
茶味 - 茶禅一味の茶について
 
4 和敬清寂
 
茶道には、和敬清寂という最高の理念があることは、一般の人びとにもよく知られています。
逆に和敬清寂と言えば、誰もが茶道を連想するほどに親しまれています。
この語は、侘び茶の始祖と呼ばれる村田珠光が遺されたと伝えられておりまして、茶道の精神そのもの、茶道の徳として、非常に重視され、今に受け継がれてきているのです。
かみしめて味わえば、まことに深遠な趣旨が含まれています。
 
和敬清寂の精神は、いうまでもないのですが、もともと和は和、敬は敬、清は清、寂は寂というように独立して分けてみるべきではないでしょう。
たとえば和は敬と表裏一体であり、あるいは清は寂と混然一体となるように強く結びつき、一つ一つは他を含みあいながら茶道の精神を形成しているとみた方がよいと思われます。
しかし、今は便宜的に、それぞれに片寄せて、少し深く探ってみたいと存じます。
 
和敬清寂によって、導かれ、啓かれる茶道は、今まで述べてきたように生活全般にわたって、総合的な文化を形成しています。
本当に茶道をわがものにするには、この和敬清寂の境涯をめざして、日常生活の中で稽古の歩みを進めていき、自ら実地に体験を深めていくほかはないでしょう。
それは知的理解だけでは到底届かない高遠な世界です。
この和敬清寂の深意をくみとり、日常生活のすみずみに及ぼすほどに心が磨かれてくるならば、それは素晴らしいことです。
仙崖和尚の「これくふて茶のめ」の賛語が想い出されます。
 
===
これは、故緝熙庵慧純老禅子が千葉大学教養部の総合科目『東洋的無』(1985年)でなさった講義をもとに、ご自身が著わされたものです。
 
本名;内田ふき
医学博士
茶道:有楽流
人間禅:師家分上
 
合掌
惟然 拝

 
   ↑
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5月31日の日曜静坐会は、参加者15名。
新到の女性の方が、お一人と2回目の参加の方が3名でした。
 
今回は、6月から7月にかけて坐禅の体験教室が開催されますので
ご紹介させて頂きます。 
 
6月5日(金)からは、千葉中央コミュニティセンター(5階和室)にて
初心者のための第37回 『禅体験教室』全4回 が開催されます。
 
日時 :6月 5日・12日・19日・26日の毎週金曜日 
午後6:30~7:30 講義
 7:30~7:45 質疑応答
 7:45~8:30 坐禅:呈茶
6月 5日 「坐禅の仕方・禅とは」 鈴木祥夫 元公務員
6月12日 「私と禅・人生を支えるもの」 進藤ちゑ子 教員
6月19日 「禅と茶」 栗田和夫 会社経営
6月26日 「脳科学と禅」 太田東吾 精神科医師
 
会場:千葉中央コミュニィティセンター 5階和室 
主催:『禅と茶の集い』(市民サークル)
定員:12名
用意するもの:筆記用具・坐禅のできるゆったりとした服装
 
会費:テキスト・ 菓子代 1,000円
申込:電話で登坂まで 043-254-7614
メールは 鈴木祥夫 s.s.gison@nifty.com まで
一日だけの参加でも結構ですので、是非 ご参加下さい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 
『禅と茶の集い』の「禅体験教室」全4回に引き続き
房総坐禅道場では、下記の日程にて
『一日坐禅体験教室』が、9時からの日曜静坐会に引き続き開催されます。
昼食とお茶の用意をさせて頂きます。
自然豊かな房総坐禅道場での体験教室をお楽しみ下さい。
 
