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房総坐禅道場
房総支部 房総坐禅道場

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房総ブログ - 最新エントリー

日曜座禅会 紅や白の梅の花

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ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2019/2/17 23:50
2月も中旬を過ぎて陽の光が少しづつ力強くなり、ようやく紅や白の梅の花が開き始めました。
庭にも、蕗の薹が開き始めていました。
 
2月17日の日曜座禅会の参加者は22名。
先週は雪の影響で、参加者はわずか8名でしたが、いつもの賑やかさが戻ってきました。
初めての方が1名、このところ熱心に参加頂いている女性の方が1名でした。
 
このところ腰痛のために自宅で座る場合は、45分間はなかなか集中して座れないのですが、道場に来て皆さんと一緒に座ると、一炷香が短く感じられます。
 
静坐(坐禅)のあと、新しく立ち上げた『若葉座禅会』の紹介が、道虔・副支部長からありました。
 
場所は、千葉市若葉区小倉町829 千城台クリニックの隣「寿クラブ」の建物・脇階段を上り、3階屋上の入口を入った右の会議室が会場です。
 
皆様のご来場をお待ちしますとのことでした。
 
読経・茶話会の後は、禅堂で「写経の会」その後「磨甎抄を読む」と続きました。
 
合掌 無端
樹木を大きく分けると冬に葉を落とす落葉樹、1年を通じて枝に葉がついている常緑樹、その名の通り針のように先が尖った細い葉を持つ針葉樹の三つになる。
我々植木職の場合1年を通じて最も剪定を頼まれるのは、11~12月の正月を前にした時期である。
しかも年1回だけのお客様が多い。
その他2回の場合は4~6月に集中する。
 
落葉樹の場合冬に葉が落ちて枝ぶりがよく見えるため、比較的この時期剪定がしやすい。
ただし生長後のことを考えて外芽を残して切る必要がある。
時期は遅くとも2月までには終わらせたい。
一方常緑樹の場合、枝葉が込み合い過ぎると美しい樹形が楽しめないばかりか、日当たりや風通しが悪くなるため、病虫害の原因にもなる。
一般的に常緑樹の剪定の時期は早春~初夏(2~6月頃)に行うのが良いとされる。
 
一方NGなのは秋から冬にかけて。理由は常緑樹の多くは温暖な気候帯に自生するので、冬季の剪定により樹木全体が寒気に包まれると、春の芽吹きなどに悪い影響を与え、場合によっては枯れ死してしまうからである。
 
針葉樹の場合は冬~初夏(11月~6月頃)が基本。
とくに樹木にダメージを与えることがなく生長してすぐに刈りあとが目立たなくなる早春(2月~3月頃)が良いとされる。
 
結論から言うと、理想的には剪定の回数は年2回、11月~2月頃と4月~6月頃である。
房総道場の場合、人が集まりやすい夏の摂心中に剪定が集中するので、逆にさっぱりし過ぎて秋から冬にかけて少し淋しい気がする。
いずれにしても剪定の時期は注意が必要である。
余り切り過ぎると枯れてしまったり、果実がならなくなる場合がある。
 
次回はやりがいについて・・・。
 
合掌
 
平成31年2月11日
 
鉄心記

日曜座禅会 日本昔話の風情

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ブログ
執筆 : 
惟然 2019/2/11 23:50
2月10日、房総道場はあたり一面雪景色でした。
雪の上に小動物の足跡があり、この景色は日本昔話の風情です。
雪に反射した堂内はまぶしく、達磨ストーブの暖かい音とともに一炷香坐禅できました。
 
今回8人の参加でしたが、新到者が遠路はるばる参加して下さりました。
道場の近くの会社に勤務している男性で、以前から「大看板」が気になっており決心して参加されたとの事です。
 
まではネット等により道場に来られる方が大半でしたので、「看板、口コミ」も効果があると思います。
静坐の仕方を説明し、一炷香坐り、雪景色を眺めながら懇談しました。
道場の歴史や各種行事、図書の案内等をし、三々五々下山しました。
 
守端

日曜坐(座)禅会 美しい雪景色

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2019/2/10 23:50
無風好天のもと昨日の残雪が眩しく、美しい景観でした。
チャボの餌やりをしましたところ、雪の中に動物の足跡が点々と残り(イタチかウサギ?)、梅林のなかでは一本だけ桃色の花をたくさんつけていました
 
本日(10日)の座禅会は8名でした。
私の記憶では最小数での開催でした。
一般参加者2名でうち1名が新到の方でした。
 
雪のせいで、坐禅堂内が明るく感じました。
平常通り、一炷香の座禅と読経後、居士寮で茶話の後、解散しました。
 
新到Tさんのお住まいは県北ということで遠方ですが、勤務先が道場からほど近く、「いつも道路わきの看板を見ていて、興味を持っていた」とのことです。
今週から正式に立ち上がる若葉座禅会の会場が近くなので、「仕事の後に立ち寄ったらいかがですか」と、お勧めしました。
これからも縁が続くこと期待します。
 
