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房総坐禅道場
房総支部 房総坐禅道場

〒284-0032
  四街道市吉岡1010

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090-7188-4873
  久保田
090-9827-8261
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房総ブログ - ブログカテゴリのエントリ

「禅と茶の集い」だより(5)  助警の悩み
 
今日11月22日(金)は、第4週なので午後7時からコミュニティセンターの6階和室で例会が開催されました。参加者は9名でした。
 
今日は、2炷香(45分の静座を2回)続けて坐る日です。
もう外では皆がコートを着ているシーズンになりました。コミュニティセンターの中は、暖房が効いているのでかなり暑い感じがします。
もちろんコミュニティセンターも悪くはないのですが、どうしても房総坐禅道場のひんやりして空気の澄み切った中での坐禅と比べてしまいます。特に、冬の寒い中、本堂で大自然と一体化して坐るのは格別です。
今日の2炷香は、来週が摂心なので入門者には、いい足慣らしになります。
ここでの坐禅はもちろん一般の方向けなので、足が痛い人は途中で立ってもいいし、少し足をくずしてもいいことになっています。
今日は、6月の禅体験教室にいらっしゃって、その後少し足が遠のいていた山内さんが顔を出してくれました。私たちにとってはとてもうれしいことです。
さて、静座の時間です。私は助警(坐っている人の姿勢を正す係)をおおせつかっています。
特に初心者の姿勢を直すときなのですが、例えば背筋が伸びていないとき姿勢を治した後、お互いに合掌すると、その瞬間にまた背筋が伸びていない状態に戻ってしますのです。ぐるっと堂内を回ってきてもう一度直しても、また同じことになることが多いのです。これでは仕方がないと思い、最近は姿勢を直した後、小声で「合掌しなくてもいいですからそのままの姿勢を保ってください」というようにしています。作法の通りではありませんが、初心者にはこの方がずっと効果があります。
 
今日は、嬉しいニュースと悲しいニュースがありました。
砂村さんに初孫が誕生しました。お嬢さんが実家に帰ってきているということで、赤ちゃんの世話をするのが大変だ大変だといっていましたが、顔には満面の笑みがこぼれていました。
もうひとつは訃報です。会員の河田さんがお亡くなりになりました。3~4年前に手術をしてなかなか会に来られなくなっていたのですが、ずっと連絡は取っていました。奥様からのお手紙でそのことを知りました。心からご冥福をお祈りいたします。
生まれて来る子もあれば、残念ながらお亡くなりになる人もいる。これが世の常です。              
諸行無常を感じます。
 
義存

「菩提本無樹 明鏡亦非台」「本来無一物 何處惹塵埃」の対幅


画像は人間禅創立43周年・房総支部創立30周年記念行事が房総道場で行われた時、
駆け付けた全国の道友との祝宴の乾杯の場面です。平成3年5月5日撮影

この五言絶句は、房総坐禅道場の本堂(禅堂)の正面左右の床の間に対幅として常に掛けられています。
  
これは1983年(昭和58年)に房総坐禅道場が建立された時、
磨甎庵劫石老師(1915〜2009年)によって揮毫されたものです。
 
この偈は、六祖慧能禅師(638〜713年)の因縁からの語です。
達磨大師(?〜528年)によってインドから中国に禅仏教が伝えられたのは、520年頃といわれています。
この法を五代目に嗣がれた方が五祖弘忍禅師(686〜761年)で、黄梅の近くの憑茂山で大法を宣布されていました。
(以下は、如々庵洞然老師(1908〜1996年)著『五燈会元鈔講和』を参考にしています)
そこへ姓は慮、名は慧能という樵夫出身の一居士が法を求めてやってきます。
弘忍禅師は慮居士と対面して人物であることを見抜いて、文盲であった彼を寺男(行者 あんじゃ)として米搗き小屋で米搗きの仕事をさせ、留め置いたのです。
 