 記
 
1 期日 2015年 7月 5日(日曜日)
2 会場 房総坐禅道場
3 日程
 9:30 JR四街道駅南口・一般車 降車場前集合
    9:30 モノレール千城台駅・タクシー/一般車 降車場前集合
 10:00~10:20 オリエンテーション
 (日程説明、役位紹介、参加者自己紹介、道場紹介、堂内作法の説明)
 10:20~11:40 坐禅とは、坐禅の坐り方、数息観の仕方、静坐(坐禅)
 11:45~ 食事の作法の説明
 12:00~ 昼食・呈茶
 13:20~14:00 講話
 14:10~14:25 静坐 (坐禅)
 14:30~15:00 懇話会、質疑応答、アンケート、静坐会等行事案内
 
4 会費 500円(日曜静坐会から引き続き参加の場合は、300円)
5 用意するもの 筆記用具、座禅のできるゆったりし た服装
6 主催 人間禅 房総座禅道場
7 申込 房総道場ホームページの「イベント予約」からお申込み下さい。
 あるいは、電話 090-4397-0266 高貫(たかぬき)宛てお申込み下さい。
 ★ 電車・モノレールでお越しの方は、お迎えに伺います ★
 
合掌 無端 拝
 
5月なのに真夏のような暑い日が続いていましたが、今日は久しぶりの雨。なぜかほっとした気持ちになりました。
今日は珍しい第5週目でした。まずは読書会から。
ネルケ無方著の、「日本人に宗教は要らない」の続きです。
 
まずは、ネルケさんが体感している永遠の命です。
 
 世界の多くの宗教では、永遠の命を説いている。いま、私たちは「天地いっぱいの命」を生きているが、言うなれば「命の器」に過ぎない。死んだら器は壊れるが、永遠の命は消えるのではなく、別の形になる。そして、永遠の命は増えたり減ったりしない。赤ちゃんが生まれても命が増えたわけではなく、永遠の命が新しい形でこの世に現れたということであり、老人が亡くなってもその命が形を変えて永遠の命へ戻っていくだけだ。
 人は死んだら生まれ変わるのか、それともあの世へ行くのか、正直、私にはわからない。しかし永遠の命に生かされている感覚はある。普段私たちは、個人の命しか考えていないが、ときには天地いっぱいの命について考えてみてはどうだろうか。

さて、読み終わって感想を述べ合いましたが、早速、「じゃあ、その天地いっぱいの命ってどんなものだろう」という質問がありました。
 
これに、言葉で答えるのは簡単ではないというかほとんど不可能だと思います。
ネルケさんも永遠の命に生かされている「感覚」があるといってはいますが、それがどんなものかは説明していません。
体感したものをそのまま言葉で表現できるとは限らないでしょう。
 
ただし、この永遠の命はいわゆる霊魂が不滅だとかいう類のものではないと思います。
 
私自身も、多分ネルケさんが言っている永遠の命は体感していますが、どう表現していいかは分かりません。
 
宇宙の命そのものを私が生きている、宇宙の命が私を生きているとでもいいましょうか。
 
ネルケさんは、別の章で、道元禅師の次の言葉を引用しています
 
この生死は、すなはち仏の御命なり
 
これで納得という人もいるでしょうし、ますます分からなくなったという人もいるのではないかと思いますが、これが禅の世界観です。

 
次はお茶の時間です。
今日は第5週でお茶の点てる人がいなかったため、ペットボトルの冷たいお茶を飲みました。たまにはこういうのもいいです。
 
お菓子も、シンプルな一口まんじゅうでした。
 
来週6月5日から、26日までは体験教室が開催されます。
HPのニュース欄でご確認ください。
4回にわたって毎週違った話題が提供されるので、初めての方には大変良い機会だと思います。
すでに数名の希望者がありますがまだ定員まで余裕がありますのでどうぞふるってご参加ください。
お待ちしています。
 
義存 合掌
 
「禅と茶の集い」についてくわしくは、コチラ
問い合わせ先s.s.gison@nifty.com
左上の房総道場と静坐会・茶道部をクリックして案内をご覧ください。

 
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茶味 - 茶禅一味の茶について
 
3 侘びの美                                                       
(2)茶室と露地の美
 
次の頁の写真は、京都山崎の妙喜庵にある茶室待庵の内部です。
利休が、山崎合戦の折、秀吉の命で造ったとも伝えられております。
国宝に指定されている茶室で、質素な外観ですが、内部もまったく飾る余地のない二畳の茶室で、正面に床がつくられています。
 
