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房総坐禅道場
房総支部 房総坐禅道場

〒284-0032
  四街道市吉岡1010

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または
090-7188-4873
  久保田
090-9827-8261
  みつなが
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房総ブログ - 最新エントリー

30日午後10時!

いよいよ 徹宵(寝ないで坐禅)に突入する

合掌 
惟然 拝

予約(前もって日時を指定)でアップします。


房総坐禅(座禅)道場 玄関の外と内



同じところでも・・



臘八:旧暦の12月(臘月)8日 
釈尊が菩提樹のもとで暁の明星を見て悟りを開いたとされる日
フォントの関係で蝋八と書かれることもあります

摂心会の料理は、
主食・汁物・主菜(副菜)・香物
で構成され、それぞれの器に盛ります。  惟然
 

28日の朝食


メニュー
主食:かゆ
汁:具だくさんのみそ汁
主・副菜:ふろふき大根、蕗と厚揚げの煮物、ナムル
香の物他:キュウリのぬか漬け、カブの塩漬け、梅干し
(これでたったの300円)

 

大根→典座長(真浄居士)の自宅の畑でとれたもの
フキ→道場でとれたもの
野菜類→会員の小川農園
ぬか漬け→典座長が自分で丹精しているもの
カブの塩漬け→小川農園


香の物を一切れ残します。
全員が食べ終わると、供給(くぎゅう 給仕係)が茶碗にお茶(はぶ茶)を注いで回ります。
最後に、それぞれの器にお茶を移し入れ、香の物を使って浄め飲み干します。


作法の細かい紹介はまた別の機会に

ごちそうさまでした
合掌


蛇足

主菜と副菜、どちらが主菜?どちらが副菜?

房総坐禅道場の摂心会では、朝食の時間に隠寮の茶室で、
1日に4人ずつ、老師とお茶をいただきます。  惟然


数寄屋門から

 
隠寮へ
 
手水鉢


誰もいなくなった茶室に飾り置かれた水差し
有楽流のお点前の紹介は、また別の機会に
(袱紗は右腰に付けて捌いていました)


蛇足の画像(房総坐禅(座禅)道場の朝)

このワンちゃん(狗子)に、仏性は有り?無し?

摂(接)心会では、ただ静坐(座禅)をするだけでなく、
いろいろな動きをする場面もあります。
「摂心会のしおり」では、簡潔に説明しています。 惟然

○食事
配膳係が、細心の注意をはらい、心をこめて作った食事を、
会衆(えしゅう)は法体を護るため合掌していただきます。
食事の前後には『食前(じきぜん)の文(もん)』『食畢(じきひつ)の偈(げ)』を
一同で唱和し。静かによく噛んで食物を味わって頂きます。
食事をする時は、あらかじめ食事表に希望を書き込んでください。
食器は専用としますから、食後必ず洗っていつも清潔にして所定の場所に置いて下さい。
 
茶碗、汁椀、皿、小皿、箸、布巾を布で包んであります。

到着帳の脇の戸棚に置いておきます。

○作務(さむ)
作務は、坐禅(座禅)による静中の工夫を、清掃や除草等の動態に移して、
動作中に工夫を続ける修行です。
同時に団体行動の中で協力して作業をやり抜くことも修練します。
単なる肉体労働や勤労奉仕ではありません。
作務では、『段取り・真剣・尻拭い』の実修が肝要なことがらです。
作業にふさわしい服装をします。

○作法
摂心会厳修中は、終始一貫して本参(ほんさん)の話頭(わとう)(師家からいただいた公案)の工夫、
未入門者は数息観の工夫に専念して、余念を混入してはいけないわけですから、
禅堂内を歩くときは、叉手当胸(さしゅとうきょう(*))します。
禅堂に入ったら、文殊菩薩の正面に立って合掌し問訊(もんじん(*))します。
禅道、食堂、浴堂は三黙堂といわれ、私語は一切禁ぜられています。
その他の作法は、役位などのやり方にならって下さい。

(「摂心会のしおり」より)

摂心会の用語の続きです。
よろしくお願いします。  惟然


○提唱(ていしょう)
普通、講座とも呼びますが、学校での講義とは全く本質的にちがいます。

提唱は、
「宗綱を提(ひっさ)げもち来って大衆の面前に唱え出す」ことです。

師家自身が体得している如是法を、
講本というものをかりて、そこにまけ出すのです。

初めての方には耳なれぬ用語も多いので、
難しく思われるでしょうが、
耳で話を聞き、頭で理解するのではなく、
全身を耳にして三昧(さんまい)に聴聞(ちょうもん)します。