当時は困窮や税を逃れるために出家をする人々が大勢いたため、法律で公認の寺院での出家者の数を制限していたという事情があります。
 
慮行者が日中は米搗きに精を出し正念工夫に努め、夜遅く大衆が寝静まってからこっそりと弘忍禅師に参禅する生活が8か月経ったころ、弘忍禅師は自分の法を嗣ぐべき人物が出来上がったことを公にするため、会下の7百人ほどの大衆に告報したのです。
 
「我と思わんものは、自分の悟りと悟境とを偈に作って、それを廊下に張り出すように。もし、わしの心にかなう偈を作った者があったら、彼に達磨大師から伝わってきた袈裟と鉄鉢を伝え、わしの法嗣たることを認めよう」という内容でした。
 
師の指示に最初に応じたのは、首座の役をつとめていた神秀という方でした。
 
神秀上座が張り出した偈は、「身は是れ菩提樹 心は明鏡台の如し 時々(じじ)に勤めて払拭し 塵埃をひかしむることなかれ」というものでした。
 
この大意は「我々のこの肉体は、菩提という果実、有り難い悟りの実を結ぶ樹木のようなもので、まことに尊いものである。
また、心は本来は無垢清浄で明鏡のように清澄なものである。
それなのに我々は五欲煩悩でこの肉体を穢し、妄想分別で心を曇らせている。
これはまことにもったいないことである。
だから、我々は絶えず油断なく、この心身を清浄に保つように五欲煩悩の穢れを拭い去り、思慮分別のさびや塵埃を取り除くように努めなければならない」というようなことです。
 
弘忍禅師は張り出されたこの偈を見て、「この通りに修行すれば間違いはない」とは言いましたが、この偈を作った者に法を伝えるとは言いませんでした。
しかし 神秀上座の偈は大衆の間では評判になり、米搗き小屋にいる慮行者慧能の耳にも聞こえてきました。
そして慧能は、「これは一応結構だが、不徹底で食い足りない。わしも一つ作って張り出そう」と考えました。
しかし彼はまだ文字が書けなかったので、自分の偈を童子に頼んで書いてもらい、これを神秀上座の偈のそばに張り出しました。
それが「菩提もと樹無し 明鏡また台に非ず 本来無一物 いずれの處にか塵埃をひかんや」というものでした。
 
「菩提もと樹無し」とは、「煩悩即菩提 菩提即煩悩 であって、別に求むべき菩提もなければ捨てるべき煩悩もない」ということ、「明鏡また台に非ず」とは、「心は元来不垢不浄であり、浄穢や明暗の沙汰を越えたものである。
もし浄穢や明暗があるならば、その心は相対の心に過ぎない」ということです。次の「本来無一物」は、大乗仏教の神髄である「人空法亦空」とか「一切皆空」を言い換えたものです。
そしてここに徹すれば、いまさら塵埃を惹こうにも惹くべき塵埃もなければ、また塵埃の付着するところもない。という訳でまさに「何れの處にか塵埃を惹かんや」です。
 
神秀上座の偈は、いわゆる修養法としては立派であり、この通り修行すれば間違いはないのですが、大乗禅の生粋は「本来無一物」にあり、この点から見れば、両者の境涯の優劣は明らかです。
 
そこを見て、弘忍禅師は、夜 密かに慧能を自室に呼んで、達磨大師伝来の袈裟と鉄鉢とを彼に譲り、六祖としたのです。
 
以上がこの五言絶句の因縁と説明です。ですから禅の道場では、この言葉を大切にしているのです。
 
以上  太田深達
 
---
画像は 
人間禅創立43周年・房総支部創立30周年記念行事が房総道場で行われた時、
駆け付けた全国の道友との祝宴の乾杯です。
平成3年5月5日
正面に磨甎庵総裁老師(当時)。
隣の如々庵老師(芳賀幸四郎文学博士)のお顔がかくれていて残念


 
『房総道場宝物』とは、
房総道場に関連する書画等を整理したファイルの名前です。
この度、深達居士にその解説を少しずつしていただけることとなりました。
これはその1回目です。
 
さて、貴方は
逃げた慧能を追いかける神秀上座一派の一人となりましょうか
逃げる慧能を助けた慧明(道明)の立場となりましょうか
 
合掌
惟然 拝
広島参禅会(平成25年11月1日~4日)参加報告(2)
 