室内の模様は、隅柱を壁土で塗りこめてかくした室床(むろどこ)と、屋根裏あらわしの掛込天井の工夫で狭さを補っています。
細い丸太の柱や節立った荒けづりの框(かまち)も質素そのものの風情です。
わらを細かく切った苆(すさ)を入れた土壁は現在、苆が落ちてほとんど跡を残すだけとなっていますので、いっそうに麁相の感じが強くなっております。
まことに小さく、簡素で、静寂、幽玄の趣きがあり、侘びの草庵の極致といわれています。
 
また 頁の写真は、同じ待庵の躙口(にじり)附近の露地の景です。
深い土庇(どひさし)が南面の日差しをさえぎり、室内をうす暗く落着きあるものにしています。
 
たたき土に何気なく飛び石が数個打たれ、その先に躙口があります。
写真では中央あたりの板戸の閉っているところで、ここが正式の茶室入口であり、客はこの半間四方の狭い口からにじって茶室に入るのです。
腰にさした刀は茶室には不要ですから、全部ぬいて刀掛にかけ丸腰になって入る習わしがあります。
世間の地位や名誉、貧富などの相違を超えて、後に述べますように、「主客直心の交り」をするために、敢えて、いったんこの小さなくぐりから入り、互いに新生の一座をうち建てる工夫がなされたのです。
茶室と露地の調和が抜き差しなく自然に感じられます。
 
次頁の写真は、京都の表千家不審庵の露地であります。
山里の自然の景を偲ばせ、寂びた趣きのよく出ている露地といえましょう。
その一部が見えている茶室は利休の子少庵が、利休死後、大徳寺にあった不審庵を移築したもので、その後火災に会い、明治末頃再建されたものです。
茶室と露地は自然にとけあって静寂なたたずまいをみせ、侘びの世界に自から誘われる思いがいたします。
 
樹木は山中のありふれたものを使っておりますし、飛石は何のへんてつもない、足一つがのるほど小さなものが、足の運びに添うように素直に打たれています。
永年の丹精に苔が美しく厚く地を掩い、客は山里を行く思いに浸りながら茶室に向うのです。
 
ところで露地はもと路地と書かれました。
日常生活の場より、茶の世界に導き入れる通路ですが、後に俗塵をはらって仏世界に入る意味を表わす露地と改められたものです。
利休は露地をどのように造ったらよいか、そのしつらえを尋ねられて、「樫(かし)の葉の 紅葉ぬからに散り積る 奥山寺の 路のさびしさ」という古歌によって、その趣きを出すように述べたと伝えられていますが、不審庵露地はその意のままの露地といえるでしょう。
 
 頁の写真は、不審庵の内部を写したものであります。
不審庵とは利休の庵号で、この茶室は利休好みの典型として、待庵とともに有名です。
表千家を不審庵と呼ぶことがあるほど、それを象徴する茶室です。
 
茶席は三畳に約一畳の四分の三の大きさの台目畳はつき、中柱を設け、上座に床がついております。
写真は、床より中柱の方を写したもので、茶を点てる点前畳と釣り棚の一部が見えております。
天井は、床より蒲(がま)を用いた平天井、他は太い竹の垂(たる)木の掛込天井で、全体に端正な静けさをもつ茶室です。
 
次の頁の写真は、京都大徳寺の真珠庵にある茶室、庭玉軒のつくばいです。
つくばいとは蹲(つくば)って手を洗うところから呼ばれる名称ですが、いわゆる手水(ちょうず)鉢です。
普通つくばいは露地に設けられ、客はそこで手の汚れはもちろん、心にかかるけがれもすすぎ、世塵を払って茶席入りをするのです。
 