提唱の前には、
師家は釈迦牟尼仏に大展(たいてん)礼拝(*)します。

(仏壇の前に敷かれた拝座)


学人は、
開始前に、白隠禅師『坐禅和讃』を、
最後には『四弘誓願』を唱和します。

なお、聴聞は坐禅(座禅)の形で行います、
洋服の場合は上着をつけて下さい。
女性の場合は袖無しなどは遠慮してください。

講本はじかに畳に置かぬよう講本カバーを用います。

○参禅
参禅とは、入門者が、師家からいただいた公案をいのちがけで工夫し、
その見解を、師家面前に提出し、その浅深邪正に勘別を乞う修行です。

一人一人隠寮(師家の部屋)で
一対一のまことに厳しい独参形式で行われます。


他に類をみない独特なもので、
学人が真剣に骨を折れば大いに力を得ることができます。


<白隠禅師『坐禅和讃』>
衆生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり
長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず
六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏そえて いつか生死を離るべき

夫れ摩訶衍の禅定は 称歎するに余りあり
布施や持戒の諸波羅蜜 念仏懺悔修行等
そのしな多き諸善行 皆この中に帰するなり
一座の功をなす人も 積し無量の罪ほろぶ
悪趣何処にありぬべき 浄土即ち遠からず
かたじけなくもこの法を 一たび耳にふるる時
讃歎随喜する人は 福を得る事限りなし
況や自ら回向して 直に自性を証すれば

自性即ち無性にて 既に戯論を離れたり
因果一如の門ひらけ 無二無三の道直し
無相の相を相として 行くも帰るも余所ならず
無念の念を念として うたうも舞うも法の声
三昧無礙の空ひろく 四智円明の月さえん
この時何をか求むべき 寂滅現前するゆえに
当所即ち蓮華国 この身即ち仏なり
 
<『四弘誓願』>

衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
煩悩無量誓願断(ぼんのうむりょうせいがんだん)
法門無尽誓願智(ほうもんむじんせいがんち)
仏道無上誓願成((ぶつどうむじょうせいがんじょう)

(以上「摂心会のしおり」より)

はじめて人間禅の坐禅(座禅)道場の行事に参加した人は、
とまどうこと事ばかりだと思います。
そこで、「禅の用語」のカテゴリを用意しました。

あれは何?何をしている?
という純粋な疑問に応えられたらいいと思います。
よろしくお願いします。  惟然


○結制茶礼(けっせいされい)

結制とは、「仏の制度を結ぶ」ということで、
摂心会の前夜、厳粛に茶礼が行われます。
明日から始まる摂心会へに際して、師家(しけ)より垂戒(すいかい)が示され、
役位の任命があって、共に茶菓をいただきます。
決意も新たにいよいよ摂心会に入るわけです。

人間禅では、結制茶礼の冒頭に師家が『立教の主旨』を読み上げる。

『立教の主旨』

一 人間禅は、自利利他の願輪を廻らして、ほんとうの人生を味わいつつ、
 世界楽土を建設するのを目的とする。

一 人間禅は、坐禅の修行によって、転迷開悟の実を挙げ、
 仏祖の慧命を永遠に進展せしめる。

一 人間禅は、正しく・楽しく・仲よく人間味の豊かな人々の家庭である。

一 人間禅は、禅本来の面目なる自由と平等とを尚び、各自の人格を尊重する。

一 人間禅は、神秘を語らず迷信を説かず、堂々と如是法を挙揚し、
 合掌して人間禅を宣布する。

 