仲野 嶢山

3日目の午前中には心印居士によるネット布教のための講演、講習会、実技指導がありました。特に、会員間の意思疎通を図る為の手段、新入会員に対する情報共有の方法、若者を呼び込むためのネット技術等の指導がありました。   
とても有意義な会で、房総支部でも一度講師をお願いする価値があると思います。

3日目の午後には、文化講演会の第2弾として、慧日庵老禅子の法話がありました。
新到者向けのとても分かりやすい講演で、4名の新到者は熱心に講演に耳を傾けていました。
講演終了後に、4名(1名は参禅体験者)の方に静坐指導をしました。そのうち3名が老師の面談を受け、新たに2名が当日参禅をされました。

3日目の夕方には懇親会があり、地元の料理や鍋物で、地酒を堪能しました。

20:30頃には町に繰り出し、カラオケルームに行って、最後はスーパー銭湯に行って、長い一日が終わりました。
 
4日目は通常通りの日程で進みました。
朝の茶席は全員が参加(総数11名)し、朝、午前、午後の参禅があり、15時に円了茶礼があり終了となりました。
呉道場は、2階に参禅室があるのですが、床板を通して声が聞こえてしまうので、参禅中はエアコンの送風を最大にして音を消すような工夫もしています。
建物はとても古いのですが、磨きこまれた床、居士寮に使われている年代物の土蔵、庭には磨甎石を彷彿するような石があります。
広島禅会の会員の皆様は、まだまだ摂心会の作法等に習熟されていないので、静坐指導以外にも、堂内作法、茶礼の作法、食事の作法、警策の使い方、板木のたたき方等も、慧日庵老禅子と分担して適宜指導させていただきました。
少しでも本部の方法をマスターしようと、皆さん熱心に耳を傾けてくださいました。新到者も集い、今回初めて参加された方の中には、入会の意思表示をその場でされた方(34歳男性、国家公務員、独身)もいました。
浄円禅子や龍舟居士のような若い世代の活躍もあり、今後発展が大いに期待できる会と思われます。

地方の参禅会の楽しみの一つに、帰京の際の車中での宴会があります。
今回は総裁老師、慧日庵老禅子、私の3人での帰京となりました。昨年もこのメンバーで、新幹線の車中で4時間にわたる大宴会となり、参禅会で頂いた地元の品、岩国駅で買ったお土産、車中販売のおつまみ等すべて飲み、食べつくし、東京駅に降り立ったときにはだいぶ身軽になった経験があります。
今回も、呉駅で電車を待つ10分間程度の間に、慧日庵老禅子がお弁当を、私がお酒やおつまみを買いに走り、総裁老師も割り箸や紙コップの手配に奔走してくださいました。

---
一部割愛させていただきました
なお、「静坐」とは蒲団上での「坐禅(座禅)」のことです。

合掌 惟然
広島参禅会(平成25年11月1日~4日)参加報告(1)
 
仲野 嶢山
 
JR呉駅を出て西に向かい、オフィス街を抜け10分ほど歩くと、急勾配の山の斜面にぶつかります。その斜面の急な階段を30段ほど登ると広島禅会呉道場があります。
11月2日の20:30頃呉道場に入山する際に見渡すと、JR熱海駅前の山一面の温泉街の明かりを見た時の印象を受けました。
翌朝、夜が明けてみると、急峻な山には民家が立ち並び、空に通じるような石段が頂に続いており、天空の城を思い起こさせる景色の中に呉道場が立たずんでいました。
戦前からあるという建物は漆喰の壁が広がり、以前は建設関連の会社の社員寮であったそうです。
 
建物の1階には、10畳、7.5畳、6畳の和室が連なり、禅堂に適した広間が広がっています。とても広い典座寮、土蔵を改築した居士寮、洒落た洋間の禅子寮があり、参禅会にはもってこいの立地と空間がそこにあります。