この庭玉軒のつくばいは、金森宗和の好みと伝えられておりますが、二畳台目の茶席と二枚の障子をへだてたばかりの土間にあります。
客が露地の飛び石伝いにすすみ、躙口と同じような入り口をくぐって入ると、そこはたたきの土間となっていて、そのすみに、このつくばいがあるというわけです。
普通露地を内と外の二つに区切り、景観をつくるため設けられる中潜(なかくぐり)門が、茶室の躙口と重ね合わされ、一つになったとみることができます。
内露地が茶室内にとりこまれて密接したともいえるでしょう。
 
こうして二畳台目の小さな茶室にひろがりが与えられるのですが、他にほとんど類のない構えです。
金森家は飛騨高山の藩主で、自国ではつくばいが雪に埋もれ、寒気に水が凍る体験から、このような工夫をこらしたといわれております。
寒さや雨の茶会に、客を気づかう心入れがあたたかく響いてきます。
つくばいは無造作の自然石で、土間に打たれた飛石も目だたぬよう、なにげなく打たれていて、簡素で静寂な感じがいたします。
 
===
これは、故緝熙庵慧純老禅子が千葉大学教養部の総合科目『東洋的無』(1985年)でなさった講義をもとに、ご自身が著わされたものです。
 
本名;内田ふき
医学博士
茶道:有楽流
人間禅:師家分上
 
合掌
惟然 拝

 
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「禅と茶の集い」だより (68)

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
房総支部 2015/5/25 5:38
本日(23日)の禅と茶の集いの参加者は13名でした。
 
第4金曜日なので7時からの1炷香の静坐の後
太田先生の坐禅ワークショップがありました。
 
今回は、「調息山」登頂のためのガイドマップを使っての講義と実習でした。
月に一度の講義で、毎回のようにガイドブックのバージョンもアップしております。
 
初心の方にはかなり難易度が高いと思いますが、
私は、修行の上で、大いに役立たせて頂いております。
 
合掌 無端 拝

ーーー
無端居士の報告をもとに編集させていただきました
合掌 惟然 拝

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日曜静坐会レポート 新緑の中

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
房総支部 2015/5/24 23:00
5月25日(日)の日曜静坐会の参加者は17名(うち女性1名、新到2名)でした。
 
今日も五月晴れの良い天気、新緑の中、静坐日和と言えましょう!
 
禅堂には色々な鳥がきて鳴いています、中には奇妙な鳴き声でどんな鳥だろうとふと気になりますが、不幸にも鳥の知識が薄く調べる手立ても知りません!
誰か鳥図鑑でも片手に、手ほどきを頂ければと!
また、自衛隊の演習でもあったのか、何時になく飛行機が低く飛びました、成田が近いので旅客機の飛行は多いですが、高度が高くこちらは余り気にもなりません!
 
今日は禅堂の恩人緝凞庵老禅子の10年忌に当たり静坐会参加者にて法要を行いました!
 
以上
 
合掌
おかもと拝

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茶禅一味の茶について(12) 侘びの美

カテゴリ : 
ブログ » 人間禅
執筆 : 
房総支部 2015/5/20 23:50
茶味 - 茶禅一味の茶について
3 侘びの美                                                       
 
茶の湯の世界には、先人たちの高い精神性と審美眼によって、好まれ、作られ、磨き上げられた、格調の高い、しかも独特の有形無形の文化が豊かに形成されてきています。
日本の四季、風土にとけこんだ茶室を中心とする建物、露地、蹲(つくばい)などの茶庭。
茶道の規範を象徴する掛物。
用の美を追求する工芸品としての茶器、花入、食器などの道具。
食文化の粋ともいえる懐石料理及び菓子。
点前作法の心のこもった道具の扱い、洗練された美しい所作と客に対する細やかな心入れ。
これらは、生活全般の領域にわたり、しかも生活を超えて総合芸術ともいえる、味わい深い美の世界を形づくってきました。
まさに日本美の極致として、世界の注目を集めるに足るもので、質量ともに充実した文化の体系をなしております。
 