○役位
摂心会を厳修するため。会毎に師家より任命される堂内役位は、
師家の意を体し、会を運営する。

直日(じきじつ):禅堂の責任者。
 修行者の先頭に立って修行に骨折りながら、他の役位を督励し、
 堂内外の規矩(きく=きまり)を保ち、静坐や作務の色をします。

助香(じょこう):直日を助け、直日が差し支えがあるときはこれに代わります。

助警(じょけい)修行者の姿勢や態度を直し、怠けないように骨を折らせる役で、
 警策(けいさく)をもって、随時堂内を巡ります。

聖侍(しょうじ):禅堂の入り口に坐って、みだりに出入りしないように取り締まります。
 提唱(ていしょう)の時は、講本侍者となります。

殿司(でんす):仏殿の係で、喚鐘(かんしょう)を保管し、
 参禅・提唱・茶礼のときにこれを打つ役です。
 提唱の時の準備と後片づけの責任を持ちます。


以上の他、堂外役位として
接待係(新到)係・会計係・庶務係・合図係・配膳係(典座:てんぞ)などがあって、会(え)衆の世話をします。

隠侍(いんじ)(侍者)は師家の身の廻り一切の用事を果たします。

新たに参加した方の世話は接待係がしますから、不明な点がありましたら遠慮なくお尋ね下さい。
 

(以上「摂心会のしおり」より)

遡った日時でアップしています。

房総坐禅(座禅)道場で、今夜、結制茶礼が行われた。
うれしいことに、3名の入会者があり、
茶礼後に入会式も行われた。

さあ、いよいよ明朝から第159回摂心会が始まる。
日程・日課


その年の最後摂心会を蝋八と位置づけ
原則として全員で徹宵(一晩寝ないで座禅)する。

<徹宵日課表>
11月30日(土)~12月1日(日)
講後参禅まで日課通り
22:00 静坐
24:00 静坐
 1:00 お茶
 2:00 静坐
 4:00 静坐
 4:45 洗面
 6:00 参禅
    円了茶礼
    懇親会
    後片付け

また、房総道場の摂心会の参加費の詳細は次のとおりです。

<参加費>
・会員   一般 3000円 主婦・学生 1000円
 未会員 一般 1000円 主婦・学生  500円
 他支部 無料
・食費 1食300円
・ふとん代 500円(摂心会を通して 泊数によらず)
・懇親会 一般 1000円 主婦・学生 500円

関心がありましたら、提唱など一部でもご参加下さい。
初めての方は作法等の説明がありますので、
早めにおいで下さい。

11月19日のブログの円了日の日程を訂正してあります。
よろしくお願いします。

合掌 惟然


臘八:旧暦の12月(臘月)8日 
釈尊が菩提樹のもとで暁の明星を見て悟りを開いたとされる日
フォントの関係で蝋八と書かれることもあります
「禅と茶の集い」だより(5)  助警の悩み
 
今日11月22日(金)は、第4週なので午後7時からコミュニティセンターの6階和室で例会が開催されました。参加者は9名でした。
 
今日は、2炷香(45分の静座を2回)続けて坐る日です。
もう外では皆がコートを着ているシーズンになりました。コミュニティセンターの中は、暖房が効いているのでかなり暑い感じがします。
もちろんコミュニティセンターも悪くはないのですが、どうしても房総坐禅道場のひんやりして空気の澄み切った中での坐禅と比べてしまいます。特に、冬の寒い中、本堂で大自然と一体化して坐るのは格別です。
今日の2炷香は、来週が摂心なので入門者には、いい足慣らしになります。
ここでの坐禅はもちろん一般の方向けなので、足が痛い人は途中で立ってもいいし、少し足をくずしてもいいことになっています。
今日は、6月の禅体験教室にいらっしゃって、その後少し足が遠のいていた山内さんが顔を出してくれました。私たちにとってはとてもうれしいことです。
さて、静座の時間です。私は助警(坐っている人の姿勢を正す係)をおおせつかっています。
特に初心者の姿勢を直すときなのですが、例えば背筋が伸びていないとき姿勢を治した後、お互いに合掌すると、その瞬間にまた背筋が伸びていない状態に戻ってしますのです。ぐるっと堂内を回ってきてもう一度直しても、また同じことになることが多いのです。これでは仕方がないと思い、最近は姿勢を直した後、小声で「合掌しなくてもいいですからそのままの姿勢を保ってください」というようにしています。作法の通りではありませんが、初心者にはこの方がずっと効果があります。
 
今日は、嬉しいニュースと悲しいニュースがありました。
砂村さんに初孫が誕生しました。お嬢さんが実家に帰ってきているということで、赤ちゃんの世話をするのが大変だ大変だといっていましたが、顔には満面の笑みがこぼれていました。
もうひとつは訃報です。会員の河田さんがお亡くなりになりました。3~4年前に手術をしてなかなか会に来られなくなっていたのですが、ずっと連絡は取っていました。奥様からのお手紙でそのことを知りました。心からご冥福をお祈りいたします。
生まれて来る子もあれば、残念ながらお亡くなりになる人もいる。これが世の常です。              
諸行無常を感じます。
 