平成25年度2回目の広島参禅会が、平成25年11月1日~4日まで呉道場で開催されました。
小畠光禅禅会長(直日)のもと、お嬢さんの浄円禅子(殿司:今回火大級への進級式がありました)、最近入会した破笠居士(助香)、昨年の岩国での参禅会でご一緒した法剣居士(助警)、若手の龍舟居士(侍者)が生き生きと活動され、人数は少なくとも活気のある参禅会でした。

山口禅会から断弦庵老居士、雪峰庵老居士、福岡禅会から滄海庵老居士、本部派遣の慧日庵老禅子(講演会講師)、埼京支部の心印居士(ネット布教会議講師)、会の盛り上げ係として嶢山(助警、静坐指導担当)が参加しました。名古屋禅会からは松林禅子(年末の名古屋参禅会で道号授与予定)も参加されました。
 
2日目に開催された文化講演会では、宗箇流茶道会副若宗匠が講師を務めてくださいました。
宗箇流のお辞儀は、相手から目線をそらさないように大きく頭を下げない(切りかかられても即座に反応できるように)、左腰に扇子を刺すのは刀の代りである旨の説明がありました。
畳の上に抹茶をこぼした際には決して拭き取らずにそのままにしておいて、最後に掃除機で吸い取るときれいに取れるなど実用的な話もありました。有楽流に相通じるお茶の流派で、利休居士の一番弟子の上田宗箇を宗祖とする茶道です。
上田宗箇は、関ヶ原の合戦を含め徳川家康の軍では、延べ3回の一番槍を務めたそうです。一番槍は討死が必須の役目ですが、3度とも生き延び、のちの宗箇流を開祖して80過ぎまでの天寿を全うした武将でお茶人であったそうです。

(続く)
---
分割して掲載させていただきます
「静坐」とは蒲団上での「坐禅(座禅)」のことです
合掌 惟然
人間禅の各支部では、年3回、摂(接)心会を厳修しています。
 
房総支部の第159回摂心会(蝋八)の日程は次のとおりです。
興味・関心のある方は、どなたでもどうぞご参加ください。
(日程の一部の参加も可能です。お問合わせください。)

<場所>
房総坐禅(座禅)道場
 
<日程>
11月24日(日) 結成茶礼 (20:00~)
11月25日(月) 提唱 金峰庵老師「禅海一瀾」
11月26日(火) 提唱 金峰庵老師「禅海一瀾」
11月27日(水) 放参  (提唱・参禅はありません)
11月28日(木) 提唱 金峰庵老師「禅海一瀾」
11月29日(金) 法話 抱石庵老居士
11月30日(土) 提唱 金峰庵老師「禅海一瀾」
12月 1日(日) 円了茶礼・懇親会
 
 
<日課表>
 5:00 起床 (清掃と洗面)
 5:30  静坐 (坐禅 1炷香(45分))
 6:30 参禅(*) (6:20より静坐、参禅終了まで)
 7:10 朝食 (各自の食器洗い、歯磨き)
 8:15 作務
10:30 静坐 (坐禅 1炷香(45分))
11:30  参禅 (11:20より静坐、参禅終了まで)
12:00  昼食 (昼食後に午睡(昼寝)をすることは許されます)
14:00  作務
16:45 静坐 (坐禅 1炷香(45分))
17:45 夕食
         18:50より本堂で講本の下読みをします。
19:30 講座 (老師の提唱(または法話)、
          原則として、支度の鐘(講座の5分前)までに入堂します。
          上衣または袴を着用します)
          参禅 (講座ただちに静坐、講後30分より参禅、
          静坐は参禅終了まで)
       体操(夕食を食べずに帰山した人は食事ができます)
       静坐(坐禅 開枕の板木が打ち終わるまで)
22:00 開枕
 
<徹宵日課表>
11月30日(土)~12月1日(日)
講後参禅まで日課通り
22:00 静坐
24:00 静坐
 1:00 お茶
 2:00 静坐
 4:00 静坐
 4:45 洗面
 6:00 参禅
    円了茶礼
    懇親会
    後片付け
 
*:参禅
希望者が順番に老師と1対1で問答をします。
初めての人には『父母未生以前における本来の面目如何?』という公案が与えられます。
会員以外でも「正脈の法」を継いだ老師に参禅できます。(手続きが必要ですので、お問合わせください。)
 