合掌 不説 拝

日曜座禅会 寒肥

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2019/2/3 23:50
気温マイナス1度の中、2月最初の日曜座禅会参加のため8時半に入山しました。
 
霜柱が道場中庭の土を持ち上げる中、中庭は既に入山された方々により落ち葉が掃き集められ、きれいになっていました。
私はいつものように、山に入り枯れ枝集めの作務に専念しました。
 
板木が打たれ、作務を終了し、9時に座禅を開始。
今日(3日)の参加者は16名、女性の方は1名、新たに参加された方はいませんでした。
 
達磨ストーブの低い緩やかな「ゴーー」という音が堂内に静かに流れ、東の窓際には明るい陽射しが畳を一部照らすのを目の端に感じながら、45分の座禅終了となりました。
 
座禅終了後、部屋で皆さんの語らいの中、お茶を飲み体を温めました。
月の最初の座禅会のため、半年ほど前から始めた月例の「作務」を10時過ぎから開始しました。
 
参加した有志は10名。
今日の作務は「寒肥」。
私は初めての体験でしたが、冬のこの時期、木々に感謝と越冬の力を注ぐため、肥、化学肥料、堆肥を木々の脇に穴を掘って入れていくという作業です。
禅堂の裏にある栗の木に感謝し、又、垣根越しに植えられている山茶花にも各人役割の下1時間ほど寒肥を行いました。
 
作務終了頃には中庭の霜柱もすっかり溶け、温かく感じられる陽射しの中、三々五々下山し、家に帰って恵方巻を食べました。
 
合掌 龍山
2月2日(土) 
暦ではそろそろ立春。
この日は快晴、毎月一回の緝煕会。
青空に恵まれ、道場へ向かう道中も、冷たい風と眩しい朝陽を頬に受けて気持ちが踊ります。
「今日はどんなお話が伺えるのかな。この前に皆さまとお会いしてから、一ヶ月はあっという間だな」
と、つらつら自身の過ごした時間を振返りながらハンドルを握ります。
 
道場に到着して見える冬の景色も素敵です。
私にとってほっとできる大切な空間となっています。
この日は7人が集いました。
 
部屋に一歩踏み入れると、床からしんしんと寒さが伝わってきます。
でも、みんなで障子をあえて開けて、外から差し込む陽の明るさに温かさを感じ、9時から静坐をしました。
 
今回は前回からの続きで、慧玉さんから平成25年8月14日(於四街道坐禅塾)で開かれた稲瀬光常氏(金峰庵老師)の法話(抜粋)の『坐禅の効用』と『本格の修行』の前半を輪読しました。
 
『はじめに』の中に「教外別伝」という言葉がありました。
 
(中略)仏教の教え、経文を離れ、或いは文字というものを離れて、「生きた人間の心そのものの本当の姿というものを坐禅によって取り戻す」
「本来の自分に還る」「正しい心になる」ということを坐禅だけでやるということです」また、「元来お釈迦様が悟られたものは、外から与えられるものではなく、自分自身が持っている、人間としての本性、即ち人間性、これを仏性といいますが坐禅を通じてそれを悟られ、それによって仏教を開かれたのであって、文字とか、教説とかいうものは一切必要ない訳です
 
私は、この段落の文章が、この日は一番心に残りました。
公案を与えてもらい、その解を悶々と想ってみても、どんどんわからなくなる。
ヒントを得ようと書物を漁りヒントを探すのですが、一層わからなくなるばかり。
そんな私に、この一文が今も響いてきます。
「外からではなく坐禅を通して自分自身が持っているものを悟れ」
と。
坐禅とはそういうことなのか。
 
毎回、輪読は新たな気づきを与えてくれる大事な機会となっています。
有難い時間です。
 
その後は、坐禅の仕方を全員で経験を出し合いました。
数息観をするには「正しい坐相」が基本であること。
呼吸は意識的に行わないこと。
二念を継がないこと。
雑念と遊び、物思いにふけったのでは坐禅の格好をして考えごとをしているに等しく、これは坐禅ではない。
自分のことを見透かされた言葉で、聞いていて思わず苦笑いしてしまいました。
 
輪読後は恒例のお茶会。
鉄釜からのお湯で戴くお抹茶は、やっぱり格別です。
お湯がまろやかです。
「桜餅」や「道明寺」を頂きながら、インフルエンザが猛威をふるっているこの時期の対処法など、各々の経験談から感染症予防の話、Tさんの骨盤体操で結跏趺坐ができるまでの方法など、12時まで、それぞれの話しは尽きません。
本当に充実した会となり、また次回の再会が楽しみです。
それまで、三昧で頑張ろうと思います。
 
合掌 吉川
本日(2月1日)は『ブッダはなぜ子を捨てたか』の「林住期」という自由な時間・シャカの6年間の苦行とは・家出がもたらした子捨て親捨て」の見出しのか所を輪読
 
一人自由な遍歴の旅に出たけれど、悩みと焦りを抱えて家出と出家の間をさまよい歩いた。
悩みの根元であったかもしれない子捨て親捨ては、血縁のわずらわしさそのものから脱出という意味かもしれない。
 