ある人は茶の湯を、「美の宗教」と呼んでおりますが、茶禅一味の修道によって、その美の世界は、侘びの美と呼ばれる日本独自の美を育て上げてきたのです。
いくつかの例によって、茶の美の世界を探ってみたいと思います。
 
(1)茶碗の美
 
次頁の写真は、喜左衛門という銘のついた大井戸茶碗であります。
当時所持していた人の名前がその銘になったもので、現在国宝に指定されております。
侘び茶の台頭期から利休の茶風の全盛期に、堺の茶人らに好んで用いられた一群の高麗茶碗の一つで、一五、六世紀の作と伝えられています。
 
もともと井戸茶碗は、朝鮮において、民衆が日常的に、そばがきや雑炊などの食器として使っていたもので、無名の陶工が無造作に作った生活雑器でした。
つまり茶器として焼かれたものではなく、まして芸術作品でもありませんが、陶工たちが数多く造るなかで自から生まれた、手なれた美しさと生活の用に規制された、気どりのない機能の美を感じさせる一群の茶碗です。
 
これを当時の茶人が、見出し撰びとって茶器として好み、茶室で用いたのです。
一般に、茶の世界で好むという言葉がよく用いられますが、感覚的に好(す)きというだけでなく、創作ににもかかわって新しいものを生む行いが含まれます。
それ以前、書院の茶で用いられた茶碗は、主に天目と青磁の唐物茶碗で、端正で光沢のある美しい肌の、気品高いものが愛されてきたのに反して、一群の井戸茶碗には、たくまない自然の素朴さがあり、野趣に富んだ侘びが感じられます。
 
朝鮮においては、日常使う食器として、ありふれた、とくに価値があるとは思われなかったものですが、日本の茶器に撰びとられて、そこに新しい美が引き出されたわけです。
茶器はそれ自体独立してあるのではなく、茶室のなかで、まわりのすべてと調和しつつ使われて、はじめて精彩を放つといえるでしょうが、草庵茶室にまことにふさわしい、このような新しい独特の性格の侘びの美を見出したのは、堺の茶人でした。
そこには禅に培われたたしかな感覚を感じずにはおられません。
 
当時、国内で焼かれた伊賀、信楽、備前、唐津、志野などの雑陶のなかからも茶器として好まれたものが多くありますが、いずれも質素で自然な美しさをもつものです。
創造的な時代を生き生きと切り開いた茶人たちの息吹が伝わってくる思いがいたします。
 
さて、この喜左衛門は、普通の茶碗形ですが、大ぶりで、その立ち上がりの姿が美しく伸びやかで、しかも素朴な風格をもつ名品であります。
色は井戸の特徴の枇杷(びわ)色で、腰から下に釉薬(うわぐすり)が溶けきらず、ちぢれて鮫肌(さめはだ)状に残る、いわゆるかいらぎが荒くついていて、侘びた味、麁相の美が、きわ立って強く感じられます。
 
次の頁の写真(*)は黒楽茶碗で、銘を大黒(おおくろ)と呼ばれる重要文化財の茶碗であります。
腰が張って力強く安定感があり、胴は真直ぐに立ち上り、ゆったりと落着いた形をしています。
釉薬は黒無地で、その黒のなかには茶釉がかすかに見え、いっそう寂びた趣きが感じられます。
幽玄で静寂な、何の衒(てら)い気のない素朴な美しい茶碗です。
 
楽茶碗は、陶工の初代長次郎に、聚楽第のなかで利休がはじめから茶器として使うために焼かせたものでして、利休の好みと優れた独創性が感じられます。
手びねりのおだやかな形とやわらかい膚の感触をもつ楽茶碗は、以後の国焼茶碗に強い影響を与え続けていきますが、茶器のなかでは一楽二萩三唐津と言われるように最も愛好されてきているものです。
 