その他:結成日、放参日、円了日の日程は回により変動します。
次回以降参加をする方は、あらかじめご確認ください。
 
<持ちもの>
・静坐(坐禅)のできる服装(ゆったりとしたもの。ジーンズなどは不適)
・作務のできる服装(動きやすく汚れてもよいもの)
・提唱時の服装(和服(袴着用)または洋服ならば襟のある上着着用)
・洗面用具 ・着替え ・タオル
・シーツ(宿泊する方) ・寝間着(宿泊する方)
(宿泊は 居士(男性)は本堂、禅子(女性)は禅子寮 です
 入浴できます 明け方は冷え込みます)

 
<参加費>
・会員   一般 3000円 主婦・学生 1000円
 未会員 一般 1000円 主婦・学生  500円
 他支部 無料
・食費 1食300円
・ふとん代 500円(摂心会を通して 泊数によらず)
・懇親会 一般 1000円 主婦・学生 500円
以上
 
11月10日(日)の房総道場での坐禅体験教室の報告の続きです。
 
午後
摂心会の作法に基づいた昼食の後、
わずかの小休止を入れて、磨甎石周囲の散策をしました。
 
・とても広い土地に道場が立てられていることに、皆さん眼を見張っていました。
・磨甎石のいわれを記した刻文に、見入っていた方が多かったのが印象に残りました。
 
隠寮の庭を通り、
茶会の段取りに従い手水を使い、茶室に入りました。
 
13時15分
○茶席
岡本さんのお点前があり、風炉の釜の湧く音が響く中、本格的な茶席の雰囲気を味わってもらいました。
Fさんを除いた新到者の6名と嶢山の7名での茶席となりました。
 
・茶席は初めての方が多く、岡本さんの手さばきのスムーズさ、
厳かな時間の流れ、茶室や茶庭の雰囲気に皆さんとても感動していました。
 
・岡本さん手作りのユズの和風菓子もとても好評でした。
 
14時
○講話(嶢山居士)
 
道虔支部長から講師紹介
 
・講話の内容
1)坐禅を始める動機、その意味合いについて
2)坐禅を薦めるわけ
3)坐禅を続けるにあたって
4)体調管理について
5)呼吸法の工夫
6)坐禅会、道場の利用に関して
 
「学生時代から坐禅を初めて約30年、
自分の体験から得られた坐禅および坐禅を中心とした生活の良さを話し、
皆様に坐禅を理解してもらえるよう話を進めたつもりです。
普段の生活にも、仕事にも坐禅は必要不可欠なものになっており、なぜ、坐禅が良いのか。
なぜ、坐禅を皆さんに勧めるのか等を平易な表現で話しました。」(嶢山)
 
簡単な質疑応答にも応じ、約35分で終了しました。
 
15時
○静坐(坐禅)25分間
 
疲労の影響か必死に眠気と戦っている様子でした。
自分から進んで警策を希望された方もいました。
 
・静坐を終えた後の達成感に満ちた皆さんの表情が印象的でした。
 
○懇親会
車座になって、それぞれが今回の体験教室で感じたことを話してくれました。
 
・坐禅をすると体の芯から温まってくる。
・時々千葉に来るので、できるだけさそって参加したい。
・道場の行事の内容を前もってもう少し教えてもらえれば、初めて参加する際のストレスが減るだろう。
・以前、静坐会に来ても会員の方があまり話をしてくれず、とっつきにくい、冷たい印象を感じていた。(今回の体験教室を通じてその印象は変わったようです)
・道場との御縁を感じ、今後も参加したい。
・千葉大禅の会に是非日本人の入会者を見つけたい。
・講話での「同じ1日でも24時間が30時間に感じられる」に興味を感じた。
 