義存

「菩提本無樹 明鏡亦非台」「本来無一物 何處惹塵埃」の対幅


画像は人間禅創立43周年・房総支部創立30周年記念行事が房総道場で行われた時、
駆け付けた全国の道友との祝宴の乾杯の場面です。平成3年5月5日撮影

この五言絶句は、房総坐禅道場の本堂(禅堂)の正面左右の床の間に対幅として常に掛けられています。
  
これは1983年(昭和58年)に房総坐禅道場が建立された時、
磨甎庵劫石老師(1915〜2009年)によって揮毫されたものです。
 
この偈は、六祖慧能禅師(638〜713年)の因縁からの語です。
達磨大師(?〜528年)によってインドから中国に禅仏教が伝えられたのは、520年頃といわれています。
この法を五代目に嗣がれた方が五祖弘忍禅師(686〜761年)で、黄梅の近くの憑茂山で大法を宣布されていました。
(以下は、如々庵洞然老師(1908〜1996年)著『五燈会元鈔講和』を参考にしています)
そこへ姓は慮、名は慧能という樵夫出身の一居士が法を求めてやってきます。
弘忍禅師は慮居士と対面して人物であることを見抜いて、文盲であった彼を寺男(行者 あんじゃ)として米搗き小屋で米搗きの仕事をさせ、留め置いたのです。
 
当時は困窮や税を逃れるために出家をする人々が大勢いたため、法律で公認の寺院での出家者の数を制限していたという事情があります。
 
慮行者が日中は米搗きに精を出し正念工夫に努め、夜遅く大衆が寝静まってからこっそりと弘忍禅師に参禅する生活が8か月経ったころ、弘忍禅師は自分の法を嗣ぐべき人物が出来上がったことを公にするため、会下の7百人ほどの大衆に告報したのです。
 
「我と思わんものは、自分の悟りと悟境とを偈に作って、それを廊下に張り出すように。もし、わしの心にかなう偈を作った者があったら、彼に達磨大師から伝わってきた袈裟と鉄鉢を伝え、わしの法嗣たることを認めよう」という内容でした。
 
師の指示に最初に応じたのは、首座の役をつとめていた神秀という方でした。
 
神秀上座が張り出した偈は、「身は是れ菩提樹 心は明鏡台の如し 時々(じじ)に勤めて払拭し 塵埃をひかしむることなかれ」というものでした。
 
この大意は「我々のこの肉体は、菩提という果実、有り難い悟りの実を結ぶ樹木のようなもので、まことに尊いものである。
また、心は本来は無垢清浄で明鏡のように清澄なものである。
それなのに我々は五欲煩悩でこの肉体を穢し、妄想分別で心を曇らせている。
これはまことにもったいないことである。
だから、我々は絶えず油断なく、この心身を清浄に保つように五欲煩悩の穢れを拭い去り、思慮分別のさびや塵埃を取り除くように努めなければならない」というようなことです。
 
弘忍禅師は張り出されたこの偈を見て、「この通りに修行すれば間違いはない」とは言いましたが、この偈を作った者に法を伝えるとは言いませんでした。
しかし 神秀上座の偈は大衆の間では評判になり、米搗き小屋にいる慮行者慧能の耳にも聞こえてきました。
そして慧能は、「これは一応結構だが、不徹底で食い足りない。わしも一つ作って張り出そう」と考えました。
しかし彼はまだ文字が書けなかったので、自分の偈を童子に頼んで書いてもらい、これを神秀上座の偈のそばに張り出しました。
それが「菩提もと樹無し 明鏡また台に非ず 本来無一物 いずれの處にか塵埃をひかんや」というものでした。
 
「菩提もと樹無し」とは、「煩悩即菩提 菩提即煩悩 であって、別に求むべき菩提もなければ捨てるべき煩悩もない」ということ、「明鏡また台に非ず」とは、「心は元来不垢不浄であり、浄穢や明暗の沙汰を越えたものである。
もし浄穢や明暗があるならば、その心は相対の心に過ぎない」ということです。次の「本来無一物」は、大乗仏教の神髄である「人空法亦空」とか「一切皆空」を言い換えたものです。
そしてここに徹すれば、いまさら塵埃を惹こうにも惹くべき塵埃もなければ、また塵埃の付着するところもない。という訳でまさに「何れの處にか塵埃を惹かんや」です。
 