退職し、しがらみから離れた林住期に相当する参加者の現在の状況を話しあう。
また、以前学生の時、インドに旅行するなど自由な時間が多くあったが、今の学生は就活が早まり、伸び伸びした生活を送れないでいる。
茶席の亭主は森本さんだったが、インフルエンザでお休み。
ペットボトルのウーロン茶と大石さんの持ってきてくれた饅頭をいただく。
 
眞浄
人間禅誌63号に掲載されている抱石庵老居士の<法話>“どのようにすれば、一生座禅の修行が継続できるか”を読んで、自分はどうだったかを振り返ってみる事にした。
 
私の場合学生時代に人間禅との縁があり、細く長く40数年にわたり曲がりなりにも継続してきた。
振り返ってみるに良く続いてきたなとの想いがある。
この間所属支部は7年間だけ中央支部に籍を置いたが、基本的には房総支部所属だと思っている。
一つだけ自慢できるとすれば、摂心参加は一度も欠かした事がないということである。
ただし一度だけ作務中に頭を蜂に刺され、途中で下山した事はあったが・・・。
 
現在の房総支部で私の回りを見渡すと、道場に顔を出している人の中で会員番号順に言うと、私は3番目の古株となった。
私の場合何とか続いてきたが、我々居士禅の修行は継続するのはなかなか大変である。
仕事と家庭と道場と三つの事をそれぞれバランス良くこなさないといけない。
言うのは簡単だが容易な事ではない。
 
自分の場合続いてきた要因は何だったんだろうと、振り返ってみることにしたい。
三つ上げるとすれば、一つは良き指導者に恵まれた事、二つ目は良き先輩方及び仲間がいた事、三つめは家族の理解があった事である。
このような感じで何回かに分けて昔話的に書いてみることにしたい。
 
合掌
 
平成31年1月29日 鉄心記

有楽流茶道部 今季一番の冷え込み

カテゴリ : 
ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2019/1/28 23:50
1月最後の日曜日です。
「今季一番の冷え込み」の触れ込みではありましたが、バス停から徒歩で入山したせいでか左程の寒さは感じられず、それでも玄関あたりには霜柱の立っているのを発見して予報通りの冷え込みであったことを納得いたしました。
 
日曜座禅会への参加者は通常通りのようだが、房総禅道場にとっての初稽古への茶道部の参加者はどうだろうか、と案じながら稽古の支度をしました。
 
人間禅ではここ数年、年末の摂心会の期間中に総裁をはじめ老師方及び有志の会員が青竹茶器を作り、それでもって各道場での初稽古を行わせていただいております。
茶入れ・蓋置・柄杓・菓子箸・黑文字など比較的小さい青竹のものは、ここ房総道場の竹を使い、水指・建水・花入れなどの大きな青竹は茨城の潮来辺りまで出向いて採取されたものです。
 
折角の初稽古でしたが、「今季一番の冷え込み」を心配してか稽古への参加者はベテランのO女史と私の二人だけでした。
それでも、裏千家のオブザーバのO氏と座禅会を終えた会員仲間4人が入席してくださいましたので、まずお客様に一服、ご希望の方には更に一服差し上げた後稽古が始まりました。
 
本日の稽古は、O女史は炭手前、私は台子の手前をやらせていただきました。
O女史はスラスラこなされましたが、私にとっては三度目の台子の稽古でしたが、何度目であっても“初めての稽古”と同じ冷や汗タラタラでした。
 
お軸は、道場の『不識』如々庵芳賀洞然老師筆です。
 
花は抱石庵邸から頂戴した椿です。
白玉かあるいは白百合でしょうか?
つぼみでしたのではっきりとはわかりませんでした。
 
お菓子はいつものとおり先生のご持参で、半生菓子でした。
懐紙の上に干支のイノシシ型に切り抜いた葉蘭が敷かれていていかにも新春らしく、参加者一同おおいに感動いたしました。
 
2月の稽古日は24日です。
茶道に興味をお持ちの方々のご参加を期待いたします。
 
合掌 元禮

日曜座禅会 大寒

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ブログ » 静坐会・行事
執筆 : 
惟然 2019/1/27 23:50
今日の座禅会の参加者は22名、内会員は13名、女性5名、新到者は有りませんでした。
大寒らしい厳しい冷え込みでしたが、朝から快晴であまり風もなく、南西の空高く白い月が浮かんでいました。
道場は石油ストーブで適度に温められ、静座中ストーブの燃焼音がバックグラウンドミュージック、ほかには時折響く警策の音だけで、アッという間の一炷香(45分)でした。
 
いつものように静座、読経の後茶菓を頂きながら、仏教のことから鶏の話まで、盛り上がりました。
この後茶道部の稽古に参加、お相伴する人もあり、三々五々下山しました。
 
例年ならいま頃の季節になると道場の周りにはフキノトウが盛んに芽を出しているのですが、寒さのせいでしょうか、今年は見当たりません。
 
≪ シャボテンを 窓辺に寄せる 冬籠り ≫
 
≪ 庭枯れて 静かに眠る 冬木の芽 ≫
 
≪ 深々と 更けて人なし 月明り ≫
 
一徹 拝
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