利休はそのほかにも、前に述べましたような多くの茶道具を創り出し、その天才的な審美眼は侘びの美の形成に大きく与かっていきました。
 
この大黒は、楽茶碗のなかで、とくに利休が好んだいわゆる利休七種の第一に挙げられる名品です。
 
===
これは、故緝熙庵慧純老禅子が千葉大学教養部の総合科目『東洋的無』(1985年)でなさった講義をもとに、ご自身が著わされたものです。
 
本名;内田ふき
医学博士
茶道:有楽流
人間禅:師家分上
 
合掌
惟然 拝

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私用のため何回かお休みし、3ケ月ぶりにおとずれた道場は、新緑に包まれていました。
今回の参加者は、初めて参加された方も含めて4名でした。
 
少人数でしたが、皆で協力して、お茶の準備やそうじをしてから、一炷香坐り(坐禅、座禅し)ました。
緑の中での静坐で、吹く風も心地よく、時おりうぐいすの声も聞こえ、心静かに坐ることができました。
その後、2001年の座禅体験教室での磨甎(ません)庵老師の「坐禅と数息観について」というお話を記録したものを読みました。
その中で、次の部分が心に残りましたので引用させていただきます。
 
坐禅をする時に、一番大事な事は何かと云いますと、「坐禅儀」では「こう心(*こうしん)」をあげています。「こう心」と云いますのは、自分で自分の心を肯(うけが)う、或いは、自分を欺かない。自分を誤魔化さない。と云うことが坐禅で非常に大事です。
 
人が見ていないから、誤魔化すと云う事は出来るわけですけれども、自分で自分を誤魔化さない。途中で雑念が起きたら、これを捨る。必ずこれをやる。数えているようなふりをしない。己を偽わらない。つまり、真っ正直に、本当に自分に対して正直に、自分を大事にする。自分を偽らない、自分を裏切らない。
 
ヨーロッパの人は、個人と云うものを厳しく言うわけですが、クリスチャンの人、ヨーロッパの人と云うのは、自分に対する責任と云う考え方なんです。自己に対する責任。日本人はそれは少ないんです。自分の命というのは、自分自身で勝手に出来るんではないか?
とんでもない事です。自分自身の持っている命は自分自身では勝手に出来ない。それは自分に対する責任と云うことで、自分がこの世に生まれてきた、その所以と云うものは何であるか?
一生の間、一体自分は何をしたら良いか?
と云うことをしっかりと見つめる。
自分自身の、自分自身として、他の人に出来ない、必ず、一人一人には絶対に他では出来ない、そういうものがある筈です。その人でなければならない唯一つのものがある。そういうものをしっかりと手放さない。そして、自分がこの地上に生まれてきた、この八十年の生涯。自分が何であるかと云うことを自分自身に肯えるように。
そういう修行が禅なんです。
 
合掌 水精
 
*「こう心」:肎心、「わかんむり」の下に「月」
 
5月17日の日曜静坐会の参加者は 16名でした。
新しい参加者は女性1名、久しぶりで参加しますと言われた方が1名。
座禅後、抱石庵老居士から『五 戒』の重要さについてのお話がありました。
 
静坐、読経後茶道部は月一度の稽古日でした。
自然豊かな林の中にある房総座禅道場はこの時期、色とりどりの樹木におおわれます。
今日のような晴れた日は鶯(ウグイス)、コジュケイ、雉(キジ)、等々常連の野鳥が朝早くからにぎやかです。
今朝は 時鳥(ホトトギス) の声も聞こえました。
 
朝、道場の内外は皆さんで清掃します。
室内には、折々の花々が活けられます。
このわずかな時間の作務(作業)を通して人も道場もいつの間にか、この大自然に同化していきます。
贅沢を感じるひと時です。
 
読経後、新到者も加わり、抱石庵老居士お手製の出来たての新茶をいただきながら和やかな時間をすごしました。
 
〈水清し 谷津田に早苗 蛙啼く〉
 
〈道場は 青葉に埋もれ 一炷香〉
 
合掌 一徹 拝

 
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