16時
予定通り坐禅体験教室は終了となりました。
 
 
スケジュールはよく考えられ流れていきました。
しかし、休憩時間がほとんどなく、参加者はとても慌ただしく感じように思われましたのが、今後のへ反省点です。
 
 
<役位>
直日:道虔支部長 助香:抱石庵老居士 助警:嶢山 聖侍:道舟
 
典座:元禮、梅香、慧玉、水精、Oさん
 
お茶席:実乗、岡本
 
(嶢山居士の報告書をもとに)惟然
11月10日(日)に、房総道場で本年度2回目の坐禅体験教室がありました。
 
参加者は7名。そのうち一人の男性は、
この房総坐禅のホームページを見て訪れた、初めての参加者です。
 
午前10時
○オリエンテーション
道虔支部長から挨拶、本日の会の内容
坐禅の仕方、静坐・堂内での作法、工夫の仕方の説明がありました。
 
○静坐(坐禅)
静坐は、15分、20分、25分と3回に分けて実施しました。
皆さん集中して、しっかり座っていました。
初めての方がいる割には、比較的坐相が良かったのが印象に残っています。
 
・Sさんは多少経験があるようで、一緒にさそったOさんに適宜指導していました。
・Oさんは、全く初めてといっていましたが、ホットヨガをされているからか、
とても楽そうに座っていました。
・Wさんは、必死に顎を引き、坐相に気を配りながら座っていました。
・今回2度目のもう一人のWさんは、支部の静坐会に参加したことがあり
気持ちよさそうに座っていました。
・Zさんは、ラグビー選手のような立派な体格の方ですが、
座り方の指導を何度も受けるうちにとても良い坐相になりました。
・海外留学生のFさんは、参禅経験もあり、積極的にお手伝いをしてくれました。
・がっしりした体形のHさんは、とても足が痛そうでしたが、
何度も足を組み替えながら必死に座っていました。
 
○食事の作法の説明
通常の摂心会の折の作法に基づきました。
 
午後12時
○昼食
 
献立
房総名物の混ぜご飯、豚汁、
野菜をふんだんに使ったおかず3品、漬物
 
・会員の小川農園から届いた新鮮な野菜を中心にし、
坐禅道場らしいメニューの上、ボリュームたっぷりでした。
 
・座布団を使っていても皆さん足が痛いせいか、緊張していて食が細くなったのか、
体格がいい割にはおかわりをしませんでした。
 
・豚汁には、豚肉がふんだんに使われていましたので、
後の質問コーナーで、Wさんから坐禅道場なのにお肉をたっぷり使っているのに驚いた旨の
ご指摘がありました。
 我々の坐禅会では、特に精進料理にこだわらず、植物も動物も皆一様に食材として取り入れ、
何でもありがたく感謝して食べている主旨の返答をさせていただきました。
 
(嶢山居士の報告書をもとに)惟然

昨日の摂心会の用語の続きです。 惟然

○提唱(ていしょう)
普通、講座とも呼びますが、学校での講義とは全く本質的にちがいます。
提唱は、「宗綱を提(ひっさ)げもち来って大衆の面前に唱え出す」ことです。
師家自身が体得している如是法を、講本というものをかりて、そこのまけ出すのです。
初めての方には耳なれぬ用語も多いので、難しく思われるでしょうが、
耳で話を聞き、頭で理解するのではなく、
全身を耳にして三昧(さんまい)に聴聞(ちょうもん)します。

提唱の前には、
師家は釈迦牟尼仏に大展(たいてん)礼拝(*)します。
学人は、
開始前に、白隠禅師『坐禅和讃』を、
最後には『四弘誓願』を唱和します。
なお、聴聞は坐禅(座禅)の形で行い、洋服の場合は上着をつけて下さい。
女性の場合は袖無しなどは遠慮してください。
講本はじかに畳に置かぬよう講本カバーを用います。

○参禅
参禅とは、入門者が、師家からいただいた公案をいのちがけで工夫し、
その見解を、師家面前に提出し、その浅深邪正に勘別を乞う修行です。
一人一人隠寮(師家の部屋)一対一のまことに厳しい独参形式で行われます。
他に類をみない独特なもので、
学人が真剣に骨を折れば大いに力を得ることができます。


<白隠禅師『坐禅和讃』>
衆生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり
長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず
六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏そえて いつか生死を離るべき