神秀上座の偈は、いわゆる修養法としては立派であり、この通り修行すれば間違いはないのですが、大乗禅の生粋は「本来無一物」にあり、この点から見れば、両者の境涯の優劣は明らかです。
 
そこを見て、弘忍禅師は、夜 密かに慧能を自室に呼んで、達磨大師伝来の袈裟と鉄鉢とを彼に譲り、六祖としたのです。
 
以上がこの五言絶句の因縁と説明です。ですから禅の道場では、この言葉を大切にしているのです。
 
以上  太田深達
 
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画像は 
人間禅創立43周年・房総支部創立30周年記念行事が房総道場で行われた時、
駆け付けた全国の道友との祝宴の乾杯です。
平成3年5月5日
正面に磨甎庵総裁老師(当時)。
隣の如々庵老師(芳賀幸四郎文学博士)のお顔がかくれていて残念


 
『房総道場宝物』とは、
房総道場に関連する書画等を整理したファイルの名前です。
この度、深達居士にその解説を少しずつしていただけることとなりました。
これはその1回目です。
 
さて、貴方は
逃げた慧能を追いかける神秀上座一派の一人となりましょうか
逃げる慧能を助けた慧明(道明)の立場となりましょうか
 
合掌
惟然 拝
広島参禅会(平成25年11月1日~4日)参加報告(2)
 
仲野 嶢山

3日目の午前中には心印居士によるネット布教のための講演、講習会、実技指導がありました。特に、会員間の意思疎通を図る為の手段、新入会員に対する情報共有の方法、若者を呼び込むためのネット技術等の指導がありました。   
とても有意義な会で、房総支部でも一度講師をお願いする価値があると思います。

3日目の午後には、文化講演会の第2弾として、慧日庵老禅子の法話がありました。
新到者向けのとても分かりやすい講演で、4名の新到者は熱心に講演に耳を傾けていました。
講演終了後に、4名(1名は参禅体験者)の方に静坐指導をしました。そのうち3名が老師の面談を受け、新たに2名が当日参禅をされました。

3日目の夕方には懇親会があり、地元の料理や鍋物で、地酒を堪能しました。

20:30頃には町に繰り出し、カラオケルームに行って、最後はスーパー銭湯に行って、長い一日が終わりました。
 
4日目は通常通りの日程で進みました。
朝の茶席は全員が参加(総数11名)し、朝、午前、午後の参禅があり、15時に円了茶礼があり終了となりました。
呉道場は、2階に参禅室があるのですが、床板を通して声が聞こえてしまうので、参禅中はエアコンの送風を最大にして音を消すような工夫もしています。
建物はとても古いのですが、磨きこまれた床、居士寮に使われている年代物の土蔵、庭には磨甎石を彷彿するような石があります。
広島禅会の会員の皆様は、まだまだ摂心会の作法等に習熟されていないので、静坐指導以外にも、堂内作法、茶礼の作法、食事の作法、警策の使い方、板木のたたき方等も、慧日庵老禅子と分担して適宜指導させていただきました。
少しでも本部の方法をマスターしようと、皆さん熱心に耳を傾けてくださいました。新到者も集い、今回初めて参加された方の中には、入会の意思表示をその場でされた方(34歳男性、国家公務員、独身)もいました。
浄円禅子や龍舟居士のような若い世代の活躍もあり、今後発展が大いに期待できる会と思われます。

地方の参禅会の楽しみの一つに、帰京の際の車中での宴会があります。
今回は総裁老師、慧日庵老禅子、私の3人での帰京となりました。昨年もこのメンバーで、新幹線の車中で4時間にわたる大宴会となり、参禅会で頂いた地元の品、岩国駅で買ったお土産、車中販売のおつまみ等すべて飲み、食べつくし、東京駅に降り立ったときにはだいぶ身軽になった経験があります。
今回も、呉駅で電車を待つ10分間程度の間に、慧日庵老禅子がお弁当を、私がお酒やおつまみを買いに走り、総裁老師も割り箸や紙コップの手配に奔走してくださいました。

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一部割愛させていただきました
なお、「静坐」とは蒲団上での「坐禅(座禅)」のことです。

合掌 惟然
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