夫れ摩訶衍の禅定は 称歎するに余りあり
布施や持戒の諸波羅蜜 念仏懺悔修行等
そのしな多き諸善行 皆この中に帰するなり
一座の功をなす人も 積し無量の罪ほろぶ
悪趣何処にありぬべき 浄土即ち遠からず
かたじけなくもこの法を 一たび耳にふるる時
讃歎随喜する人は 福を得る事限りなし

況や自ら回向して 直に自性を証すれば
自性即ち無性にて 既に戯論を離れたり
因果一如の門ひらけ 無二無三の道直し
無相の相を相として 行くも帰るも余所ならず
無念の念を念として うたうも舞うも法の声
三昧無礙の空ひろく 四智円明の月さえん
この時何をか求むべき 寂滅現前するゆえに
当所即ち蓮華国 この身即ち仏なり 

<『四弘誓願』>
衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
煩悩無量誓願断(ぼんのうむりょうせいがんだん)
法門無尽誓願智(ほうもんむじんせいがんち)
仏道無上誓願成((ぶつどうむじょうせいがんじょう)

(以上「摂心会のしおり」より)

12月7日(土)午後に房総坐禅(座禅)道場で味噌の手作り体験ができます。
人間禅本部道場で長く典座長(*)を務めてきた鉄心居士からの案内文が、支部長に届きました。
面白そうですね。 惟然

--
 
今や和食が世界遺産に登録されようかという時代となりました。
しかしながら我々日本人自身が、日本古来の伝統食であり健康長寿の元となる、和食を忘れてはいませんか?
今回和食の中心でもある味噌作りを禅道場に於いて開催する事となりました。
「安全、安心、おいしい手作り味噌」をテーマにあなたも挑戦してみませんか?
下記の要領で開催しますので、奮ってご参加ください。
 
鉄心

申し込み←クリック

 
日時
:平成25年12月7日(土)午後1時半集合(所要約3H)
 
場所
:人間禅房総道場 典座寮
 
参加費
:1000円 (材料代として)
 
募集人員
:約 10名
 
申込期日
:12月4日(水)まで
 
連絡先
:東上床鉄心(higashi-uwatoko@nifty.com)
 
その他
:味噌の出来上がりは6ヶ月後の平成26年6月上旬予定
 参加者には味噌1キロづつをお分けします。
         
以上

*典座(てんぞ)
:坐禅道場における調理係りのこと。典座長は調理長(シェフ)のような存在。

今日11月15日(金)は、第3週なので6時からコミュニティセンターの5階和室で例会が開催されました。
20分前に会場に着くと、茶室ではもう茶釜が松風の音を奏でていました。
 
今日の読書会も、齋藤孝著の「こんなに面白かったニッポンの伝統芸能」の続きです。
今はまだ2章の「歌舞伎」ですから、5章の「禅」まではまだまだかかりそうです。
 
今日印象に残り面白いと思ったところは、
 
歌舞伎には日本人が忘れかけた身体性や品格、行儀のよさが残されている。
この伝統芸能に接することで、改めて日本文化のすばらしさや奥深さを知ることになる。
 
世界中の人が驚嘆するであろう派手さを、世界の中では地味に思われがちな日本人が作り出したという事実を私たちはもっと誇ってもいいはずだ。
 
70年代にアメリカのロックバンド、KISSが派手なフェイスペイントをして一世を風靡したが、日本ではとっくの昔からやっていた。
 
などです。
 
お茶の時間では、今日は尾山さんが欠席のため、掛け軸と花はありませんでした。
お茶は一保堂の「月影」、お菓子は、市川島村の「つぎ橋」でした。とてもおいしくいただきました。
お茶とお菓子に加え、大石さんのお手前ですから。
 
途中から誰か来るかと思いましたが、今日の参加者は5名だけでした。
 
それでも7時半からは、きっちり1炷香坐り(*)ました。
会を終えて、コミュニティセンターの外に出たとき、ちょっと冷たい風が吹いていましたが、坐禅の後の風はいつも心地が良いものです。
 
義存

*コミュニティセンター
:千葉市中央区コミュニティセンター 千葉都市モノレール『役所前』駅下車 目の前

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